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あの日エヴァを観てから、知能が5下がった。

終始意味が分からない。にも関わらず、なぜかすごいと思わせてくる『新世紀エヴァンゲリオン』。

ストーリー・構成・作画・影響力・表現力・OP。どの観点で見ても1番すごかったと胸を張って言えてしまうアニメだった。今なお伝説として君臨し、劇場版を復刻してしまうほどの影響力。劇場版Qの月1エヴァに間に合わせるために、3日前から一気見し始めて間に合ったけども、優れた名作の例に漏れず、今観ても新しいと思わされてしまう。

そう、どのアニメであっても、才能と時間とお金がたとえ集結していようとも、これほどまでに“すごい”のただ一言を言わしめるアニメができるかは難しいところ。

そして、あの日エヴァを観てから、知能が5下がり、ひねくれ度が5上がった。

知能が下がったという実証はない。けど確かな実感がある。なにか頭が悪くなったような、そんな気がしている。原因は難解なものを見せつけられて脳のキャパを浸食しまっているのか、圧倒的な高次元アニメに魅せられてエヴァを崇めることしかできなくなったのか。気が付けばエヴァのことを考えてしまっている。

ひねくれてしまったようだ、もとからの部分もあるけれど。中学高校で観たら頭のおかしな子に育ってしまうという、視聴前の直観は正しかった。成人前に観たらもっとひねくれてしまっていただろう。ガンダム・スターウォーズ・エヴァンゲリオンは死ぬまで観ないと思っていたが、今回エヴァを観てしまった。観てしまったら観てしまったで、一生心に残り続けるとんでもないアニメだった。

エヴァンゲリオンを観てから、ひとつ大きな実害がある。エヴァの一気見でめちゃめちゃに疲れたから、あまり考えずに観られるアニメに手を付けた時のこと。作画がイヤにチープに見えやがる。以前は昔のよりも見やすくて好ましくすら思っていたのに。円盤が売れないんだから予算をそんなに使えないじゃないか。そう自分に言い聞かせて、半ば妥協的に視聴した。

さらには、またエヴァンゲリオンのように裏切られるというか、心に傷を負ってしまうのではないかという、ある種のトラウマのようなものが付きまとう。以前は視聴者を裏切るような構成のほうが、刺激的な快感が勝っていたのに。原作が売れているのだからそうひどい殺傷力はないだろう。そう自分に言い聞かせて、少しおびえながら視聴した。

もうひとつ。エヴァンゲリオンほどに狂気じみたリソースと魂を感じられないアニメを、良いと言ってしまってよいのかと、圧倒的“すごみ”を知ってしまったからこその懸念点が生まれてしまった。良い作品に決まっている。死ぬ気でやっているかはともかく、アニメに愛がある必死な人間が作っている作品に対して、むしろ良いと言えないほうが何様だという話。だが、それほどまでにえげつないアニメーションだったことは確かだ。

だからこそ、『エヴァンゲリオン』という作品を自分の一番好きなアニメに入れたくない。なんていうのか、すべての観点において一番だったのに、今更視聴して興奮している自分への嫌悪感と、そういうことでまだマシなほうなんじゃないかと思いたい自分がいるというか。なんにせよキショイんだけど、キモくてもしょうがないよね。エヴァだもんね。おっとこの子だもんね。

結論なにが言いたいかというと、『エヴァンゲリオン』はキケンすぎる。全人類に視聴して苦しんでもらいたいけど、間違ってもおすすめできない。
まったくおかしなアニメだ。なんにもわからないのに、すごいことだけはわかるんだから。なんにせよ、視聴以前と以降で自分の中の大事なナニカが変わってしまうことだけは、未視聴の方たちに伝えておきたい。


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