小説 高校生戦隊ヒーローズ 17. 中間考査、午前の部
5月31日、水曜日。今日は中間考査、テストの日だ。
科目は国語、数学、英語、物理、化学、歴史学、政治経済の7科目で、この順番で試験が行われる。
ただし数学は2コマ、歴史学と政治経済は両方合わせて1コマなので、午前中が国語、数学、英語で、午後が理科、社会、といったところだ。
戦術学、実戦技術、兵站の試験は中間考査では行われず、期末考査のみとなる。また、芸術学と調理実習は筆記試験はない。
中学校では試験前は部活動が休みだったが、士官学校では必ずしも休みとはならない。常在戦場、いかなる時も試練に備えよということらしい。
とはいえ、さすがに試験当日の朝に朝練をする部活はない。
僕の所属するサッカー部も今朝は朝練がなかったので、久しぶりに春行先輩といっしょに寮の食堂で朝食を取り、いっしょに登校した。道すがら、先輩が尋ねてくる。
「行人、今日の試験はいけそうか?」
うーん、と僕は渋い顔で答える。
「数学が心配です。確率とか、命題とか、どうも理解が浅いような。2次関数とか円とかも、計算でごり押しできない問題は解けないかもしれません。」
「確かに、中学校の数学に比べて急に難しくなるからな。だが、解けなくても、後できちんと復習して理解すればいい。今からできることなんて、ほぼないからな。今日のところは、軽く構えろ。へんに緊張していると、解けるものも解けなくなるからな。」
「はい!」
「他の科目は、どうだ?」
「はい、他はだいじょうぶかなと思っています。国語、社会、英語は得意ですし。物理と化学も、これまでの授業の内容は理解しています。」
僕の答えに、先輩は微笑んで頷く。
「数学以外の科目も中学に比べるとだいぶ高度だが、ここまでのところが理解できているなら、この先もたぶんだいじょうぶだろう。数学も、勉強を続けていけば、どこかの段階で一気に理解が広がるはずだ。」
「そうだと、いいんですけど。」
昇降口に着き、僕らはそこで別れる。先輩は僕の背をぽんと軽くたたく。
「それじゃまた夕方にな、頑張れよ。」
「はい!」
先輩に返事をして、僕は教室に向かった。
教室の入り口には田代がいて、僕を見つけると来い来いと手招きをする。僕が駆け寄って「おはよっ!」と言うと「みんな待ってたんだ!」と手を引いて教室に引っ張り込まれる。
「滝川!みんなこの英文の意味わかんなくて困ってるんだ!おまえならどう訳す?」
七瀬が指したところには、「The total assets of Lockheed Martin were 55 billion dollars as of the end of last year.」と書いてあった。
「ロッキードマーチンの総資産は、昨年末時点で550億ドルだった、かな。分からなかったのは as of?時点で、って意味だよ。」
僕が答えると「おおっ!」「さすがは滝川大先生!」と声が上がる。
「だから大先生はやめてって。」
苦笑いする僕。
「as of なんて、文法書の試験範囲に載ってたか?」と首をひねる田代。「なかったと思うぞ。」と答える良介。
「鉄平、それ、過去問?」
僕が尋ねると七瀬は頷く。
「そ、昨夜、寮の談話室で『ひと通り勉強終えた~』って言ったら、3年の先輩が『それじゃ腕試しだ!』って、これくれたんだ。」
「ふーん、ってことは、2年前の1年生の中間考査?ちょっと見せてくれる?」
七瀬が渡してくれた試験問題をざっと見る。
大問が4つ。
教科書に載っている英文の長文問題に、副読本に載っている英文の長文問題、文法書に載っているイディオムの穴埋め問題に、最後は見たことのない英文。そこまで長くはないが、実力テストといったところか。件の as of はここに出ていた。
「・・・この4問目、えぐいね。」
僕が言うと七瀬が我が意を得たりとばかりに頷く。
「行人もそう思う?」
「だってこれ、たぶんロッキード・マーチン社の決算の話でしょ?高校生でその話題についていける人なんてまずいないと思う。オレは、ほら、実家がお商売してるから、多少はね。」
僕の答えに、家族の話をしたことのある良介など親しい友人はうんうんと、それ以外のクラスメイトはへえ、という顔をする。
「今年の試験もこんなわけわかんない問題出るのかな・・・?」
「出るとしても、今さらどうこうしようもないだろ?」
「そうだよね!人生、あきらめが肝心だよね!」
わいわい騒ぐクラスメイトをよそに、僕はそのえぐい4問目の英文を読んでいく。この英文は2年前にロッキード・マーチン社が公表した直近の決算発表資料からの抜粋のようだった。昨年の試験がどうたったかが分からないので何とも言えないが、なにか時事問題的なものを出してきそうな気がする。そういえば、今年の1月には合衆国大統領が交代している。一般教書演説の一部とかを抜粋してくるかもしれない。
そんなことを考えているうちに、始業の時間が迫ってきたようだ。担任の中村先生が教室に入ってきたので、僕は過去問を七瀬に返して席に着く。ほどなくHRが始まり、その後、試験が始まった。
まずは国語の試験。
教科書に載っている現代文の大問が1つ、古文の大問が1つ。
「・・・さりげなく凝った意匠が施され・・・」という文の「意匠」に線が引かれている。「この言葉の意味を説明せよ。」
解答欄に「外観を美しく見せるために形、色、模様など新しい工夫を凝らすこと。」と書き込む。
その他、漢字の書き取りや文章の説明をする問が続いたが、どれも問題なく解答できた。
数学の試験。
「$${x^2+x+1=0}$$が成り立つ時、$${x^3}$$の値を求めよ。」
むむ、2次方程式の解の公式使ったら、$${x=\frac{ -1 \pm \sqrt{-3} }{2}}$$とかなっちゃったぞ?ルートの中がマイナスって、何?わかんない、次。
「サイコロを3回振った時、少なくとも1回$${\frac{1}{3}}$$の目が出る確率を求めよ。」
・・・$${\frac{1}{3}}$$の目って、何?わかんない、次。
「2つの円$${(x-a)^2+(y-b)^2=r^2}$$と$${x^2+y^2=R^2}$$の交点を求めよ。ただし $${a}$$、$${b}$$は実数、$${r}$$、$${R}$$は正の実数とする。」
えーっ、1とか2とかじゃなくて、$${a}$$、$${b}$$使うとか、反則だよお!・・・どうしよ。解けるのかな?
こんな調子で、2時限連続休憩なしで行われた数学の試験はさんざんだった。
英語の試験。
まず問題用紙を見て違和感。
なにこれ?日本語が見当たらない。
「Read the following passage and answer the questions below.」
ああ、次の文章を読んで以下の問いに答えよ?
で、その以下の文章の後には・・・
「Put the sentence (A) into Japanese.」
文(A)を日本語に置き換えよ。
なるほど、問題文まで全部英語ってわけね。
大問が4つ。教科書の英文そのままの1問目、副読本から抜粋した英文そのままの2問目、文法の穴埋め問題の3問目に、4問目はそんな長くないけど見た憶えのない英文。問題文まで英語であることを除けば、七瀬が見せてくれた過去問と完全に同じ構成である。
うん、3問目から行こう。
「Obama ran ( ) the President of the U.S. in 2008.」
アメリカ合衆国の2008年大統領選挙、オバマ、ときたら、ran for、立候補した、だろうね。カッコの中は for。
意表を突かれはしたが、英語で点を落とすわけにはいかない。
文法問題をすべて解いた後に1問目、2問目をできるだけ早く済ませたが、ここまでで30分かかった。初見の4問目に使える時間は20分。なんとか全問を時間内に解答した。
昼休み。
士官学校は全寮制なので、3食すべて寮で用意してくれる。お昼ごはんは教室までお弁当を届けてくれるのだ。
めいめいお弁当を取って、席で食べ始める。
僕も後ろの席の田代の机にお弁当を置く。
「田代、ごはん食べながらグチってもいい?」
僕がそう言うと田代はにやにや笑う。
「おっ、どうしたどうした?おにーさんが聞いてあげよう。」
同級ではあるが早生まれで小柄なせいか、僕は子ども扱いされることが多い。いつもなら反論してじゃれ合うところだが、今はそんな気分じゃない。
「数学、難しすぎ!ぜんっぜん、解けなかった!」
僕が叫ぶと、七瀬や良介も近づいてきた。
「まあ、なあ。確かにハイレベルだったとは思うが、でも英語よりマシだろ?なんだよあの英語しかない問題用紙。」
そういう良介に、七瀬も頷く。
「そうそう、俺、何言ってるかわかんないから、解答欄が大きいところは日本語訳で、小さいところはなんか単語かイディオムって感じで適当に埋めたぞ。」
むむ、英語はそこまで難しくなかったと思ってしまっている僕とは、だいぶ見解の相違があるようだ。
「滝川、数学解けなかったって、具体的にはどんな感じ?」
そう聞いてくる田代。数学の惨状を思い出して、僕はがっくりと肩を落とす。
「6問全部、ダメ。1個も解けたの、ない。」
僕がそう言うと3人とも意外そうな顔をした。
「滝川、どの授業もそんなに苦労しているようには見えなかったけど。」
「数学の宿題だって、ちゃんと解けてたよな?」
「確率の問題とか、あれたぶんサービス問題だし。」
サービス問題?
僕にはちっともサービスとは思えなかったので尋ねる。
「え?どういうこと?サイコロに$${\frac{1}{3}}$$の目なんて、ないじゃん。意味わかんないんだけど!」
僕が言うと、七瀬が説明してくれる。
「行人、自分で答え言ってるじゃん。サイコロに$${\frac{1}{3}}$$の目なんて、ない。だから、$${\frac{1}{3}}$$の目が出ることなんて、あり得ない。だから確率はゼロだ。」
「え゛。」
固まる僕に、さらに解説してくれる七瀬。
「起こり得ない事象の発生確率はゼロ、逆に絶対起こる事象の確率は1。計算するまでもなく答えが出る。」
田代と良介もうんうんと頷いている。
「ひどい・・・引っかけ問題だ・・・」
僕が机に突っ伏すると、誰かがよしよしと僕の頭をなでる。
「行人、難しく考え過ぎなんじゃない?」
「それか、素直に公式を信じ過ぎ、とか。」
それってつまり騙しやすいバカってことなんじゃないだろうか?
「ああ、赤点だよぉ・・・」
しかしそこは育ち盛りの高校生男子、どんなに悲しくても腹は減る。
身体を起こして「数学の穴は、他の科目で挽回する!」と宣言すると、「そうそうその意気。」「がんばれ~。」と励ましてくれる。
「とりあえずごはん食べよ。」
そう言うと七瀬も良介も自分の机の上にあるお弁当を取ってきて、4人そろって蓋を開ける。
『おお~。』
4人の声がきれいに重なる。
試験の日の特別メニューなのか、きのこたっぷりの炊き込みご飯に、メインデッシュは鶏肉のから揚げ。
記憶にある限り、揚げ物が出るのは初めてだ。
それから僕たちはごはんを食べながら、午後の試験、理科と社会の傾向と対策に勤しんだ。
中間考査、午後の部に続く
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