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【ふエ#11】「釣らせる」より「釣りたくなる」──学びの本質はここにある

離島の小学校編08で,離島で港に立ち、久しぶりに竿を握ったあの日のことを書きました。 それは単なる娯楽ではなく、教育について深く考えるきっかけになることに気付きました。 防波堤での退屈な記憶と、島での新しい“釣り時間”が交差するとき、主体的な学びの本質が見えてきました。


父に連れられた防波堤──“釣り嫌い”だったころの私

「釣りはするのか」と問われれば、私はこれまでずっと「まあ、あまりしませんね」と答えてきたと思います。 けれど、正確に言えば「釣ったことがない」わけではありません。

子どものころ、私の父は大の釣り好きで、休みがあれば私を連れて海へ出かけました。 仕掛けも道具も、全部父が用意してくれていました。

私がやることといえば、車に乗って現地に着くまでついていくだけ。 竿を握って糸を垂らす頃には、すでにすべてが整っていて、私はただ“釣りに参加する人”でしかありませんでした。

ところが、その釣りというのが、初心者にはなかなか難しいものでした。 チヌ(黒鯛)釣りのような上級者向けの仕掛けだったり、真冬の寒風の中でじっとアタリを待つような釣りだったり──。

もちろん、アジ釣りのような比較的やさしい釣りもありましたが、それでも私はすぐに飽きてしまい、堤防の近くで遊んでいることの方が多かったように思います。 そしていつも、「早く家に帰りたい」と心の中でつぶやいていました。


やらされるだけでは、体験は根づかない

今振り返ってみると、これは“釣り”の話であると同時に、“学び”の話でもあるのだと思います。

どんなに良い道具がそろっていても、どんなに丁寧に準備されていても、そこに自分の「やってみたい」「知りたい」という思いがなければ、それは“自分のこと”にはなりません。 与えられた環境の中で「やらされている」だけでは、興味は根づかず、体験も深い学びにはつながっていかないのです。

私が釣りに夢中になれなかったのは、きっと釣りが“父の楽しみ”の延長線上にあったからでしょう。 私自身が「魚を釣りたい」と願って竿を握ったわけではなく、ただ父の計画に“付き添っていた”だけだったのです。


“自分で向かう釣り”が教えてくれた主体性

教育も同じです。 手取り足取り準備を整え、結果だけを与えるのではなく、「なぜそれをするのか」「自分はどうしたいのか」といった内側からの動機を育てていくことが大切です。 それが伴わないと、せっかくの体験も“外から与えられた出来事”のままで終わってしまいます。

一方、離島に来てからの私は、ある日ふと「海なら釣れるかもしれない」と思い立ち、自分の意志で港に向かいました。 仕掛けを選び、ルアーを投げ、潮の流れを読みながら魚の反応を待つ時間は、子どもの頃とはまったく違うものでした。

イカを釣る餌木

そこには、「やってみたい」と思った自分がいて、その思いがあるからこそ一投ごとが楽しく、釣れなくても工夫しようという気持ちが生まれていました。「自分で向かう釣り」と「連れて行かれる釣り」──この違いは、まさに“学びの主体性”の違いと重なります。 どちらも同じ海に糸を垂らしているように見えても、心の動きはまったく異なるのです。


「釣りたくなる心」を育てるためにできること

そして今でも、かつて教室で子どもたちと向き合っていた日々を思い返すと、あの防波堤での退屈な時間が重なって思い出されることがあります。 一見、立派な教材や魅力的な体験が用意されていても、子どもが“自分ごと”として関わっていなければ、学びは深まっていかないのです。

では、どうすれば「釣りたくなる心」を育てられるのか。

その手立ては、一つの正解があるわけではありません。 ときには、問いそのものを子どもと一緒につくっていくことかもしれません。 ときには、子ども自身が試行錯誤できる余白を残しておくことかもしれません。 あるいは、すぐに結果が出ない時間の中で、「どうしたら釣れるだろう」と考える面白さに気づかせることも大切でしょう。

ここで注意したいのは、「整えすぎるのはよくない」ということが、「何も準備しない方がいい」という意味ではないという点です。 むしろ、子どもが自分の力で一歩を踏み出せるように、“釣りたくなる心”が芽生えるような出会いや仕掛けを、教師が周到に設計しておくことこそが重要です。これは,総合的な学習の時間のポイントでもよく話しています。

そうした土台があるからこそ、あえて“潮の流れ”を読む時間を共に過ごすことで、学びは「やらされるもの」から「自ら動き出すもの」へと姿を変えていくのです。


「釣らせる」のではなく、「釣りたくなる」心を

「釣らせる」ことよりも、「釣りたくなる」心をどう育てるか。 教育の本質は、案外そんなところにあるのかもしれません。

かつて防波堤の上で感じた退屈な時間は、今では私にとって、子どもたちと学びをつくっていく上での大切な原点になっています。

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