【自己紹介:独立コンサル奮闘記】東京→名古屋〜中小企業診断士はどこでも食べていけるのか問題〜
前回の続き、いきますよー!!
今回で、ひとまず書き切ります。
まだお読みでない方は、こちらを先にどうぞ。
名古屋への転居でリスタート
2016年2月末、夫の転勤に伴い東京から名古屋へ転居した。
長女は2歳、長男は生後3ヶ月。東京で築いてきた仕事や人脈、それらを一旦リセットしての新生活。慣れない土地でゼロからのスタートを切ることに、不安と期待が入り混じっていた。
名古屋駅にアクセスしやすい住まいを選び、まずは家族4人での生活基盤を整えることにした。
二児の育児と在宅ワークの日々
転居当初は、名古屋という土地に少しずつ慣れながら、幼いこども二人の育児に追われる毎日だった。
幸いなことに、長女は2次募集で2歳児クラスに入園決定(しかも自宅からママチャリで2分の距離)、4月から登園が始まった。よって、長男の育児をしながら、主に在宅で仕事をすることに。

わたしたち夫婦が2歳差でこどもを持った理由は、たとえ最初の数年はしんどくても、なるべく早く育児負担を減らしたかったからだ(もちろん運の要素もあるので、結果的にどうなるかはともかく)。
一方で、せっかく子育てできる機会に恵まれるのであれば、こどもとの時間を楽しみたいとも思っていた。自分のキャリアを中断してしまった焦りも正直あった。それでも「今は踏ん張り時」と自分に言い聞かせ、目の前の育児とできる範囲の仕事に専念することに意識を向けた。このように、いろんな感情や思いがごちゃ混ぜだったので、やるべきことの優先度もつけ難かった。仕事よりも何倍もムズイのだ。これ、真実。
コロナ禍で一般的になったリモートワークは、まだこの頃は浸透してなかった。その環境下では、在宅でできる仕事を自ら戦略的に増やすことが最善だった。当面は、執筆業務などを細々と続け、こどもが昼寝している間や夜の隙間時間にラップトップに向かった。あぐらをかいた足の間に長男をCカーブの体勢で寝かせた状態で、よく作業してた。そこにすっぽり収まってしまうぐらい、彼は小さかったのだ。

仕事の選択と集中
コンサル縮小、講師・執筆に注力
そもそも転居とは関係なしに、新生児の育児をしながら、頻繁な顧問先訪問などを伴うコンサルティング業務を続けることは現実的に不可能だと考えていた。よって、転勤が決まる前から、その類の仕事は少しずつ手放していた。
その代わり、自宅で対応できる執筆業や講師業により一層力を入れていった。
コンサルティング業務:
訪問・対面での打ち合わせ・緊急時のトラブル対応が必要
講師業務:
出張含め、事前に日程調整ができる
講師業務において最も時間がかかる準備は、自宅で育児の合間にできる
執筆業務:いつでもどこでもできる
わたしの場合は、以下に挙げるように仕事の取捨選択を行い、限られた時間とエネルギーを効率的に配分するよう心がけた。
美容業界関連の仕事
結論から言うと、この時点ですでに商圏は全国だった。なので、東京にいようが、名古屋にいようがあまり関係なかった。
なぜなら、全都道府県に読者が分散しているZENBIの連載自体が、営業活動になったから。
(声をかけてくれたNさんに心から感謝!)
具体的には、業界団体主催の講演やセミナー、経営相談会などの引き合いは継続した。
「え? 先生、名古屋にいらっしゃるんですか?」
と驚かれる機会はしばしばあったけど、むしろ東にも西にも行きやすく利便性は上がった。名駅(名古屋駅)は近いし、空港も遠くはない。
取材の学校
主催の堀切研一さん(ほりけんさん)は、診断士でいえば1年先輩。
当初から、色々な仕事でご一緒させていただくことが多かった。
今年13期を迎えた取材の学校だが、ありがたいことに1期から講師を務め、今でも継続している。現在はオンライン開催だが、コロナ前はリアル開催だった。授乳期間中は、午前と午後の間の休憩時間に搾乳する必要があったため、近隣のホテルを借りてくれたのが本当にありがたかった。ほりけんさんは、今も昔も人格者!
名古屋⇔東京 新幹線通勤のTAC講師ライフ
当時は長距離移動と育児の両立で体力的にきつい場面も多かったが、それでも講師の仕事を続けたいという思いが勝っていた。週末早朝の新幹線に飛び乗り、講義を終えてのぞみでとんぼ返りするようなスケジュールもしばしばだった。それでも受講生たちの熱意に触れることで私自身が刺激をもらい、この時間が大きな張り合いとなった。

2016年合格目標は、TAC池袋校と大宮校で講義を持っていたので、毎週新幹線通勤。土日とも講義の時は、実家(都内)泊。
今だから言える話だけど、新幹線片道分は自腹で通っていた。理由は、夫の転勤という私的な事情で交通費が増えてしまって、TACに申し訳なかったから。自分でそう申し出た。
2017年目標は、名古屋校でも講座を持つようになり、池袋校と2拠点で教えるようになった(この年は、全額交通費を出してもらえた。感謝!)。
2018年目標は、名古屋校・池袋校(2次対策のみ)・京都校(法務のみ)で講座を持った。
念願だった2次本科は、2017年・2018年に名古屋校で事例Ⅰと事例Ⅱのみ担当。ただ、名古屋では“解答プロセス”という概念が全く浸透しておらず、池袋校との大きな格差を感じた(この頃は、TACの教材にもほとんど反映されていなかった)。この辺の話は、長くなるのでまたの機会に!
2019年目標では、事務局から2択を迫られる。
・名古屋校で2次本科を全科目担当するか?
・新宿校の2次本科を全科目担当するか?
利便性と、名古屋地区の2次対策レベルを上げたいとの考えから、名古屋校を選択。
これも今だから言えるが、最初に名古屋地区のTAC合格祝賀会に出た2016年目標のときは、合格者が2名しかいなかったので、とても驚いた。
(まだ名古屋で講義を持っていなかったが、受講生の数は今の倍以上はいたようだ)。これはもう、やり甲斐しかないではないか!
今では定番人気の講座となった、わたしがゼロから企画して作っているウェブ講座「2次答案作成プロセス講義」は、2018年合格目標からスタートした(初年度から売れた!だから継続できている)。
2024年目標からは、名古屋での教室講義もスタートした。今年はもっと売れている✌️
みんな、ありがとう!!
出張と育児、家族で乗り切った日々
平日、夫は仕事が休めなかったので、わたしの東京出張時は、2歳の長女と0歳児長男を連れて、平日昼間の空いている時間に新幹線自由席で移動してた。

長女は、長男が生まれた時からちゃんと“お姉ちゃん”で、しっかり自分の足で歩ける子だった。東京について実家に向かう移動の電車では手を繋いで大人しく立ってくれてたし、座れた時に寝てしまってすぐに起きなくてはいけなくても、全くぐずることなく自分の足でしっかり歩いてくれていた。あまりにも甲斐甲斐しくて、涙ぐんでしまうこともあった。
名古屋に転居した翌年の2017年には、長男は長女と同じ園の1歳児クラスに入園。それでも、1歳児と3歳児の育児は大変だったが、夫と協力しあって乗り切った。夫いわく、生まれたての方が育児は楽。おむつを替えて、ミルクをあげておけばいいから。動き始めてからの方が、目が離せないから大変!(わかるー)
こどものインフルエンザ等で何日も園を休ませなければならず、どうしても夫婦揃ってスケジュールの調整ができない時は、夫の実家山口からお義母さんや義妹に駆けつけてもらったこともある。往復交通費は1人あたり約3万円。必要経費だった。
名古屋転居で増えた仕事
名古屋には、引っ越す前にも、TACやそれ以外の仕事で出張にいったことが複数回あった。当時TACの講師だったMさんが名古屋地区の診断士仲間と繋げてくれたおかげで、すでに知り合いが何人かいた。
わたしが名古屋に引っ越すことをFacebookで投稿したら、何人かが仕事を紹介してくれた。公的機関のセミナー、専門家派遣等の仕事がポツポツもらえるようになり、その中のいくつかは、毎年いただけるレギュラー案件にもなった。誰よりも早く声をかけてくれたタスクールの渡邉さんには、感謝!

フリーランスにとっても難しい問題だ
名古屋転居で減った仕事
一方で、物理的にできなくなった仕事もいくつかあった。
・東京地区近辺の公的機関の仕事
(交通費が先方の経費になってしまう)
・診断協会の仕事
(東京協会から愛知県協会に移籍したため)
・メディアの取材対応
(特に紙媒体を扱う出版はマーケットがほぼ東京に集中)
コロナ禍の試行錯誤と発信強化
2020年には、新型コロナウイルスの感染拡大により、仕事の進め方も大きな転換を迫られた。出張や対面での研修・セミナーが軒並み中止となり、一時は売上の落ち込みも覚悟した。

しかしここで立ち止まらず、オンラインでの発信やサービス提供に舵を切ることにした。
・繋がりのある事業者向けに資金繰り支援を無償で行なった。 主に資金繰り表の作成、コロナ関連の助成金・補助金等のご紹介など。
・月額1万円でいつでもメール相談できるSOSプランを20社限定で提供。
・YouTubeチャンネル「コンサル女王の教室」を開設。
最初の1年間は毎日1本ペースで動画をアップすると決めて実践。
・弊社自主企画のオンラインセミナーをスタート。
SNSで告知したところ、想像以上に多くの方々が参加してくれた。
地理的な制約がなくなったことで、全国各地から受講者が集まり、自身の発信が今まで届かなかった層にも広がっていった。
苦境の中で模索した新しい取り組みが功を奏したと実感できた。
育児に励むフリーランスのキャリアをどうする問題

フリーランスには、産休も育休もない。
ベビーシッター代に消えていく金額も決して少なくなかった(出張すると園のお迎え時間に間に合わない)。しかも、経費にも計上できない。
少しずつ育児が楽に感じるようになったのは、こどもたちが自分のことを自分でできるようになり始めた長女5歳、長男3歳になった頃。それもあり、2018年に法人化した。
我が家の場合、コロナ禍(長女小一、長男年中になる年度以降)に、夫がリモートワークをできるようになってだいぶ楽になったのが、ほんとのところ。
2026年10月からは子どもが1歳になるまで国民年金保険料が免除になる。これからの時代、フリーランスも少しずつ育児がしやすくなっていくはず!
こちらのサイトに、フリーランス向けの公的育児支援制度がとてもわかりやすくまとまってる。
長くなったけど、まとめます。 総括!
いかにキャリアを積み上げながら育児をするかは、ワーキングマザーにとって、とても重要な課題。社長でも会社員でも、それは同じだ。
キャリアアップしたい。でも、育児がその足枷になることもある。とはいえ、子育ては楽しい。イライラすることはもちろんあるけれど、こどもはいつだって無条件にかわいい。仕事も大事だけど、こどもと過ごす時間も大事。一方で、自分のための時間も大事。

だからこそ、わたしは時間の無駄遣いをしない。
楽しくない仕事や自分が成長できない仕事はやらない。
関わりたくない人とは極力関わらない。
スマホを見ている時間も相対的に少ないと思う。
ここまでつらつらと自己紹介として、自分の歩んできたキャリアを振り返ってみたけど、いよいよ総括。
自分自身のアップデートを続け、発信し、人との繋がりさえ大切にしていれば、どこにいても仕事はなくならない。
ここには書ききれなかったエピソードもたくさんあったけど、おもしろいものは、また小出しにしていきます。
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました♡
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