【ないはずの歯が痛い?】歯科医が考える「幻歯症」
戸越銀座デンタルケアークリニック 院長の大澤広晃です。
今回は、少し変わったテーマについてお話しします。
その名も「幻歯症」です。
私がつくった造語ですが、日々の診療で患者さんのお話を伺ううちに、「もしかすると存在するのでは」と思った次第です。
「幻肢症」からヒントを得て
みなさんは「幻肢症(げんししょう)」という言葉を聞いたことがありますか?
事故や病気で腕や脚を失った方が、その後もまるで失った手足がそこにあるかのように感じる現象のことです。
「手が固まって動かない気がする」
「拳を強く握りしめているような痛みがある」
実際には存在しない手足なのに、あたかもそこにあるように脳が錯覚してしまうのです。これを「幻肢痛」と呼び、患者さんを苦しめる大きな要因となっています。
私がこの話に出会ったのは、神経学者ラマチャンドラン教授の著書『脳の中の幽霊』を読んだときでした。科学と人間の感覚が交わる、とても刺激的な内容で、私はすぐに夢中になりました。
そして同時に、「歯科でも似たような現象があるのではないか」と直感したのです。
インプラント後に「ないはずの歯が痛い」
歯科の現場でも、不思議な痛みの訴えを耳にすることがあります。
治療で歯を抜いたはずなのに「抜いた歯がしみる」「存在しない歯が痛む」と患者さんが感じるのです。
もちろん、その場所にはもう歯は存在しません。
それでも脳が「そこに歯がある」と思い込み、痛みや違和感を生み出してしまうのです。
これを私は「幻の歯の痛み」、つまり「幻歯症(げんししょう)と呼ぶことにしました。
実際に診療をしていると、歯科医から見れば「原因がない」痛みや違和感が出ることは珍しくありません。患者さん自身も「気のせいなのかな…」と不安に思われることがあるでしょう。
ですが、神経の信号を脳が取り違えることで起きていると考えれば、その不思議な感覚も理解できるようになります。

脳が錯覚する
ラマチャンドラン教授が画期的だったのは、この「幻肢症」に対してユニークな治療法を編み出したことです。
それが「鏡療法」と呼ばれる治療方法です。
患者さんの胸の前に鏡を置き、残っている手を映し出すと、鏡越しには“失ったはずの手”がそこにあるように見えます。その状態で両腕を同時に動かすと、患者さんの脳は「ないはずの手が動いている」と錯覚するのです。
この体験を繰り返すことで、脳は「動かそうとしても動かない」という矛盾から解放され、強い痛みや違和感が和らぐことが知られています。
私はこの話を読んだとき、「歯でも同じような錯覚が起きているのではないか」と強く感じました。
『ないはずの歯が痛む現象』
これこそ「幻歯症」ではないかと考え始めたのです。
ないはずの歯の痛みや違和感の治療も可能に?!
ラマチャンドラン教授が鏡を使って幻肢症を改善したように、歯科にも「脳に再学習させる」工夫を取り入れられるかもしれません。
「もうないはずの歯が痛む」と感じる方に対し、感覚の違いを意識的に体験してもらうことなどが考えられます。
たとえば咬み分けのトレーニングを繰り返すことで、脳が錯覚から解放され、痛みや違和感が和らぐ可能性があると思います。
もちろん、原因不明の歯の痛みがすべて脳の錯覚によるとは限りません。
それでも、このような視点を持つことで「説明できなかった症状」に新しいアプローチが見えてくるかもしれません。

未解明だからこそ面白い歯科の世界
歯科の分野には、まだまだ解明されていないことが数多くあります。
たとえば歯周病が全身の健康に及ぼす影響や、噛み合わせが認知症に関係するのではないかといった研究も進められていますが、はっきりとした答えが出ていない部分も少なくありません。
こうした「未知の領域」に取り組むのは、私たち臨床医の大きなやりがいでもあります。診療の中での気づきや工夫が、思わぬ発見につながることもあるからです。
今回お話しした「幻歯症」も、私の頭の中で生まれたひとつの仮説にすぎません。けれども、“ないはずの歯が痛む”と感じる患者さんが実際にいるのも事実です。
もしかしたら「幻歯症」という新しい概念が、将来的に歯科の正式な研究対象になる日が来るかもしれません。
歯科は「削って詰める」だけの世界ではありません。
脳や全身とのつながりを含めて、まだまだ広がる可能性を秘めています。
そうした未来を見据えながら、私は日々の診療を大切にしていきたいと思います。

【おまけ漫画】


