民主主義を破壊する反共カルトと戦犯②-07戦犯ネトウヨ👹とファシズム⛩[菅野完氏のネトウヨ考察]
民主主義を破壊する反共カルトと戦犯②-07戦犯ネトウヨ👹とファシズム⛩[菅野完氏のネトウヨ考察]
年々、傍若無人になり凶悪テロ犯化👿しているネトウヨ👹。
しかし、実社会にも大勢いるにも関わらず、その全体像や指揮系統などは
一切分からず、謎の巨大組織化しています。そのネトウヨ👹の正体や
ナチス化🇩🇪の原因などを、様々な資料や他の人の分析、最新の精神医学など
を組み合わせて、類推を交えながらザックリと全体像を探っていきます。

はじめに
ここでは、幾つか菅野完氏のネトウヨについての”X(旧Twitter)のポスト”を抜き出して、「ネトウヨ」や「通俗道徳」「新自由主義」の問題点や菅野氏の分析を理解するとともに、自己愛性パーソナリティ障害(NPD)の特性の現れなどについて解説しながら具体的に見ていく。
ただし、順不同で整理せずに引用しているため、バラバラで前後したり、
まとまりが無い点については、予めご了承ください🙇♂️
菅野完氏によるネトウヨに関する発言と分析
2024年1月1日に発生した能登地震における「被災地の避難所」の話。
県や市などの被災地支援が全然進まない原因の1つとして、「被災地の避難所を管理しよう」とする「小さな独裁者」が増えている件に関するコメント。
田鶴浜コミュセンのNは、一事例。
おそらくいま、被災地各地では、Nみたいな「小さな独裁者」がいっぱい産まれてる。それぜんぶ、めくらなあかん。
「小さな独裁者」の「管理の愉悦」なんか知るかよぼけ。
何より大切なのは、命と健康と人権じゃぼけ。
公益が失われ私物化が流行る背景の「エコ贔屓」や「恣意的な評価」について。
一番ありがちなのが
「さまざまな謎のルールを勝手に創出し、その遵守状況で、誰かを極端に褒める」
という暴力。
これ「貶す」ではなく「褒める」のがポイント。
特定の人を褒めることでそれ以外の人に罪悪感を生じさせ、その罪悪感をコントロールの糸口にしようとするよくある手口。
そもそも「組織」ではないものを管理しようとしてるから管理なんかしきれない。そして管理者ぶってるヤツは「管理できるはず」と考えるほど頭が悪いから、
余計、管理なんかできない。
と、どうなるか?
ここから先、有形無形の暴力が生まれるんです。
が、弱い人はこの理屈を理解できない。バカだから「組織ではない人間の集団だが、会社や役所のように管理してやろう」とか考えちゃう。バカだから。
が、そもそも組織じゃないんで管理しきれない。
管理しきれないと、バカはその結果を他責しだす。
そして「管理そのもの」が自己目的化していく。
「組織」は構成員が「目的」を共有しているから「管理」が成り立ちます。
だから会社でも役所でも構成員が目的共有している組織であれば、徹底した管理
をすべきです。しかし「あらゆる人間の集団はすべて組織である」なんてことはない。むしろ人間が形成する集団は「組織ではない」ことの方が多い。

「組織」は構成員が「目的」を共有しているから「管理」が成り立ちます。だから会社でも役所でも構成員が目的共有している組織であれば、徹底した管理をすべきです。
— 菅野完 (@noiehoie) January 28, 2024
しかし「あらゆる人間の集団はすべて組織である」なんてことはない。むしろ人間が形成する集団は「組織ではない」ことの方が多い。
01.頭と心の弱い人が管理したがる
そりゃ世の中には、「テレビで流れない限り知りません」とかいう
頭と心の弱い人ってのはおられるんでしょうよ。 が、 「よーし パパ、社会問題語っちゃうぞ」 「よーし 音楽について語っちゃうぞ」 とか言うとる奴が、
「テレビでやってないもん。知らんがな」とかいうてたら、アホでしかないよね
権威や権力の規定する路線に従順に従うことこそが「大人」だと認識するような頭と心の弱い人にイノベーションとか変革とか起こせるはずないよね。
弱いんだから。
で、その種の人は弱くて頭が悪いので、何でもかんでも「管理」したがります。
そして弱いので「混乱」を恐れます。 しかし、頭が悪いので管理なんかしきれないし、混乱はどうしても産まれます。
そうすると弱い人の常で「道徳」で他人を縛ろうとします。
だいたいこのパターンで説明つくはずです。
かなりまずいことになっています。 「これまで管理者なんか任されたことないが、『避難所』という『人の集まるところ』が思いがけなく発生し、『他に人がいない』という理由でその管理者的な立ち場に収まり、夢にまでみた『管理者』って肩書きを得て、舞い上がってる」 って人が大量に産まれてる。

かなりまずいことになっています。
— 菅野完 (@noiehoie) January 28, 2024
「これまで管理者なんか任されたことないが、『避難所』という『人の集まるところ』が思いがけなく発生し、『他に人がいない』という理由でその管理者的な立ち場に収まり、夢にまでみた『管理者』って肩書きを得て、舞い上がってる」
って人が大量に産まれてる。 https://t.co/K7EcgWUgvk
02.金持ちや権力のおこぼれに預かりたい思考のモラ経営者(NPD)がネトウヨ?
こういう緊急時は、「政府は何も間違ってない!政府はよくやってる!!!」
というと、弱い人がなびいてくれて、ビュー数稼げるので、心と頭の弱いみなさんは、その方法で無聊をなぐさめ、チンケな承認欲求をみたすゲームをやれば楽しいかと思いますです。
パワハラやセクハラ、差別発言するモラ(NPD)を
「素直」「本音を喋る正直者」など、
自分の中の「差別意識や偏見を正当化する」仲間を=資本主義者
「差別意識や偏見を口うるさくダメだ」と注意する人を=口うるさい共産主義者
と、集団で嫌ってイジメや嫌がらせをすることで仲間の結束を保っているので、
共犯仲間となって、暴露を恐れ、犯罪者を切ることができず、
「必然的に自浄作用の無い反社組織化」していくことがわかる。
谷川弥一の記者会見、この人に惚れる人がいるのわかるな。まあ、能力低いから徹頭徹尾コミニュケーションがハラスメントやけど。
自民党さんはあの種のハラスメントを「素直さ」と勘違いしてしまう社会的に孤立した人や頭と心が弱い人を包摂するのが上手いんだなぁと改めて勉強になった。
管理なんかして仕事が前に進むはずがない。何かの作業が終わるはずなんてない。そりゃ弱い人は頭が悪いから、目の前の事象をすぐに「管理」したがるけども、
それは典型的な「アホ反応」。管理が必要な局面というのは「枯れた単一作業業務」ぐらいなもん。そういうのとちゃうからさぁ。
モラ(NPD)は基本的に「金持ちにたかる」「権力者に擦り寄っておこぼれを貰う」
「権力者にすり寄って融通を効かせて揉み消して貰う」などを期待して擦り寄る。
なので、天下り官僚など、政府や中央省庁とのコネや人脈があって、
金を引っ張ってきて、地元の経済を回してくれる
「金持ちや権力のおこぼれに預かりたい」思考のモラ経営者(NPD)が多く
頭🧠と心が弱いので、中央との「太いパイプ」などのキーワードに
「依存できる」と大喜びして選挙支援するようである。
また、「共感能力がなく」「搾取を正当化する」ので、
「人権」や「権利」を毛嫌いし、「強権的で反社な独裁者」を
「即戦力」とか「有能」だと勘違いする仕組みになっている。
それ故、「櫻井よしこ」や「小山昇」のような反社コンサルなどに
熱狂するのである。




「太いパイプ」って言わないと頭と心の弱い程度の低い人には響きません。
有力者のパイプ自慢選挙は日本人好きなんだろうね。笑笑
地方行くと、
・実家太い
・東京の偉いさんに知り合いがいる
ってストーリーを聴くと「ああ。この人すごい人なんやなぁ」と勘違いする
頭と心の弱い人、いっぱいいるんですよ。 京都はどうか知りませんよ。
京都は都会…というか、京都以外日本のどこに都会があるねんって話ですけどね。

03.弱者を切り捨てたい頭と心が弱い「新自由主義者」についての解説
こんな人を支持して投票するとかありえへん
日本は国民皆保険な国。 誇ることの少ない日本でも、国民皆保険制度と
母子手帳制度は誇れる。 で、国民皆保険制度を維持しようと思うと、「保険」
である以上、「保険が落ちる人の増加」よりも「保険に加入する人の減少」こそ
問題なわけ。 つまり高齢化の問題ではなく、少子化の問題。
要するに「強者同士で群れて」「弱者を助けず見捨てる」
心と頭の弱さを「正当化して」「弱者を助けず見捨てることを強者」と勘違い
させてくれる「思想」が「新自由主義」であり、北斗の拳のザコと同じである。





「さまざまな理由から困難を抱えている人に寄り添い包摂する余裕さえない弱い人が自分の弱さを直視するという厳しい作業から逃避するためにすがるもの」が、
新自由主義なので。
竹中平蔵らが提唱した新自由主義にもその要素が含まれていますね。
強いカリスマに依存したがる「保守」じゃなくて「保身」のモラ(NPD)。
日本で「保守」と名乗る奴はもはや「弱い人に辛く当たることで自分の情けないまでの弱さを隠蔽するゲーム」に夢中なクソ弱者しかいなくなってしまったから、
ふつーに平気で「トランプに統治してもらいたい」とか言えるんだろう。
「弱い側の人間が死ぬのは当然であるなどと弱い人に負担を強いるようなことを口走り弱い人に強くあたる自分をアピールすれば、周りの人は俺のことを強い側の人間だと思ってくれるはずだ」というクソ弱者の典型的な考え方。
前も書いたんですけどね… 維新とかで国会議員やったりするタイプの
頭と心の弱い社会不適合者の人が、「国会開催1日あたりの経費はN億円だ」
みたいな話するでしょ? あれね、
年間の国会予算÷365日
の単価なんですよ。
だからね、「国会を開催しない」方が「税金の無駄遣い」なわけw

04.障害者に頭下げて欲しい自己愛性パーソナリティ障害(NPD)
有権者の組織票の買収を問題にしているのに、
飲み食いの嫉妬でしか考えられないのもモラ(NPD)の特徴である。



嫉妬で考えるってのは弱い人の特徴なんであなたはそう考えるんでしょうねぇ。 しかし、まともな社会人は「機会の均等」「手続きの公正性」を考えるもんです。 人生つらいと思いますが頑張って生きていってください。
これはアホリベラルの方が正しい! 地方議員に蒔いたお金も美味しい飲み食い
とお酒になるのだろうし。 旨い飯食って酒を飲んでいるのは必ず一人では無く、有権者も同席ならお金より飲み食いの方が集票能力が高いし割り勘の言い逃れも
管理なんかして仕事が前に進むはずがない。何かの作業が終わるはずなんてない。そりゃ弱い人は頭が悪いから、目の前の事象をすぐに「管理」したがるけども、それは典型的な「アホ反応」。管理が必要な局面というのは「枯れた単一作業業務」ぐらいなもん。そういうのとちゃうからさぁ。
そういう手合いは、仕事を
「相手に言うこと聞かせること」
「相手を服従させること」
「統制に服させること」だと勘違いしとる。だからアホみたいに管理したがる。
だからボランティアなんて極力使いたくない。 仕事できないやつの典型例。
「普通の人間」である自分より、「劣った下層の人間=障がい者」と言う階層を
合法的に作り、「特別な存在」だと思えるよう
「障がい者に頭を下げさせたがる」モラ(NPD)の特徴。
24時間テレビが、「健常者の見下し」をベースに這い上がる障がい者を称賛する
「健常者の感動ポルノ」と批判される理由でもある。

そりゃ障害者に頭下げて欲しいって言う人多いわな。
頭下げてくれる人のすくない生活送ってる弱い人が多いTwitterなら尚更。
吐口Twitterぐらいしかないもんな。

嫉妬で考えるってのは弱い人の特徴なんであなたはそう考えるんでしょうねぇ。
— 菅野完 (@noiehoie) April 22, 2024
しかし、まともな社会人は「機会の均等」「手続きの公正性」を考えるもんです。
人生つらいと思いますが頑張って生きていってください。 https://t.co/JnaCWydsFa
そりゃ障害者に頭下げて欲しいって言う人多いわな。
— 菅野完 (@noiehoie) March 19, 2024
頭下げてくれる人のすくない生活送ってる弱い人が多いTwitterなら尚更。吐口Twitterぐらいしかないもんな。
05.「弱者叩き」は「強い側に居たい」と言う欲を満たす弱い人の戦術
キチガイが目新しいことをいうのを「戦略」と捉えてしまうのは頭の弱い人の
通弊です。
つばさの戦略では?
イジメに加担することで「弱者側=共産主義者側」で無いと周りに
アピールすることで、「自分がイジメられるターゲットになる」ことを
回避すると同時に「強い側に居たい」と言う欲を満たす弱い人の戦術。
これを巧みに利用しているのがアメリカ🇺🇸の「名誉白人」の戦術。


「抑圧や迫害や差別などに直面し苦難の声を上げる人を
見つけ次第頭ごなしに否定することで
『自分はこいつらとは距離がある。な?俺はこいつらと違うんだ。
な?な?だから俺は弱い側の人間じゃなくて強い側の人間だと認めてくれよぉ』
というアピールになると思ってる弱い人」
「弱い奴が死ぬのは当然」と考えることこそ弱い人の特徴なんですけどねw
自分だけは大丈夫となってますね
あの人たちは弱いんです。
そっかー!あの界隈の連中は「バラバラの個人の集合体のような国」が嫌なんだな。なんか、途轍もなく腑に落ちた。

06.頭と心の弱い人が悪党に憧れて悪事に加担する
大阪の次は兵庫の番です。
「弱い奴が死ぬのは当然」
「弱い奴が殺されるのは当然」
「弱い奴を殺す人こそ強い人」
と考える弱い人たちがよってたかってアホを知事に選んだんで、しゃーない。兵庫の人も、大阪から10年遅れて「維新の地獄」を味わってください。
「ある程度の規模まで人間が集まったら、自ずと、司・司な体制が出来上がる」 「利潤の追求など単一の目標を共有する人間が集う企業などの組織でない限り、『マネジメントしない』ことこそ業務円滑遂行の秘訣」 という、
妙味を知らない人が能登というか石川県の行政機関に多すぎるのが問題。
まあ、端的にいうと、弱さの問題なんだけどね。
石川県の自治体職員に弱い人しかいない。強い人、見かけないのよ。
「偉そがる人」はたくさんいるけど。
なんでて簡単な話やん。 統一教会は、頭の悪い弱い人から金を巻き上げよう
巻き上げようと虎視眈々と狙ってる。 だいたいどの国でも頭の悪い弱い人が保守と名乗りたがり、日本の場合は、家父長制なものへの親和性が高いからやん。 マーケティングの一種
で、何で家庭連合は夫婦同姓を推進したがるんですかね
モラ(NPD)やフライングモンキー🐵は、頭が弱いので、堂々と悪事をする
悪党やヤクザに憧れてしまい、「闇バイト」や汚職や不正などの悪事に
簡単に加担しまう。


弱いからですよ。
弱い人は、石丸とか小池百合子とかに「憧れ」ちゃうわけ。
まず。 田舎の商店街で高齢者に布団を売りつけてる詐欺師も、
まずは、騙す高齢者からの「憧れ」を獲得しようとする。
弱い人騙す手法ってパターン一緒なのよ。

07.特別でありたい心の弱いモラ(NPD)が足を引っ張る
元々「足を引っ張るしか能のないモラ(NPD)」が強者に媚びて、
万人に共通な法律より「強い人は強い人である以上なにをやっても正しいのだ」
「上位者のやることに間違いがあるはずがない。なんとならば上位者だからだ」
と言う理屈で、日本企業の企業統治の文化を作り、無能な経営者が
それを利用することで、社内を統治する仕組みができていた。
そして、モラ(NPD)がドンドンネトウヨ化していくことで、
心と頭が弱い人が、企業だけでなく、日本の社会の足を引っ張り続けてるのが
現状を招いたと考えられる。


なんで、あの手のどう見ても詐欺師にみんな騙されるのか分からない..
だよな。 ふつーは一般庶民の感覚ならそうなると思うのよ。
それが健全な「日本の庶民の感覚」だと思う。
しかし最近「強い人は強い人である以上なにをやっても正しいのだ」
と考える弱い人が増えたからなぁ。
けっこう見損なった
いや、それが当然なんです。 世の中弱い人の方が多いんです。
関東大震災後の朝鮮人虐殺を否定する弱者の皆さんを包摂できなかった日本の学校教育の歩留の悪さと、日本のアカデミアが頭の弱い人に冷酷なせいです。
有権者は悪くない。 教育から落ちこぼれ読書経験が乏しいだけなのですから。
それが票になる東京都民っておかしい!
そうです。「弱い人を嘲笑う姿」を見せつけることが、予算を注ぎ込むこと
なくできる弱者むけの福祉政策だということを小池百合子は知悉してるんです。
と、解釈して「上位者のやることに間違いがあるはずがない。なんとならば
上位者だからだ」と考えたがる、心と頭が弱い人が、日本の社会の足を引っ張り続けてる。

08.事実を捻じ曲げるデマや悪評の流布に加担したがる理由
サイトー応援団やネトウヨが「内部告発者が『公務員として良くない行為』をしていたから、告発は正当でない」と主張したがる現象は、
モラ(NPD)がイジメや村八分、パワハラなどで、級友同士や社員同士や村人同士で
共謀して「スミアキャンペーン(被害者と加害者をすり替える手口)」を多用してきて、「告発者は精神的におかしいから”証言は無効”」「統合失調症だから無効」「被害者は精神疾患で認知の歪みがあるから無効」と言う戦術を多用してきたから、今回も同じようにやったのだと思われる。
会社などでは、「語っている人」に注目して、敢えて「上位者であれば正しい」と言う判断しようとすることで「事実を捻じ曲げ」て、ワザと「語られている内容」を直視せず、「知的能力に欠けているフリ」をして上位者に有利な発言することで、「上位者の罪を矮小化」したり、「上位者の罪を無かった事」「上位者の罪を誤魔化す」などアシストする「ガスライティングの技術」の一つであることがわかる。
急進改革派の斎藤知事とそれに抵抗する守旧派(前知事派)の権力争い。
皆でひた隠す不都合な真実、そのうち捲られてビックリポンだわニョ
隠そうとしても隠しきれない、それがSNSの時代、石丸現象の核心よニュ
斎藤元彦の支持者らは、「内部告発者が『公務員として良くない行為』をしていたから、告発は正当でない」と言いたいそうだが、なんでそこまでバカになれるんだろう?
万引き犯が轢き逃げ事件を目撃して通報したとして
「はいはい。万引き犯の通報なんで無効ね」とはならんでしょうが。
いるんですよ。こういう弱い人。 「語られている内容」を直視する知的能力に
欠けているので「語っている人」で判断しようとする弱い人が。 弱いんですよ。 頭も心も弱いからそうなる。
そもそも統一教会の信者ってそんなに人数いないし、粗暴な人たちでもない
(そもそも元気がないので)。
ご指摘のように、「素行の悪い一般人を惹きつけたる」のが実態。 そしてこれはハラッサーの一般的傾向でもある。ハラッサーは、頭と心の弱い人から順に惹きつけていくもの。
斉藤陣営、なんであんなヤカラが沢山集まってるのだろう?
統一教会関係者はあの感じとは全然違うし。立花&N党関係者?素行の悪い一般人を大量に惹きつけてるってことは幾らなんでもないよね?
まともな社会では、「高齢者がなかなかスマホやタブレットを使えない」って
発見があれば、「ならば高齢者が使えるものを開発しよう」となって、銭儲けの
幅が広がり社会が豊かになる。 が、通俗道徳に支配されてると、
「怠惰やねん!」で切り捨て、銭儲けの機会がうまれず、みんなで貧乏になる

いるんですよ。こういう弱い人。
— 菅野完 (@noiehoie) November 4, 2024
「語られている内容」を直視する知的能力に欠けているので「語っている人」で判断しようとする弱い人が。
弱いんですよ。
頭も心も弱いからそうなる。 https://t.co/bxNMe2hf6I
09.⛩カルト化した「通俗道徳」が「弱者叩きを正当化」する
学校が通俗道徳が支配するカルト化しているため
例えば、イジメ被害に遭うと、
「弱者は弱者だという段階で、なんらかの道徳的欠点があるはずだ」
=「イジメられる原因があるハズだ」と加害者を無視して被害者に着目し、
「弱者の道徳的瑕疵」
=「加害者から聞き取った被害者の問題点」を「イジメの原因」と勘違いし、
加害者を処罰するのではなく、被害者を責めることで解決した気になり、
「保身で犯罪者や加害者を野放し」にするのが賢い解決だと勘違いされている。
そして、教育環境が悪化する一方なので、少子化なのに不登校が急増している。
この「被害者の過失探し」は詐欺被害者にもよく見られ、「詐欺被害」や
「統一協会🏺の被害」を野放しにしてきた経緯がある。
また、そのように「加害者や犯罪者を罰しない結論に導く」よう「誤誘導するモラ(NPD)やフラモン」を「予め配置しておく」のも特徴である。




通俗道徳がドグマな社会では、ドグマをドグマたらしめるためにも
「弱者は弱者だという段階で、なんらかの道徳的欠点があるはずだ」
って前提に立た ざ る を 得 な い。
そしてドグマをドグマたらしめるためにも、
「弱者の道徳的瑕疵」を指摘し な い で は い ら れ な い。
これですこれ! これが今朝、俺がYouTubeで話してた通俗道徳の呪縛。
まさにこれが典型例 「勤勉・倹約・礼儀などの道徳的規範を履行していれば富や幸福が訪れる」とのドグマから生まれる、「怠惰という道徳的な悪を犯しているので、不遇であって当然だ」という思い込み。 これが日本を没落させる
昔からそうかもですよ。日本の場合。 安丸達夫的な議論ですけど、結局、
「日本型通俗道徳」の徳目って金銭的な尺度しかないわけですから。
二宮金次郎だって「真面目だった」「高潔だった」が評価されてるのではなく、「真面目さ高潔さというメソッドの結果、富を成した」ので評価されてるわけで。
通俗道徳帝国大日本にようこそ!
無能なマナー講師による「横断歩道で子どもにお辞儀させるマナー」について。
モラ(NPD)に優越感を感じさせるだけの悪癖。

菅野さんのやり取りを拝見して長年のモヤモヤの正体が文章化できた。
「児童かつ歩行者と言う弱者が頭を下げる様子を見て運転手という圧倒的強者がそれが当然だと受容している構造」が嫌だ。それを美談とするのが嫌だ。この子らが運転手になったとき、頭を下げない歩行者に何を思うようになるのか…。

通俗道徳帝国大日本にようこそ! https://t.co/YUvB8w5H9x
— 菅野完 (@noiehoie) November 22, 2023
10.「通俗道徳」の権威主義が発展を阻害して衰退させる
明治から続く「通俗道徳支配」の延長でしかなくて、新しくもなんともないし、
若者特有の現象でもない。 むしろ、「古き日本」そのまんまな事象。 安丸良夫の分析が正しかったというだけの話。
大学教員の方から、富裕層に有利な社会であることを望んでいる学生が多いという話を聞いた。ホリエモンなどの動画の影響が大きいのでは、とのこと。
富裕層は努力し才能もあったから豊かになった、貧乏なのは努力しなかったから、という論理を真に受けている若者が大変多いらしい。
これは、興味深い指摘で、
女性の場合、男性行為が原因でキレても、「ヒステリックな女性と誤認識」される傾向が強い。逆に、怒ってばかりのパワハラ経営者のおっさんは「ヒステリックおじさん」とは言われない傾向がある。


ちょっと違うと思う。 安丸良夫や松沢裕作が指摘するように、
「感情的になるな」という徳目は「通俗道徳の罠」。
で、この「通俗道徳」は、「社会的に弱い人」にだけ適用されて、
「社会的に強い人」は適用除外になるのが、近世以降の日本の社会。
安倍晋三が国会で感情的になるのはOKなのよ。
知恵も能力もないけど、特別になりたいモラ(NPD)が、権威主義を拗らせて、
死んだカリスマの安倍さんなどにすがろうと画策しているが、結局、
そのようなモラ(NPD)が、カルト化し、大日本帝国に憧れてファシスト化🇩🇪し、
発展を阻害する元凶であり、社会の産業廃棄物であることがよくわかる。
だから、昨日献花とかしてたクズどもは敗残者でしかないのよ。 権威性パーソナリティを拗らせて、死んだ権威に縋ろうとしてるだけだから。 ああいう連中が、日本の発展を阻害する元凶であり、我が国の社会が抱える産業廃棄物なのよ。

例えば、モラ夫(NPD)は、妻の家事や容姿など「見た目」で、様々な些細な難癖を
つけてきて、罪悪感を抱かせようと画策する。
「通俗道徳の罠にからめとらるだけなんで、見た目なんてどうでもいいんです」
は、有効な対策の1つである。

一般の人の見た目なんか気にしてるんです? 日本における「一般の人の見た目」ってのは、常に、「差別される側に問題がある」なんで、「見た目」基準で
「差別との対峙の仕方」を考えてたら、通俗道徳の罠にからめとらるだけなんで、見た目なんてどうでもいいんです。
日帝お得意の通俗道徳洗脳🧠に毒されちゃったんですねぇ。 ほんとかわいそう。
こういう弱い人を救っていかなきゃならんのなぁ。

11.「通俗道徳」の「空気を読むマナー」が悪事や犯罪を隠蔽する
少なくとも半強制的に署名に参加されられた20代の自分には『次は組合弱い会社入ろう』って選択肢の一つにはなりました まあ、転職先従業員数名のワンマン社長の会社も待遇酷かったけど自由でした
前RT 「信頼をベースに利他的に協力し合うタスクで、日本の協力率は最下位
だった。」ってのは、日本の場合当然で、これこそが「通俗道徳の呪縛」ってやつです。 二宮尊徳が「偉人」「ロールモデル」な社会で、「利他的な協力」
が生まれるわけないわなw
その通りですよ。 現代日本の「宗教」や「人間学」って、ほとんどが
「明治期に官憲が統治の道具として庶民に植え付けた通俗道徳」を「言語化したもの」にすぎないんですから。
宗教なら、谷口雅春の生長の家も、廣池千九郎のモラロジーも、
人間学でいえば、安岡正篤も中村天風も「ネタ元」は同じ。
正しい。けれど宗教や人間学もこれに当てはまってしまうわけだが
「空気を読めない」と言えば、自閉症の特性であり、
「空気を読める」と言えば、造語をした松本人志であるが、
「空気を読める松本人志」は、モラ(NPD)気質で、後輩に命じて、女性からスマホなどを奪って証拠を取れなくし、女性を上納するシステムを作らせ、性加害をしてたことで有名になった。また、「空気を読め」と言う発言は、モラ(NPD)が
「自分の思い通りになれ」「共犯になれ」などの意味合いで、実は使われ方ていることがわかる。


一方で、「空気を読めないこと」は、「空気を読まない、反・通俗道徳な、反乱分子」などと「ゴマスリを美徳」とする通俗道徳では、「否定的な評価」をされる
ことが多いが、「果たして本当にその評価が正しいのか?」再考していく必要
があると思われる。




そうです。道徳なら道徳と書きます。 が、通俗道徳は道徳じゃないんです。
なぜならば最終目的は「利得」ですから。
そして、日本では「道徳」は時に、
「空気を読まない、反・通俗道徳な、反乱分子」と認識されちゃいますw
腑に落ちました。道徳では無いのですね

12.「通俗道徳」で偽善者だらけになった腐敗日本社会
「郷原は徳の賊なり」とは、村の中で人格者といわれている人は、
実はうわべだけの偽善者であることが多く、かえって徳を害するものだ。
「郷原」は、村の中で有徳者らしく見せかけている偽善者。
まさに、道徳教育の重要性を説きながら裏金を作る裏金議員💰や
「平和を謳いながら戦争加担する宗教指導者」や
「犯罪防止を謳いながら毎日性加害などで捕まる警察官👮♂️」など
現状日本を表す良い言葉である。
腐敗した日本社会のモラ(NPD)の化けの皮を剥いでいく必要があろう。
そうなんですそうなんですそうなんです!
なぜこれを「道徳」と呼ばず「通俗道徳」と呼ぶかってのはまさにそれ。
「通俗道徳」は、畢竟、「その徳目を履行することによる己の利得」
を目指すものなので、本来的な意味での「道徳」ではないんですよ。
まさに「徳の賊」なんです。
「人の嫌がることを我慢してやると成功につながる」
「しんどい思いをすると強くなる」 論語としては、
この2つは、利己の目的があるから「道徳」ではなくて、
「郷原」なんだよね。
「郷原は徳の賊」というのは論語にある。

年度始めに道徳の教科書を配られ、中を見た子どもたちが
「僕らじゃなく政治家に一番必要な教科じゃない?ウソつかないとか。
あと、漢字読めないならテストして正解できないと国会議員出来ない様にしないと。国会で寝てるならより一層議員要らないね」
と言ってました。 ごもっとも。
経営陣が「掃除や環境整備」に熱心に取り組み出すと「ブラック組織化する」
ことがよくわかり、「郷原は徳の賊なり」となって破滅することが良くわかる。
組織運営に道徳、精神性を取り込んでブラック組織化する
計画至上でトップダウンオンリー、
上意下達のみの硬直した組織となり、
不寛容が当たり前、
事故やミスが表面化しにくい
中高の部活みたいな組織ばかり…
「通俗道徳」が、モラ(NPD)が元々持っている「嫉妬心」や「神経症的競争心」を激しく刺激し、「ズルイ、ズルイ」で生活保護叩きなどに悪用されていくことがわかる。「神経症的競争心」から「他人が幸せになったり」、「得したりすることが許せない」モラ(NPD)は、「ズルイ、ズルイ」で強欲な亡者👹🧟♀️🧟♂️となり、
「被害を訴える被害者」を「道徳的に間違った人、道徳的に劣った人と見なし」
「結局金目、金目当て」などと「妄想」し、「被害者攻撃に走る」ようになり、
社会問題は一向に解決せず衰退した。
また、これは賠償したくないモラ経営陣(NPD)が、モラやネトウヨを雇って
「被害者に泣き寝入り」させるために「通俗道徳」を悪用した「誹謗中傷攻撃させている」可能性も高く、今後解明が望まれる。



この道徳観念を自己肯定感がクソ低い人が持つと、
「私はこんなに頑張ってるのに何で楽してるアイツは私より得してるんだ!
許せない!」という狭小な心をゲットします。
そりゃ社会も冷えます。
デモ嫌い、デモ蔑視も「病気や災害や不当な労働行為など、なんらかの理由で困窮している人」の延長上にあるのかなぁと思いました。
何かに困っている、不平不満を言う時点でもう、道徳的に間違った人、
道徳的に劣った人と見られる。
仰るように、これでは「社会問題は一向に解決しない」です。
「教育勅語」「トイレ素手洗い教」「しんどい思いしよう教」は、
あくまで国民や社員に自己犠牲を強いるための「統治手段」であり、
裏金議員💰や経営者が私腹を肥やしてることからも明らかである。
その統治システムのノーム経典が教育勅語 オランダ東インド会社が、キリスト教の布教に協力せず、むしろイスラム教を統治の道具として利用したのと同じで、
日本の為政者は
教育勅語や
トイレ素手洗い教や
しんどい思いしよう教などを信じているわけではない
只の統治の道具にすぎないのだから

13.菅野完氏による「通俗道徳」の弊害の詳しい解説
二世タレントが「親の七光り」で、テレビ局のスタッフやプロデューサーなどに「親が高位高官富裕層であることは、その時点で、生まれた子供は、倫理的に優れている」と「認識」されてしまい、同じ新人にも関わらず露出が多くなったり、
知名度が上がる小細工がいろいろ仕掛けられるような「上げ底」のような感じか?
なので、「日本の世襲」ってのは「血統に対する信頼」ではないのよ。
「通俗道徳という自分の信念体系と現実に眼前に存在するものを、認知的不協和を起こさないように処理した結果」が、「日本の世襲」。
なお、日本の政官財あらゆる分野に「世襲」が蔓延るのも同じ理由。
通俗道徳帝国では、「親が高位高官富裕層であることは、その時点で、生まれた子供は、倫理的に優れている」と「認識」されてしまう。 これはあくまでも「評価者の認識」なので「親ガチャ」とはちょっと違う概念。
これ、極めて大事なので、長文だが書いておこう。
素手で便所掃除に象徴される
「人の嫌がることを我慢してやると成功につながる」
「しんどい思いをすると強くなる」
という日本型通俗道徳の何が害悪かって、
「そ れ が 、 『 道 徳 』 そ の も の だ か ら 」
なのよ。
「人の嫌がることを我慢してやると成功につながる」
「しんどい思いをすると強くなる」
ってのは、非科学で、非論理的。
「そうすりゃみんな成功する」ってわけじゃないんだから。
が、これを「道徳的ドグマ」として受け入れてしまうと「ドグマ」である以上、
非科学で非論理的なロジックなのに、「現に成功してる人は、そうであるにちがいない」と思い込んでしまうのよ。
つまり…
「金なり権力なりを持っている客観的な成功者」を目にした時に、「通俗道徳的ドグマ」を内面化してしまった人は、「この人は、金や権力をを持っている客観的な成功者である。自分の信念体系に照らし合わせるに、この人は、道徳的に優れている人物に違いない」
となってしまうわけ。
ここぐらいまではまだいい。この逆が恐ろしい。
通俗道徳的ドグマを内面化してしまった人が、「病気や災害や不当な労働行為など、なんらかの理由で困窮している人」を目にすると、
「この人は、現に困窮している。自分の信念体系に照らし合わせるに、この人が困窮しているということは、この人は道徳的に劣った人に違いない」
となってしまうのよ。
こうなると、差別構造の結果差別に喘ぐマイノリティーも、社会的構造の問題で貧困に喘ぐ人も、労働搾取に喘ぐ人も、すべて「その当人が道徳的に劣っているから当然の帰結を招いてるにすぎない」となってしまうわけ。
これじゃ「問題の解決」とか「構造の解消」とかどうでもよくなってしまう。
社会問題は一向に解決しないし、技術の進歩も、環境の改善ももたらさない。
結局のところ、
「倫理的に優れれば強くなれる。倫理的に劣れば弱くなってしまう。」
という信念体系は、
「強い人は倫理的に優れている。弱い人は倫理的に劣っている」
という非科学で非論理的なポイントに帰結してしまい、
近代根幹である人権概念そのものを否定してしまうわけよ。
そして、それが「道徳」として「植え付けられる」わけだから、
「非論理でも上等!」となってしまい、もはやいかんともしがたいほど抜きがたいものになってしまう。
この信念体系こそが、日本の抱える病巣の根幹。
そしてこの信念体系は、明治期に、「統治の道具」として日本の社会に意図的に導入されてる。アーティフィシャルなものなの。(明治草創期に福澤諭吉が「立国は私なり。公に非ざるなり」と言えていたのに、明治も末になるとこれほどラディカルな表現がマルキストを除き死に絶えてしまうことを併せて考えると面白い)。
が、アーティフィシャルにもかかわらず、「道徳」として植え付けられてしまったかがために、頭が悪い人ほどこの信念体系のアーティフィシャルさに気付けず、「日本の伝統」だとアホ顔で内面化しちゃうわけ。
「素手で便所掃除」
「野球部は丸刈りで」
「二宮金次郎は偉い」
「親に感謝」
とか言ってる連中が、気づくと、アホみたいな顔して、日の丸ふってるのは、そのせいなのよ。
この病巣を除去しない限り、日本はこのままずっと、近代社会になんかなれず、「永遠の田舎者」で終わってしまうだろうな。


「人の嫌がることを我慢してやると成功につながる」
「しんどい思いをすると強くなる」 という、日本型通俗道徳のド典型。
なお、この延長には、
「炊き出しは自立を阻害する」
「避難所は甘え」 が、待っている。
日本が近代国家になれず「永遠の田舎」である。
素手でトイレ掃除がマジで意味がわからん、、

なお、日本の政官財あらゆる分野に「世襲」が蔓延るのも同じ理由。
— 菅野完 (@noiehoie) January 30, 2024
通俗道徳帝国では、「親が高位高官富裕層であることは、その時点で、生まれた子供は、倫理的に優れている」と「認識」されてしまう。
これはあくまでも「評価者の認識」なので「親ガチャ」とはちょっと違う概念。
これ、極めて大事なので、長文だが書いておこう。
— 菅野完 (@noiehoie) January 30, 2024
素手で便所掃除に象徴される
「人の嫌がることを我慢してやると成功につながる」
「しんどい思いをすると強くなる」
という日本型通俗道徳の何が害悪かって、
「そ れ が 、 『 道 徳 』 そ の も の だ か ら 」
なのよ。… https://t.co/sQWLcIOAQR
14.心の弱い日本のモラ経営者(NPD)が「ウィークネスフォビア」に囚われる理由
沢山いるどころか、それがこの国のデフォです。
その考え方こそが明治20年代に官憲によって導入され土着化し現在に至っても日本の市民社会のデフォの思想となっている「通俗道徳」です。
安丸良夫『日本の近代化と民衆思想』(平凡社ライブラリー所収)、是非、ご一読を
びっくりするかもしれないけど、世の中にはお金が稼げる人ほど人間としての
価値が高くて、そうでない人は価値が低いと本当に思っている人がたくさん
います。どうか気をつけて。
維新の斉藤がやった「上位者が下位者を徹底的にいじめ抜く」はむしろ日本の
土俗では「良い評価」を受ける場合がある。 日本の通俗道徳はあれを
「上に歯向かった下の人間を懲罰したのだから正当」という処理の仕方をするのよ。そう正当化しないと、「通俗道徳」の根源が崩れるから。
ちょっと違います。 弱い人たちなんですよ。「自民党という強者」と「自分」
の乖離があると「強者からの距離」が生まれてしまって「周りから自分が弱いと見られるのではないか」という恐怖心に耐えられない。 ウィークネスフォビアを患った本当の意味での弱い人。 通俗道徳の当然の帰結です。
日本には、不良やヤンキーや体育会系や反社やヤクザや右翼、土建屋やヒエラルキー強い官僚組織や政治組織やブラック企業など、モラ(NPD)をベースとした社会
があり、そこでは「舐められたら終わり」と言う「弱肉強食」の文化が形成
されている。「共存共栄や平等」を理解できず、「自分の利益のために他人を利用して当然」と「常に搾取すること」「他者を利用すること」しか考えないモラ(NPD)にとって、「部下に緊張感を持たせて恐怖や脅しで支配すること」
が重要であり、「一度でも優しい顔を見せて舐められたら言うこと聞かなくなり終わり」と言う「ウィークネスフォビア」に囚われている。
なので、「謙虚さって大事だけど、頭の良い奴にしか通用しないぞ」
「バカは気づかず(謙虚だと弱いとみなして)ナメて(言うこと聞かなくなって)くるから」と言う話が出てきたりするのである。
しかし、モラ(NPD)は「特別な存在だと誇大妄想して自己陶酔して生きている」
ため「ありのままの弱い自分」を受け入れられず、「改善の見込みはゼロ」。





むしろ通俗道徳帝国大日本では
「奴隷であり家畜であることこそ尊い」
がドグマですからな。
維新の斉藤知事みたいなんを「今になって応援したくなる人」が出てくるの、
めちゃくちゃ理解できる。
今になって応援してる人は、斉藤のやったことが
「権力をかさにきた弱いものいじめ」
だと理解してればこそ応援してるんよ。
それが日本の土俗「通俗道徳」の論理的で素直な要請でもある。

能登地震で被災地で「小さな独裁者」が横行してる理由についての菅野完氏の考察
15.頭のおかしな管理者の登場とそれへの反応
能登地震の被災地の避難所で「水野美樹」と言う変な管理者が登場する。
恐らく「強い人から早く被災者支援を打ち切りたい意向を伝えられ」
頭のおかしなモラ管理者が「弱者は弱者だという段階で、なんらかの道徳的欠点があるはずだ」との「通俗道徳」から、「炊き出しなど手厚い支援は甘え」
「自立を阻害する」など、被災者の支援を打ち切ろうとしたため、
X(旧Twitter)で炎上🔥したものである。
似たような頭のおかしな管理者は田舎の”有力者”に見られると指摘され、
菅野完氏による頭のおかしな管理者についての解説がなされる。



16.頭のおかしな管理者は田舎の”有力者”に見られるとの指摘

17.菅野完氏による頭のおかしな管理者についての解説



戦犯ネトウヨ👹とファシズム⛩シリーズまとめ(INDEX用)
民主主義を破壊する反共カルトと戦犯シリーズまとめ[簡易版](INDEX用)
民主主義を破壊する反共カルトと戦犯シリーズまとめ(INDEX用)
伊丹万作「騙されることの責任」
もちろん、「騙す方が100%悪い」のは紛れもない事実である。
その上で更に「騙されることの責任」を考えよう。

もう一つ別の見方から考えると、いくら騙す者がいても誰1人騙される者がなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったに違いないのである。
つまり、騙す者だけでは戦争は起らない。騙す者と騙される者とがそろわなければ戦争は起らない。一度騙されたら、二度と騙されまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。騙されたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘違いしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
伊丹万作「戦争責任者の問題」より
