もやもや病になり大学を辞め10年間NPO支援をしていた男が突然デイトレーダーになった理由
2015年もやもや病を発症
なんだかな「もやもや」する人生。10代、20代、30代と常に人とは「何かが違う?」と思っていた。その何かがもやもや病と言う脳血管の難病だと知ったのは、40歳で脳梗塞と同名半盲(のちに視覚障害者手帳交付)になった後。もっと早くもやもや病の検査をしてしていたら…は後の祭り。
病気の症状などご興味あれば過去のNOTEへ。
そもそもなぜ?大学で働いていたか
龍谷大学が中心になって設立した、一般社団法人京都府北部地域・大学連携機構(略称CUANKA)が当時の僕の職場だった。総務省などの省庁や京都府、京都府北部の7つの市町からの事業を受託しており、その事務局兼コーディネーターが業務。なぜ?そんな団体で働いていたか?元々は大阪府出身で2社転職後にネクサス→テレコムサービス、いわゆる光モノ(光通信のグループ会社)、最近だと「ゾス」(=やります!の意)でちょっと有名と言うか、知っている人は知っている会社でゴリゴリの営業マンだった。ただ、「何かが違う?」「何かを変えよう」そう思い、移住したのが京都府福知山市。そこでたまたま受講した起業塾がきっかけで、大学と言う未知の扉を開くことになった。あっ、そもそも大学に行くことを人生で考えたことも無かったし、人生でもっとも遠い存在が研究者だったことも付け加えておきたい。
過去の学習歴などはここちらのNOTEへ。
ソーシャルビジネス(SB)やNPO、市民活動、市民運動への支援へ
大学で長く担当していたのが、京都府のソーシャルビジネス人材育成事業。そこで出会った人たちが、本当に「何かが違う?」を探求する人たち。光モノ時代に大概の人たちと出会ったが、まったく別モノ。心根がやさしいと言うのか、自分にはないモノをたくさん教えてもらったとも言える。その延長と言うか、感化されたと言うか、病気で大学を辞めた後も気づけば10年近くもSBやNPOや市民活動、市民運動への支援を主な生業、収入源として活動をしていた。
なぜ?デイトレード?デイトレーダー?
上手く説明する自信がないが
1.2024年に障害者手帳交付と障害厚生年金の受給が決まった
→当時、仕事でALS当事者およびその支援者の活動支援に関わっていて、障害についていろいろ調べていたら、自分自身が障害の対象になることを知り、ついでに年金まで支給して頂けることになった。
2.せっかくなので、障害者雇用枠や一般枠で転職活動を1年限定で開始
→京丹後市の副業枠、政策金融公庫の障害枠、もう1社は上場企業の障害枠、計3社あえなく不採用となる。
3.同時にキャリアの見直しをしつつ、リカレント、リスキリング、アンラーンに興味を持つ
→NPOなどへの支援活動だけでなく、企業や社会人向けの講座、セミナーなど模索。大学や京都府で学びながら、これ学習→知識だけではダメだと気づく。
と言った思考回路で、究極のリカレントはデイトレード?転職無理ならデイトレード?地方で障害者になっても生きていく、これからも好きなこと(場づくりなど)を続けるならデイトレーダーなる?と言う問いから現在に至っている。5月絶賛マイナス中なのはまた別の話。
10年先、20年先、次の展開は?
最近、「市議会議員になったら?」と言われる。また、そう多くはないが議員から僕の活動に興味関心を持ってもらうこともある。でも、自分がそちらの世界に行くのは「何かが違う?」議員でもなく、デイトレーダーでもなく、会社員でも、なんだったら個人事業主(現在)でもない何か?「何かが違う?」「もやもや」する人生をあと10年、20年過ごしながら、次の展開を一番、自分自身がドキドキして見守りたいと思う。
域組織研究所 代表
京都府 地域交響プロジェクト専門家派遣事業 専門家
未来型読書法アクティブ・ブック・ダイアローグ 認定ファシリテーター
社会的孤立を解消する協力型ゲームコミュニティ・コーピング 認定ファシリテーター
松井ひろまさ
