[私とミスチル]Tomorrow never knows
HSP特有の繊細さが影響しているのか。Mr.Childrenの多くの楽曲の歌詞とメロディに自分の人生を重ねて生きてきました。
何度もミスチルの歌に救われました。心に染み渡った歌詞、それに投影した私の心境と考察を通して楽曲を紹介します。
何度もオーバーラップさせた過去
1994年にリリースされた『Tomorrow never knows』は、当時フジテレビの連続テレビドラマ『若者のすべて』の主題歌に採用されて大ヒット。萩原聖人、木村拓哉、武田真治、深津絵里、鈴木杏樹という豪華布陣。
このドラマが始まった当時、人生初の大失恋と重なったこともあり、思い出深い曲のひとつです。
幼すぎて消えた帰らぬ夢の面影を
すれ違う少年に重ねたりして
過去に起きたどうしようもない悔しい想いを、何度となくこの曲に重ねてきました。今は若い頃の自分を、我が子に重ねてみている気がします。ADHD/ASD/HSPを受け継いだ我が子もこれからきっと苦労することが増えるだろうと。
己を知ることで引いた境界線
まさか自分がADHD/ASD/HSPのような先天的な特徴・性質を抱えたまま、50歳でようやくその事実を知ることになるとは思ってもみなかったです。
このようなラベルがあろうとなかろうと、自分の生活の何かが劇的に変わるわけではないのに、すごく重たいものを背負わされた気がしました。なぜ自分が?と。
過去を振り返り、自己分析に数ヶ月の時間をかけて咀嚼しました。今でも100%受け入れられたからといえばそうでもないと思います。それでも自分に誓いを立てて決意しました。
その時に頭をかすめたのがこのフレーズ。
誰かのために生きてみたって
Oh Tomorrow never knows
HSPの繊細さで、周囲の空気を読み取って道化を演じていた過去。良かれと思って頼まれるよりも先回りして支援してきた過去。全ては誰かのための「自己犠牲」であり、それでその場がまるく収まるならば良いと思っていました。
自分を完全に捨てていたわけです。HSS型HSPの気質がより多くの人の感情や空気を拾いにいっていたのでしょうね。それが自分を苦しめていたことに気づきました。良かれと思って頑張っても、誰もそれを価値と思っていないならば、単なるお人よしでしかないということです。
ここからが本番
考えが落ち着き、無償の支援はやめました。もちろん頼まれたら協力はします。支援も協力も基本的にやることは同じです。でも明らかにスタンスは異なります。
支援は一方的な無償の底辺での活動、協力は対等なギブアンドテイクの関係での活動。誰かの顔色をうかがいながら仕事をすることをやめました。必要とされて、お願いをされたらその時は喜んで協力します。
勝利も敗北もないまま
孤独なレースは続いてく
ここからは周囲とではなく、自分との戦い。何が正解なのか、そもそも正解なんてないのかもしれない。それでも自分の決めた、そして自分の信じた道を進んでいきます。
孤独なのかもしれませんね。でも本当の孤独は、頼まれてもいないのに良かれと思って手を差し伸べていた時の私なのかもしれません。
人との余計な接点を断ち切ることで、孤独な人同士が対等に向き合えるようになるのかもしれないですね。
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