4年かけて、戦略的にSNSをやめた。
・・・あまりにもサイバー空間が、やかましい。
インスタ・スレッズなどの
情報早い系SNSのアプリを消して、ログアウトしている。
4月いっぱいは様子を見て、
本当に不必要ならアカウントもいずれは消す予定。
それとは対照的に
noteと、アメブロはずっと続けたいと思ってるいる。
圧倒的に足りていない脳みそをフル回転させて
計画的に、構造的に、フロー型SNSをやめた。
インスタは、特に嫌いだった。
実は宝塚を卒業してすぐ開設したとき、そこそこのフォロワーがいた。
けど、辛すぎてやめた。
シリア刺繍ブランド「アハラーム」を立ち上げるときに、再度開設した。
あんなにマーケティングに強力な媒体なのだから、やらねばならなかった。
「インスタをやめる」という目標を常に掲げて
歯を食いしばって、とにかく投稿を続けた。
やさしいフォロワーの皆さんは「時さんのペースで投稿してください」と
言って下さっていたけど
仕事なので、気分でやるわけにもいかず…。
その優しい言葉だけ、ありがたく受け取っていた。
そして、グラデーション的に
noteやアメブロへのストック型の媒体に
自分の居場所と、人の流れを移して行った。
ECサイトへの流入率などが
インスタ頼りではなくなったら、やめようと奮闘していた。
そして・・・ついに。
このnoteとアメブロだけで
『いい感じ』に回ってきたので、やめにかかっている。
4年かかった。
すごく嬉しくて、スッキリして、達成感に満ちている。
やっと、このnoteという大好きな場所でエッセイを書きたいだけかける。
やっと、アメブロという相棒に、日常のしょうもないこと(笑)をかける。
フロー型のSNSは、情報が早すぎる。
こちらが望んでいないのに、次々に投稿をぶち込まれる。
どうみても加工している作り顔や、
どう考えても「すごい」と思って欲しいであろう投稿。
「アフタヌーンティー行ってきました」とだけ報告される投稿。
「美容室に行って髪の毛ツルツル」とかいう何の知見にもならない投稿。
これらの情報(いわゆるキラキラ投稿)を咀嚼して、
自分の養分にできるだけの受け皿が私にはない。
そこには、人の「こう思ってほしい」という欲求が絡んでいて、見ていて辛くなるから。
「すごい、いいなぁ」と思えない自分。
「何しとんねん」と小馬鹿にしてしまう自分。
全部、しんどかった。
ウケる投稿のために、それをする自分はもっとしんどかった。
そして、挙げ句の果てに
人の考えが「自分の言葉としてインストール」されてしまうのが
もはや、怖かった。
尊敬している人の投稿を楽しみにしていた。
けれど、その人の政治的な考えを、気づけば「私もそう思う」と思っていた。
・・・本当にそうなのか?
尊敬しているから「そう思いたい」だけじゃないのか。
私が最も大切にしている『自分で考える』ということ放棄している。
逆も然り。
私が発信した言葉が、そっくりそのままコピペされたように
投稿されているのをみたときには、
一層フロー型SNSへのアンチテーゼが増した。
ストック型のnoteやブログは
本を読む感覚と似ている。
フロー型は、
雑誌をパラパラ見ている感覚と似ている。
読書は、効率が悪い。遅い。時代遅れ。
だけど、その遅さが「実感」を作ってくれる。
特に小説は、白紙に黒字の、ただの文字の羅列から、
自分の頭で想像し、自分の心で感じる事ができる。
その不便さの中にこそ、誰にも侵されない「自由」がある。
人の気持ちの機微や、社会問題に至るまで、様々なことに対して
「そうか、こういうことか」という実感をくれる。
だから、私は小説を読み続けたいし
noteを好きでいたい。
情報が早くて、欲求が過度に絡んでくるような
派手なSNSは、私には必要がない。
「無くても、生きていける」ではなく
「無い方が、私らしく生きていける」
流行りや速度に流されず、
一針ずつ時間をかけて作られる刺繍のように。
私の言葉も、私のブランドも。
ゆっくりと、でも確実に誰かの心に届くものでありたい。
📢 メッセージボックスを作ってみました!
ジャンルを問わず、質問…メッセージ…なんでもお気軽にどうぞ!
⏬この記事を書いた人について
⏬ アハラーム|シリアからやってきたアート刺繍ブランド
いいなと思ったら応援しよう!
頂いたチップはアハラームの資金にさせていただきます。