【Bio Venture Frontline Vol.1】キャリアドリフト戦略で培った海外キャリア形成
内科医から米国バイオ開発の現場へ
ここ数年の流れですが、日本での研究環境、経済状況の変化、バイオエコシステムの海外への依存度の増加が増え、バイオ医療業界の人材が、海外キャリアを目指すケースが増えてきました。
米国のバイオエコシステムは、日本から見ると少し距離のある世界に見えるかもしれません。
創薬、臨床開発、VC、スタートアップ、BD、Translational Medicine、規制戦略、そして海外キャリア。
それぞれの言葉は聞いたことがあっても、実際に現場で何が起きているのか、どのような人がどのような意思決定をしているのかは、意外と見えにくいものです。
本記事は、米国バイオ開発・VC・スタートアップの現場知を、ケーススタディやインタビュー形式で整理していくマガジン Bio Venture Frontline の第1回として執筆しています。
このマガジンでは、創薬、臨床開発、投資、BD、Translational Medicine、規制、キャリア形成など、日本からは見えにくい米国バイオエコシステムのリアルを掘り下げていく予定です。
第1回となる今回は、まず筆者自身のキャリア形成の経緯と、その中で考えてきたことを整理してみたいと思います。
自分のキャリアを振り返ると、最初から明確な設計図があったわけではありません。
内科医としてトレーニングを受け、血液悪性疾患の基礎研究に入り、米国ボストンへ研究留学をし、その後、米国の製薬企業に就職しました。現在はグローバルの臨床開発部門で、主にPhase 3の臨床試験、つまりRandomized Controlled Study、RCTに関わっています。
こう書くと、まるで一貫したキャリアプランに沿って進んできたように見えるかもしれません。
でも実際には、そうではありません。
自分のキャリアは、完成された設計図に沿って進んできたというより、節目節目で環境や機会に影響を受けながら、少しずつ流れを変えてきたものです。
サーフィンで、その時々にやってくる波を読み、身体の向きを変えながら進んでいく感覚に近いかもしれません。
ある時点で持っていた選択肢の中から、少しでも次の可能性が広がりそうな方向へ進む。進んでみて違う景色が見えたら、また少し舵を切る。思いがけない出会いや機会があれば、そこに自分の経験をつなげてみる。
その繰り返しでした。
このようなキャリアの作り方は、キャリア戦略の文脈では 「キャリアドリフト」 と呼ばれることがあります。
それは、無計画に流されることではありません。むしろ、完全な設計図を持たないまま、環境の変化や偶然の機会を読み取り、自分なりに方向を修正しながら進んでいくことです。
計画通りではない。
でも、現実の中で流れを読みながら、自分の可能性を少しずつ広げていく。
自分のキャリアは、まさにそういうものでした。
今の仕事:グローバル臨床開発という現場
現在の仕事は、米国製薬企業におけるグローバルの臨床開発です。
主に後期開発、とくにPhase 3の臨床試験に関わっています。
仕事内容は、スタディデザインの検討、プロトコール作成、臨床試験の実施と管理、データの取りまとめ、社内外のステークホルダーとの戦略的な議論など、多岐にわたります。
グローバルPhase 3の現場では、臨床、統計、薬事、安全性、メディカルライティング、データマネジメント、オペレーション、コマーシャル、リーガル、コンプライアンスなど、さまざまな職種が関わります。
その中で、医師・サイエンティストとして、クロスファンクショナルチームのキープレーヤーの一人として動くことになります。
正直に言うと、把握しなければならないことは鬼のようにあります。
治療領域のサイエンス
臨床試験デザイン
規制当局の考え方
データ解釈
安全性評価
チームマネジメント
グローバルでのコミュニケーション
毎日が勉強です。
自分は内科医として臨床を経験し、基礎研究にも関わってきましたが、それでもグローバル臨床開発の現場では、学ばなければならないことが尽きません。
この仕事の面白さは、サイエンスと臨床の距離が非常に近いことです。
基礎研究で生まれたコンセプトを、実際に患者さんに届く治療へと変えていく。そのプロセスの中心に、臨床開発があります。
一方で、華やかな仕事というよりは、非常に地道で複雑な仕事でもあります。
一つの判断が、試験全体、開発戦略、さらには患者さんへの治療アクセスに影響することがあります。
だからこそ、面白くもあり、怖くもあります。
一番大きなドリフト:アカデミアからインダストリーへ
自分のキャリアの中で最も大きなドリフトは、アカデミアからインダストリーへ移ったことでした。
ボストンでの研究留学は、自分にとって非常に刺激的な時間でした。
HarvardやMITをはじめとする一流の研究機関があり、世界中から優秀な研究者や臨床家が集まってくる。サイエンスに関する最先端の情報が自然に入ってくる。
そうした環境の中に身を置けたことは、とても大きな経験でした。
当初は、自分も研究者として独立する道を考えていました。
しかし、留学開始から3〜4年が経つと、次のステップを考えなければならなくなります。
そのとき自分の中にあったのは、非常にシンプルな思いでした。
もう少しボストンにいたい。
この環境で、もう少し自分の可能性を試したい。
そこから、米国での就職活動を始めました。
最初に入社した会社には、Physician Scientist Acceleration Programという制度がありました。
最終的な配属先を決める前に、ローテーション形式で複数の部署を経験できるプログラムです。
これは、アカデミアからインダストリーへ移る自分にとって、非常にありがたい仕組みでした。
いきなり一つの部署に決め打ちするのではなく、研究、トランスレーショナルサイエンス、臨床開発など、複数の領域を見ながら、自分の経験がどこで最も活きるのかを考えることができたからです。
また、そこで働いている方々の多くが、HarvardのAssistant ProfessorやAssociate Professorのポジションから転職してきたような人たちでした。
アカデミックなバックグラウンドを持ち、サイエンスへのこだわりを持ちながら、医薬品開発の現場で働いている。
その姿を見て、自分の中でインダストリーに対する見方が変わりました。
企業に行くということは、サイエンスから離れることではない。
むしろ、サイエンスを臨床に近い場所で活かす道もある。
そう感じたことが、大きな転機でした。
もちろん、迷いはありました。
アカデミアを離れるということは、それまで歩いてきたキャリアトラックから外れることでもあります。
研究者として独立する可能性を手放してよいのか。
これまで積み上げてきたものを途中で変えてよいのか。
かなり悩みました。
ただ今振り返ると、あの時点でキャリアを大きくドリフトさせたことは、非常に大きな意味を持っていたと思います。
海外キャリアは「計画」より「選択肢を増やす行動」から始まる
海外キャリアというと、最初から明確なゴールを持ち、完璧な計画を立てて進むもののように見えるかもしれません。
しかし、自分の場合はそうではありませんでした。
海外留学も、最初から長期的な海外キャリアを見据えていたというより、研究助成を得られたことが大きなきっかけでした。
米国での就職も、ポスドク時代にたまたま参加したキャリアディベロップメントセミナーが起点でした。
そのセミナーでは、米国で就職するために必要なグリーンカード取得への対処法、CVの書き方、面接の準備などを学びました。
当時は、すぐに企業へ行くと決めていたわけではありません。
ただ、「こういう選択肢もあるのか」と知ったことが、後になって大きな意味を持ちました。
キャリアの転機は、多くの場合、突然やってきます。
そのときに何も準備していないと、チャンスに気づくことすらできません。
逆に、少しでも情報を集め、選択肢を知っておくと、目の前に現れた機会をつかめることがあります。
自分にとって海外キャリアとは、「最初から海外で成功する」と決めて進んだものではありません。
むしろ、日頃から情報を集め、選択肢を増やし、偶然のチャンスに反応できる状態を作っておくことでした。
この感覚は、非常に大切だと思っています。
臨床開発への移行も、予定外のドリフトだった
最初に製薬企業に入ったとき、自分は基礎研究からトランスレーショナル研究寄りのポジションを考えていました。
臨床開発は、最初から第一志望だったわけではありません。
しかし、Physician Scientist Acceleration Programの中で、ある方から「臨床開発もローテーションで回った方がよい」と勧められました。
理由は、「見えていなかったチャンスが見えるかもしれないから」でした。
実際に臨床開発を経験してみると、自分の中で見方が変わりました。
医師としての臨床経験
血液悪性疾患への関心
基礎研究で培ったサイエンスの視点
患者さんに近いところで新しい治療を作りたいという思い
これらが、臨床開発という場所で意外なほどつながったのです。
その後、その方に気に入っていただいたこともあり、臨床開発のポジションをいただくことになりました。
これも、最初から計画していたわけではありません。
しかし、目の前に現れたチャンスに対してオープンでいたことが、次のキャリアにつながりました。
キャリアドリフト型のキャリアでは、こういうことがよく起こります。
最初に思っていた場所とは違うところに、自分の強みが見つかる。
予定していなかった経験が、後から大きな意味を持つ。
誰かの一言で、見えていなかった選択肢が開く。
だからこそ、あまり早く自分の可能性を閉じない方がよいと思っています。
キャリアドリフトには弱さもある
ただし、キャリアドリフト型のキャリアには弱点もあります。
最初から一つの道を定め、体系的にスキルを積み上げてきた人と比べると、自分には穴があると感じることがあります。
臨床研究の方法論
英語でのコミュニケーション
グローバルチームでのリーダーシップ
組織内での意思決定の進め方
どれも、実践の中で必死に学んできた部分です。
体系的に訓練されたというより、現場で必要に迫られて学んできた感覚があります。
そのため、時々、自分の足場が不安定に感じることがあります。
特にグローバル企業では、人事の流動性も激しいです。上司が変わる。チームが変わる。組織の優先順位が変わる。昨日までの前提が、明日には変わることもあります。
そのたびに、新しい環境に順応し、自分の立ち位置を作り直さなければなりません。
これは、かなり消耗することもあります。
心が折れそうになるタイミングもあります。
「自分は本当にこの場所でやっていけるのか」
「もっと体系的に訓練された人の方が強いのではないか」
「英語での議論に、自分はどこまで深く入っていけるのか」
そう感じることは、今でもあります。
キャリアドリフトは自由度が高い一方で、不安定さもあります。
選択肢を広げながら進むということは、常に未完成の自分を抱えながら進むということでもあります。
それでも、自分にとっては、この進み方が合っていたのだと思います。
海外キャリアを考える人に伝えたいこと
海外キャリアを考える人に伝えたいのは、最初から完璧な計画を持っていなくてもよい、ということです。
むしろ大切なのは、選択肢を増やしておくことです。
研究留学に行ける可能性があるなら、助成金の情報を早めに集める。
MPHや大学院留学に関心があるなら、卒業後のキャリアパスを調べる。
米国就職に少しでも興味があるなら、ビザやグリーンカード、CV、面接の情報を知っておく。
LinkedInやセミナーを通じて、実際に海外で働いている人の話を聞く。
その時点では、すぐに使わない情報かもしれません。
でも、キャリアの転機が来たときに、その情報が選択肢になります。
特に日本人の場合、製薬企業のグローバルポジションでは、まだまだプレゼンスが少ないと感じます。
だからこそ、もっと仲間が増えてほしいと思っています。
日本から直接グローバルポジションを取るのは、簡単ではないかもしれません。時差の問題もありますし、現地にいる候補者の方が有利になる場面も多いと思います。
しかし、研究留学、MPH、ポスドク、海外大学院などで海外に長期滞在する機会があるなら、そこから見えてくるチャンスは少なくありません。
そして、日本人としてのバックグラウンドが評価される場面もあります。
丁寧に物事を進める力
臨床現場への理解
データや論理を大切にする姿勢
日本の医療や規制環境への理解
異なる文化の間をつなぐ力
これらは、グローバルの医薬品開発の中でも価値を持ちます。
キャリアは、後から意味がつながる
自分のキャリアは、最初からきれいにつながっていたわけではありません。
内科医、基礎研究、血液悪性疾患、ボストン留学、アカデミアからインダストリーへの移行、米国製薬企業、グローバル臨床開発、Phase 3試験
一つひとつは、その時々の選択でした。
でも後から振り返ると、それぞれの経験が少しずつつながっていることに気づきます。
臨床経験があるから、患者さんに近い視点で開発を考えられる。
基礎研究をしていたから、サイエンスの背景を深く理解しようとする。
海外留学をしたから、異なる文化の中で働くことへの抵抗が少なくなった。
インダストリーに移ったから、新しい治療を社会に届けるプロセスを学べた。
キャリアは、前から見ると不確実です。
でも、後ろから見ると意味がつながってくることがあります。
だから、今キャリアに迷っている人も、あまり焦らなくてよいと思います。
もちろん努力は必要です。情報収集も必要です。英語も、専門性も、ネットワークも、磨き続ける必要があります。
でも、最初から完璧な設計図を持つ必要はありません。
大事なのは、自分のキャリアを一度で決め切らないことです。
今の自分が持っている選択肢の中で、次の可能性が少しでも広がる方向を選ぶ。進んでみて違うと思ったら、また少し舵を切る。
偶然のチャンスが来たら、そこに自分の経験を接続してみる。
キャリアは、完成品ではありません。
時に流され、時に抵抗し、時に舵を切りながら進んでいくものです。
自分にとって、内科医から基礎研究、ボストン留学、そして米国製薬企業でのグローバル臨床開発へと進んだ道は、まさにそのようなキャリアでした。
そして今も、そのドリフトはまだ続いています。
参考になった情報源
以下は、自分が情報収集する中で参考にした海外キャリア関連の情報です。
海外就職情報:
最後に、自分が海外キャリアを考える中で参考になった情報源をまとめておきます。
海外でキャリアを形成していく日本人は、まだ決して多いとは言えません。そのため、海外就活や海外でのキャリア形成に関する実務情報は限られており、筆者自身もかなり試行錯誤してきました。
以下は、その中で実際に参考になった情報です。
有料note:
海外就活の達人
アメリカで転職経験のあるHiroさんが、LinkedIn、CVの作成方法、リクルーターとの付き合い方、面接対策、オファー後の給与条件交渉など、海外就活に必要なノウハウを幅広く紹介されています。
海外就職を考え始めた段階で、全体像をつかむ上で参考になります
海外就活の教科書
Amazonシアトル本社に勤務されていたゆうさんが、アメリカ企業の採用プロセス、書類選考で落とされないためのレジュメの書き方、フォンスクリーニング、オンサイトインタビュー、内定後の給与交渉、ビザ戦略などを紹介されています。
メガテック中心の内容なので、製薬業界にそのまま当てはまらない部分もありますが、海外就活の基本構造を理解する上では参考になります
大手外資で最短出世する方法
30代前半で大手外資製薬のGlobal HQでDirectorになった新居和樹さんが、外資系企業での成長戦略について語られています。
社内異動、海外転勤、社内でのVisibilityの高め方など、入社後に海外キャリアをどう伸ばしていくかという観点で参考になります。
DDCP(医薬品開発能力促進機構)
DDCPは、製薬企業で働く医師、また製薬企業での業務に興味を持つ医師をサポートする非営利一般社団法人です。
会員になると、月1回の勉強会や輪読会に加え、海外キャリアを含む製薬企業でのキャリアに精通した理事の先生方によるメンタリングセッションに参加することができます。
医師しか加入できませんが、実務情報の入手や就活上の課題を相談する場として有用だと思います。
海外研究留学助成:
医師や研究者が海外で働くための最初の切符として、海外研究留学は比較的現実的なpathwayになることが多いと思います。
ただし最近では、ポスドクとして海外研究留学に応募する場合でも、奨学金や研究助成を取ってくることを受け入れ条件とする研究室や研究機関も増えている印象があります。
特にボストン、ニューヨークなどの東海岸、ベイエリア、サンディエゴなどの有力ハブにあるラボでは、その傾向が強いと感じます。
海外研究留学を考える場合、まずは研究助成の情報を早めに集めておくことが重要です。締切や応募条件がそれぞれ異なるため、かなり前から準備しておく必要があります。
筆者も下記の研究助成に片端から応募し、幸運にも採択していただいたことで、最初のボストン研究留学の切符を手にしました。
JSPS 海外特別研究員
https://www.jsps.go.jp/j-ab/上原記念生命科学財団
https://www.ueharazaidan.or.jp/josei/josei_tsuite.htmlアステラス病態代謝研究会
https://www.astellas-foundation.or.jp/assist/abroad.html持田記念医学薬学振興財団
https://www.mochidazaidan.or.jp/ryugaku.html研究留学助成まとめ
https://c-finds.com/images/2022/03/research_ryugaku_2022.pdf第一三共生命科学研究振興財団
https://www.ds-fdn.or.jp/support/studying_abroad.html武田科学振興財団
https://www.takeda-sci.or.jp/fellowship/study-abroad.php研究留学ネット関連情報
https://kainagi.com/archives/1991
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