テーム・インパラ、どうやって聴いていいかわからん──だからまたかけてしまう
私がテーム・インパラを聴くようになったのは、大した理由じゃない。
ミュージックマガジンの年間ベスト・アルバム、ロック部門の常連だったから。それだけだ。
最新のサウンドをおさえておきたかった。ただそれだけ。愛でも衝撃でもない、どちらかというと義務感に近い入口だった。ある種のコレクターの、典型的な心情とも言える。
おさえてはみたものの、どうも置き場所に困る。
自分のなかでうまくカテゴライズできないまま、気づけば何年も経っている。だからこそ、どのプレーヤー聴くか、如きの問題でそこそこ悩んだりもする。しかも、かけた後に後悔したりもするからたちが悪い(笑)。
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私の部屋にはCDプレーヤーが2台ある。
DENON・DCD-2000reと、
Pioneer・BDP-LX88だ。
使い分けはなんとなく決まっている。
古いロック、ジャズ、アコースティック系はDENON。
新しいロック、J-POP、エレクトロニクス系は
パイオニア。
これで大抵のCDは収まりよく棲み分けできている。
長年の経験則、身体で覚えた仕分けだ。
で、テーム・インパラだけが、いつも私を困らせる。
DENONで鳴らすと「う~、、まあ悪くないけど、なんか違う」。
パイオニアで鳴らすと「、、、うん、いいんだけど、騒がしすぎるよな」。どっちも間違いじゃない。でもどっちもしっくり来ない。
(だからもっと上の機種が欲しいとは何度か思った。まあ我が家の大蔵大臣が通してくれるはずもないが。汗)
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このソロ・プロジェクトの首謀者はケヴィン・パーカー、
オーストラリア・パース出身。
レコーディングのほぼすべてを自分一人でこなすマルチアーティストだ。
ギター、ベース、ドラム、キーボード、ボーカル、ミックス、プロデュース。全部ひとりだ。これはトッド・ラングレンがやっていたこと、そしてブライアン・ウィルソンがやっていたことだ。
スタジオを一個の巨大な楽器として扱い、多重録音の迷宮に自分から進んで迷い込む、あの完璧主義者の系譜にいる。
「最近の若いバンドはスマホで聴き流すような音ばかりだ」とお嘆きの諸兄には、まずそこだけは伝えておきたい。
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最初にハマったのは実は2015年の『Currents』だった。
スティーリー・ダン的な「メロディは甘いのにアレンジが常軌を逸している」やつ、と言えば伝わるだろうか。
「The Less I Know The Better」を初めて聴いた時、70年代ソフトロックとファンクがこんな粘度で混ざるのか、と思った。エロティックで憂鬱で、妙に引っかかる。
「Let It Happen」 約8分。ディスコ的なグルーヴの上に「変化に身を委ねる」という歌詞が乗る。中盤でCDが飛んだような展開になるが、これは意図的。スティーリー・ダン好きに特に刺さる。
パイオニアで鳴らした時の低域のうねりが特によかった。でも何度目かに聴いた時、「、、あれ、これ少し長くないか」と思ったのも正直なところだ。アルバム全体を通すと、後半の密度がやや落ちる。
で、そこが気になりだすと、2012年の『Lonerism』に戻りたくなる。
The Byrds的な12弦ギターの煌めき、ビートルズ「Tomorrow Never Knows」的なテープ・ループの浮遊感。「Feels Like We Only Go Backwards」は強烈なファズ・ベースと甘いファルセットが絡み合う、現代版サイケ・ポップの極北だ。
「Apocalypse Dreams」 アルバム屈指の名曲。ピアノのイントロからじわじわと膨らんでいく構成は、初期フロイドの「何かが始まる前の緊張感」に近い。サイケ入門として最適。
「Feels Like We Only Go Backwards」 強烈なファズ・ベースと甘いファルセットの組み合わせ。シングル曲なので間口が広く、昔のロック好きにまず聴かせるならこれ。
話は逸れるが、私はピンク・フロイドの『Meddle』や『Obscured by Clouds』あたりの、あのゆるくて湿った実験精神がずっと好きだった。
あの時期のフロイドが持っていた「まだ何者でもない、でも何かを探している」感じ。
テーム・インパラの初期にはそれと同じ匂いがして、DENONで鳴らすとその湿度がよく出る。
う~ん、、でもやっぱりどこかしっくり来ない(笑)。
2020年の『The Slow Rush』はELOやスーパートランプ的なドラマ性があって嫌いじゃないが、正直これが一番置き場所に困る。
70年代のロックが「社会を変えたい」という外向きのエネルギーを持っていたのに対し、ケヴィンは徹底して内側を向いている。「人付き合いに疲れた自分」「昔の自分を更新できない焦り」。それを分厚い音の霞の中に忍ばせていく。その内省の純度は本物だと思う。
「Borderline」 ファンク、レゲエ的オフビート、ポップが混在する先行シングル。一番とっつきやすく、プレーヤーを選ばない。
「Posthumous Forgiveness」 亡き父への複雑な感情を歌った私的な大曲。ELO的な大仰さと内省が同居する、このアルバムの核心。
ただ、このアルバムだけはどのプレーヤーで鳴らしても「聴き終えた後に少し疲れる」という感覚が残る。それが狙いなのかもしれないが。🧠
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オーディオの話を少し。
テーム・インパラの録音は、幾重にもコーティングされたリバーブと、緻密に計算されたシンセのレイヤーで出来ている。
スマートフォンで聴いても「いい曲だな」にはなる。でもそれは霞の手前で立ち止まることだ。ちゃんとしたシステムで鳴らすと、その霞の向こう側から、太くタイトなリズム隊と、アナログ機材の温もりを持ったサウンドスケープが、圧倒的な立体感を持って立ち上がってくる。
私のDENON or PIONEER + JBLスピーカーでもその片鱗は体験できる。
でも「しっくり来ない」という感覚は、どうやっても消えない。
これはもう機器の問題じゃない。
ケヴィン・パーカーという人間が、最初から既成の棚に収まることを拒否しているということの、オーディオ的な証明なのだと今は思っている。
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昔のロック好きの諸兄よ。
義務感で聴き始めた私が、後悔しながら何年も聴き続けている。
説明はそれだけで十分な気がしている。
