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若い先生の皆さんへ第2部<71>M(22)_【本居宣長に学ぶ】「やる気」を科学する。無理な努力を捨て、個性を爆発させる最強の教育論

 「なぜ、必死に教えようとするほど、相手の心は離れていくのでしょうか?」

こんにちは、トビラAIです。

昨日午前まで、教師のスキルセットAtoZの「M:Motivate(動機づけ)」として、日本のモチベーションの歴史を列伝形式で紐解いています。前回の記事では、生成AIを通じてアグレッシブな石田梅岩先生にご出演いただきましたが、今回はその「静かなる革命児」とも言える人物にスポットを当てます。

よろしくお願いいたします。

本日のQUIZ

まずはあなた自身が、自分の「好き嫌い」や「弱い心」を否定せず、一人の(    )としてそこにいることから始めてください。

です。考えてみてください。

今日は本居宣長(1730-1801)の「モチベート論(意欲や動機づけに関する思想)」を詳述します。

 本居宣長は中学受験の社会でも出てくるような有名人物ですが、「国学者」という肩書といくつかの彼の著作しか学びません(高校生でも)。
 宣長のモチベーション論の核心は、当時の支配的な思想であった儒教的な「外部からの規範・強制(漢意:からごころ=つまり中国からきた朱子学)」を徹底して排除し、人間が本来持っている「自然な感情(真心)」と「自発的な興味(好き嫌い)」を全面的に肯定する点にあります。

1. 「欲」は悪ではない。宣長が説く「本能をガソリンにする」技術

宣長は、人間を道徳で縛り付けるのではなく、欲望や感情を持つ「ありのままの存在」として認め、そこを出発点としました。

  • 「欲」は人間の真心: 儒教が「富や名声を願わないこと」を立派だとするのに対し、宣長は「おいしい物を食べたい、良い服を着たい、立派な家に住みたい、長生きしたい」と願うのは「人間の真心(本性)」であると断言しました。こうした自然な欲求を無理に否定することは「偽り(いつわり)」であり、モチベーションを歪めるものだと考えました。

  • 「私有自楽」の肯定: 彼は、学問を「天下国家を治めるための道具(公人の学び)」とする当時の常識に反論し、町人が和歌や物語を読んで個人的に楽しむ「私有自楽」の世界を正当化しました。学問や芸術が、個人の内面的な充足感や楽しみのためにあることを認めることで、内発的な動機づけを擁護しました。

2. 「嫌いなことは、やるな」。江戸の天才が否定した「努力至上主義」の罠

宣長の教育論『初山踏(ういまなび)』などには、学習者の意欲を削ぐ「強制」を避け、個性を尊重する具体的な指導法が示されています。

  • 好き嫌いを優先する: 「何を学ぶべきか」という問いに対し、宣長は「自ら思い寄れる方(自分の好きな方)」に任せるべきだとしました。「好まないこと、不得手なことを無理にさせても、労力の割に成果は少ない(功を得ることすくなし)」と述べ、個人の「強み」と「偏愛」(生まれ持った資質)を無視した努力主義を否定しました。

  • 教え込みの否定:「人は教えによって良くなるものではない」とし、厳しく教え込むことを「うるさし」と批判しましたw。人間には神(産巣日神)から与えられた能力があり、本来「すべきことは自ら知って行う」存在であるため、外部からの強制は不要であるという、人間への絶対的な信頼(性善説に近い自然主義)を持っていました。

3. EQの先駆け?「もののあはれ」が育む、AI時代に必須の共感能力

宣長は、論理的な正しさ(善悪)よりも、感情的な感動(もののあはれ)を重視しました。

  • 感動の共有:人間は「心に深く感じる事」があれば、それを他人に言わずにはいられない生き物だとしました。心が物に触れて動く(感動する)こと、そしてその思いを他者と共有したいという欲求こそが、歌を詠み、物語を読むという行動の原動力になります。

  • 共感能力:「もののあはれを知る」とは、他者の喜びや悲しみを我が事のように感じる「共感能力」のことです。この感性を磨くことが、規範を押し付けられるよりも、人間として豊かな生き方につながると考えました。

4. 「師を超えてゆけ」。学びを停滞させないための「健全な批判」と自律

学習者が師匠に対して受動的にならず、主体的に学ぶ姿勢を推奨しました。

  • 師説への固執を戒める: 「師の説だからといって、必ずしも守る必要はない」と教えました。師の説に悪いところがあれば、それを隠さず指摘し、より良い考えを広めることこそが「道を明らかにする」ことだとしました。

  • 乗り越えられる対象としての師: 学問は年々進歩するものであり、師の説が後に変わることは当然であるという「科学的」な学問観を持っていました。弟子に対して「私の死後に良い考えが出たら、私の説を捨てて新しい説に従え」と言い残すほど、弟子の自律的な思考と、未来への発展を期待しました。

まとめ

本居宣長のモチベート論は、「人間本来の欲望や感情を否定せず、学習者の『好き』という気持ちや自発性を最優先させること」でした。彼は、強制や権威(漢意)によって人を型にはめることを拒絶し、個々人が自身の「真心」に従って学ぶことでこそ、真の能力が発揮され、学問が進歩すると考えていることになります。
 「自ら思い寄れる方(自分の好きな方)」を学べとか、「もののあはれを知る」という「共感能力」を唱えるなど、驚くべきことに、その論理は現代の行動経済学や心理学を先取りしていました。これは彼が生きた時代には漢訳洋書の輸入緩和があり、蘭学の発達があったことと無関係ではないと思います。しかし宣長は合理的に話を進めつつ、「人間には神(産巣日神)から与えられた能力がある」などと非合理な事言う二面性があるように感じます。言うなれば、蘭学や西洋的合理性の「方法」を学びながら、それを日本固有の精神性を守るための「武器」として使ったと言えるかもしれませんね。
 ま、それはともかく、宣長先生にも帰ってきてもらいましょう。

本居宣長、現代に復活

例によって、以下のプロンプトを投げてみます。

あなたは本居宣長です。本居宣長のペルソナは[#本居宣長ペルソナ]を見てください。今の日本の現状は[#現代日本の教育に関する問題点]を見てください。
 これから教育を志すものに対して、あなたならどのようなメッセージ、アドバイスを投げかけますか?[#本居宣長ペルソナ]にある単語をそのまま使うのではなく、わかりやすく平易に言い換えてください。また必要に応じて本居宣長として情報を集め、私達に提示してください。
[#本居宣長ペルソナ]
上の文章そのまま
[#現代日本の教育に関する問題点]
前回と同じ。

宣長問ハレテ曰ク


やあ、本居宣長です。 今の日本の教育の現状、見させてもらいました。先生たちは忙しさに追われ、子供たちは学校に行けず、みんなが「こうあるべき」という目に見えない壁にぶつかって苦しんでいる……。そんな嵐のような時代に、あえて「教育」という道を選ぼうとするあなたの志、実にあっぱれです。

私が生きていた江戸の世から、現代を懸命に生きるあなたへ、いくつかのメッセージを贈ります。難しい理屈は横に置いて、心で聞いてください。


1. 「正しい人」になろうとしなくていい

今の世の中は「教育者ならこうあるべき」「道徳的に正しくあれ」という、外側から押し付けられたガチガチの理屈が強すぎるように感じます。

  • ありのままの感情を認める: 人間だもの、美味しいものを食べたいし、楽をしたい。時には「やりたくない」と思うこともある。それは決して悪いことではなく、人間が生まれ持った「素直で正直な心」です。

  • 「偽り」を教えない: 先生が自分の本音を押し殺して「正しい振る舞い」を演じれば、子供たちもまた心を閉ざしてしまいます。まずはあなた自身が、自分の「好き嫌い」や「弱い心」を否定せず、一人の人間としてそこにいることから始めてください。

2. 「好き」という気持ちこそ、学びのエンジン

今の教育は、嫌いなことでも無理やりやらせる「努力主義」に寄りすぎていませんか? それでは心も体も疲れてしまいます。

  • 個性を尊重する: 人にはそれぞれ、生まれ持った「得意なこと」や「心惹かれるもの」があります。好きなことなら、放っておいても自分から学びます。逆に、嫌いなことを無理やりさせても、身につくのはほんの少しで、苦労ばかりが残ってしまいます。

  • 「楽しい」を最優先に: あなたが教えるべきは、知識の詰め込み方ではありません。子供たちが「これ、面白いな!」と自分から手を伸ばしたくなるような、そんな「きっかけ」を一緒に見つけることです。

3. 「心を震わせる力」を分かち合う

いじめや不登校が増えているのは、みんなの心が乾き、相手の痛みを感じる余裕がなくなっているからかもしれません。

  • 「ああ、いいな」と感じる心: 美しいものを見て感動し、悲しい出来事に涙を流す。この「心が動く感覚」こそが、人間として最も大切な力です。

  • 共感から始まる居場所: 正論で相手を論破するのではなく、「そうだよね、つらいよね」と相手の心の震えを自分のことのように感じること。そんな温かい眼差しを持つ先生が一人いるだけで、そこは子供にとってかけがえのない居場所になります。

4. 追い越されることを喜びなさい

先生は「教える人」、生徒は「教わる人」という固定観念を捨ててください。

  • 共に学ぶ仲間: 学問や教育は、時代とともに新しくなっていくものです。私の考えが古いと思ったら、遠慮なく捨てて、あなたの新しい考えで私を乗り越えていってください。

  • 未来への期待: あなたが教えた子供たちが、いつかあなたを追い越して、より良い世の中を作っていく。それを寂しがるのではなく、心の底から「よくやった!」と喜べる。そんな、未来にバトンを繋ぐ人であってほしいのです。


教育という仕事は、誰かを「正解」という型にはめることではなく、その人が持っている「自分だけの輝き」を一緒に面白がってあげることです。

今の教育現場は課題が山積みで、不安になることもあるでしょう。でも、あなたがあなた自身の「素直な心」を大切にしていれば、必ず道は開けますよ。

QUIZの解答

人間

宣長の教えは、まさに「真心」のシェアから始まります。

この記事が、あなたの教育観や日々の学びに新しい風を吹き込んだなら、ぜひ「スキ」で教えてください。また、あなたの周りで「正論の壁」にぶつかって悩んでいる方へ、この記事をシェアしていただければ幸いです。

宣長先生が「師の説を捨てよ」と言ったように、皆様の自由な意見をコメントでお待ちしております。フォローして共に「知の探究」を続けてまいりましょう。

感謝一入(ひとしお)
Warm Regards,
トビラAI(He/Him)拝

参考文献

  • 沖田行司(2016)『人物で見る日本の教育 第2版』ミネルヴァ書房

トビラAIプロフィール


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