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あなたの知らないAIの歴史 エキスパートシステムが拓いた人工知能の夜明け

 近年、ChatGPTをはじめとする生成AIが大きな話題となっています。しかし、実はその何十年も前から、特定の専門分野においては、人間顔負けの判断を下すAIが存在していました。

 1970年代。スタンフォード大学の研究所では、医師の専門的な診断能力をコンピュータに移植しようという試みが行われていました。
 無数の医学論文や症例データ、そして医師の経験から得られた知見を「もし~ならば、・・である」という形式でルール化していったのです。

 このプロジェクトが後に人工知能の一つの大きな潮流となる、ルールと知識に基づいて推論を行う「エキスパートシステム」の始まりでした。

 現在のAI技術の多くは、このエキスパートシステムが築いた基礎の上に成り立っていると言っても過言ではありません。


1.エキスパートシステムとは

1.1 概要

 エキスパートシステムとは、特定の専門分野における人間の専門家(エキスパート)の知識や推論能力をコンピュータ上で再現するAI(人工知能)の一種です。

 専門家の思考プロセスを「知識」と「推論」とに分解して、コンピュータがそれらを処理することで、専門家と同じような判断や助言をできるようにします。

 たとえば、医師の診断、化学物質の構造解析、金融商品のリスク評価など、高度な知識と経験が求められる分野で特に力を発揮します。


1.2 歴史と技術的背景

 エキスパートシステムの概念は、1960年代に生まれ、1970年代から1980年代にかけて大きく発展しました。
 この時期は、AI研究の第一次ブーム(別名「エキスパートシステム・ブーム」)と呼ばれています。

(1)ハードウェア
 当時主流だった大型のメインフレームコンピュータに加えて、LISPマシンなどの専用機が登場しました。
 これにより、複雑なAIプログラムを効率的に動かすことが可能になりました。

(2)ソフトウェア
 知識を表現するための技術(知識表現)と、その知識を使って結論を導き出すための技術(推論エンジン)が発展しました。
 特に、「もし〜ならば、・・である」という形式のプロダクションルールが広く使われるようになりました。
 このルールは、人間の思考プロセスをシンプルに記述できるため、専門家が持つ知識をコンピュータに落とし込むのに適していました。


2.エキスパートシステムの実際

2.1 エキスパートシステムの主な構成要素

 エキスパートシステムは、主に以下の3つの要素で構成されています。

(1)知識ベース(Knowledge Base)

 ・専門家の知識やノウハウを体系的にまとめたデータベースです。

 ・特定の状況に対する事実(例:「患者Aは高熱がある」)や、知識をルール形式で記述したプロダクションルール(例:「もし高熱があり、咳が出るならば、風邪の可能性がある」)などが格納されます。


(2)推論エンジン(Inference Engine)

 ・知識ベースに格納されたルールを基に、与えられた情報から新しい結論を導き出す思考回路です。

 ・「前向き推論(データ駆動)」や「後ろ向き推論(目標駆動)」といった方法で、専門家が頭の中で論理を組み立てるプロセスを模倣します。
  例えば、「事実」と「ルール」を照らし合わせ、「風邪の可能性が高い」という結論を導き出します。


(3)ユーザーインターフェース(User Interface)

 ・ユーザーがシステムに質問をしたり、システムからの回答や助言を受け取ったりするための窓口です。

 ・なぜその結論に至ったかを説明する「説明機能」も備えていることが多く、ユーザーの信頼性を高めます。


2.2 特徴と利点、そして課題

(1)特徴と利点

・専門知識の継承・共有
  特定の専門家に依存していた知識を組織全体で共有できます。ベテランの引退によるノウハウの喪失を防ぐことが可能です。

・判断の均質化
  誰が使っても同じ結論が導き出されるため、判断のばらつきをなくし、品質を一定に保つことができます。

・説明可能性の高さ
  推論過程が明確なため、「なぜその結論に至ったか」を論理的に説明できます。これは、ブラックボックスになりがちな近年のAIにはない大きな利点です。

・高速な意思決定
  大量の情報から瞬時に最適な答えを導き出すため、人間の判断よりも迅速な意思決定が可能です。


(2)課題

・知識獲得の困難さ
  専門家から知識をルール化して引き出す作業(知識獲得)が非常に難しく、時間とコストがかかります。専門家の思考は言語化しにくい部分も多いためです。

・柔軟性の欠如
  ルールベースであるため、未知の状況やルールで定義されていない問題には対応できません。

・メンテナンスの負担
  新しい知見や状況の変化に合わせて、知識ベースのルールを常に更新し続ける必要があります。


3.利用分野と具体的な事例

 エキスパートシステムは、特定のドメイン(領域)に特化しているため、幅広い分野で活用されてきました。

(1)医療
 医療診断支援システム「MYCIN」。血液感染症の診断と治療法を提案するシステムとして開発されました。医師が入力した患者情報をもとに、感染菌の種類を特定し、適切な抗生物質を推奨します。

(2)金融
 企業の信用評価システム。財務諸表データや業界の動向に関するルールを用いて、企業の貸し倒れリスクを分析・評価します。

(3)製造業
 生産ラインの故障診断システム。機械から送られるデータや過去の故障履歴を基に、故障の原因を特定し、修理手順を提示します。これにより、ダウンタイム(稼働停止時間)を最小限に抑えることが可能です。

(4)地質学
 鉱物探査システム「PROSPECTOR」。地質データや専門家の知識をもとに、鉱床が存在する可能性が高い地点を予測します。


4.エキスパートシステムの今後

 エキスパートシステムは、一時的なブームの後、より大規模なデータから自律的に学習する機械学習やディープラーニングに主役の座を譲りました。しかし、その役割が終わったわけではありません。

 現代のAIは、画像認識や自然言語処理など、パターン認識を得意としますが、「なぜそう判断したのか」という論理的な説明が難しいという弱点があります。
 一方、エキスパートシステムは説明能力に優れています。

 このため、今後は両者の強みを組み合わせたハイブリッドAIが重要になると考えられています。
 例えば、機械学習で大量のデータからパターンを抽出し、その結果をエキスパートシステムが持つルールで検証し、最終的な意思決定を行うといった活用法です。
 専門家の知見を活かし、安全かつ信頼性の高いAIシステムを構築する上で、エキスパートシステムは再び注目される技術と言えるでしょう。



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