宿題の効果についての論文
前回の記事(宿題についての考え方を整理します 2022年3月1日)は私自身の考え方を整理することはできましたが、どうも読者の考え方を整理することは全然できなかったようですので、今後いくつも補足をしていく必要があると思っています。そのために、まず今回は教育学の論文をいくつか読んでみたいと思います。
1.クーパー論文
宿題と学力の関係について議論するときに一番参照されている学者はデューク大学のクーパー教授になります。ただ、邦訳されている著書はないため、二次情報を頼りに調べなければなりません。その第一候補が下記の書籍です。メルボルン大学のジョン・ハッティ教授の『教育の効果』です。
この中で宿題も論じられていますが、そこでハッティ氏が主に参照しているのもクーパー氏の研究データです。ただ、宿題の項はたった3ページにすぎず、簡単な紹介しか書かれていません。その内容は他のブログ記事に詳しいので譲ります。
じつはこの論点は2018年にメンタリストDaiGo氏が取り上げたことでかなり炎上したことがあり、複数の記事やYouTubeコンテンツが残っています。それぞれの方がクーパー氏の研究を要約していますので、探してみても面白いかもしれません。なお、前述の『教育の効果』という本は宿題以外にも幅広い項目についてエビデンスに基づく総括的な議論がなされていますので、教育に携わる方は手許に置いておいても良いかもしれません。
しかし宿題にだけ焦点を絞るなら、こんな大著を読む必要はなく、公開されている下記の論文が良さそうです。
2.太田論文
学習における宿題の役割に関する心理学的検討
太田 絵梨子
東京大学大学院教育学研究科・日本学術振興会
The Journal of Studies on Educational Practices Vol.20, No.2, 27−39, 2019
直リンク→https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsep/20/2/20_27/_pdf/-char/ja
この中で、宿題は少なくとも4つの種類に分類できるとあります。
①予習や下調べ
②定着を促す練習
③他の状況や文脈に転移・応用させる拡張
④新しく何かを作り出す創造
さらに付け加えるならば、
⑤学習者同士等のコミュニケーションを促す課題
⑥時間管理能力などの自己学習力を伸ばす課題
⑦不適切な行ないに対する罰
として宿題が与えられるケースもあると整理しています。後者は学力そのものを目的としていない宿題といえます。目的に合わせて宿題の種類を使い分ける工夫が求められます。また、指導対象の学年や生徒の個人的な発達段階、知的能力等を考慮した上で、どのような目的で宿題を活用しようとするのか、どのような種類の宿題が効果的なのかを教師が適切に設計することが大切です。
3.豊田論文
もう1つ論文を紹介します。これは私見ではかなりヤバい論文だと思います。
中学生における学習習慣と学業成績の関係に関する実践的研究
豊田 弘司
奈良教育大学
教育実践総合センター研究紀要 2007年
リンクはこちら
じつはこの論文は、DaiGo氏の炎上騒動のときにえらいてんちょう氏が取り上げていたもので、宿題と学力に強い相関があることが示唆される研究論文として紹介されていました。しかし中身を読んでみると、全然そういう内容にはなっていませんでした。
これは中学生を対象にした学習習慣指導の結果を報告した論文です。学習習慣の指導は6項目に及び、その1つに宿題があります。その中学では「宿題は教員と生徒の絶対的な約束となり、宿題に関しては居残りしてでも必ずするという規則が定着した」のだそうです。すでに危ない匂いがプンプンしてきます。その結果、学習習慣が改善した生徒については学力検査の成績も良かったことが示され、これらの指導は有効だったと結論付けられています。しかし、その結果データをよく見ると、これほど徹底的な学習習慣の指導をしたにもかかわらず、学習習慣が向上した生徒よりも低下した生徒のほうがかなり多かったことが判明しています。なんという皮肉でしょうか。
ハッティ『教育の効果』には次の一節があります。
とりわけ指摘しておきたいことは、宿題を与えることは学習者の時間管理能力を高めることにはつながらず、学習管理能力を高めるエビデンスもないことである。
この豊田論文の結果はハッティ氏の指摘を裏付けるものであり、徹底的に宿題をやらせるような指導が無意味であることを示しているといえるでしょう。いかにも従来型の日本的な発想での指導法が見事に失敗してしまった事例として捉えるべきだと思います。
太田論文でも、「宿題が学習者の自立的学習にどのように貢献できるかについての検討が十分ではない」と述べています。(わずかな例外的研究も紹介されてはいますが。)
結論として、宿題を出すことにより学習者の時間管理能力や自律的学習習慣が向上するという言説には根拠がなく、ほとんど迷信というべきでしょう。

4.反復練習の効果は疑問
ここからはいくつかの論点を取り上げて、上記の論文を横断しながら検討してみたいと思います。まずは日本人の大好きな反復練習について。
「反復練習の徹底」については効果が疑問視されています。それは太田論文でも言及されていますし、ハッティ氏も述べています。算数ドリルをやればやるほど算数の成績が上がるわけではないということです。(そもそも小学生への宿題と学力の関係はほとんど無いことも分かっています。)
反復練習で身に付くのは主にストレス耐性であり、単純接触効果により多少慣れる効果はあるでしょうが、学習者の理解や知識の構築に資するエビデンスはありません。日本の教育者や保護者が非常によく誤解している点だと思います。
有効な宿題内容としてはタスク型の練習が有効であり、高度な思考を要する課題はあまり有効でないことも分かっています。練習させる目的としては基礎的な内容を理解し習得するための予習、復習が有効だそうです。予習としては教科書をざっと読んでくる程度でよく、復習としては教科書の例題の下についている練習問題くらいがちょうど良さそうです。これらの宿題に効果があることは間違いありません。しかし練習と言ってもドリル型の反復練習の効果は疑問視されていますので、学習者が理解、習得できればそれ以上は必要ないと考えるべきでしょう。
教科別で見ると、特に宿題の効果が低いのが数学だといいます。数学の課題は難易度の設定が肝心で、少しでも難しすぎれば学習者はまったく思考しませんし、簡単すぎても思考しません。宿題が有効に機能するための難易度の範囲がかなり狭いのだと思われます。ピンポイントで課題を設定することが求められるわけですが、集団授業では限界があるでしょう。
5.「学年が上がるごとに宿題の効果が上がる」は本当か
小学生は宿題と学力の相関関係はゼロですが、中学生になると有意に効果が見られ、高校生はさらに大きな効果が見られることが分かっています。しかしこの結果は大きな誤解を招きかねないと思いますのでしっかりと注意を促したいと思います。日本では次のような教育観が広く浸透しています。すなわち教師主導で宿題を決めて、学習者が遂行したかどうかをチェックして管理する。学習者には有無を言わさず従わせる。教育とはそういうものだという先入観が強く存在します。そんな日本人に上記の結果を見せれば、もっとどんどん宿題を出したほうがいいという主張を始めることが容易に想像できます。
しかし当たり前ですが、宿題を出せば成績が上がるわけではなく、宿題に対して学習者が自主的に努力して取り組めば成績が上がるという話です。ハッティ氏らの説明によると、学年が上がるごとにその効果が大きくなるのは、学習者自身が学習の仕方をいろいろと覚えるからであり、また、幼い子どもは気が散ってしまいがちで自主学習が捗らないのに対し、一定の年齢になれば集中して取り組むスキルが身に付くからだと考えられます。そしてもう1つ言えるのは、中学、高校と上がるにつれて学習する量がどんどん増えていきますから、自主学習の量と成績がより顕著に比例するようになっていくのは当然のことでしょう。繰り返しますが、それは宿題の効果ではなく自主学習の効果です。授業外で努力することが大事だという当たり前の話です。必ずしも宿題という形で教師から与えられる必要はないわけです。学習者が授業外で努力するために宿題の存在がプラスになるのであれば出したほうが良いことになります。
6.宿題は両義的なもの
大多数の日本人は、宿題とは強制的な性質のものだと認識していることでしょう。しかし、本来宿題とは両義的なものです。強制的でもあり、同時に自律的な性質も強く帯びています。なぜなら宿題を遂行するとき学習者は一人だからです。子供たちは宿題をサボる口実を無限に思いつくことができます。やったふりをしてごまかすこともできます。生徒が自らを律して、サボらず、ごまかさず、ちゃんと労力を投入して課題に取り組まなければ学力は上がりません。その意味で、宿題は本質的に自律的な性質を帯びているのです。
ここで思い出したいのは、豊田論文の項で判明したように、宿題を出すこと、およびその遂行を強制することは、学習者の自立的な学習能力を向上させないということです。宿題に積極的に取り組める子どもは、すでにあらかじめその姿勢が備わっているからできるだけのこです。逆に出来ない子どもにいくら厳しく指導しても、学習能力は向上せず、宿題への取り組み方も表層的なものにとどまるでしょう。ここまでの議論から、宿題とは別の方法によって自立的な学習の仕方や姿勢を身に着けていくことが重要であることが分かります。
今日はここまでにします。次回は、学校や塾での集団指導と個別指導の違いに焦点を当てて、それぞれの場合に宿題の出し方にどのような差異があるのかを考察していきたいと思います。
