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【すっぱいチェリーたち🍒】スピンオフ 多さわこ(おおのさわこ)編 ⑥

こちらの記事は、仲良くさせてもらっているうりもさんの企画に乗っかって書いています。

▼ プロローグはこちら。

▼ スピンオフ さわこ編 前回の第⑤話はこちら。

さわこ ・ エピソードⅤ ‐ 帝子の逆襲 - (後編)


布団に潜り込み、うとうとして何となく夢うつつの状態で今にも眠りに落ちそうになったその時、黒電話のベルの音で目が覚めた。

こんな時間になんだろう・・・。

枕元に置いていた眼鏡をかけて布団から起き上がり、寝間着用の長襦袢を整えて電話がある居間に向かう。

廊下のフローリングがひんやりとつめたい。

さわこが居候させてもらっているのは、元々おばあちゃんの家の隣の波瑠はるさんの家で、ごくありふれた木造建築の一軒家だ。

さわこは、娘のレイさんが使っていた部屋を使わせてもらっている。
部屋にはベッドもあるのだが、さわこは床に布団が落ち着くので、ベッドの横に布団を敷いて寝起きしていた。

夜の9時半。
こんな時間に電話が鳴るなんて珍しい、と思いつつ黒電話の受話器をあげると、少し緊張したような声が聞こえてくる。

どうやら、たりき苑の夜勤担当者のようで、早口で用件だけ伝えて切れてしまった。かなり焦っていたような感じもあり、事務的な感じもあった。

帝子てるこおばあちゃんが施設から抜け出してしまったらしい。

これで6回目。
施設長からは、これ以上抜け出すような事があったらうちの施設では責任を負えないので出て行ってもらいます、と言われている。

おばあちゃんは、入所してしばらくは本当に別人のようになってしまって心配していたが、少しずつ元気になってくると施設を抜け出すようになってしまった。

でも、さわこは少しずつ元気になっていくおばあちゃんを見て、ちょっと嬉しかった。施設の人には迷惑をかけてしまうけれど・・・。

勝美伯母さんには連絡がつかないらしい。
亡くなった報告以外は連絡してこないでくださいと言われたらしい。

おばあちゃんと伯母さんの間になにがあったかは知らないけれど、さすがにそれは冷たいな、と思った。

・・・出て行ってもらいます、と言われても、もうおばあちゃんの家はないんだけれど、どうしよう・・・。

この家で同居させてもらう?
・・・さすがに難しいし、さわこも二人の老人のお世話を一人で出来る自信はなかった。二人とも認知症である事も大きな理由だ。

とにかくおばあちゃんが心配なので上下真っ黒のジャージと黒頭巾に着替えたさわこは、波瑠さんの様子を見てから家を出た。

波瑠さんは入眠したら夜中の3時頃まではいつもぐっすりだ。
念のため玄関は施錠しておく。

警察にも捜索願いは出しているそうなので、おそらく近いうちに見つかるだろうが、そうだとしても探しに出ないわけにもいかない。

自分の携帯電話を持っていないさわこは、黒電話で娘のレイさんにも連絡してからおばあちゃんを探しに出かけた。とりあえず、今まで発見された場所に向かう事にした。

公園や駅など、もともとおばあちゃんの家があった方向でだいたい見つかっている。

そこにあるはずの自宅が駐車場になってしまっているので、いくら探しても見つからないのだが、きっと自分の家に帰りたいんだろう、と思う。

そういえば、おばあちゃんが道端で倒れていた所を助けられて救急車で運ばれた時に、親切な学生さんに助けてもらったそうで、あんたの婿にピッタリだよ!と、嬉しそうに言っていたっけ。

どんな人だろう、優しい人なんだろうな・・・
さわこは想像する、吉田吉夫が黒縁メガネをキラりと光らせてタブレットを巧みに操作しながら救急者を呼ぶ様を。

・・・あれ?なんで吉田くんの事を想像しちゃったんだろう・・・

そんな妄想をして、さわこはちょっと恥ずかしくなってしまった。

( そんな事よりおばあちゃんを探さないと )

さわこは見通しがいい屋根の上をヒョイヒョイと音もなく飛び移りながら捜索範囲を広げていく。

黒の上下のジャージに、万が一の事も考えて黒い頭巾もかぶっているので闇夜に溶けこんでいる。時々、ビン底黒縁メガネのレンズがキラりと光を反射する。

今日はさくで暗くてよかった。

・・・もしかして、おばあちゃんも暗いこの日を選んだのかしら・・・。

しばらく探したが、おばあちゃんらしい人影は見つけられなかった。
派出所にも立ち寄って事情を説明して聞いてみたが、まだ見つかっていないそうだ。

夜遅くに高校生が出歩いてはいけない、という事で逆に注意されてしまった。

警察に任せなさいという事だったので、今日は諦めて戻る事にした。

心配だけど、自分にはどうしようもない。
布団の中で気持ちを切り替えて眠る事にしたさわこは、すぐに眠りについていた。



翌朝、いつも通りに登校すると、朝のホームルームの後に油木先生に一緒についてきて、と言われて何故か保健室に向かった。

『 おおのさん、昨日は大変だったわね、今日は授業は出なくていいから校長室に行ってちょうだい。困った事があったら何でも校長先生に言っていいのよ、ちゃんと大人を頼るのよ。』

意味ありげな笑顔を残して油木先生は保健室の中に入って行った。

保健室の中から茶保先生の声が聞こえる。

『 あー!アタシもさわこちゃんにエェこと言ったりたかったのに! 』

油木先生の大きな笑い声と茶保先生のキツめの関西弁のやり取りを聞きつつ、さわこは校長室に向かった。

( エエことって何だろう・・・ )

さわこは茶保先生のキツめの関西弁が好きだった。

校長室は、田梨木高校の最上階にある。
教室3つ分くらいのフロアをぶち抜いたとても広い校長室という噂は聞いた事があったが、実際に校長室の中を見た生徒はいないらしい。

フランスのブルボン朝をイメージしたという大きな校長室の扉の前で、さわこは大きく深呼吸した。

大きな木製の両開きの扉には、左右それぞれに3つのドアノッカーがついている。

左の扉には、鷹、鷲、ライオン。
右の扉には、不死鳥、グリフォン、一角獣。

どれも人の頭の大きさくらいある代物で、見るからに骨とう品のような雰囲気である。

どれでノックをすればいいのか分からない。

そもそも触っていいのだろうか・・・。

さわこはしばらく悩んだ末、ドアノッカーを使わずに自分の手でノックした。

コン、コン、コン・・・。

ここが本当に学校なのかどうかも分からなくなるくらいの静寂。

さわこがビン底黒縁メガネを中指でくいッと上げた瞬間、両開きの扉がゆっくりと開き始めた。



孤高のアナキン”は、昨夜の不思議な出来事を思い出していた。

見るからに年老いた二本脚が、ガッコウの壁を乗り越えて入って来たかと思うと、それこそ我々猫のようにヒョイヒョイと校舎の壁をよじ登って屋上に姿を消したのだ。

気になって後を追ったものの見失ってしまった。

あれはタダものではないぞ・・・。

黒猫アナキンは、顔を洗いながらそう思った。

彼は今、体育館の屋根の上から四角い池プールを見下ろしている。

三毛猫一家ミケファミリー赤サビ組レッドギャングには、すぐに合流できた。

どうもよそ者には、相当な手練れがいるらしい。

三毛猫一家ミケファミリーの若頭、魚を咥えた者ドラもそいつにやられてしまった。

そして肝心の首領・三毛田さんドン・みけたサンも行方知れずになっているという。

三毛猫一家ミケファミリーの若い衆に聞くと、よそ者がやってくるしばらく前から首領・三毛田さんドン・みけたサンは遠出したきり戻っていないそうだ。

ドンは極度の方向音痴で、こういう事がしばしばあったという。
また、二本脚のカリカリにつられてどこにでもついて行ってしまうのでファミリーの子分たちも困っていた。

ただ、ドンはどんな事があっても何事もなかったかのように戻ってくる。
なので、普段なら誰も心配しないのだが、今回はよそ者とのトラブルもあるのでいつもと状況が違う。
それに、ドンはこの地域で最強の猫だった。
だからこそファミリーを率いるドンなのだ。

その最強の猫が行方知れずで、いつ戻るかもわからないので、ファミリーが頼ったのが、ドンも一目置く黒猫アナキンだった。

よそ者は集団で四角い池プールに居ついてしまった。
最初は1匹だったのだが、今では10匹ほどの小集団になっている。

ガッコウの二本脚も寒い時期に四角い池プールには近づかないので気が付いていないようだった。

三毛猫一家の若頭のドラは、二本脚の凛とした佇まいの女生徒が、裏庭で大切に育てている菊の成長を遠くから眺めるのが日課になっていた。

ドンがこのガッコウの体育館の裏にファミリーを構えてもう何年にもなる。
二本脚に見つかると良いことがないので、ガッコウの二本脚には極力見つからないようにするのが、このファミリーの掟だった。

ただ、ガッコウの二本脚でも大人の二本脚の数名には我々の存在はバレてしまっていたが、彼らは定期的に貢物エサをよこしてくれるので、彼らは仕方なく彼らのケツ持ちをする事となった。

特にホケンシツのチャホの異名で呼ばれているこのガッコウの二本脚のボスは、ファミリーへの貢物エサを欠かさず、ドンへの敬意も払っている事から、三毛猫一家から好意的に受け入れられていたかなり懐かれていた

そんな折、凛とした佇まいの女生徒矢田なぎこが大切に育てている裏庭の菊を、よそ者猫が荒そうとしたのを、ちょうど通りかかった若頭ドラが見つけてトラブルになった。それがこの抗争の発端となった。

最初こそ若頭ドラがよそ者を撃退したものの、後日、よそ者のボスにボコボコにされてしまった。

なんとか菊だけは守り通せたものの、傘下の赤サビ組まで動員しなければならないほど、ファミリーの構成員全員が満身創痍になってしまった。
そんなタイミングで、黒猫アナキンがガッコウに到着したのだった。

❞ 奴らは二本脚が居なくなる夜に菊を狙いに現れます ❞

顔面傷だらけの赤サビの若い衆が教えてくれた。

どうやら敵のボス猫が一番強く、コイツには誰も歯が立たない。
その上、若頭ドラと同レベルに腕っぷしが強い奴があと2匹いるという。
この3匹にコテンパンにやられてしまっているようだ。

奴らのアジトに乗り込んでボスとのタイマンで勝てばいいだろう、と速攻で乗り込もうとした黒猫アナキンを三毛猫一家が総出で止める。

❞ 二本脚のお祭りが明後日らしいんです、お祭りまで菊を守れ・・・というのが若頭の命令なんです ❞

若頭ドラは、ひどくやられてしまったので傷が癒えずにアジトで治療を受けている。

どうやら二本脚の女生徒がお祭りに披露する為に大事に育てている菊のようで、お祭りの当日まで守り抜きたいらしい。

三毛猫一家はガッコウに集まる二本脚のセイトの事を、我が子のように大切にして見守ってきていたので、セイトが悲しむような事は起こしてはならない、というファミリーの掟がそうさせていた。

それに、ここで黒猫アナキンに万が一の事があれば、もう誰もあの菊を守れない。そんな危ない橋は渡れない。

せめてドンが戻ってくるまでは・・・、という事らしい。

・・・まったく、こんな時にあのジジイ三毛田サンはどこをほっつきあるいてんだよ・・・



三毛田さんは、公園でカリカリをくれた爽の後をついて歩いていた。

なんとなく、この子についていけば良さそうな、そんな気がしていた。
それに、この子がくれるカリカリは旨かった。

大きなゴミ袋を引きずりながら前を歩く爽が、ウーリー、ウーリーと言っている。

それが、黒猫アナキンの事だとは思ってもいない三毛田さんだった。
まさか自分のファミリーがほぼ壊滅状態になっている事など、思ってもいない三毛田さん。虫の知らせなど、三毛田さんには来ないのだった。

ただただ、カリカリをくれる爽の後をついていく、そんな三毛田さんだった。



もう夕方になってしまった。

何もかも校長先生が段取りしてくれていた。

さわこは、校長室の応接用の大きなソファーに腰を沈めて、向かいに座って紅茶をすすっている校長先生の様子をぼんやりと眺めていた。

校長先生は猫舌のようで、淹れたてのアツアツの紅茶を熱そうに両手で持って、少しすするとすぐにティーカップに戻していた。

その校長の後ろの大きなキッチンに、おばあちゃんが居る。

昨夜、施設から抜け出して何故か学校の校長室に侵入していたらしい。

校長先生が出勤してきたら、ちょうどさわこが座っているこの場所でいびきをかいて寝ていたそうだ。

校長先生とおばあちゃんは、昔馴染みだったらしい。
校長先生は否定するけれど、おばあちゃんと校長先生は昔は深い仲だったそうだ。
さわこには、深い仲という言葉の意味はよくわからなかったが、昔馴染みの事だろうと思った。

校長先生は顔を真っ赤にして否定していたので、きっと本当なんだろう。

・・・年の差があるから仲良しだったのが恥ずかしいのかな・・・

ふと思ったが、それよりもおばあちゃんが凄く生き生きと喋っていた方が驚きだった。

認知症になってから、こんな顔しなくなってたのに。

さわこはすごく心配していたのに、少し嬉しくなっていた。
これからどうするかも想像もつかなかったが、そこに元気なおばあちゃんが居てくれて本当に嬉しかった。

校長先生は、朝一番で臨時の職員会議を開いて、さわこのおばあちゃんの事を周知した。

施設に連絡をしたら、もう退去の手続きが進んでいて施設には戻れないという事を聞いて、学校に住んでもらう事にしたそうだ。
校長先生は、さわこの状況も知っているから、そう判断したようだった。

施設からは後日、私物が学校に郵送されてくるらしい。

おばあちゃんは、ちょうど空いている教室をおばあちゃんの部屋として使えるように改装してくれるそうで、既に業者が入って改装工事をしているらしい。
部屋には電磁調理器やトイレやお風呂も設置されるらしい。

費用の事を心配になったさわこの表情を見て、校長先生が先に教えてくれた。

『お金の心配はしなくていいよ。なんとかなるから。』

と、笑って言ってくれたので、さわこは何だか安心できた。

油木先生の”ちゃんと大人を頼るのよ”、という言葉が思い出された。

いろんな心配や苦労をかけたさわこや校長先生の事など気にもならないようで、おばあちゃんは新しい生活の提案にも前向きだった。

『 アタシも制服を着るのかい? 』

なんて言い出す始末で、校長先生が困った顔でさわこを見るのだったが、さわこも困ってしまって、なぜだか恥ずかしい気持ちになってしまった。

お昼には、校長先生のお母さんが運営している社会福祉法人の職員さんが二人来てくれて、それぞれおばあちゃんの様子を見た上で、必要な介護サービスの事やここでの生活のポイントなど、校長先生とさわことおばあちゃん本人にも教えてくれた。

また、午後から緊急の全校集会が開催され、そこで認知症サポーター養成講座も開催され、認知症対応の基礎知識について全校で学んだ後に、みんなの前でおばあちゃんが紹介された。

物忘れがあるけれど、みんなの学校生活の見守りや助言、清掃などしてくれる用務員的な位置づけで住み込みで働いてくれるという事らしい。
認知症だから生徒も気が付いたら必要なフォローをしていきましょう、という事だった。

また、校長先生がライフワークにしている子ども食堂の手伝いもするとの事だった。

『 さわこちゃん、大丈夫そうかい? 』

社会福祉士の賀田よしたさんが、さわこの顔を覗き込んで心配してくれている。賀田さんは、25歳の好青年で、さっきの全校集会で行われた認知症サポーター養成講座の際には、女生徒がザワついていた。

さわこの眼鏡の奥にある瞳をじっとまっすぐに見つめてくる。顔が熱い。
恥ずかしくて、小さく大丈夫です、と言ってうつむいてしまった。

『 帝子てるこさん、疲れてませんか? 』

おばあちゃんの目線に合わせて声をかけているのが、蓏萌うりもさんだ。彼女は28歳の介護福祉士で、賀田さんの先輩なんだけど部下だそうだ。
蓏萌さんは、長い髪をポニーテールにしていて小柄だけど清楚で可愛らしい人で高校生と言われてもわからないくらいだったので、これまた全校集会で彼女が登場した時には男子生徒がザワついた。

この二人が丁寧に教えてくれたので、みんな熱心に前のめりに認知症ケアについて学んでいた。

賀田さんも蓏萌さんも、学校の近くにある小規模多機能型居宅介護支援事業所という事業所で日常的に認知症の方へのケアを提供されているようで、今後は学校にもおばあちゃんの様子を見に来たり、その事業所の利用者さんを連れてきてくれたりしてくれるそうだった。

地域での横のつながりがとても大事らしい。
難しい事はさわこにはよくわからないが、施設に閉じこもりになるよりも、なんとなく開放的で良さそうな気もした。

大変な事件が起こったのだが、周りの大人の人が全部段取りしてくれたので、さわこはほとんど何もしないで全てが良い方向に進んでいった。

今日からさわこも学校で寝泊まりするかい?と校長先生に聞かれたが、同居している波瑠はるさんの事もあるので、さわこの生活はこれまで通りにする事になった。

夜中におばあちゃんが抜けださないか不安になったが、しばらく校長先生が学校に泊まり込んで様子を見てくれることになった。

賀田さんも蓏萌さんも、日中に帝子さんが好きなように生活して程よく疲れたら、自然と夜中はぐっすり寝てくれますよ、と言ってくれた。
また、この場所が安全で安心できる場所であれば、すぐに落ち着きますよ、とも言ってくれたので、なぜかその言葉を聞けて安心できた。

『さわこちゃん、おばあちゃん疲れちゃったヨ。』

覚えているのか覚えていないのか、新しい自分の部屋に案内されて口にした第一声だった。

さわこも校長先生も、賀田さんも蓏萌さんも、おばあちゃんも、みんなで笑った。

長い一日が終わり、波瑠はるさんの家に帰宅して、いつもの生活に戻ったさわこはいつもより深い眠りについた。



翌日と翌々日も、登校するとおばあちゃんが生徒に囲まれていた。

トイレはこっちですよ、それはこう使うんですよ、こっちには何がありますよ・・・などなど、廊下を歩いていると親切な生徒がいろいろと教えてくれている。

おかげでおばあちゃんは、トイレに迷う事なく、ホウキを逆さに持っていても、ちゃんと掃除をしたり出来ていた。

おばあちゃんも最初は目を白黒させていたが、次第にそういう事にも慣れたようで、若い学生との交流を楽しむようになっていた。

そんな様子を見て安心したさわこだったが、さわこに話かけてくる生徒が増えてしまったので、それには困った。

帝子てるこさんのお孫さん、という形で有名になってしまったのだ。

おばあちゃんは、校舎や校庭の掃除をしたり、各階のトイレ掃除をしたりしながら、時々面白そうな授業にも入り込んで生徒と一緒に授業を受けたりして、おばあちゃんなりに学校での生活を楽しんでいた。

子ども食堂では、注文されたメニューを間違えてしまって、子供たちに怒られて嬉しそうだ。

孫のような若い世代に囲まれている事自体が楽しそうな事と、忘れたり失敗したりしても怒られたり制限されたりせずみんなが親切に対応してくれる環境が、おばあちゃんを元気にしているように見えた。

それに、おばあちゃんが新婚の頃から愛用して着ている割烹着も生徒から人気だった。
使い古された割烹着の右胸の辺りに真新しく【てるこ】という名札が刺繍されている。女生徒の誰かが作ってくれたのだろう。

聞かれもしないのに、女生徒に囲まれて新婚の頃のおじいちゃんとの思い出話もしだしたりしてみんな楽しそうだった。
・・・その輪の中に綺麗な黒髪のおかっぱヘアーと地声か裏声かわからない垣野先生の声が混じっているように見えたが、きっと目と耳が疲れたんだろうと思う事にした。

学校におばあちゃんが居る事に不安もあったが、もうこんなに馴染んでいる様子を見てさわこは本当に安心した。

文化祭の当日も明日に迫っているので、みんな準備で忙しくしている。
本当は今日はお休みだったが、文化祭前日でリハーサルや準備などで多くのクラスが登校していて、学校はいつも以上に賑わっていた。
さわこもクラス劇の裏方の段取りの確認で連日、小室さんや矢田さん、監督の壽賀美さんとの打ち合わせやリハーサルで大変だった。

そんな裏方役を一緒にする事になった事で、さわこと小室哲子の距離が一気に近づいていた。
哲子の妹の友美が、実はいつも校舎の屋上で聴くあの歌声の主だったと知った時は感動した。
まるで姉妹のように接してくれる哲子の事がどんどん好きになるさわこだった。

宇利くんが好きになっちゃうのも仕方ないよね。

宇利盛男が小室哲子に告白してフラれたのは結構前の事だったが、商店街で気が狂ったようにツッコミまくったらしい盛男の事を本当に心配になった事を思い出すと自然と口角が上がってしまう。

劇のリハーサル後にクラスの打ち合わせが行われた。

いよいよ明日が文化祭当日。
この後、哲子に誘われている。
明日が誕生日の茶保先生に誕生日プレゼントを一緒に買いに行こうという事だった。そういう事もしたことがなかったのでさわこは楽しい気持ちで一杯だった。下校してからクッマで待ち合わせ。

これがお友達なのかな・・・。
ファーストフードのクッマには、何度か足を運んでいた。

お父さんやお母さんからは、ファーストフードには絶対に行ってはダメだ、とずっと言われいていたので、自分から足が向く事はなかったが、宇利くんや吉田くんの事が気になり始めてから、彼らの後を追うようにしてクッマに入ってしまった事があった。

こういうお店のハンバーガーのお肉はミミズやネズミのお肉らしい。
それに、コーラという飲み物は、飲むと歯が溶けてしまう毒物という事だった。

なんでみんなそんなモノを美味しそうに食べたり飲んだりしているのか本当に不思議で圧倒されていたら、宇利くんが声をかけてくれた。

"その時は”本当にびっくりしてドキドキして何も言えなくてモジモジしてしまって、宇利くんが気を聞かせて、トリプルクッマセットを注文してくれたのだけれど、ミミズだかネズミのお肉のパティが三つも挟まった大きなハンバーガーと、歯が溶けてしまうコーラが出てきて、どうしていいのかわからないでカウンター席に座ってしばらくトレイの上のセットをじっと見つめていたなぁ・・・。

清水の舞台から飛び降りる気持ちでコーラを飲んだのは良い思い出。
ハンバーガーも美味しかった。
さすがにトリプルは食べれないけれど、さわこはチーズバーガーとコーラとポテトのセットがお気に入りになっていた。

クッマで、宇利くんや吉田くんや他のクラスメイトのやり取りを遠くから見ているのも楽しかったけれど、よく見かけるくたびれたおじさんが、サラダを一生懸命食べていたり、ちょっとおかしな挙動不審になってキョロキョロしているのを見るのも好きだった。

そんな風に楽しい事を思い浮かべながら廊下を歩いていると、夕暮れに校庭を横切っていく小さな人影と猫の姿が見えた。

一瞬、公園から姿を消した”うりも”に見えたが、よく見ると黒猫ではなく三毛猫で、かなり体格もいい猫だった。
小さな人影は何か大きな袋を引きずるようにして猫の前を歩いていく。

気にはなったさわこだったが、おばあちゃんの部屋で賀田さんと蓏萌さんとの打ち合わせがあったので後ろ髪引かれる思いでその場を後にした。



おばあちゃんの部屋には、おばあちゃんと校長先生、賀田さんと蓏萌さんが楽しそうに談笑して待っていてくれた。

『文化祭の準備、大変だね、お疲れ様。』

いつも賀田さんが真っ先に声をかけてくれる。
いつもまっすぐにさわこの目を見て話してくれるので、いつも視線を外してうつむいてしまう。頬が赤くなっているのが自分でわかる。

蓏萌さんは、いつもおばあちゃんを気にかけて、いわゆる傾聴してくれているので、おばあちゃんは蓏萌さんの事が大好きになっていた。
今は文化祭で振る舞う筑前煮の作り方のコツを熱心に蓏萌さんに教えている。

『おばあちゃん、筑前煮ってどこで出すの?』
さわこが気になったので思わず聞いてしまった。

『なんだかね、メードかふぇ?ってので食事を出すみたいでね、そこで出すんだよ。ほら、ひじきと卯の花もこんなに作ったヨ。』

わぁー凄いですね!と蓏萌さんがキラキラした瞳で称賛しているが、メイドカフェに筑前煮と卯の花??

ちょっと心配になったさわこが視線を校長先生に移すと、すごい渋い顔をして苦笑いしている校長先生がアツアツのコーヒーを熱そうにすすっていた。

みんなでこの数日の振り返りや今後の事など話し合いをして、おばあちゃん本人の話も聞いて、このままでも大丈夫そうな見通しを立てて作戦会議は終わった。

賀田さんと蓏萌さんは、おばあちゃんが熱心に引き留めたが、仕事を理由に上手にさりげなくあっという間に姿を消していた。
校長先生は、おばあちゃんの押しに負けて筑前煮やひじき、卯の花の試食をさせられた挙句にお土産のお菓子まで持たされて、ぐったりして帰っていった。

おばあちゃんの部屋に、さわこと帝子の二人だけになって、しばらくしてさわこも帰ろうとした時に、おばあちゃんが割烹着にたすき掛けをし直してこう言った。

『気がついているかい?裏庭の菊が危ないんだヨ。』

優しい口調だったが、重い圧を感じる言葉だった。

裏庭の菊と言えば、矢田さんが大切に育てていて明日の文化祭で展示するのを楽しみにしていたはずだ。

さっきの人影と猫が向かっていたのも裏庭の方向だった。

何のことかわからないが、さわこに目配せをして黙って歩き出したおばあちゃんの後を、さわこも黙ってついていく。
緊張感が増してきたので、さわこは無意識でゆっくりと、中指でくいッと眼鏡を上げていた。



そろそろ襲撃がある時間だ。
昼間はあんなに騒々しかった二本脚のセイトも、ほとんどが下校してしまっていた。

裏庭の菊を守るため、全身傷だらけの三毛猫一家総勢8匹と黒猫が鶴翼の陣を敷いて布陣していた。

対するよそ者の集団10匹は、手練れの3匹を先頭に魚鱗の陣で相対している。

鶴翼の最深部、菊の正面に黒猫が陣取っており、攻め込んできた敵を包み込む形で殲滅する作戦だったが、黒猫以外の戦力は何かしらの怪我を負っており、下手をすると中央突破を許してしまう、そんな不安を黒猫は感じていた。

腕っぷしには自信があるが、さすがに3匹の相手は分が悪い。

左右に布陣した猫たちがうなり声をあげる。
呼応するように相手方の後方の手下どもがうなり声をあげる。

今にも戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。



おばあちゃんとさわこは、体育館の屋根の上から裏庭を見下ろしていた。

猫の集団が相対してうなり声をあげている。

『これはこっちが分が悪いね。』

おばあちゃんがため息まじりにつぶやいた。

『見てごらん、魚鱗に鶴翼だヨ。』
『鶴翼の両翼が傷だらけじゃないか、魚鱗に突破されちまうよ。』

さわこは何の事かさっぱりだったが、どうやら菊を守っている猫に分が悪いようだった。

目を凝らして見ると、そこに”うりも”の姿を見つけた。

菊の前で菊を守るように鎮座している。
大きな鳩胸にゴリラのような顔。
なんとなく宇利くんに似ているから、宇利盛男の名前から”うりも”と名付けていた。

こんなところにいたんだ・・・。

安心したものの、周囲の猫が傷だらけなので心配になってきた。

『 こりゃあぶないねぇ、加勢してやんないと菊があぶないねぇ。 』

そういっておばあちゃんが手に持っていた竹ぼうきをさわこに差し出す。

それを受け取ったさわこは、そのまま身をひるがえして”うりも”の元に向かっていた。



さわこが体育館の屋上から黒猫の元へ向かった丁度その時。
猫たちの戦いが始まった。

魚鱗が鶴翼の懐まで突き刺さる。
鶴の翼が魚鱗後方の集団をとらえて混戦になるが、最も強い3匹が黒猫の前に躍り出た。

多勢に無勢、よそ者ボスの左右の2匹が黒猫に襲い掛かったその時、コーラの空缶が躍り出た2匹のうちの一匹を弾き飛ばした。

同時に、土煙をあげてコーラの空缶が飛んできた方向から飛び出してきた猫影が、もう1匹の猫を弾き飛ばした。

猫背の背中に大きな三毛の紋。
三毛田さんそのねこであった。

黒猫が三毛田さんを視認し、コーラの空缶が飛んできた方に気を盗られ目線をやったその時を狙って、よそ者のボスが黒猫に向かって跳躍する。

黒猫が、その視線の先に宇利爽の姿を認めて驚いたその刹那、一瞬で飛び込んで来たのボス猫の鋭い爪が黒猫の身体に狙いを定めて振り下ろされた。

黒猫が気が付いた時には既に躱せる状態ではなく、モロに爪を受ける状況だった。

❝ あぶない! ❝
三毛田さんの声が響く。

その瞬間、宇利爽がコーラ缶を蹴飛ばした反対側から、竹ぼうきが一閃する。

駆け付けたさわこの竹ぼうきがボス猫を弾き飛ばしていた。

『 ウーリー! 』
『 うりも! 』

空缶の少女と竹ぼうきの女生徒の声が重なる。

危機を脱したかに見えたその瞬間、よそ者猫の残党が両翼の翼を振り払って一斉に突っ込んできた。相手は7匹、こっちは三毛田さんと黒猫の2匹と二本脚が2人。

爽が次の空缶を準備するのと、さわこが竹ぼうきを持ち直す一瞬の隙をついて7匹が三毛田さんと黒猫めがけて飛び込んでくる。

絶体絶命。
さすがの三毛田さんも打つ手なし。

その瞬間、黒猫の後ろ、ちょうどさわこと菊の間から大きな黒い影が飛び出してきた。

『 ゴリラー!ここにいたんかーい! 』

貝差彩子が猛スピードで自転車で突っ込んできて、黒猫の前で後輪ターンを綺麗にキメて、満面の笑顔で黒猫に話かけていた。

『 チュールいるか? 』

貝差彩子は、ゴリラしか目に入っていなかったので、自転車の後輪が一瞬で7匹の猫を弾き飛ばしていた事に気が付いていなかった。





つづく

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今回は、以下の方に登場してもらいました。

▼ 蓏萌役+宇利盛男役のうりもさん

▼ 富良子不良雄(校長先生)役のふらおさん

▼ 賀田役+吉田吉夫役のよしよしさん

▼ 矢田なぎこ役のやなぎだけいこさん

▼ 油木肉子先生役のゆきママさん

▼ 茶保先生役のちゃぼはちさん

▼ 垣野先生役の書きのたね。ブルボンヌ。さん

▼ 橋田壽賀子役のららみぃたんさん

▼ 貝差彩子役の彩夏さん

▼ 小室哲子役のTKさん

▼ クッマで挙動不審の田中健一役の香坂兼人さん

▼   三毛猫の三毛田さん

▼   宇利爽役のsou.さん

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