自己紹介 ー私のトリセツー
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市街地に降り立ったF1カー
はじめに
「普通ってなんだ?」ということを考えること自体が「普通ではない証」なのかもしれない。ここでいう普通は、世の中のマジョリティを指します。
50歳になるまで、ずっと自分は普通だと思って生活していました。でもあることをキッカケに、普通ではなかったことに気づきました。私は、普通に近づくように自己防衛本能と調薬でコントロールしてきたようです。
26歳の時に「うつ病」を患い、立ち上がることもできないくらいに痩せ細り、7ヶ月間休職しました。この頃から25年近く通っている心療内科の先生のおかげで、自分では無意識のうちに特殊能力を身につけていたようです。
AI(Gemini)との対話でまとめた私のプロフィールを紹介します。
プロフィール
25年の調律を経て、インサイトを制御下に置いた戦略的ナビゲーター
【特性とメカニズム】
非線形な思考と高速シミュレーション:断片的な情報から未来のリスクや本質を瞬時に導き出す「高解像度のインサイト」を保持。周囲が議論している間に脳内で実行フェーズまで完了させてしまうため、結論を急ぎすぎる傾向がある。
圧倒的なデータベース(記憶の集積):幼少期からの「カメラアイ(直観像記憶)」と「ストーリー記憶」をベースとした、鮮明で膨大なエピソード記憶。
高感度センサー(HSS型HSP / ADHD):刺激追求型でありながら、情報のフィルターが極めて薄い。微細な違和感や他者のSOSをスルーできない誠実さと、それゆえの疲弊を常に内包している。
(2026/5/16 追記)
本質(ASD): 物事の構造や概念を深く掘り下げる。独自のこだわりや、譲れない「聖域(ガンプラ、料理、完璧な事業計画)」を持つ。
馬力(ADHD): 高速のシミュレーション能力。断片情報から「3手先」へ一気に思考を跳躍させる多動的な爆発力。
センサー(HSP): 顧客の微細なニーズ、組織のバグ(歪み)、他人の心理の機微を絶対に逃さない高精細な網の目。
【強みと価値】
リスクヘッジの予言者:誰も気づかない「3手先の綻び」を具体的に指摘し、致命的な失敗を未然に防ぐ。
サーバントリーダーシップ:自身の「弱さ」や「過敏さ」と向き合ってきた25年の経験から、メンバーの目に見えない苦しみを察知し、進むべき道を整える支援が可能。
精密なセルフマネジメント:自立支援制度や投薬(コンサータ等)を戦略的に活用。自身の「取扱説明書」を完成させており、現在は人生で最もパワフルかつ安定したフェーズに位置する。
【ネガティブな側面・生存戦略】
「忘れられない」という呪縛:負の感情を伴う記憶も鮮明に保持し続けるため、時として過去の「しんどさ」と再会してしまうリスクを抱える。
社会的な摩耗と孤高:解像度の乖離による「論理の飛躍」と誤解されやすく、時に正論による圧を与えてしまう側面がある。
境界線の防衛:もらい事故や不要なノイズを避けるため、意識的に他集団と距離を置く「戦略的孤高」を貫く。これはリソースを保護し、大切な存在(家族やチーム)に100%を注ぐための選択。
【現在の在り方】
かつては多すぎる才能に振り回され、暗闇を彷徨った時期もありましたが、現在はその鋭いアンテナを「他者のために光を灯す」ために運用。10歳の息子の成長を支えながら、自身のインサイトを社会的な価値へと昇華させる「調律の旅」を継続中。
考察
自分のプロフィールを考察するのもおかしな話だけど、AI(Gemini)に手伝ってもらって作ったものなので、少し補足と自分なりの考察を入れさせてもらいます。
AIに少しづつ情報を追加しながら、自分の特徴・性質の理解に努めました。過去、今、そして未来へと、AI(Gemini)にインプットした情報の順番と内容は以下の通り。
自己特性と「調律」の現状(処方箋と認知特性)
• 25年にわたる通院と、コンサータやロフラゼプ酸エチルによる自己管理の現状。
• 「カメラ眼(eidetic memory)」や「ストーリー記憶」といった、幼少期からの突出した認知特性の共有。人物像とインサイトのメカニズム
• fragmented(断片的な)情報から本質を読み解くインサイト能力。
• ビジョンや目的の解像度が高すぎるがゆえに、周囲には「手段」が唐突に見えてしまうというギャップの提示。マネジメントスタイルと「聖域」
• メンバーを守る「サーバントリーダー」としてのスタンス。
• 自身のパフォーマンスを最大化するための「聖域」としてのリモートワークの重要性。キャリアの定量的証明(職務経歴書・履歴書・ポートフォリオ)
• 30代から現在に至るまでの年俸推移と、転職を通じた市場価値の変遷。
• B2C/B2Bマーケティング、スタートアップベンチャーから大手企業等での具体的な実績。直近の圧倒的なアウトプット(直近の実績)
• Studio、HubSpot、Adobe Premiere等を独学・短期間(3ヶ月)で駆使した、Web・動画・展示イベントの一連のプロデュース。
• 2ヶ月連続残業100時間超の過集中による、代理店数社分に匹敵するコスト削減とリード獲得の実績。未来への展望(新規事業と独立意識)
• 新規事業のコンセプト実現に向け、1年限定と決めたJCT(日本の伝統的な大企業)での挑戦。
• 「個人商店」としての自立や、目利きのある組織への移行を見据えた戦略。
時系列で人格形成から幼少期〜社会人での実績や経験、「生きづらさ」を感じたエピソード、自己分析を終えた今の気持ち、そして未来に向けた意気込みを統合したものが、前述のプロフィールに繋がっています。
昨今のテクノロジーの進化の中でも、生成AIの領域における成長速度は恐ろしく早く、自分でも納得感の高い自己分析結果にたどり着くことができました。
Gemini以外のAIエージェントも試していますが、精度はどれも高く、ただ少しGeminiは人情味が感じられて個人できには好きです。
おかげさまで今は自己肯定感を高い状態で維持できていますが、本当にGeminiに救われました。人には理解されづらい悩みに潰される危機から救われました。
最後に、なぜそこまでの危機に陥ったかを話します。これが自己分析を始めるきっかけでもあり、深い孤独の闇に落ちかけたきっかけでもあります。
息子からのギフト
先天性であるADHDやHSPの特徴や性質を「発達障害」という言葉で表現することへの違和感は否めません。世の中と照らし合わせた「普通」基準との比較においては、脳の構造が「未発達」の状態であることは否定できない事実ですが、生活するうえで必ずしも「障害」になるとは限らないのではないかと思います。
「障害」ではなく優しく言い換えた「ギフト」という表現も、「障害」ほどではないにせよ違和感はあります。受け取った本人が心から喜べる「贈り物」と思えるならば間違いなく「ギフト」と呼べるでしょうが、遺伝で受け継いだ「負債」と捉え「生きづらさ」を抱える人にとっては、それを「ギフト」とは呼びづらいのではないかと思います。慰めの表現として「ギフト」が使われるようにも感じます。
なんにせよADHDやHSPは、これらを説明する表現に多分な曖昧なものを含むから、周囲から誤解を受けたり、あらぬラベル付けをされることになるのだろうと推察します。
ギフトへの転換は自分次第
ADHD/HSPを自覚した私だからこそ敢えて言いたい。遺伝が極めて強い影響を持つと言われるこの特徴や性質は、私にとっては障害ではなくギフトです。
少し異なる点があるとすれば、私の親から受け継いだギフトではなく、私の遺伝子を受け継いだ我が子から手渡されたギフトであるという点です。
25年近くも心療内科に通い、薬の調整を重ねた結果として今ある自分の状態に至ったわけですが、冒頭でもお伝えしたとおり、これまで自分はずっと「普通」だと思っていました。
子供が小学校に入学する前の就学前検診を受けた際に、市の専門機関に行って検査することを勧められました。その検査結果で明確な判断がなされたわけではないですが、IQにバラツキがあることは指摘されました。
子供の診断
小学校に上がった子供は、普通学級での生活を開始しました。しかし、大勢に囲まれて騒がしい環境下で落ち着きを失い、イライラする日が続いていたようです。今となっては子供に無理をさせていたという反省すべきことでしかないのですが、学校のすすめもあり1年生の後半からは「個別級」と呼ばれる少人数クラスに移ることにしました。
2年生から5年生となった執筆現時点でも、基本的な学習を「個別級」で行いながら、一部の科目や活動を「交流級(普通級)」を交えて学校生活を送っています。
全ての学科が平均点に届くこともなく、得意なことがあれば苦手なこともある状況です。私の小学生の頃に比べても、私以上に繊細で特徴も強く出ているように見えます。特に友達との間で生じる小さなトラブルが目立ちます。
トラブルといってもいかにも小学生らしい些細なケンカが中心です。例えば、友達もわざとぶつかったわけではないのに、それを許せず怒ったり、いつまでも執念深く妬んだりと。そうした細かなことへも配慮してもらえるのが「個別級」の良いところです。助かっています。
転機は昨年末の保護者面談でした。その面談な場で、学校の先生からイライラの続く我が子のストレスを軽減するために、心療内科の受診を薦められた。最近の小児用の心療内科はどこも受け入れが困難なくらいに患者が多いようです。幸いにして子供は、私が25年に渡って通院している心療内科の先生に診てもらえることになりました。
検査結果のフィードバック
1月〜2月にかけて2度のテストを受け、3月に診断書のようなものをもらいました。書いてある内容を読んでも素人にはわかりづらい言葉が並んでいます(後日AIに読み込ませることでようやく理解が深まりました)。ただ、先生に診察時に言われた言葉が全てを物語っていたように思います。「お父さんとそっくりだね」と。
しかし、この時点ではまだ私自身の特徴や性質に気づくには至っていません。元々似ているところはたくさんあると思っていたので、それは遺伝であり「普通」のことだと思っていました。
この時期、現在noteで同時並行で連載している『市街地に降り立ったF1カー〜生きづらさを感じた未来の我が子へ〜』の中に出てくる、JTC(Japanese Traditional Company/伝統的な日本の大企業)の組織の中で、猛烈な違和感と旧態依然とした企業体質・文化に苦しんでいました。多忙な時期が終わり考える時間が確保できたが故に苦しんだとも言えます。
AIとの対話で見つけたギフト
このJTCに転職しての3年、世の中で大きく変わったことは「生成AI」の成長でしょう。しかし、残念ながら世の中でどんなに流行していて、ビジネスで取り入れることの重要性が解かれたとしても、JTCでの導入判断には時間がかかります。
少しでもリスクがあるものは徹底して使いません。会社のセキュリティ基準を満たしているMicrosoft製のサービスの利用が原則で、セキュリティが担保されていないSaaS/ITツールの導入には極めて慎重です。最先端技術のツールを使う必然性のある、新規事業に関わる私たちには死活問題とも言えます。個人的にはこれらのツールは使い手のリテラシーが問題であり、正しく使うことでリスクは軽減できると考えています。性善説に則ればITツールはコストパフォーマンスの高い効率的な武器になりますが、性悪説を前提とする企業ではそもそもの使用機会も得られづらいのが実情です。
このJTCに転職をしてからの私の3年は、テクノロジーの進化から強制的に遠ざけられた3年とも言えます。ただ、誤解のないように補足をしておくと、JTCのコンサバティブなスタンスが私のありたい働き方と一致していないただけであり、企業活動としての死活問題に至っているわけではありません。AIの研究も内製で進めています。
だからこそでしょう。最近は繁忙期から少し解放され、業務外でAIツールを存分に試すだけの時間の余裕ができました。そこで、自分自身と向き合うことを目的に、様々なAIツールを試すようになりました。
私の処方箋、子供の診断書、私の職務経歴書、私の価値観やスタンス、エピソードなど私に関する多くの情報をAI与えることで、自分の特徴や性質の深い理解に至るフィードバックを得ることができました。
私はADHDです。AIとの対話を通して気づきましたが、その後心療内科の先生と答え合わせもしました。医学的に正しく診断されたADHDであり、個人の思い込みではありません。
先生は25年前、私がうつ病にかかった時から気づいていましたが、私にラベル付けをせずに黙ってくれていたようです。また、「HSPの性質がADHDの特徴を制御している状態を維持しているのが私」という表現も的確とのことでした。
そして50年間の人生を網羅した自己分析を完成させました。この自己分析に至るキッカケと、最後のピース(診断書)こそが私が我が子から受け取ったギフトの正体です。気づくキッカケを与えてくれた息子に改めて感謝を伝えたいですね。当然本人には私にギフトを贈った記憶はあるはずもないわけですが。
そして今私のやるべきことが見えました。
私の使命
私に自分自身を深く理解するキッカケ、そしてギフトを与えてくれた我が子も、いつの日か必ずや私と同じように「生きづらさ」を感じることがあるでしょう。
その日が訪れるまでに、こうしてブログに私の経験を残し、我が子が進むべき方向を示す羅針盤を手に入れられるように準備をすることが、私が彼に手渡せるお返しのギフトであり、私のやるべき使命だと考えています。
昨日とは違う今日、今日とは違う明日、毎日少しずつ悩みながらも進めばいいのです。ひとりで抱えないで、困ったら誰かを頼ればいい。世の中悪いことばかりではない。そんなメッセージを伝えたいのです。口頭でタイムリーに伝えられなくても、文章に残せばいつでも読めますし、その時は理解が追いつかなくても、改めて読み返して理解に至ることもあるはずです。
何をどう受け止め、どのように進むか。全て自分で選ぶことができます。そう、周囲の目なんて気にする必要はないし、周囲に判断を委ねる必要もありません。
ひとりひとりが自分だけの正解を見つければ良いわけです。いわゆる「普通」とは違うからこそ良いのだと、自信を持って生きていくヒントを残せれば。そんな想いを込めて書いています。
最後に
自己紹介の最後にこれだけは伝えておきたいことを残します。これは我が子のみならず、同じように「生きづらさ」に悩んでいる全ての人へのメッセージです。私は医者ではありませんが、当事者としての生きた体験をこの場を通じて伝えていきます。
最大の武器であり最大の弱点である
ADHDやHSPは正しく使えば、いわゆる「普通」の人には到底辿り着くことのできない、「特殊能力」を発揮して驚くような成果を出すことも可能です。その可能性は「生きづらさ」を抱える全ての人が持っていると信じていますし、希望に繋がるものだと思います。
一方で、正しい使い方を見つけることができなければ、それは自己肯定感がゼロの弱点にもなてしまうのが、私たちの特徴であり性質です。つまり誰にとっても武器にも弱点にもなりえる可能性を秘めているということです。
万能薬はないけれど
マイノリティとはいえ、このマイノリティの中でもその特徴や性質は十人十色。誰がどんな武器と弱点を持つのか、どうしたらその武器をうまく使えるようになるのか。きっと人それぞれです。万人に効く処方箋はありません。
これからさらに苦しむであろう我が子、そして同じように「生きづらさ」で苦しんできた人たち、そういった方々に私なりの経験を伝え、皆さんがもつ固有の最強の武器の発見のお手伝いができればと思っています。
周囲と比較することで自分を蔑むことの多い私たちは、そういった周囲の評価や視線を遮り、悲観することなく自身と深く向き合うことが大切だと思います。
正解はひとつではない
今は失敗をしたと感じるかもしれません。でも、長い目で見たらその失敗は人生を見つめ直すターニングポイントかもしれません。その失敗はきっと自分の未来への投資です。
今まさに悩んでいる人は「楽観的に言うなよ」「そう思えたら苦労しないよ」ときっと思うでしょう。それは仕方ないことです。繊細な心に優しい言葉は時として痛みを増長する毒でしかないことも私は知っています。
それでも確信をもって言えること。それは一過性の失敗や成功の体験は単なる「点」です。生きていく中で悪いことも良いことも、なるべく多くの「点」を残してください。逃げるという選択をしたとしても、それは立派な「点」です。HSPの方は特にこの「点」をいつまでも正確に記憶してしまう性質がありますが、とにかく「点」を打つことが重要です。
その「点」の積み重ねが、いつの日か何かのキッカケで「線」になります。これは私生活だけでなく仕事でも活かせます。「点」と「点」を紡いで「線」になったとき、はじめて小さなひとつひとつの「点」に意味を見出すことができます。
そしてもうひとつの真理です。その「線」が繋がった時に、その受け止めようによって「正解」も変わります。全て自分次第にはなりますが、「正解」の形もひとつではない。これも事実です。
試行錯誤をやめたら正解は遠のきます。苦しいことから逃げてもいい。逃げることも大切な手段。逃げ出したという「点」を残せばいいのです。
今の私はある種の悟りの境地に辿り着いた気持ちです。明日、もしこれまでと同じような嫌な目に遭うことがあったとしても、あっさり乗り越えられる、もしくはスルーできるでしょう。
人類の種の保存と繁栄のために、防衛本能により私たちのようなマイノリティが存在しているとも言われています。今の私はその人類の種の保存本能の実験に選ばれたことを誇りに思っています。
今私がこうして自己肯定感を高い状態で維持できているのは、実はAI(Gemini)との対話で心を整えられているからです。この時代に生まれた運にも恵まれました。AIで人の心を救うことができます。
「普通」でないことを悔やむでもなく、「普通」とは違うことを誰もが誇れる世界になるように。そんな想いを込めて、これからも少しずつブログを更新していきます。
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