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【BTS】パン・シヒョク(방시혁)インタビューリンク集【パンPD】


【追記:2026/4/25】2026に「パン議長が語る、BTS新アルバム「ARIRANG」制作の全貌」を追加

パンPDインタビュー

バンタンと切っても切り離せないのが、パンPD。関係性で言えばトップです。
おかげで、バンタン記事を探しているとめっちゃ出てきます。経営記事も多いし、例えば海外メディアで答えたものを韓国メディアが切り取って記事にしたりもするので、途中まで読んで「これ、あれやん!」となることもしばしば。。。

面倒なので、いい記事は和訳して読めるようにしていったのですが、今度は増えてきました。ソンドゥク先生やPdoggPDの記事リンク集も作ったので、次はパンPDの番ですね!?(; ・`д・´)

というわけで、自分用ブックマークとして残しておきます。基本は、本人インタビューがメインです。多いから年別に分けました。
パンPDの記事を丸ごと翻訳した時や、新しくいい記事を見つけた時は、ここに追加しておきますので、気になる方はたまに変更履歴をチェックしていただければと思います。

パンPDってどんな人?

本名はパン・シヒョク。日本語表記だと「バン」になっていることもあります。クレジットでは「hitman bang」という名前を使っています。

HYBE(旧Big Hit Entertainment)の創業者で、防弾少年団を生み育てた音楽プロデューサーです。そのため、彼に関する記事は「音楽+BTS関連」「経済+HYBE」に分かれています。

中学くらいから音楽を始め、ソウル大学では美学を専攻しました。在学中に音楽コンテストで入賞したことをきっかけにJYPのパク・ジニョンにスカウトされ、共同創業者として活動。

2005年にJYPから独立して、Big Hit Entertainment(後のHYBE)を設立。
2021年7月1日にHYBEのCEOを辞任したので、2025年3月時点での肩書はHYBEの取締役会会長です。
音楽プロデューサーとしても活動を続けており、最近だとLE SSERAFIMの新曲にクレジットされていました。

バンタンとは長い付き合いなので、半分同志のようになっている様子。ジン君が、凄く嬉しかったこととして「(パンPDを)ヒョンと呼ばせてもらえたこと」を挙げていたことがあります。シヒョクヒョンかー( *´艸`)

インタビュー記事

2013

SOUND音楽産業関係者インタビュー・Big Hit パン・シヒョク代表

パン・シヒョク代表は以前からアイドル歌手がアーティストへと進化する方向性を強調していました。BTSの可能性についてどう思いますか。
人々は常に、"生"の姿を求めます。最終的には魂までもさらけ出さなければならないでしょう。例外もあるかもしれませんが、よく訓練され飾られたアイドル歌手だけでは、人々の激しい欲求を満たすのは難しいです。結局、アイドル歌手が進むべき次の段階は、自分たちもミュージシャンであることを示すことです。
その点で、BTSはデビューのタイミングが良かったと思います。BTSと仕事をするのは非常に楽しいです。彼らは音楽を通じて自分自身を語る仲間だからです。音楽的に意思疎通ができない人たちと仕事をすることは、私には無理です。
RMが16歳のときに作ったミックステープを聞いて、「天才というものが本当に存在するんだ」と感じました。この子をデビューさせることが自分の使命だと思うほどでした。Rainやイム・ジョンヒに初めて会ったときも同じ感覚を持ちました。それで、後先考えずに契約しました。それ以来、彼らは一度もその期待を裏切ったことがありません。彼らが作ってくる楽曲を聴くと、鳥肌が立つことさえあります。
私が経営者として失敗さえしなければ、彼らは韓国大衆音楽界で重要なアーティストになるでしょう。BTSはある程度管理されながらも、自分たちで曲を作っています。これからも過度に干渉せず、彼らが自由に成長できる環境を作りたいですね。

残念なのは、彼らがアイドルグループであるがゆえに、音楽だけに専念できないことです。楽曲を作らなければ次のアルバムが出せないのに、さまざまなイベントに多く参加しなければならず、曲を書く時間が十分に取れないんです。

「天才というものが本当に存在するんだ」は100回噛み締めました!

そもそも自分が何をしたいのかをはっきり知っている子たちを望んでいましたし、結果的にそのような子たちが出てくれて幸せです。しかし、メンバーたちに100%任せきりにすることはできません。土台を作り、足りない部分は会社が補わなければなりません。

防弾少年団は少し特別で、本人たちがマネジメントと話し合って自分のスケジュールを調整するという点です。ただ決められたスケジュール通りに動くだけではないんです。メンバーたちが直接音楽を作らなければならないので、自分のスケジュールも管理できなければなりません。それができないと次のアルバムが出ないのです。

衣装も自分たちが着たいものが明確にありますし、防弾少年団のコンセプトは、メンバーの哲学が半分以上を占めていると思います。

「【和訳】2013年のBIGHITとBTSをパンPDが語る【アイドルメーカー】」より

2016

“防弾少年団の育ての親”バン・シヒョク代表「メンバーたちの私生活は最大限保障…自由な思考のために」

「バン・シヒョク代表が僕らの意見をたくさん聞いて、最大限に自分の考えにより自ら行動することができるようにしてくれます」これは、過去に防弾少年団とのインタビューの中で聞いた印象的な言葉だ。
(中略)
“自由には責任が伴う”という命題を共有している。パン代表は引き続き、「代わりにそれに伴う責任も本人の持ち分だという点をいつも強調する。友達とはしばしば会って、映画も見てご飯も食べに行くようだ。微笑ましい」と語った。

防弾少年団がまだ子供子供してた時代の姿が垣間見えます。かわいい( *´艸`)

2017

[インタビュー]バン・シヒョク「BTSは大人になりたくない永遠の少年たち」

BTSはもはや「少年」ではありませんが、どう思いますか。
昔、SUGAがこんなことを言ったことがあります。「自分は大人になりたくない」と。
ただ、それはピーターパンのような話ではなく、大人になったとしても夢を失わず、その夢に向かって努力し続けるなら、それは大人ではなく少年だということです。
この言葉こそ、BTSの姿を最も端的に表現していると思います。「花様年華」シリーズを企画する際にも、この言葉が私に大きな影響を与えました。

「自分は大人になりたくない」は、「Road to D-DAY」にも出てきました!

僕は大人になるのが嫌でした。ずっと夢見て生きていたかった。夢を見なくなったら大人だと思っていました。でも今、夢がありません。それに、見つからない。

「【映画感想】SUGA: Road to D-DAY【BTS】」より

Big Hitのパン・シヒョク「"BTSの父"と呼ばないでください...まだ独身です」

「防弾少年団」手掛けたパン・シヒョク氏「メンバーはみんな驚くほど芸能人っぽくない」

みんな、性格が変化したが、JIN(24)は変わっていない。とてもとても常識のある子だ。メンバーが基準線の外に出て行かないよう、面倒をみてくれる。

この発言大好き……!!
Wow Korea「「防弾少年団」手掛けたパン・シヒョク氏「メンバーはみんな驚くほど芸能人っぽくない」」より

2018

バン・シヒョク代表、BTS(防弾少年団)に望むたった1つのこととは?「彼らに唯一お願いしたのは…」

バン・シヒョク代表は「初めてメンバーたちに会った時、規制もしなかったし、すべての自由を与えた。練習時間も強制しなかった」と話した。

さらに、彼は「ただ唯一彼らにお願いしたのは、内面の声を聞かせることができるような音楽をしようというものだった。彼らがファンにプラスの影響力を与えて、垂直的なリーダーではなく、水平的なリーダーになってくれることを望んだ」と述べた。

自律できるメンバーで本当に良かった……

2019

BTSを生み出したBig Hitの総指揮者、パン・シヒョクが語る——音楽、ファン、そして新たな挑戦

BTSは初期にいくつかの困難を経験しましたが、彼らが成功すると確信した瞬間はありましたか?
「これはいける!」と思った瞬間は、二度ありました。まず2015年にリリースした『Run』が好意的に受け入れられ、その反応をはっきりと実感しました。
その反応をテストする必要性を感じて、『Fire』を制作しました。そして、『Fire』のリリースで、BTSは世界的な注目を集めました。今思えば、私は自信過剰だったかもしれませんが、メンバーたちには、世界的なアリーナツアーをやるチャンスがあると思うし、全盛期のワン・ダイレクションよりも大きなグループになってほしいと伝えました。

二つ目の瞬間は、2017年のツアー準備中でした。私達は約18カ月間、K-POP業界の標準よりも長い時間をかけて準備しました。
そして、南米公演が爆発的な成功を収め、現地のニュースでもBTSの空港到着の様子が報道されるほどでした。その勢いのままBTSがアメリカ東海岸に到着すると、人々は彼らに興味を持ち始めました。
そして西海岸にたどり着く頃には、ハリウッドのスターたちまで「BTSのチケットを手に入れなきゃ」と話すようになっていました。

BTSと違い、TXTはデビュー時から高い期待を背負っていましたが、彼らのマネジメントはBTSと比べてどのように異なりますか?
最大の違いは、BTSが本当にゼロからのスタートだったということです。TXTについては「彼らは恵まれていて、楽な道を歩んでいる」と思う人もいるかもしれませんが、彼らは最初から高い期待を背負っています。ルーキーは新人時代に成長し、輝くチャンスがありますが、TXTは最初から高いレベルでスタートしたため、その成長を見せるのがより難しくなっています。

TXTのことにも触れてたので、一緒に収録( *´艸`)

BTSの立役者が、K-POPの巨人を作り上げたことについて語る

2022

HYBEのパン・シヒョクがBTSを支える会社のビジョンを語る

2023

HYBE議長、パン・シヒョク氏が語るK-POPの未来、BTSモデル、AI計画など

パン・シヒョク「K-popからKを取り除かなければ生き残れない...このままでは成長の限界が明確」

パン・シヒョク「K-POPの『一時的な人気』を懸念してSM買収に乗り出した」...CNNインタビュー

ユ・クイズ「BTS 전원 재계약 하고 방시혁 자기님이 들었던 생각#유퀴즈온더블럭 (BTSのメンバー全員が再契約を結び、パン・シヒョク氏が抱いた思い)」

MC:まず、非常におめでたいことがありましたね。BTSのメンバー全員が再契約しました。
パンPD:BTSほどのアーティストであれば、多くの選択肢があったはずです。それにもかかわらず、彼らが私たちとの再契約を選んでくれたこと自体が、私にとってはマネジメントの責任者として、そして音楽レーベルの責任者として、BTSと共に歩んできた歴史を認めてもらい、私たちがBTSをしっかりとサポートしてきたことを十分に受け入れてもらえたような気がします。それは私にとって本当に嬉しいことでした。
実際、常に幸せなことばかりではありませんし、ほとんどの過程は調整の時間でした。そんな中で、BTSが「ヒョンを信じてもう一度一緒にやってみよう」と言ってくれたことは本当に……
マネジメントにとって、ストレスのない日というのはこういうものなんだと実感しました。

ユ・クイズ「BTS 전원 재계약 하고 방시혁 자기님이 들었던 생각#유퀴즈온더블럭 | YOU QUIZ ON THE BLOCK EP.217 | tvN 231101 방송」より(動画の3:00~4:00くらい)

2026

パン議長が語る、BTSの歴史的アルバム「ARIRANG」制作の真実

おまけ

[パン・シヒョク代表の母、チェ・ミョンジャ女史] 穏やかで強靭な母の愛が結実

Q. 「BTSの父」と呼ばれるパン・シヒョク氏の母親として嬉しいですか?パン・シヒョク氏とBTSについて教えてください。

A. (明るい笑顔で)「嬉しい!」以上の表現を使いたいですね。「最近地面を踏んで歩いている? ちゃんと食事している?」と周りの方から質問されることもあります。応援してくださった皆様に感謝しています。

2018年6月に、ビルボードの世界音楽制作部門で73人に選ばれました。「BTSの父」という言葉は、本人はあまり好まないようです。音楽と結婚したという点では正しいですが(実際独身ですから)、アーティストは誰かが作り上げるものではなく、個人の哲学に合わないからです。

BTSという名前は、グループ結成以前からすでに考案されていました。「社会的偏見や抑圧に立ち向かい、自分自身の物語を作り、自分たちの価値を守る」という意味です。
海外では「Beyond The Scene」として「記録少年団」という愛称で呼ばれ、「すべての記録を塗り替える素晴らしい記録」と報じられています。
ご存知かもしれませんが、イギリスではまず「ビートルズを超える」と言われ、最も就職したい会社として「ビッグヒットエンターテインメント」が挙げられています。
BTSメンバーたちは真面目で優しくて魅力的です。彼らとの出会いは「神の一手だ!」と言われています。

お母さんのインタビューまであるとは、油断ならない……好きな人は全文どうぞ!

携帯電話の没収や門限、そんなことはしなかった…『21世紀のビートルズ』BTSの秘密

2013年6月13日、ソウル上岩洞のCJ E&Mスタジオで音楽番組『M COUNTDOWN』の収録が行われました。この日、デビュー後初めて放送舞台に立ったある7人組ボーイズグループがいました。彼らは黒いTシャツと金属アクセサリーなどのヒップホップファッションを身にまとい、強烈なビートに合わせた群舞を披露しました。
通常のアイドル曲ではラップの割合が10秒程度であるのに対し、この曲は半分以上がラップで構成されていました。「おい、お前の夢は何だ」「わかったよ、母さん、今すぐ読書室に行くってば」など、10代のメンバーたちが直接書いた素朴ながらも率直な歌詞が目を引きました。
この公演は防弾少年団(BTS)のデビュー舞台でした。

ファンの間では、この舞台が他の歌手が欠席したおかげで可能になったと知られ、後にBTSの成功物語に劇的な要素を加えることとなりました。
しかし、HYBE側はこれが事実ではないと明らかにしました。パン・シヒョク議長が当時Mnet音楽部門の代表と会い、説得の末に舞台を獲得したとのことです。そのおかげで新人としては異例の長い舞台(1.5曲)を披露することができたということです。

初ステージの裏話が載っていたので、思わず拾った記事(続きは有料)

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