市役所で28年働いてきた私が、仕事のおもしろさを最も知ることができた部署と業務内容
おはようございます。
兼業公務員ひろばです。
今は夫と2人暮らし。
息子2人は社会人で
孫が1人です。
そもそも、私は、仕事が好きです。
民間企業でも
市役所でも
どんな仕事をしていても
目の前の仕事に前向きに取り組めば
おもしろさを見出すことは可能だと
経験から知っています。
それでも
自分には合わないな、と思う業務も
たくさんありますよね。
できれば、適材適所に越したことはない。
ですが、市役所では一般行政職の場合
揺り籠から墓場まで
という言葉があるように
民間企業とは違い
専門分野無しに
数年ごとに転職並みの人事異動があります。
自分に、どんな能力があるのか?
人事異動の希望は出せるけど
人事課が職員全員の適性を把握している訳ではないし。
希望が通ることもあれば
通らないこともある。
それで、異動するたびに
目の前の仕事に立ち向かっていくことに。
そうしているうちに
自分では気づかなかった潜在的能力が
花開いていくことがあります。
そう、市役所職員は、異動するごとに
様々な仕事をこなせるようになり
どんどん鍛えられていきます。
私も、苦手だったことがたくさんありましたが
働くことで鍛えられました。
おかげさまで、知らぬ間に多くのことに対応できるようになっています。
私のキャリア
学生時代のアルバイト
①天王寺のスペイン料理店:ウェイトレス
②香里園駅の本屋:店員
③英検の試験官 など
民間企業での正社員としての経歴
①大手都市銀行:融資、外国為替係
②歯科:歯科助手
③観光業:役員秘書
④金融業:営業事務(融資貸付と滞納督促)
市役所での異動経歴とざっくりとした業務内容
①市民課:住民記録係
住民票の転出、転入などの審査
②納税課:法人係
滞納整理、督促
③公民館
施設管理、運営、講座の企画
④管財課:物品・車両係(37歳〜係長)
物品調達(入札執行)、不用品売却
庁内カーシェアリングの仕組みをスタート
ちょうど新庁舎移転で100年に一度の大仕事
この頃から市の幹部候補として目をつけられる。
⑤企画調整課
庁議(市長をトップとする審議の場)担当
副部長会議(副市長がトップ)担当
庁議等の議事録を作成
庁議要領を作成(課長級の未着手を処理)
市長の施政方針原稿作成を2年連続で担当
(課長級の仕事でした)
実施計画で企画経費の予算査定、市長プレゼン等
市民意識調査総括
年末年始も仕事するほど残業多かったです。
子どもが救急車で病院に運ばれた時も残業して
母親として辛く泣きながら帰宅したことも。
⑥こども政策課
数百もの民間児童クラブ(学童)
10の児童館(民間委託と直営)
施設管理、修繕、補助金すべてを総括する係長
この頃、過労で喘息を発症し声帯を壊した。
⑦法制契約課
審査請求(不服申立)担当
情報公開・個人情報保護、行政不服審査法
弁護士等の委員会事務局として答申案作成
⑧資産税課:管理係
部下10人、仕事は幅広い
電算、死亡者の相続、窓口、証明の通常業務に加え
異動してきた令和4年からデジタル化スタート
納付書にQRコード導入、DV被害者支援措置
今年末に向けた税務システム全国標準化など
激動の時期に異動してきてしまったが
業務改善力を活かしてスクラップを進めている
社会人になって30年以上経つので、
文字にしてみると、自分でも
いろいろ経験させてもらってきたんだな、と
改めて思います。
さて、市役所の異動の中で
市役所に入ったばかりの①②の頃は
人間関係が良く楽しかったものの
仕事は全くやり甲斐を感じることができず
いつ転職しようかな、と考えていました。
1番のポイントは、尊敬する有能な上司に出会えなかったこと。
自分が役所にこのままいても、成長できるのか?
また民間に戻るか?
給料以外に、得るものはあるのか?
そう思っていました。
係長よりも自分の能力が高いと感じてしまい
未来の成長への期待感を持つことができませんでした。
その頃、平社員の私が接する上司といえば
直属の上司である係長だけでしたから。
たまたま、運悪く、係長が、市役所でも有名な変わった方だったり。
課長以上は魅力的な方もいたんでしょうけど
係長以外に接点が無かったので。
この組織は、このままいても大丈夫か?と
思ってしまいました。
ちょうど、プライベートで結婚、妊娠、出産の時期で
子育てしながら、いつ辞める?を考えていました。
そのうち、私はピラティスのインストラクターの資格を取り、脱サラ起業の夢を抱きはじめました。
次に異動した③公民館では講座やイベントを開催する主催者として3年間みっちり勉強することができました。
チラシを作って集客しますので、チラシを作るのが上手になりました。
無料開催だから、簡単にドタキャンする人が多いんだな、自分がイベントやるなら無料開催は避けたいな、とか。
個人事業主の基礎の基礎、みたいな感じです。
プライベートでは、将来の起業の準備をスタート。
起業塾に通ったり、ファシリテーションの勉強会や、異業種交流会にも参加し始めました。
役所内部ではサークルを立ち上げ運営し始めました。
④課目で初めて係長となった頃から、私の存在が人事課から注目されるようになりました。
家事育児と仕事、ピラティス講師のライフワークをすべて両立しているので、新たな時代のロールモデルになって欲しいと。
役所内部の福利厚生のための組織である職員厚生会の事業で健康講演会などの講師を勤めて、同じ職場で働く仲間に学んだ知識をシェアしました。
また、自分の課内職員向けに解剖学的に正しいウォーキングを教えるイベントを開催したり。
アナウンサーを呼んで自主研修を開催したり。
部長級を毎月ゲストに呼んでざっくばらんに交流する居酒屋での勉強会も主催していました。
庁内で映画上映会や、被災地支援のためのイベントなど、すべて発案から運営まで実行しました。
思いつくまま、喜んでくれる人がいれば、手伝ってくれる友人とともに、楽しみながら、いろいろ実行していました。
⑤企画部門では、市長、副市長と調整する機会が多く、仕事の能力でも注目されるようになりました。
いずれ部長になって欲しい、市の未来を担う覚悟で、中堅職員として後輩の育成もして欲しい、と。
更に人事課からも女性リーダー候補として狙われてしまいました。
企画部門は、市役所の未来への舵取り役
優秀で魅力的な上司が勢ぞろい。
こんなに仕事ができる上に人柄も素晴らしい優秀な人材が、この役所には、これほどたくさんいたのか、と初めて知りました。
こういうことだったのか、と。
人材はここ中枢に集まっていたのか。
だから役所の仕事が回っているんだ、と。
①②の時期に辞めなくて良かったな
この人たちに出会えて良かった、
役所の仕事のおもしろさを知ることができて良かった、と。
企画調整課での仕事が、一番おもしろかった!です。
自分の適性に合っていたんでしょうね。
組織全体を俯瞰で見ながら、自分が市長のつもりで視点をあげて市を経営するつもりで物事をみる訓練ができました。
そうして仕事するうちに、課長級の仕事の担当者にも抜擢され始め、私は、自分が将来幹部になることが避けられない、逃げることは出来ないと確信するようになりました。
これまでは、公務員の仕事に魅力を感じず、この役所には腰かけ気分だったので
異業種交流会等、外にばかり繋がりを求め、広げていましたが、腹をくくって足元を固めることを決意。
自治体向け勉強会や法律関係の勉強で大学に通うようになりました。
役所で上に上がりたい気持ちは全くありませんが
自分の意思に関わらず、命令されたら逃げることができない。責任感は強いので。自分には荷が重くとも背負うしかないだろう。
そうなれば、実際、部長にならされた時に、恥をかくのは嫌なので。
どうせやらされるなら、少しでも自分の実力をあげておきたい。備える必要がある。自分のためにも、組織のためにも、実力を身につけておかないと。
とにかく必死で勉強しました。
どんな話題にも対応できるように。真剣に。
残業続きの中、宅建の資格の勉強も始めたり。
もちろんライフワークのピラティス講師も続け2人の子育ても頑張りながら。
そんな中、夫が原因不明の重病で入院、一時は生死の境を彷徨いました。
仕事終わって、急いで帰宅し子どものご飯を作り
毎日、病院で夫の看病、アロママッサージしたり。
体力限界、その時は、辛かった。
ギリギリでした。
優しい言葉をかけられると、涙が滝のように
ちょっとつつかれると崩壊するダムのように。
仕事していて、良かった!と思いました。
仕事に集中していれば、時間が過ぎていきました。
医師でもどうにもならないことを
私がいくら悩んでも、どうにもならないんだから。
泣いて過ごしていても、夫の病状は変わらない。
仕事、講師、育児に必死になりながら
なんとか耐え抜きました。
おかげさまで今は夫は後遺症なく元気に過ごしています。
自治体職員としてのスイッチが入ったのは④の頃でした。
震災の影響が大きかったです。
子どもも幼かったですが、被災地支援の派遣に行く覚悟で名簿に登録していました。
公務員としてできることは何か?といつも考えていました。
将来は部長お願いね、と言われていた私は、
災害や自治体関連のニュースを見るたびに、
もし自分が部長なら、どんな対応をするか?
判断、指示出しはどうする?
自治体幹部としてシミュレーションしていました。
自分がトップとして難しい判断する
そんな市長たちの姿を間近に見ていたから。
いつ自分が命じる側の立場になっても
すべてにベストを尽くしてしっかりと対応できるよう備えなければならないと真剣に考えていました。
という訳で、企画調整課の3年間を経て
公務員の仕事のおもしろさを知りました。
市の未来を良くするための施策を、自ら考えることができる。提案して、市を導いていくことができる。
そして、それは、企画部門以外の課でもできること。
全職員が、市をマネジメントできる。
民間がどんなに欲しくてもできないこと。
行政には、豊富な情報があり、施策によって先手を打つことができる。
経済を良くするのも悪くするのも、行政の影響はかなり大きい。
私の市は素晴らしいリーダーがいますので、市民は知らないうちに、その恩恵を多く受け取っています。
分かる人より、分からない人が多いでしょう。
私も、行政を知らなければ、市長が誰でも役所は同じだろうと思っていたはずです。
反対に、残念ながら、リーダーの行政手腕がひどい場合は、住民や地域の未来、地域経済にとってマイナス、害になる。行政とはそういうもの。
リーダーを選挙で選ぶのは住民なので、耳障りのいい適当な公約に騙されないで欲しい、と思いますが。
なかなか、外から見ると分からないですから、難しい。これは仕方ないですね。
政党や利権絡みでなく、本当に市や県、日本を良くする政治家がリーダーになってくれることを祈るばかりです。
脱線してしまいました。
私は、現在いる資産税課でも、国へ提案を提出したりしています。
自分の出来ることでベストを尽くしたい。
国へ、法改正等の要望を出す機会が年に数回あります。
市長会や中核市会の議題募集。
募集期間が短くタイトなスケジュールなので
業務で改善して欲しいことを思いついた時点で、ある程度、資料や素案をまとめておきます。
募集の通知が出されたら、すぐに課長、部長、市長調整ができるよう、普段から準備しておきます。
早いね、いつ準備したの?といつも驚かれますが。
不満🟰改善ポイントですから。
多分、他の自治体でも同じことを思っているはず。
私が動けば、あとあと、みんなが助かるかも。
そのためにかける労力なら、喜んで。
各課の提案が、市の内部で選ばれると、県市長会を通り、九州市長会を通り、全国市長会を通り、国まで要請が届きます。
現場でしか、細かい業務は分からない。
現場の声を、上に届けていくことが大切。
そして、現場でも、目の前の事だけでなく
市の数十年先を思い描き、仕事の仕方を変えていく意識。
どこの部署でも、どんなポジションでも、
能動的に未来をキャッチして動けば
未来が変わっていく。
下っ端の現場からしか、変えられないこともあるかもしれないから。
今は、資産税課
システム標準化で大変なことになっています。
期限までに間に合うのかな?
ベンダーの動きが遅くて
ストレスばかり。
ベンダーの事情も分かるので責めることも出来ません。
このシステム標準化の大仕事を終えて、退職しよう
という訳で、今年度末で早期退職を決めました。
同期よりも早く係長になった私が
15年経った今も係長のまま。
その理由は、⑤の後、過労が祟り体調を崩したから。
それで、幹部候補を諦めてもらえたようで
実はかなり安心しています。
スピリチュアル系の友人は
内心、幹部になりたくないから身体壊したのでは?
退職したら、今より元気になるよ
なんて笑っていいます。
やっぱり、1番大事なのは体力だと思うんです。
もともと仕事好きでワーカホリック体質ですし
無理して頑張り過ぎていました。
組織には代わりがいくらでもいる
私の代わりは、いないのに。
身体を壊すまでやらないと
私は止まれなかった。
アクセルを踏むことしか知らなかった。
ブレーキがぶっ壊れていたんです。
一番大事なのは、自分のカラダ。
それを、身をもって
体験しなければ
本当の意味で分かることができなかった。
退職したら、私は、これまでの自分の経験をもとに
●公務員のための働き方コンサルタント
●心身を整えるトレーナー
として活動します。
2つとも、実際に私が経験してきたことなので
説得力には自信があります。
公務員の複業、副業、兼業を20年以上続けて実践してきた人は少ないでしょう。
子育てと仕事の両立、悩み、葛藤、すべて経験してきました。
ビジネスについても、実践とともに学んできました。
どうすればビジネスを軌道に乗せることができるか?
トレーナー仲間など多くの方の相談に乗りビジネスのアドバイスをしてきました。
公務員の仕事も今の役所も大好きですが、
もう50代。
残りの人生を考えた時
あと、残された時間、何が一番したい?
と考えると、時間は意外と少ない
定年まで公務員していると足りないから。
今年、システム標準化も完了するし
4年目で来年人事異動対象でキリもいいので。
ということです。
来年以降だと、課長の話もあるだろうし。
50代、人生後半に向けて
個人事業主として羽ばたきたいと思っています。
全力でダッシュする元気があるうちに
セカンドキャリア・プロジェクトに着手します。
いつも以上の長文になりました。
最後までお読みくださりありがとうございます。
市役所の仕事をマガジンにまとめました。
