民主主義を破壊する反共カルトと戦犯①-07🇯🇵日本会議👿[教祖と母体の”生長の家”]
民主主義を破壊する反共カルトと戦犯①-07🇯🇵日本会議👿[教祖と母体の”生長の家”]
現在行われている「兵庫県の知事選挙」では、無責任強欲モンスターが急増し、
ネットで「パワハラはなかった」などの言説が急速に溢れ返り、
他党の党首が「前知事のパワハラはなかった」などのデマをリアルで流し、
統一協会🏺などのカルトも参戦して「カラスは白い」と喚き散らして
「カラスを白くしようとすり替える運動」が行われています。
国民の知らない間に何が起きて、なぜ民意が反映されなくなったのか?
世の中がおかしくなったのか?青木理氏の「日本会議の正体⛩」の本📕を
通してその「元凶👿」を見ていきます。

売国奴と罵られた世の中🇯🇵を私は経験してきた」
「日本会議⛩を支える事務局」のコアメンバーたちは、
反共カルト「生長の家⛩」出身の反共カルト信者たちで、
教祖の谷口雅春は、戦前に「病気の治癒」や「人生苦の解決」の詐欺的商売で
大儲け💰💰し、戦争協力することで勢力拡大してきたカルト教祖だった。
そのカルト団体について詳しく見ていく。
教祖と母体の”生長の家”
●生長の家の反共カルト教祖「谷口雅春の才覚と手腕」
1930年に生長の家⛩を創設した怪人物・谷口雅春は、もとをたどれば
出口なおが創唱した大本教の信者だった。本名は谷口正治。
生まれは1893年1月。出身地は兵庫県八部郡烏原村(現・神戸市兵庫区)。
地元の中学を経て早稲田大英文科予科に進んだが、本科に進んでまもなく中退し、
紡績工場勤務などを経て大本教入りした。
早大予科時代には直木三十五や青野季吉、西條ハレといった著名文筆家と同期で、
谷口自身、文才に恵まれていたらしく、大本教でも機関誌の編集などで頭角を
現した。だが、まもなく大本教から離脱し、糊口をしのぐ方法として
1929年に個人誌『生長の家⛩』を発刊、「病気の治癒」や「人生苦の解決」
などに効果があると評判を呼び、購読者を増やして一挙に軌道に乗せていく。
昭和時代には、詐欺的な「霊感商法」がまかり通ってて
統一協会🏺の「高麗人参茶🥕が病気を治す」や
創価学会🍘の一家和楽など、「病気の治癒」や「人生苦の解決」をうたった
詐欺商法が蔓延しており、新興カルトや伝統宗教がそれを利用して
「現世利益」や「功徳」を売りにして、荒稼ぎ💰していた実態が
あるのだろうと思われる。
そういう詐欺商売の一つに「谷口雅春の生長の家⛩」があったのであろう。
この経緯や背景については評論家の故・大宅壮一が1955年、『文藝春秋』に
発表した「谷口雅春論」が興味深い。大宅らしい皮肉たっぷりの筆致で喝破
しつつ、谷口という人物と生長の家⛩の本質を端的に捉えているからである。
一部を引用してみよう。
<金を儲けるといっても、彼(引用者注・谷口雅春のこと)
としては文筆によるほかはない。
それもこれまでの経験からいって、
たまに単行本を出すくらいでは生活が安定しない。
個人雑誌という形で好きなことを書いて、一定のファンを獲得し、
これを少しずつでもふやして行くことを考えるのが、
一番確実で永続性のある方法だと考えた>
<彼が個人雑誌を思いついたのは、
初めから手持ちのファンが若干あったからである。
大本教にいたころ彼は”手紙布教📨”という役を担当していた。
これは各種の名簿によって、これはと思う人物に目星をつけ、
あなたのこれまでの生涯の中で興味のある話があったら、
世間に発表したいと思うから知らせてほしいという手紙を出す。
少しでも地位のできた人間は、だれでも自分の過去を語りたい欲望
をもっているものだから、感激してすぐ返事をよこす。
するとまた折返し、彼の書いてきたものに対する感想を書いて送る―――
といったような方法で、文通を行っているうちに、
相手をうまくおびきよせて信者にしてしまうのである。
男では軍人、女では未亡人が一番この手にかかりやすい。
谷口は大本教でこれを長くやっていて、そのコツをよくつかんでいるし、
大本教の信者を横どりして、谷口個人のファンにしてしまったものも少くない。
これは従来属していた宗教から独立して一派を開くものがいつも使う手である>
<かくて一サラリーマンのヘソクリで細々とはじめた個人雑誌「生長の家」は、
次第に”生長⛩”して行って、昭和9年(引用者注・1934年)9月には、
資本金25万円の株式会社光明思想普及会として
新しく発足するところまで行ったのである>
(いずれも大宅「谷口雅春論」より。
旧仮名遣いや旧漢字はすべて現代仮名遣いと新字体にあらためた)したがって生長の家⛩は創設からしばらくの間、みずからを宗教団体とは
位置づけず、「教化団体」と称していた。会員も「信者」ではなく「誌友」。
戦前の宗教団体法にもとづいて宗教団体となったのは1940年のこと。
あくまでも株式会社として谷口がつくった光明思想普及会は雑誌『生長の家⛩』のほか『白鳩』、『光の泉』、総合雑誌『いのち』など数種を発行し、
新聞に大きな広告を載せては「誌友」を急速に増やした。
特に戦中は戦争遂行を全面賛美して教勢を拡大し、機関誌の発行部数は60万部
を突破した。また生長の家⛩の公称によれば、戦後のピーク時の「誌友」数
———すなわち信者数は300万人超にのぼった。
なかでも谷口の代表的著書『生命の実相』は売れに売れ、これも生長の家に
よれば、現在までの総発行部数は1900万部にも達するという。
つまり、機関誌📕や出版物📕を次々に発行して信者に購入させ、大儲け💰する
という宗教的手法———昨今の新興宗教団体(新興カルト)が常套手段としている
手法を、いち早く確立したという点において、怪人物・谷口雅春の才覚と
宗教経営の手腕はたいしたものだったというべきなのだろう。
また、神がかり的な教祖の多い新興宗教団体のなかにあって谷口は一応、
文才あるインテリであり、出版宗教という教団成り立ちの性格上、
信者にも一定以上の知識層が多かったのも特徴といえば特徴だった。
この点は、生長の家⛩から熱心な政治活動家を輩出した遠因ともいえる。
●反共カルト教祖「谷口雅春」の「教義」
その生長の家⛩の教義をごく簡単にいえば「万教帰一(ばんきょうきいつ)」。
すべての正しい宗教は元来、唯一の神から発したものであり、時代や地域によって
さまざまな宗教として真理が唱えられてきたが、根本においては一つである
———そんな理屈の下に仏教、神道、儒教、キリスト教から心霊学、果ては米国🇺🇸のニューソートやクリスチャン・サイエンス、フロイトの精神分析までを
ごちゃ混ぜに取り込んでいるといわれていて、大宅壮一は前出の「谷口雅春論」
で生長の家⛩を「カクテル宗教」「宗教百貨店」と揶揄した。
これに対して生長の家⛩や谷口側は「百貨店には一流の商品がならんでいて、
市井の小売店よりも優良品がそろっていますように、そこには真理なる生粋の
優良真理を抜粋して陳列してある」
「デパートには良い商品が集まっている。その伝でいうなら、生長の家⛩には
各宗教の真髄だけが結集されていることになる」などと主張、
これも大宅に「自ら”百貨店”であることを認め、他の宗教を専門店、いや、
“市井の小売店”あつかいしている」と皮肉られている。
統一協会🏺の統一原理に似ている教義?良いところ取りして
「一見良さそうに見える」が「実際は中身や芯が無い」ただの詐欺が本質っぽい。
「すべての正しい宗教は元来、唯一の神から発したものであり、時代や地域によってさまざまな宗教として真理が唱えられてきたが、根本においては一つ」「そんな理屈の下に仏教、神道、儒教、キリスト教から心霊学、果ては米国🇺🇸のニューソートやクリスチャン・サイエンス、フロイトの精神分析までをごちゃ混ぜに取り込んでいる」
また、なんといっても「病気の治癒」や「人生苦の解決」こそが生長の家⛩
の信者獲得の最大手段であった。
それを支えたのは、谷口の著書『生命の実相』や『甘露の法雨』に記された
次のような独特の”理論”である。
<物質は畢竟「無」にしてそれ自身の性質あることなし。
これに性質を学うるものは『心』にほかならず。
『心』に健康を思えば健康を生じ、
『心』に病を思えば病を生ず>
<物質は無い。われわれが病気であるというのは、
われわれが病気だという観念波動を送り出している状態にすぎない。
ただあるのは『健康の観念』または『病気の観念』ばかりであります>
その上で谷口は、
<病的思想が無くなれば病気が無くなる。
病気が無くなれば病気の治療に要する一切の費用がなくなる>
と唱え、こう訴えるのである。
<わが言葉を読むものは、生命の実相を知るが故に一切の病消滅し、
死を超えて永遠に生きん>つまり、谷口の著書を熱心に読むだけで病が癒り、これこそが奇蹟の神癒だ
———そういう”理屈”であり、実際に病が治ったという信者⛩が殺到して教勢は
急拡大していったというのだが、本書における私の目的はこうした生長の家の
教義を分析したり論評したり批判したり、あるいはそのバカバカしさを
皮肉ったりするところにあるわけではない。
したがって生長の家の成り立ちや宗教的教義に関する話はこのあたりにとどめ、
戦後日本の右派活動や日本会議の「源流」にもなったという谷口の政治思想や
生長の家の政治活動に話題を移そう。
つまり、創価学会の布教拡大時と同じように、ある程度サクラ🌸を仕込んで
「谷口の著書を熱心に読むだけで病が癒り、これこそが奇蹟の神癒だ」
と「実際に病が治ったという信者が殺到」して、治ったように勘違いさせる
典型的な詐欺手法だったと思われる。
一方で、熱烈な原理主義的信者が「日本会議⛩」を作る一方で、
本家の「生長の家の第3代総裁⛩」は路線変更し、
原理主義カルト信者の誤りを明確に指摘した。
●生長の家現総裁の「侵略戦争論」と正しい路線変更
以後、宗教団体としての生長の家⛩は、現実政治とのかかわりを一切断った。
それは現在に至るまで変わらない。
したがって第3代総裁・谷口雅宣率いる現在の生長の家⛩も、現実政治への
影響力行使などはまったくしていない。それは一般の右派運動に対しても同様
であり、もちろん日本会議⛩の運営や活動とも無関係である。
むしろ昨今の生長の家は「エコロジー」に力を入れる環境左派の色彩を強め、
安倍政権のありようには批判的にすらなっている。
実際、本書の執筆が最終盤にかかっていた2016年6月9日、生長の家⛩は次の
ような文書を公式ホームページ上に突如掲載し、関係者に大きな波紋を広げた。
素晴らしく適切な現生長の家の「日本会議⛩」批判
<来る7月(引用者注・2016年7月)の参議院選挙を目前に控え、
当教団は、安倍晋三首相の政治姿勢に対して明確な「反対」
の意思を表明するために、「与党とその候補者を支持しない」ことを6月8日、
本部の方針として決定し、全国の会員・信徒に周知することにしました。
(略)安倍政権は民主政治の根幹をなす立憲主義を軽視し、
福島第一原発事故の惨禍を省みずに原発再稼働を強行し、
海外に向かっては緊張を高め、原発の技術輸出に注力するなど、
私たちの信仰や信念と相容れない政策や政治運営を行ってきたからです>
<この間、私たちは、第二代総裁の谷口清超先生や谷口雅宜現総裁の指導にもとづき、
時間をかけて教団の運動のあり方や歴史認識を見直し、間違いは正すとともに、
時代の変化や要請に応えながら運動の形態と方法を変えてきました>
<当教団では、元生長の家信者たちが、冷戦後の現代でも、
冷戦時代に創始者によって説かれ、すでに歴史的役割を終わった主張に固執し、
(略)活動をおこなっていることに対し、誠に慚愧に耐えない思いを抱くものです。
(略)日本会議の主張する政治路線は、生長の家の現在の信念と方法とは
まったく異質のものであり、はっきり言えば時代錯誤的です。
彼らの主張は、(略)古い政治論を金科玉条とした
狭隘なイデオロギーに陥っています。
宗教的な観点から言えば『原理主義』と呼ぶべきものです>
<私たちは今回、わが国の総理大臣が、本教団の元信者の
誤った政治理念と時代認識に強く影響されていることを知り、
彼らを説得できなかった責任を感じるとともに、
日本を再び間違った道へ進ませないために、
安倍政権の政治姿勢に対して明確に「反対」の意思を表明します>現在の生長の家⛩がこれほど強い調子で安倍政権を批判し、生長の家⛩に
出自を持つ右派活動家らを真正面から難じるとは、私も驚きだった。
これを生長の家に出自を持つ活動家たちがどう受けとめ、今後どんな影響を
及ぼすのか、現時点ではわからない。しかし、生長の家やその政治結社だった
生政連⛩、あるいは学生組織の生学連⛩の出身者たちがその後も右派活動に
熱心に取り組み、現在も日本会議の中枢や周辺で重要な役割を果たしている
のもまた、疑いようのない事実である。
いったいなぜか。どういう経緯を経てそういうことになったのか。
続けて村上の話に耳を傾けよう。
「生長の家⛩が政治との絶縁を宣言したのは衝撃的で、その余波は宗教界、
政界はもちろん、民族派の諸団体や国民運動などにも及びました。
ごく一例を挙げると、皇居の一般参賀ですよ」
———毎年の1月2日と天皇誕生日に皇居で行われる一般参賀ですか?
それにいったいどのような影響が?
「一般参賀の際は、大勢の人が日の丸の小旗🇯🇵を振りますね。あれは合計で
だいたい1万本前後になるんですが、それを調達していたのが生長の家だった
んです。ところが生長の家⛩がこれからの離脱も通告し、生政連⛩と二人三脚
で活動してきた明治神宮⛩はかなり慌てたようです。
結局、神社本庁⛩や佛所護念会などにも声をかけて小旗🇯🇵を急運調達した
そうです。加えて生長の家は、大きく変わってしまいました。1985年に谷口雅春先生が亡くなり、清超先生が2代目を継ぐと、雅宣さんの主導権が強まりました。
その雅宣さんは谷口雅春先生の教義の解釈まで変えていったんです。
谷口雅春先生は『大東亜戦争は聖戦であり、明治憲法を復元すべきだ』と訴えて
おられたのに、雅宣さんは明治憲法の復元どころか”憲法改正すら主張しなく
なった”。挙げ句の果てには、”あの戦争は侵略戦争だった”とまで言うように
なったんです」
———その文章は私も読みました。1990年代に入って、
生長の家⛩の若者向け雑誌『理想世界』などに発表されましたね。
「そう。そうした路線転換に生政連⛩や生学連⛩などを拠点に活動していた人たちが猛反発しました。谷口雅春先生の薫陶を受けた優秀な活動家はたくさん
いましたからね。『守る会』や『国民会議』の事務局を切り盛りしていた
椛島有三さん、のちに日本政策研究センター所長として安倍首相のブレーン
といわれるようになる伊藤哲夫さん、『新しい歴史教科書をつくる会』の
副会長にもなった明星大教授の高橋史朗さん、そして自民党参院議員として
安倍首相の補佐官になる衛藤晟一さん・・・・・・。
彼らは生長の家⛩の路線転換に伴って教団から排除されたり、自ら離脱したり
しました。そして政治や教育や国民運動など、それぞれの分野で
谷口雅春先生の教えに従って独自の活動をはじめたわけです」
祖父の谷口雅春が『大東亜戦争は聖戦であり、明治憲法を復元すべきだ』
と訴えていたのに、孫の雅宣さんは明治憲法の復元どころか”憲法改正すら主張しなくなり”、挙げ句の果てには、”あの戦争は侵略戦争だった”とまで言うように
なった。つまり、「現実や認知を歪める詐欺師の祖父」に対し、
「孫は正しい現実認識ができる」ため、正しい宗教として教義の変更を
試み、路線転換に伴って過激な原理主義者を教団から排除したり、
離脱させたりし、正しい宗教の形にしたと思われる。
民主主義を破壊する反共カルトと戦犯シリーズまとめ(INDEX用)
伊丹万作「騙されることの責任」
もちろん、「騙す方が100%悪い」のは紛れもない事実である。
その上で更に「騙されることの責任」を考えよう。

もう一つ別の見方から考えると、いくら騙す者がいても誰1人騙される者がなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったに違いないのである。
つまり、騙す者だけでは戦争は起らない。騙す者と騙される者とがそろわなければ戦争は起らない。一度騙されたら、二度と騙されまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。騙されたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘違いしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
伊丹万作「戦争責任者の問題」より
