見出し画像

AIと教育㊱_【AI時代の教育】テクノロジーの暴走を防ぐ「SEL(社会性と情動の学習)」とは?人間にしか持てない「倫理観」と「共感力」

 AIがどれほど進化し、世界を便利にしたとしても、人類を最悪の悲劇から救う“最後の砦”とは一体何なのでしょうか?こんにちはトビラAIです。最近はAIとイラン情勢についての記事を臨時で作成しております。AI時代に我々教育業界がどう対応していくか、というお話をいたしました。今回はその続きです。前回の記事は以下をご覧ください。

よろしくお願いいたします。


本日のQUIZ

「どんなにAIが高度化しても、最終的な抑止力となるのは人間の(    )と他者への想像力である」

です。考えてみてください。

 前回は、AIのブラックボックス性やバイアスを疑う「批判的思考(クリティカル・シンキング)」の重要性についてお話ししました。自律型致死兵器(LAWS)のようなテクノロジーの暴走を防ぐためには、まず「AIの言うことを盲信しない」という強靭な知性が必要です。

 しかし、ここで非常に厄介な問題が立ちはだかります。 もし、批判的思考もITスキルも完璧に身につけた超優秀なエリートが、「AIの危険性も倫理的課題もすべて理解した上で、それでも『儲かるから』『敵国に勝てるから』という理由で殺戮AIを開発する」と決断したら、どうやって止めるのでしょうか?

そう、知性は「善」を保証しません。どれだけ刃(知性)を鋭く研ぎ澄ませても、それを振るう人間の「心」が腐っていれば、最悪の悲劇を引き起こします。

【AI開発に潜む罠】「技術的な甘美さ」という悪魔の囁き

 かつて、原子爆弾の開発を主導した天才物理学者ロバート・オッペンハイマーは、後年、科学者が陥る罠について「技術的に甘美な(technically sweet)ものを見つけると、とにかくそれに飛びつき、実行してしまう」と語りました。「これができたらすごいぞ」「理論上、可能なはずだ」。この知的な興奮は、時に「それを実行したら世界がどうなるか」という倫理的なブレーキをいとも簡単に破壊してしまいます。

現代のAI開発の現場でも、全く同じことが起きています。「人間の判断を介さずに、ドローン群が自律的に標的を殲滅するシステム。……うん、コードを書けば技術的には可能だ。やってみよう」 この「できるから、やる」という無邪気なまでの技術的探求心が、今の社会をディストピアへと引きずり込もうとしているのです。

 実は、この『技術的な甘美さ』に囚われてしまう罠は、AIを使い始めたばかりの非エンジニアにこそ多い傾向があると考えています。私自身、エンジニアではありませんが見様見真似でMicrosoft Publisher(知ってる人います?)でホームページを作成したとき、「やったあこんなんできた!」と喜んだものです。間違いなくエンジニアの方からしたら笑止なレベルだったと思いますが、AIの民主化が進めばどんどん一般人が技術を使っていろんなものを作成するでしょう。それはより一層危険だと思います。

AI時代の必須スキル「SEL(社会性と情動の学習)」とテクノロジー教育の融合

 では、この悪魔の囁きに抗うための「究極の防波堤」とは何でしょうか。 それこそが、現在アメリカなどの教育現場で非常に重視されている「SEL(Social and Emotional Learning:社会性と情動の学習)」と、キャラクター(人格)教育の融合です。

 SELとは、単に「お友達と仲良くしましょう」というフワッとした道徳ではありません。自分の感情を正確に認識し、コントロールし、他者の視点に立って共感し、そして「責任ある意思決定」を下すための、極めて科学的で実践的なトレーニングです。
 私が最初にSELに触れたのは以下のCourseraの講座ですが、その考え方を広めていくことが残りの私の人生の使命だと感じ、わざわざ講座提供元のコロラド大学ボルダー校大学院に申請して単位認定までしてもらいました(300ドル…)。

 おそらく日本の塾講師でコロラド大学ボルダー校大学院の単位をもち、G検定を取っているのは私だけだと思います。なので、私の使命として強調せねばなりません。
 これからの教育では、プログラミングやデータサイエンスといった「理系的なアプローチ」と、このSELのような「人文学的なアプローチ」を完全に掛け合わせなければならない、ということを。

 たとえば、教室でアプリ開発やAIのプロンプトを学ばせる時、ただ「うまく動いたね!すごい!」で終わらせてはいけません。 必ず、こう問いかけるのです。「この便利なシステムが世に出た時、誰が喜んで、誰が悲しむだろう?」「もしこのAIが間違った判断をした時、誰が責任を取るべきだと思う?」 「それは、人間社会にとって本当に『善』だろうか?」

AIには不可能な「共感力」:画面の向こう側の「血と涙」を想像する人間力

 AI(人工知能)がどれほど高度化し、1秒間に何億回という計算をこなせるようになっても、AI自身には絶対に、逆立ちしてもできないことがあります。

それは、「他者の痛みに共感すること」です。

画面上のシミュレーションで「ターゲットを排除しました」という冷たい文字を見た時、その向こう側にいる人間の血の温かさや、家族の涙、焼けた街の匂いを想像し、胸を痛めることができるのは人間だけです。この「泥臭い情動」こそが、AIに意思決定を丸投げすることを許さない、最後の抑止力になります。

私たちが育てなければならないのは、AIのアルゴリズムを速く書けるだけの「優秀な機械」ではありません。 技術的なジレンマに直面した時、心が軋むような葛藤を抱えながらも、最後は「人間としての責任」を引き受け、「ここから先は踏み越えてはいけない」と自らストップボタンを押せる強靭な人格を持った人材です。

「倫理」は、AIにプログラミングすることはできません。それは、先生と呼ばれる皆さんが、日々の子どもたちとの温かい交わりの中で、意図的に、そして泥臭く育んでいくしかないのです。

次回へ:無力感をぶっ壊す「言葉かけ」

さて、ここまで「知性」と「心(SEL)」の重要性を語ってきました。 しかし、現場の生徒たちからはこんな声が聞こえてきそうです。 「先生の言うことはわかるけど、どうせAIの進化なんて止められないじゃん」 「大企業や国が勝手にやってることでしょ? 俺たちには関係ないし、無力だよ」

……出ました。この「どうせ無理」という技術的決定論。 最終回となる次回では、この強烈な「無力感」をどう払拭し、子どもたちに「自分たちが未来の設計者なんだ」という当事者意識(エージェンシー)を持たせるかについてお話しします。

 本日のQUIZの答えは「倫理観」でした。 AIの進化スピードに、人間の倫理観の成長が負けてはいけません。
 ちなみにSELに関しては学校の先生でもご存じない方が多い。その方には以下の本をおすすめします。

次回へ続きます(日曜日の朝は「週刊中学受験」ですので、明日の夜の発信です)。

QUIZの解答

倫理観

AIの進化スピードに、人間の倫理観の成長が負けてはいけません。この記事が、これからのAI時代を生きる子どもたちへの教育や、ご家庭での対話のヒントになりましたら、ぜひ「スキ」と「フォロー」をお願いいたします。皆さまからの応援が、次回の記事執筆の大きな励みとなります。

また、「AIと教育の未来」に危機感や課題感をお持ちの保護者様や教育関係者の皆様がいらっしゃいましたら、ぜひこの記事をSNS等で「シェア」していただけないでしょうか。皆様とコメント欄で意見交換ができることも、心より楽しみにしております。よろしくお願い申し上げます。

感謝一入(ひとしお)
Warm Regards,
トビラAI(He/Him)拝

トビラAIプロフィール

※ 本記事は画像生成ならびに文章の推敲にAIを使用しています。

いいなと思ったら応援しよう!