【世界のオンチェーンプロジェクト File.001】MAS Project Guardian
資産トークン化を「実証」から「市場」へ変える4つの部品
最終更新:2026年8月
シンガポールのProject Guardianは、世界で最も知られた資産トークン化プロジェクトの一つです。
Project Guardianは、一つのシステムでも、一つのブロックチェーンでもありません。ファンド、債券、外国為替などの金融資産をトークン化し、それを実際の市場で取引できるようにするために、
金融商品
市場流動性
共通規格
ネットワーク
決済資産
規制・ガバナンス
を同時に整備する官民共同の市場設計プロジェクトです。
2022年に始まったGuardianは、すでに「トークン化に効果があるか」を確認する段階を越えています。
現在の問いは、
トークン化された資産を、どうすれば市場全体で安全に流通させられるか
へ移っています。
Project Card
正式名称
Project Guardian
主催者
Monetary Authority of Singapore:MAS(シンガポール金融管理局)
開始時期
2022年5月
対象領域
資産・ウェルスマネジメント、債券、外国為替、金融市場インフラ
対象資産
トークン化ファンド、債券、預金、外国為替取引など
主な目的
金融安定性や市場の公正性を維持しながら、資産トークン化と分散型金融技術の実用性を検証する
現在の段階
個別PoCから、標準化・相互運用・商用ネットワーク形成へ移行中
日本の金融庁も2023年からオブザーバーとして参加しています。Project Guardianは、債券、外国為替、資産・ウェルスマネジメントなどの領域で、官民がユースケースと制度上の論点を共同検討する国際的な枠組みへ拡大しました。
Guardianは何を解決しようとしているのか
現在の金融市場では、取引の各工程が別々のシステムに分かれています。
例えばファンドを購入する場合、投資判断、申込み、本人確認、資金決済、受益権の記録、カストディ、基準価額計算、報告が、それぞれ異なる事業者とシステムで処理されます。
債券取引でも、
売買を約定する
証券を振り替える
資金を支払う
証券と資金を照合する
決済結果を各社の帳簿へ反映する
という処理が連続します。
トークン化の狙いは、単に紙の証券をデジタル化することではありません。
資産と、その移転条件を同じプログラマブルな環境で扱い、
証券の移転
資金の支払い
コンプライアンス確認
権利者名簿の更新
取引記録
を一つの処理として実行することです。
MASは、Guardianを通じて、24時間365日に近い即時決済、DvP・PvPの自動執行、決済時間差の解消、仲介処理の削減、プレファンディング負担の軽減などを検証してきたと説明しています。
最初の実証から何が変わったのか
Project Guardianの初期には、公開ブロックチェーン上で、許可された金融機関がトークン化預金とトークン化資産を交換する実証などが行われました。
そこでは、本人確認済みの金融機関だけが取引できる仕組みを使いながら、DeFiのスマートコントラクトや公開ネットワークを金融取引へ利用できるかが検証されました。
その後、対象は急速に広がりました。
トークン化ファンドの購入・償還
複数ファンドを組み合わせたポートフォリオ管理
債券の発行・流通・決済
外国為替のPvP
クロスチェーンでの資産移転
担保・流動性管理
J.P. MorganとApolloの実証では、異なるネットワーク上にある伝統的資産とオルタナティブ資産を組み合わせ、ポートフォリオの構築、リバランス、申込み、償還を自動化する仕組みが検証されました。
ただし、個別の実証が成功しても、市場全体では使えません。
各社が異なる形式でトークンを発行し、異なるネットワークを使えば、資産と流動性は分断されるからです。
Guardianの重点は、ここから実証そのものではなく、実証を市場へ広げる条件の整備へ変わりました。
市場化に必要な4つの部品
MASは、トークン化金融を市場規模へ拡大するためには、主に次の4つが必要だと整理しています。
1.流動性
トークン化資産を発行しても、売り手と買い手が集まらなければ市場にはなりません。
個別金融機関がそれぞれ小さなトークン化市場を作ると、同じ種類の資産でも流動性が分散します。
そのためGuardianは、単発の発行実験ではなく、
発行
販売
二次流通
償還
担保利用
までを含む商用ネットワークの形成を目指しています。
2.基盤インフラ
金融機関が利用するネットワークには、一般的なパブリックチェーン以上の要件があります。
明確な運営主体
参加者管理
プライバシー
安定した性能
予測可能な手数料
障害時の対応
規制当局による監督
法的ファイナリティ
これらを備えた「institutional-grade network」、すなわち金融機関向けネットワークが必要です。
その役割を担う構想が、Global Layer One、通称GL1です。
GL1は特定の一つのブロックチェーンを作るというより、複数のネットワークが金融市場インフラとして利用できるよう、共通原則、技術標準、ガバナンス、評価手法を整える取組です。MASは2025年、国際的な市場インフラ原則などをもとにした108項目の管理策を含むGL1 Market Infrastructure Toolkitも公表しました。
3.共通規格
トークン化資産がネットワークごとに異なる形式で作られると、他の市場や金融機関から利用できません。
Guardianでは2024年に、
Guardian Fixed Income Framework
Guardian Funds Framework
が公表されました。
債券についてはデータ分類、トークン規格、設計原則を整理し、ファンドについては設定、申込み、償還、権利者名簿、資産管理などのライフサイクルを標準化しています。
2025年には、DLT上の債券について、
DvPで利用する決済資産
トークン化証券のカストディ
を扱う実務ガイドも追加されました。
Guardianの成果は、特定企業だけが使うシステムではなく、業界が共有できる「公共財」としての規格へ移っています。
4.共通決済資産
資産をトークン化しても、支払いに利用できるマネーがなければ、取引全体はオンチェーンで完結しません。
利用可能な決済資産には、
トークン化銀行預金
規制されたステーブルコイン
ホールセールCBDC
既存銀行口座との接続
などがあります。
MASは2024年、金融機関がホールセールCBDCを使った決済を試験できるSGD Testnetを発表しました。機能には、CBDCの発行・移転・償還、条件付き決済、既存市場インフラとの相互接続が含まれます。
2025年にはDBS、OCBC、UOBが、実際に発行されたシンガポールドルのホールセールCBDCを用いて、銀行間のオーバーナイト貸借を試験しました。MASは次の段階として、トークン化MAS BillsをCBDCで決済する検証も示しています。
Guardianの全体像
ここまでを整理すると、シンガポールは次のような構造を作ろうとしています。
資産・ユースケース
Project Guardian
↓
共通規格
Guardian Funds / Fixed Income / FX Frameworks
↓
金融機関向けネットワーク
Global Layer One
↓
決済資産
トークン化銀行負債、規制ステーブルコイン、ホールセールCBDC
↓
決済資産の検証環境
BLOOM/SGD Testnet
重要なのは、MASがすべてを一つの統合台帳へ載せようとしているわけではないことです。
複数の資産、複数のマネー、複数のネットワークが存在することを前提に、それらを標準化し、相互運用できる市場を作ろうとしています。
何が証明され、何が残っているのか
証明されたこと
個別実証からは、次の機能が技術的に実現できることが示されました。
DvP・PvP
24時間の資産移転
ファンド業務の自動化
ポートフォリオの自動リバランス
複数ネットワーク間の連携
条件付き決済
ホールセールCBDCを使った銀行間取引
まだ証明されていないこと
一方、次の問題は引き続き残っています。
多数の市場参加者が継続利用するだけの流動性
異なるネットワーク間の法的な取引確定
障害・破綻時の責任分担
カストディと秘密鍵管理
オンチェーン資産の会計・税務
商用ネットワークの収益モデル
既存市場インフラからの移行費用
複数の決済資産間でのマネーの一体性
トークン化が技術的に動くことと、それが金融市場として持続することは別です。
2026年の現在地
2026年6月、MASはFuture of Finance Instituteの設置を発表しました。
同組織は、AIとトークン化を初期重点領域とし、金融機関向けの管理されたテスト環境、実装ツールキット、プログラマブル・コンプライアンスなどを整備する予定です。
これは、Guardianが単発の研究プロジェクトから、金融業界全体へ技術を普及させる制度的な基盤へ移りつつあることを示しています。
Project Guardianが示したこと
Guardianの最大の成果は、「ブロックチェーンで債券やファンドを発行できたこと」ではありません。
より重要なのは、
資産トークン化を市場へ広げるには、商品、マネー、規格、ネットワーク、法制度を同時に設計しなければならない
と明らかにしたことです。
個別の金融機関が優れたトークンを発行しても、それだけでは市場はできません。
他の金融機関が理解できる規格、他のネットワークへ移せる仕組み、取引を決済するマネー、障害時に責任を負う運営主体が必要です。
Guardianは、オンチェーン金融を「新しい金融商品」の話から、次世代の金融市場インフラの話へ変えました。
次回のProject Fileでは、Guardianの資産側に対し、決済側を担うMASの新しい取組、BLOOMを取り上げます。
本記事は公開情報に基づく一般的な分析であり、特定サービスの推奨や法的意見ではありません。各社の数値は定義が異なり、更新されるため、利用時は一次情報を確認してください。
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