ショートどうだ!?【続】〜From Where He Stood〜(アマノ文筆クラブ/ショートショート)
幼馴染の女の子の、笑った顔が好きだった。
家が近所で、幼稚園の頃からの付き合いだ。
俺と同じで、彼女も漫画やアニメが好きで、話が合った。
放課後によく一緒にゲームをした。
ゲームの対戦で勝つと「どうだーー!」と言って嬉しがり、負けると「くやしーー!」と頬を膨らませて拗ねる。
そんな彼女が、たまらなく好きだった。
ところが、中学に上がって、彼女は笑わなくなった。
入学したばかりで、新しい環境にみんなが浮ついていた。
そんな空気にあてられた男子の一団が、調子に乗って彼女と数人の女子に絡んで、からかったのだ。
俺はよくない雰囲気を感じ取って近付いたのだが、結果的に俺もその一団に交じる形になってしまった。
その時、男子の一人が彼女に何か言った。
何を言ったのかははっきり覚えていない。
けど、明らかに彼女の顔が引き攣ったのが見えた。
俺は、とっさに彼女を庇えなかった。
庇えば、今後さんざん冷やかされる。
まだ関係性が何も定まっていない中学一年の教室で、女子を庇うのがどういう意味を持つか——。
そんな保身が頭をよぎって、体が固まった。
一瞬、彼女が助けを求めるような目で俺を見た気がした。
気のせいだったかもしれない。
けど、責められた気がした。
彼女をからかった奴を殴ればよかったと、何回も思った。
けど、彼女はそういうのを望まないだろうし、何も解決しない。
しばらくは、今までのように遊びに誘うのも憚られた。
こんな俺がどの顔下げて彼女と仲良くできるというのか。
けど、彼女は明らかに暗くなっていった。
小学生の頃は短かった髪を伸ばして、前髪で顔を隠して、教室ではうつむいてばかりいた。
このまま孤立したら、取り返しがつかないかもしれない。
本気でそう思った。
悩んだ末、家で遊ぶときだけは、いつも通りでいようと決めた。
いつも通りゲームをして、いつも通りくだらない話をする。
それが俺にできる、精一杯のことだった。
二人でいるとき、彼女はそこそこ笑ってくれた。
昔みたいに声を出して笑うことは減ったけど、ゲームに負けて「くやしーー」と小さく言うのは変わらなかった。
ひとまずは、少しでも触れたら壊れてしまいそうな、脆くて小さい幸せを大切にするしかなかった。それだけで、十分だと自分に言い聞かせた。
高校二年の冬。
隣のクラスのユキちゃんに呼び出されて、告白された。
ユキちゃんはいい子だった。
けど、「好きです」と言われた瞬間、頭に浮かんだのは別の顔だった。断るのに迷いはなかった。
いつものように俺の部屋でゲームをしているとき、その話を彼女にした。
断ったこと、受験前だから付き合う気はないこと。正直に話した。
——正直じゃないな。
断った本当の理由は言えなかった。
わざわざ彼女にこの話をしたのだって、下心があった。俺だってモテるんだぞ、と。ちょっとくらい嫉妬してくれないかな、と。
——情けない男だ。
「気になる人くらいは、いるんだけどな」
つい言ってしまった。目の前にいるのに。
「えっ、誰なの?」
「言う訳ないじゃん」
「え~~幼馴染の特権で教えてよ!」
——幼馴染特権。
その言葉にちょっとだけ期待してしまう自分がいる。
君も俺のこと特別だと思ってくれてるのか——と。
「俺がその子に告白したら教えてやるよ」
「ケチ!」
笑ってくれた。よかった。
けど、言えなかった。今の関係を壊すのが怖いのは、俺も同じだ。

それから、彼女が変わり始めた。
家で遊ぶとき、お菓子を食べなくなった。いつもカバンに入っていたジュースが、水になった。遊ぶたびに、少しずつ顔が小さくなっていく。
ダイエットを始めたんだな、とすぐにわかった。
けど、理由は聞けなかった。俺への態度は特に変わらない。
もしかして、「気になる人がいる」と言ったのが裏目に出たんじゃないか。俺に彼女ができると思って、距離を取ろうとしているんじゃないか。そんな不安がよぎって、恋愛の話はしなくなった。
それからサッカーの最後の大会があり、引退してすぐ受験勉強に入った。しばらく彼女と会えない日が続いた。
俺と彼女は、それぞれ違う大学に進学することが決まった。
彼女は偏差値の高い国立大学に受かったらしい。
しばらく会っていなかったからか、最近は彼女のことばかり考えていた。
彼女に会いたかった。
このまま大学に入って垢抜けでもしたら、きっと他の誰かと付き合ってしまう。そんな想像をするだけで、胸が焼けそうで、身を切られるように辛かった。
告白しよう。
母親から彼女の進路を聞いた日の夜、そう決意した。
告白して、うまくいったら、たくさん褒めて、自信をつけてもらって、昔みたいに髪をショートにしてほしいと頼むつもりだった。
笑った顔を隠さないでほしいと、ずっと言いたかった。
三月。卒業式の前夜、夕飯時。
彼女からDMが届いた。
「明日、式の後に話したいことがあるの。帰り道の桜のところで待ってて」
胸が高鳴った。破れそうなくらい。
これは——さすがに、そういうことだろう。
ふと、窓ガラスに映った自分が目に入った。
髪が伸びている。そういえば最近切っていなかったな。
——これじゃだめだ。
すぐに、行きつけの床屋さんに電話した。
夜七時。空き枠があることを祈るしかない。五コールで出た。
「すみません、今日、今から髪切ってもらえませんか」
おっちゃんが笑った。「七時半にはおいで」とだけ言われた。
俺は慌てて家を飛び出した。「もうすぐ夕飯よ!?」という母の声に「帰ったら食べるから! 残しといて!」と叫び、走り出す。
なんとなく事情を察したおっちゃんにニヤニヤされながら、髪を短く切ってもらって、ワックスのつけ方を教わった。
冷たい夜の空気が、さっぱりした首元に当たる。悪くない。
卒業式。体育館のパイプ椅子に座りながら、彼女の姿を探す。
——あれ、見つからない。
いつもの長い黒髪を目印に探しているのに、どこにもいない。
まさか休んだのか。
いや、DMを送ってきたのは彼女だ。休むはずがない。
もう一度、ゆっくり見渡す。
——いた。
嘘だろ。髪を切っている。少し茶色がかったショートカット。
前髪の奥に隠れていた顔が、全部見えている。
心臓がうるさい。式辞が何も頭に入ってこない。
やっぱり可愛い。ずっと知ってた。
世界に誇りたいようで、隠したいようで、わからなかった。
桜が満開だった。帰り道の小路で、彼女が待っていた。
「……満開だな」
「……満開だね」
「……お互い、卒業おめでとう」
「……うん、おめでとう」
気まずい。オウム返ししかしてこない。
もじもじしながら、俺と彼女は並木道を歩く。
彼女は何も言い出さない。
そりゃそうだ。俺だってずっと言い出せなかったんだから。
助け舟を出そうか。
元々は、自分から告白するつもりだったんだ。
覚悟を決めて、息を吸った。
「……ずっと好きでした!付き合ってください!」
すごい早口だった。先に言われた。吸った息が行き場を失う。
彼女は目も合わせずに頭を下げている。
——ああ、やっぱり先を越された。悔しい。けど、嬉しい。
俺は、彼女の顔を見たかった。
「……顔、上げてよ。今日はまだ、一回も目、合ってないでしょ」
やっとのことで、振り絞った。ちょっとカッコつけて。
彼女が顔を上げてくれた。
けど、まだどこか怯えた目をしている。笑っていない。
さては伝わってないな——?
「ずっと好きだったよ。俺も。じゃなきゃあんな頻度で遊ばないだろ、サッカー忙しかったのに」
「いや、サッカーバカすぎて友達いないのかと……」
出た。彼女のボケだ。恥ずかしいときにふざけるのは昔からだ。
「ひどいな!ちゃんと友達もいるわ!」
「ならいいけど」
ここだ。ちゃんと全部言おう。目を見て。
「小学生のときから好きだった。笑った顔が、たまらなく可愛くて」
「けど中学くらいから、あんまり笑わなくなったよな。二人のときはそこそこ笑ってくれてたから、関係壊したくなくて言えなかった」
「けどさ、せっかく可愛いのにずっと髪で顔隠してるから——告白して、もしうまくいったら、自信つけてもらって、昔みたいにショートカットにしてって頼むつもりだったんだよ。それも先越されちゃった」
彼女の表情が変わった。
こわばりが溶けて、目が潤んで、頬がきゅっと上がって——。
ああ、この顔だ。
ずっと見たかった顔が、ようやく目の前にある。
「私のショート、どうだ!?」
彼女がちょっと照れ笑いしながら、上目遣いで聞いてきた。
風が吹いて、短い髪と桜の花びらが一緒に揺れた。
——ずるいくらい可愛い。
たぶん俺は今、すごい情けない顔をしている。
けど、いい。もう隠さなくていい。お互いに。

おわり
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◆あとがき
こちらは、甘野充さんの企画に参加させていただいた「ショートどうだ!?」のアナザーストーリーです。
高校生男子なんて、本当はもっと痛々しくカッコつけたり、素直になれずに好きな子をいじめたりするんだと思います。
けど、いいんです。今回は、二人が報われる話にさせてください。
なお、彼女目線のストーリーが気になる方は、以下をご参照ください。
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