小説 高校生戦隊ヒーローズ 19. 補習1
6月1日、木曜日。
中間考査の翌日の授業では、早々に採点済みの答案が返却された。
問題文まで英語で書かれていた英語の試験は全体的にできが悪かったらしく、1時限まるまる試験問題の解説が行われた。
一方で、僕が壊滅的にできなかった数学は、答案と一緒に解答例が配布された後は通常取りの授業が始まった。僕としては、こっちこそ1時限まるまる解説してほしかったのだが。
1年1組の木曜日の時間割は化学がないので、化学を除く全科目の答案が返却され、僕の試験結果は手応えどおりだった。つまり、数学が壊滅的で、他は問題なし、だ。
そして迎えた夕方のHRの時間。
担任の中村先生が各科目の合格ラインを伝えていく。
「・・・以上の点数に到達しなかった科目は、今週末と来週末、日曜日に補習に参加してもらいます。このクラスで補習に参加しなければいけないのは。」
そこで言葉を区切って先生は僕の方を見る。
「滝川、きみは数学の補習に参加してください。他に参加義務のある生徒はいません。でも希望があれば参加できます。希望する人はいますか?」
あーどうしよう?ギリギリだったし勉強しといた方がいいかなあ?
でも休みつぶれるのきつくないか?
そんな声が上がる。
それにしても、僕が数学の補習必須なのは予想していたので驚きはないが、他のクラスメイト17人全員が赤点を回避したのはちょっとショックだった。なんだか、僕だけができない子みたいだ。
「みんな、あたま、いいんだねえ・・・。」
しみじみ僕がつぶやくと、ざわざわしていた教室内が一瞬静まり、その後みんないっせいに笑い出した。
先生も笑っていたが、笑いがおさまるとこう付け足す。
「そろそろ1階のエントランスに試験の結果が貼り出されますからすぐにわかることですが、滝川、このクラスで総合1位はきみですよ?」
「え?そうなんですか?数学、あんななのに?」
思わずそう言ったが、周りの評価は少し違うようで。
「ああ行人は英語できるもんなあ」と言う七瀬に「歴史と政治経済もだぞ~」という田代。
先生も軽く頷く。
「そうですね、英語、社会科、あと化学は滝川が学年トップです。」
おおそうなんだ。
「それなのに補習に引っかかる僕っていったい・・・。」
机に突っ伏する僕の背を、誰かがよしよしとなでる。たぶん後ろの席の田代だろう。
僕が身を起こすと先生は補習の時間などの事務連絡を追加し、その後まもなくHRは終了した。
そして迎えた補習1日目、6月4日、日曜日。
朝はいつもどおり春行先輩に稽古をつけてもらう。
柔道の受け身、剣道の素振り。今日は剣道の試合もした。
先輩は強い。僕は1本も取れなかったが、先輩は3本も取った。でもまだだいぶ手加減していると思う。
そして水曜日の試験の日の朝以来、4日ぶりにいっしょに食堂で朝食を取った。この後数学の補習を控えていることもあり、話題はいきおい数学の試験内容になる。
「3分の1の目が出る確率を求めろなんて、ひどいひっかけ問題だと思うのです。」
鼻息荒く文句を言う僕の話を、春行先輩は笑いながら聞いている。
「$${x^2+x+1=0}$$ の時、$${x^3}$$ はいくつ?、って問題も、解答例を見たらただのパズルだったし。こんなの出すなら数学の試験じゃなくてクイズ大会と言ってほしいのです!2次方程式の解の公式使って解こうとしたのがバカみたいじゃあないですか。」
ひとしきり僕の話を聞いていた先輩は、にこにこしたままアドバイスをくれる。
「行人の素直なところは好ましいが。軍人は相手の裏をかく作戦を立てるのも必要な能力の1つだからな。別の方向からものごとを見る視点を養うのもだいじだぞ?」
さすが先輩、目のつけどころが違う。
こんな調子でおしゃべりをしているうちに、気づいたら補習の開始の時間が迫っていたので、僕たちは席を立った。
「ごちそうさまでした。」
僕たちが配膳台の方に膳を持っていくと、調理師さんが「ああ行人くん、今日はお弁当の配達ないから。自分でお弁当持って行ってね」と包みをぽんと台の上に置いた。
「ありがとうございます。なんだか、いつものお弁当より大きいですね?」
平日は毎日、各寮から教室まで弁当が届けられているが、今日の弁当はそれよりだいぶ大きい。
「今日は特別。上の段は、甘夏入っているから。おやつに食べてね。」
「甘夏!」
僕は柑橘類に目がない。あの、爽やかな酸味がとても好きなのだ。入寮して2ヶ月以上、調理師さんは僕の好みも把握している。一気にハイテンションになって一段高い声を上げる僕に、調理師さんはにこにこ笑う。
「おやつ!楽しみが増えました!行ってきます!」
お弁当の包みを抱えていったん部屋に戻り、春行先輩に見送られて僕は1人、登校した。
数学の補習は1年6組の教室で行われる。
初めて行った2階のいちばん奥にある教室にはまだ誰も来ていなかった。適当な席に座り、試験問題と解答例を出して改めて眺める。なんなの、この解答欄の大きさに比べてやけに短い解答例は・・・こんな大きな解答欄があったら、めちゃくちゃ計算が必要な難問だと思うじゃない。この程度で済む問題ならもっと紙を節約してよね!
そんなことを考えていると、担任で数学の教科担当でもある中村先生が教室に入ってきた。
「まだ滝川だけですか。なら、せっかくだから先に滝川専用の授業をしましょうか。」
おお、僕専用の授業って、なんだ?
「白装束に着替えて滝に打たれるとか、イヤですよ?」
僕がそう言うと「数学の補習なのにそんなことするわけないでしょう。」と返される。そりゃそうか。
「滝川、きみの答案を見ていて思ったのですが、きみは力任せに計算で解こうとしがちに見えます。きみは小学校の算数は得意だったのではないですか?」
僕の実家は商家で、士官学校に入学するまではお店の手伝いもしていたから、お釣りの計算を暗算するのはわけもない。
「算数が得意だ不得意だと意識したことないですが、暗算はよくやりますからそこそこ速いと思います。商品の値段の合算とか、お釣りの計算とか、ぱぱっとできないと支障があるので。」
先生は軽く頷く。
「君のご実家はお店をやっているんでしたね、得意か不得意か意識していないという時点でまちがいなく得意なんですよ。」
そんなもんか。
「だから少し複雑でふつうは計算をためらうような問題でも、とりあえず計算してみようとするのでしょう。これまではそれでだいたい解けてしまった。でも今回の試験で分かったと思いますが、力技で解くのはだんだん難しくなります。算数も数学も、数や図形を扱うという点では同じですが、算数の目的が日常生活で使う計算をできることなのに対して、数学の目的はそれを題材に論理的な思考力を養うことです。計算の力押しでどうにかなるような問題は、基本的にはないと思った方がいいでしょう。滝川の場合、問題を見てすぐに計算で解こうとしないで、まずは他の解き方がないか、もっと簡単な方法がないかを考えてみるといいでしょう。たぶんそれだけでかなり改善が見込めると思いますよ。」
おお、これが僕専用の授業か。
たしかに僕は問題文を読んでぱっと思いついた方法ですぐ問題を解こうとする。そして行き詰まる。それが今回の赤点という結果に行き着くことになったのだから、先生の指摘はピンポイントで急所を突いている。
これはなかなかいいかもしれない。
「・・・先生、それ、たぶん当たってます。答案見ただけでよくそんなことわかりますね・・・?」
僕がそう言うと先生は笑う。
「いろいろな生徒を見てきましたからね。数学が得意な子も、苦手な子も。」
そこに1人の男子生徒が駆け込んできた。
「すみません、遅れました。」
僕が振り返ると、教室の後ろから1人の男子生徒が僕たちの方に近づいてきていた。僕が言うのもなんだが、彼も士官学校の学生にしては小柄である。寝坊したのだろうか、髪の毛が跳ねていて、歩調に合わせてその跳ねたアホ毛が揺れている。
中村先生が時計を見て言う。
「10分と少し遅刻ですね。きみの今日の補習終了時刻は20分延長します。」
中村先生は口調も丁寧だし、士官学校の教官たちの中では「荒っぽくない」タイプの先生ではあるが甘くはない。彼もそれがわかっているのだろう、「はい。」と素直に頷いて僕の隣を1つ空けたその隣の席に腰を下ろす。
「さて、では全員そろったので補習を始めましょうか。」
その発言に僕はびっくり。
「え!補習って、たった2人ですか?あんな難しい問題だったのに?」
僕がそう言うと、中村先生は苦笑する。
「ギリギリで合格ラインを上回った生徒も含めるともう少しいますけどね、合格ラインに届いていないのはきみたち2人だけです。」
なんと。
やっぱりみんな頭がいい。さすが難しい入学試験を突破した精鋭ぞろいだ。
「さて、ではまず試験問題の解説から始めます。
2人しかいませんし、分からないことがあったらすぐに質問してください。分からないまま進んでしまっては、補習の意味がないですからね。」
『はい!』
日曜日の朝、9時12分。
中間考査後の数学の補習(1日目)が始まった。
(補習2)に続く
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