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宙組公演『黒蜥蜴』上演記念! 宝塚歌劇団演出家・生田大和さん特別インタビュー 後編

東京宝塚劇場にて、原作/江戸川乱歩 戯曲/三島由紀夫 潤色・演出/生田大和(敬称略)の『黒蜥蜴』が上演されます。
【公演期間は7月25日(土) ~9月6日(日)】
大劇場公演は7月5日(日)に千秋楽を迎えました


はじめに

 江戸川えどがわ乱歩らんぽ原作、三島みしま由紀夫ゆきお戯曲の黒蜥蜴くろとかげは、これまでも数々の名優が主人公のふたりを演じてこられました。
 今回、小説原作では2012年に同じく三島由紀夫さんの『春の雪』や、『ディミトリ~曙光に散る、紫の花~』(-並木陽作「斜陽の国のルスダン」より-)を演出された生田いくた大和ひろかずさんの手掛けられる『黒蜥蜴』が上演されるとのことで、ぜひお話をうかがいたいと、インタビューをお願いしました。
 後編では、生田さんのこれまでの読書遍歴を深堀りさせていただきつつ、文学作品を原作とした舞台をつくることへの深い思いをお聞かせいただいています。

前編の記事はこちら!

三島由紀夫との出会い。ベジャールの「M」がきっかけに

――前編では『黒蜥蜴』中心にお話をうかがいましたが、後編では改めて生田さんの三島作品との出会いについて、そしてこれまでの読書遍歴についておうかがいしたいと思います。

生田さん
 三島作品との出会いは、さかのぼるとその原点は東京バレエ団の「M」なんです。(編集部注:モーリス・ベジャールが演出・振付した、三島由紀夫の人生と代表作を描いたバレエ作品)
 中学校の音楽準備室に、1993年初演時の「M」のビデオがあったんです。僕は吹奏楽部だったので、音楽準備室には入りたい放題だったんですね。宝塚の「TMP音楽祭」や、たくさんのバレエやオペラ作品が並んでいました。音楽の先生が録画されたものであったり、市販されているものであったり……その中に「M」があって、先生に頼んでお借りしました。すべてを一度の鑑賞で受け止められたかというと、それこそ抽象的で難しい作品ではありました。三島さんのお名前はもちろんその当時には知っていましたから、三島由紀夫さんの世界をベジャールが表現するとこうなるのか。それでは三島由紀夫さんの作品を知らなくてはならないと思い、高校入学後、作品を読み始めたんです。

――ベジャールが先というのは、珍しい出会いかたですね。

生田さん
そうですね。僕の読書遍歴の中でも、三島さんとの出会い方は確かに個性的と言えるかもしれません。

江戸川乱歩からはじまった読書遍歴

生田さん
 読書遍歴といえば、一方で江戸川乱歩さんの方は、自分の読書人生の相当早い段階に位置しているんです。
 小学校の頃です。当時の僕は体が弱かったものですから、外に出て遊ぶよりも図書室に入り浸っていました。図書室の本を片っ端から読んでいって、一番最初に読破したのが江戸川乱歩の、ポプラ社さんから出ていた“少年探偵”シリーズでした。青い帽子をかぶっていて、赤いマントに身を包んだ黄金仮面が背表紙にいる、あれです。

――子供向けにしては、絵がけっこう怖いことで定評がありますよね。

生田さん
 背表紙からしてかなり不気味ですよね(笑)。そこが乱歩の入口で、小学一年生の頃でした。少年探偵団から始まった明智あけち小五郎こごろうのシリーズをまず読みまして……そこから近い棚へと手を広げていき、シャーロック・ホームズに行くんですね。そしてルパンを読みはじめ、アガサ・クリスティに行き……小学校の最初の四年間くらいは、江戸川乱歩、エドガー・アラン・ポー、コナン・ドイル、モーリス・ルブランなどの推理・怪奇小説に浸かっていました。
 それからSFです。『海底二万マイル』や『八十日間世界一周』、主にジュール・ヴェルヌの世界観に惹かれました。もしかしたら読書遍歴の入口としてはやや偏っているかもしれません。

――なるほど、偏って……いらっしゃるでしょうか。弊社はいま挙げていただいた作家さんをかなり出させていただいている版元ですから、どうにも感覚が……(笑)。
 当時、周りの同級生たちが読んでいた本の傾向とはだいぶ違いましたか?

生田さん
 違っていたように思います。でも一方で、図鑑なんかも大好きでした。図書館であまりにも気に入ってしまった図鑑を、返却しては棚に戻ると借りる、ということを繰り返していました。

――ちなみになんの図鑑を?

生田さん
 ペンギンの図鑑でした。タイトルは忘れてしまったんですが。僕、ペンギンが大好きで……読書と直接は関係ないんですけれど、今突然思い出しました。当時は家にあるあらゆるものを解体することにも熱中していました。主に家電ですね。テレビとかラジカセ、ビデオ・デッキとか……色々な家電を分解しては元に戻すということをやっていました。元に戻せないと当然怒られるわけで(笑)。その為の知識が必要ですから、はんだづけなどの電気工作も図鑑などから学びましたね。
 読書の話に戻りますと……小学生の頃は、さすがに三島さんには辿たどり着かなかったですね。一方で母の影響も大きくて。今でも忘れがたいのですが、小学校五年生の時の読書感想文を書くにあたって、何を題材にするか悩んで母に相談したら、手渡されたのが村上むらかみ春樹はるきさんの『風の歌を聴け』でした。

――小学五年生に!

生田さん
 母は趣味が良かったのです(笑)。その出会いがあって村上さんを読むようになりました。当時はどの作品まで出ていたかな……一等好きな『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』は出ていました。『1973年のピンボール』と『羊をめぐる冒険』もですね。大好きでしたね。

――『風の歌を聴け』を勧められたのは、お母様の趣味。

生田さん
 そうですね。母からすると『風の歌を聴け』は青春小説だったのではないでしょうか? だから思春期の入口にいた僕に渡したかったんじゃないかなと思うんですけれど、どうでしょう。いま読むとずいぶんと抽象的なところのある作品であると感じますが……その年齢の頃の自分を思い出そうとすると、『青春の蹉跌さてつ』の石川いしかわ達三たつぞうさんのお名前もぎります。というのも幼稚園の頃からの幼馴染おさななじみが、石川さんのお孫さんで、石川家に遊びに伺う機会が大変多かった……そうだ。大好きだった作家でいうともう一人、ほし新一しんいちさんですね。

――星新一さんを読み始めたきっかけは?

生田さん
 乱歩のポプラ社のシリーズを読みつくしてしまったあと、それ以外の乱歩作品にいき、ホームズ、ルパン……その延長線上です。ドイルがSFを書いていまして。そこからヴェルヌや星新一、ブラッドベリを読むようになりました。
 星新一さんからの流れで……ここはどう繋がってそこへ跳んだのか説明が難しいのですが、きた杜夫もりおさんも読み始めました。『船乗りクプクプの冒険』とか好きでしたね。そのあたりから、教科書にも載っているような宮沢みやざわ賢治けんじさんとか、漱石そうせきとかにもいくんです。太宰だざいとか……教科書にっているのに、ちょっと迂回うかいして出会っているような気がします。
 四年生の時の読書感想文に選んだのが井上いのうえやすしさんの『あすなろ物語』だった事も覚えています。そして五年生が……

――『風の歌を聴け』。『あすなろ物語』からの『風の歌を聴け』は、先生はさぞ驚かれたのではないでしょうか。

生田さん
 そうかもしれませんね(笑)。『風の歌を聴け』は、自分の中でもかなりインパクトの大きい読書体験でした。一貫して村上さんがなさっておられるのは、世界を抽象で描こうとする試みだと思うんです。世界を抽象化するという事を村上さんから学べたおかげで、そのあとで出会った三島さんはすごく読みやすかったです。レトリックに満ちた世界に比較的すんなりと入っていけたように思います。

 ……小学校高学年から中学生の頃を思い返しますと、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』は心の琴線に触れる作品でした。『24人のビリー・ミリガン』も読みましたが、『アルジャーノン』の方がずっと好きでした。あと忘れ難いのはフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』です。SFものにハマっていったきっかけの一つとして、当時の『スター・ウォーズ』のブームも大きいです。大好きなんです、『スター・ウォーズ』……こうして振り返る機会を頂くと、主観的にはそれなりの秩序がある読書遍歴のように思えてきました。

――かなりSF小説の話が出てきたことは意外に思いましたが、三島さんもSFがお好きだったんですよね。

生田さん
 事前に頂いていた質問リストのなかに、「舞台化してみたい三島作品は?」という項目がありましたが……僕、『美しい星』をやってみたいんです。ただ、あの作品を宝塚歌劇でやるとしたら、結構飛躍した翻案が必要になると思うので、それをお許し頂けるかどうかはわからないですね(笑)。もしかしたら宝塚でなくても、いつか実現できたらいいなと思っています。
『美しい星』には、まわり廻って今こそ同時代性があるのではないかと思っていて。あの作品は冷戦を背景とし、1960年代の光もあれば影もあるという時代の影響を受けていると思います。世界が分断され、二極化してきていることを日々感じる近年においても『美しい星』の内にあるメッセージは大きな意味を持つように感じます。

――三島作品の中でも異色作と言われていますが。

生田さん
 でも、三島さんって確か「空飛ぶ円盤研究会」に所属していらしたんですよね。UFOの観測をしていたこともあったとか。
 この辺り(宝塚近辺)にも実はUFOに関する都市伝説があるんですよ。六甲山にUFOの発着場がある、みたいな噂が昔から。実は僕、見たことがあるんです。

――UFOをですか?

生田さん
 これは本当の話なんですよ!(笑) あまり言う機会も無いんですけども。或る夕方、空を見ていたら、ヒューッと球のような光が六甲山上空に向かって飛んでいって……動きが明らかにヘリコプターとか飛行機ではなかったんです……なんの話でしたっけ(笑)。『美しい星』ですね! 将来舞台化してみたいという夢があります。

――意外なタイトルでした。

生田さん
 例えば『金閣寺』なんかですと、おそらくまだ今の自分の手には負えないんです。じゃあ『美しい星』ならいけるのかというと、勿論、頑張らなくてはならないわけですけど。『金閣寺』や『禁色』は……まだまだ自分には難しいと思います。
 ちなみに初めて読んだ三島作品は、王道ですが『仮面の告白』です(編集部注:インタビュー前編参照)。個人的にこの作品でユニークだと思いましたのが、初読で『仮面の告白』だけを読んだときの印象が、猪瀬いのせ直樹なおきさんが著された三島さんの伝記『ペルソナ』を読んでからだと、ものすごく変わるところなんですよね。『ペルソナ』と『仮面の告白』を反復横跳びのように読むと……勿論、お会いした事もない方なので想像するしかないわけですが、想像上の三島さんに対して愛情というか、愛着が湧いてくるんです。そして三島さんという人の愛らしさと、三島さんの辿たどられた運命を思うにつけ、考え込んでしまいます。
 勝手ながら、三島さんは「何者であるか」という思いをずっと希求してきた方なのではないかと思うんです。昭和という時代と年齢を共にされてきて、昭和二十年を迎えたとき、自分がそれまで信奉していたものが瓦解し、目の前にGHQが現れ、自分たちが何者であったかということまでも見失ってしまいそうな、そんな時代にあって、その失われたものを常に探し求めておられたのでないかと。
 一方、戦場で死ぬ覚悟を固め、結婚して子孫を残し、そしてどこかで玉砕していく……想像するだけで苦しくなる、苛烈な生き方を選ばざるを得なかった多くの人々の生と死があったわけです。そして生きて終戦を迎え、戦後を生き始めた時に、平岡ひらおか公威きみたけさん(編集部注:三島由紀夫さんのご本名)は三島由紀夫を生み出す……それは生きる為に絶対に必要な“儀式”だったのではないでしょうか。そうして生まれた“三島由紀夫”という存在の巨大さ、辿られた運命を思うと……なんというか、押し潰されそうな心持ちになります。
 亡くなる前の有名なエピソードですけれど、美輪みわ明宏あきひろさんの楽屋を訪ねられて、薔薇ばらの花束を渡されて、「もう君の楽屋に来ることはない」とおっしゃって去っていったという。劇的ですよね、とても。そういった物語性には憧れますけれど、自分には……

――憧れを、持たれますか。

生田さん
 ええ。ただ、憧れる一方で、戻れない領域に足を踏み入れていくように思える三島さんの作家人生の物語性や演劇性というものから、ある種の警鐘のようなものも感じます。

――『仮面の告白』をお読みになってからは、だいたい刊行順に三島作品を読まれてきたんですよね。

生田さん
『仮面の告白』を入り口として、細かい順番ははっきりと覚えていませんが概ね刊行順に。『金閣寺』、『永すぎた春』、『禁色』など代表作を読んでいきました。その一連のなかでは特に『潮騒』が個人的には印象深かったです。
 それまでの三島さんが書かれてきたどこか絢爛けんらんな色彩と異なり、自然美の情景であることが印象的でした。日本を舞台にした物語でありながら、非常にアポロン的というか。ブルーと白のコントラストが鮮烈でした。読んだのは秋だったのですが、これは夏に読みたかったな、と思いましたね。
 それから、いま挙げてきた作品たちと比べるとメジャーではないかもしれないですが、『女神』が好きでした。『潮騒』のアポロン的な開放感とは反対に、『女神』には芸術の内奥に向かっていくような、対称的な魅力を感じました。
 そして『春の雪』に辿り着いたのが、高校二年生の頃です。高校一年次の『仮面の告白』からはじまって、『豊饒の海』を読み始めたのが、高二の終わりくらいでした。

――高校時代をかけて三島さんを読まれてきた。

生田さん:
 そうなります。母校は二期制なので、休みが長いんです。読書環境としてとても良かったです。

喫茶店と音楽の思い出

生田さん
 これまで読んできた三島作品についてお話ししていて思い出したのですが、僕の読書人生、多分この辺りで内田うちだ百閒ひゃっけんが挟まっています。『サラサーテの盤』などですね。僕は湘南・鎌倉で育ったのですが、鎌倉にミルクホールというお気に入りの喫茶店がありまして……初めて行ったのは高校の頃でした。何年生だったかまでは思い出せませんが……『ツィゴイネルワイゼン』のロケ地なんですよね。店内にポスターが貼ってあって「これ、なんだろう?」と思ったのが内田百閒との出会いでした。
 あのお店は音がものすごくいいんです。僕は音のいい喫茶店がとても好きで……鶴岡八幡宮つるがおかはちまんぐうからちょっと左に行ったところに、むかし歐林洞おうりんどうという喫茶店というかサロンがあったのですが、こちらもピアノの音が最高でした。ベーゼンドルファーかスタンウェイだったか……茶色い木目のピアノがあってね、すごく豊かな音がしたんです。倍音がよく響いて。ふっくらした毛並みの猫みたいな、まあるい音がしました。
 京都だったらフランソアがいいですね、河原町かわらまちの。京都で一番好きな喫茶店です。ここも音がすごくいいんですよ。僕は耳が繊細なわけじゃないんですけど、吹奏楽部でクラリネットをやっていたこともあるのかな、とにかく音の心地良い場所が好きなんです。

――楽器はいつ頃までされていたんですか。

生田さん
 中学二年から、高校の三年まで吹奏楽部でした。その後は趣味で。本当はオーボエが吹きたかったんですよ。でも学校に楽器がなくて、自分で買わないといけなかった。オーボエっていくらするんだろうな、と楽器屋さんに見にいったら、ものすごく高くて……オーボエは木管楽器のなかでも大変高価な楽器なんです。

――リードも高いですしね。木管楽器はお金がかかりますよね。

生田さん
 オーボエは安いリードでも2500円くらいするんですよ。しかも一本で! 無理だ、と思って。そしたら、たまたま実家にクラリネットが転がっていたんです。

――村上春樹とクラリネットが。

生田さん
 そうですね、村上春樹とクラリネットが(笑)。いや、実際のところ村上春樹さんの作品は、音楽と切っても切り離せないじゃないですか。村上さんの影響でジャズにも興味を持ちました。文学からはじまって、音楽へ。自身がクラリネットを演奏するようになったこともそうですし、音楽と文学は、村上さんによって自分のなかで繋がっていったような気がします。

――あまり世代、世代と言いすぎるのもよくないことですけれど、お話をうかがっていますと、生田さんの中の音楽と文学のつながり方が、90年代に青春を過ごした方というよりは、もう少し上の世代の方の語られる学生時代に近いように感じます。

生田さん
 ええ、そうかもしれません。70年代、80年代にメインストリームだったものの残響が、自分のなかでは90年代に響いていたと言えるかもしれません。

改めて『黒蜥蜴』への思い

――小学生での江戸川乱歩との出会いから始まって、三島由紀夫の遺作『豊饒の海』に至るまで、これまでの読書のお話をたっぷり聞かせていただきました。
 改めて、そして最後になりますが、今回の宙組そらぐみさん公演についての思いをお聞かせいただけますか。 

生田さん
 長い目でキャリアを考えると、『黒蜥蜴』を自分が演出するのはもうちょっと後なのかな、と思うこともありましたけれど、タイミングが来てしまった(編集部注:前編でお話しいただいた上演のきっかけ)ので。
 そして、この作品をやりたかったもう一つの理由が、素晴らしい日本文学にもっと触れていただきたいという願いがあります。我々宝塚歌劇団は宝塚にしかできないものを、と日々考えながら、基本的には常に新作主義で作っているわけですが、アニメや漫画原作の舞台化もエンタメ業界では重要な流れであると思いつつ、メディアミックスの選択肢にもっと文学があってほしいなという思いがあります。
 文学って人の心にとても近いところにあると思うんです。明智小五郎は読む人の数だけ存在するわけです。勿論それゆえの難しさはありますが、自分が本を読んで育ったということもあって、本を読む楽しみをもっと感じてもらいたいという意識がありますね。
 ですから、この舞台作品をきっかけに、お客様が乱歩さんや三島さんの『黒蜥蜴』に触れてくださったらいいな! と思いますし、舞台から入って文学につながる、そんな契機になれば嬉しいです。

――いま、お稽古が始まって二週間ほどでしょうか?

生田さん
 そうですね。ただリハ日はショーと折半なので……実質的にはその半分、7日くらいでしょうか。今回は初舞台公演でもありますので、先ほどまで口上のお稽古をしていました。
 宝塚歌劇団は演出家が多い集団ですから、演出家それぞれのやり方で作るのですが、僕は大体声を考える事を重要視しています。
 役柄には、必ずコンテクストとサブテキストがあります。ただ何もなくそこにいるわけじゃないから、この役がどういうふうに喋るか、という事は必ず考える必要がある。たとえば、エリート・ビジネスマンと、港の沖仲仕おきなかしでは、喋る言葉も知っている言葉も全然違いますよね。ですから、最初の段階ではどんなことを喋るかよりも、どんなふうに喋るか、どんな声をしているかがまずは大事だと思っています。
 もちろん同じくらいサブテキストも重要になります。その人がどんなことを喋るかにフォーカスしたときに、その「どんなこと」は何によって引き起こされるのか。それは行間に潜んでいるものなので。
 そういうメソッドを自分が学んできたわけではありませんが、ではなぜコンテクストとサブテキストと言う考え方をするかというと、やはり僕のベースが文学だからなんでしょうね。

――生田さんの手掛けられる舞台を拝見していますと、やはり文学がベースにある方なのであろうと勝手ながら感じておりまして、それも今回、どうしてもお話をうかがいたかった理由でもありました。

生田さん
 実は読書遍歴ってなかなか難しい質問だなと思いました。今まで自分の個性というものと読書遍歴を結びつけて考えたことは無かったのですけれど。恥ずかしながら読んでいない作家/作品もたくさんありますし……

――エンタテインメントを読んでこられた方でもありつつ、文学の形、構造というものを意識されていらっしゃるんだな、とお話をうかがっていて感じました。その両面が生田さんの根っこのところにあり、創られる作品につながっているのですね。

生田さん
 そうですね……エンタメと文学、そしてそこになんらかの形でカオスのようなものが混在しているように思います。

――そのカオスが、円環を閉じないということ、抽象化して語るということにつながっているのかもしれないですね。

生田さん
 ある種のわかりやすさというのは、円環を閉じることと同義なんですよね。しかし閉じてしまうことによって失われる何かが。“具象”によって確定され、限定されることによって損なわれる何かがあって……それは「何か」としか言いようがないものですけれど。
 閉じない事、限定しない事で生まれる、そういった一種の余白というものを大切にしたいんです。その分、ビジュアルや時代背景やテーマは受け止めやすいものを目指しているつもりなのですが、内容においては“余白”を大切にしたいと常に考えています。

(インタビュー収録:2026年4月中旬 宝塚歌劇団オフィスにて)

公演情報

ミュージカル・ロマン『黒蜥蜴』
原作/江戸川乱歩
戯曲/三島由紀夫
潤色・演出/生田大和
スパーキング・イルミネイト『Diamond IMPULSE(ダイヤモンド インパルス)』
作・演出/竹田悠一郎
公演期間:
東京宝塚劇場(東京都)2026年7月25日(土) ~9月6日(日)
【終了】宝塚大劇場(兵庫県) 2026年5月23日(土) ~7月5日(日)

生田大和(いくた・ひろかず)さんプロフィール

神奈川県出身。2003年宝塚歌劇団入団。2010年、花組公演『BUND/NEON 上海』で演出家デビュー。2012年、月組公演『春の雪』〜三島由紀夫著「春の雪」(豊饒の海 第一巻)より〜の演出を手掛ける。2014年、花組公演『ラスト・タイクーン —ハリウッドの帝王、不滅の愛—』〜F・スコット・フィッツジェラルド作「ラスト・タイクーン」より~で宝塚大劇場デビュー。主な作品に2016年、雪組公演『ドン・ジュアン』、2019年、花組公演『CASANOVA』、2021年、宙組公演『シャーロック・ホームズ−The Game Is Afoot!−』などがある。