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東京ガスの内製化は、DXを外注から経営の近くへ引き戻していく

DXの話をしているはずなのに、気がつくとこれはシステムの話ではなく、会社の内臓をどこに置くかの話になっていきます。

何を外に出し、何を中に残すのかという判断は、コストや効率の選択に見えて、実際には会社のどこで血が巡り、どこで痛みを感じ、どこで判断が遅れるかまで決めてしまうからです。内製化という言葉がときどき妙に重たく聞こえるのは、開発手法を選んでいるようで、ほんとうは経営の鼓動の置き場所そのものに手を入れているからだと思います。


外に出していたのは、仕様だけではなかった

外部のSIに任せること自体は、べつに間違いではありません。大きな組織ほど、専門性や安定運用を外の力で補うのは自然ですし、そのほうがうまく回る局面もたしかにあります。

けれど、任せる範囲が広がりすぎると、外に出ていくのは仕様書だけではなくなります。顧客がどこで迷い、どこで離れ、どこで小さく不満を飲み込んだのか、その細い感覚まで少しずつ社内から遠くなっていきます。

会議では、顧客体験を改善したいときれいに言えます。けれど、改善したい人の近くに作る人がいない組織では、その言葉だけが少し空中に浮いて見えることがあるのです。

顧客の声を、手元で受け直す

東京ガスの内製開発チームの話を読むと、単にエンジニアを社内に増やした話では終わっていません。会員サイト「myTOKYOGAS」のような顧客接点を、社外任せではなく、自社の事業部門とDX推進部の中で持ち直そうとしているところに、いちばん大きな意味があります。

ガスや電気のような生活インフラの接点は、毎日強く意識されるものではありません。けれど、引っ越しのとき、料金を確認したいとき、手続きで少しでもつまずいたとき、その不便さだけは妙にはっきり残ります。そういう生活のすぐそばにある接点を、自分たちの内側で持ち直すというのは、思っているより重い決断です。

役割は明快です。Webやモバイルの顧客接点サービスを、自社で企画し、開発し、運用することです。外注主体のウォーターフォールから離れ、顧客の声をより早く反映できる体制へ寄せていく狙いがある。

文章にすると筋の通った話です。けれど実際には、これはかなり覚悟のいる設計です。なぜなら、外に任せていた時代には、遅さにもズレにも、どこか説明の逃げ場が残っていたからです。


作る人が、数字の近くに座りはじめる

東京ガスの内製開発チームが興味深いのは、プロダクトを「作る」ことだけを目的にしていない点です。DX推進のスピードと事業インパクトを高めるために、作るだけでなく「事業に貢献すること」を共通目的にしている。

この違いは、現場ではかなり大きいです。作ることが目的になると、開発は完成に向かいます。けれど事業貢献が目的になると、開発は仮説検証に向かい、数字や顧客行動が変わるまで終われなくなります。

組織体制も、その思想に沿っています。CX推進部デジタルマーケティンググループのような事業側の部門の中に、フロントエンド、BFF、インフラ、SREといった技術チームが内包される構成になっているのは、単なる配置ではなく、責任の置き場所を変える話でもあります。

同じ未完成を囲むと、空中戦が減っていく

開発スタイルは、スクラムをベースにした内製開発です。ビジネス、エンジニア、デザイナーが同じチームとして、同じプロダクトバックログに向き合う形が採られています。

私は昔、顧客体験を良くしたいという議題の会議に出ながら、肝心の作る側がその場にいない光景を何度も見ました。資料だけは整っていて、矢印も論点もきれいなのに、実際に直す人の顔がない。ああいう場では、議論は進んでいるようで、たいてい少しだけ遅れます。

この形の価値は、アジャイルが流行っているからではありません。立場の違う人たちが、同じ未完成物を見続けることで、ズレを早めに見つけられるところにあります。

事業側は成果を急ぎますし、技術側は負債を恐れます。デザイナーは体験の崩れに敏感ですし、運用側は安定を優先したくなる。その全部が間違っていないから、本当は簡単には揃いません。

だからこそ、同じバックログを見るという行為には意味がある。正解を早く出すためというより、誰か1人の正しさで押し切らないための器として、スクラムは案外よくできています。

便利に外へ出していたはずのものの中に、判断まで混ざっていたのかもしれません。

奥まで持ち帰ると、もう逃げ場がなくなる

当初はフロントエンドからBFFが主担当だったものが、その後はモバイルアプリやマイクロサービス領域まで広がり、さらにクラウド基盤、CI/CD、テスト自動化などのDevOpsも自前で整備しているそうです。

ここには、表面だけの内製化では終わらせない意思が見えます。見える部分だけ社内で持ち、深い部分は従来通り外に置く形もありますが、それでは会社の筋肉はなかなかつきません。

一方で、基盤や運用まで抱え始めると、組織は逃げにくくなります。作るだけではなく、回し続ける責任がのしかかるからです。

技術スタックとして、Next.js、React、BFF、マイクロサービス、クラウドネイティブ基盤、TiDBなどが挙げられ、SREチームがアプリケーション基盤を構築しているという構成も、単なるモダン化ではなく、内側に判断力を戻すための土台に見えます。

大きな看板より、今日の直し方に思想が出る

東京ガスグループは、2030年に「AIネイティブ企業」を掲げてDXを進めているそうです。こういう言葉は、ときどき大きすぎて、現場から遠く見えることがあります。

けれど私は、こういう看板の価値は、未来の美しさより、今日どこまで自分たちの手で直せるかに出ると思っています。AIネイティブと言いながら、顧客接点の違和感ひとつ、自分たちで素早く直せないなら、その言葉はまだポスターのままです。

逆に、企画から開発、運用までを一気通貫で担い、全社横断のCoEとして内製開発機能を強めていくのなら、その言葉は少しずつ現実に変わっていく。未来の標語より、今日の修正のしかたに思想は出ます。

それは生成AIの使い方にも少し似ています。道具が賢くなるほど、人は判断を後ろへ下げたくなりますが、最後に残るのはやはり決断と責任と、少しの孤独です。

会社の鼓動は、どこで鳴っているのか

内製化の話を読んでいるはずなのに、途中から別の問いに変わっていきます。自分の会社は、いちばん大事な反応を、ちゃんと自分の中で受け止めているのだろうか、という問いです。

顧客の声、現場のズレ、事業の迷い、技術の判断。そういうものが社内でつながる前に、きれいに整理された資料だけが往復する組織は、たしかに整って見えます。けれど、その静けさの奥で、鼓動だけが少し遠くなっていることがある。

東京ガスの内製化は、優れた事例として読むこともできます。けれど私には、それ以上に、会社が自分の鼓動をどこへ戻そうとしているのか、その静かな意思表示のように見えます。

外に預けていたものの中に、開発だけではなく、迷いながら決める力まで含まれていたのだとしたら。いま自分たちが内側へ戻すべきものは、本当は何なのだろうと思います。

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