【島小#08】港へ行こう!──教師が出会った“釣り時間”/離島の小学校編 08
にぎやかな夏が過ぎ、島の時間は少しずつ秋の色を帯びてきました。 そんな日々の合間に、私が新しく出会った“もうひとつの時間”があります。 港の風を受けて竿を握るひととき──教師としての日常とは違う、島ならではの時間です。
前回の話👇
離島で勤務することとなった1教師の奮闘記です。 今から約20年以上前の2002年(平成14年)3月からのお話です。
※本文中の一部地名や固有名詞等は仮名(かめい)にしています。
こんな島です。離島編04👇👇
1.港の風に誘われて、久々のルアー釣りへ
「釣りはあまりしませんね。」
赴任が決まったとき、そんなふうに答えた記憶があります。
まったくの未経験というわけではありません。
昔、ルアーを買って挑戦してみたこともありましたが、ほとんど釣れず、道具は押し入れの奥で眠ったまま。
「やっぱり自分には向いていない」と思って、竿を握ることもなくなっていました。
ところが、この島で暮らし始めると、海は“風景”ではなく“日常”になります。
潮風はいつも窓の外から入り込み、港までは歩いて数分。
波の音が一日のBGMのように聞こえてきます。
そんな生活の中で、ふと心のどこかがささやきました。「海なら、違うかもしれない」と。
8月後半、2度目の登校日を迎える前日の夕方。
翌日は親子で机といすを作る行事が予定されており、朝からの登校になるため、前日に島へ戻っていました。
その日は日直でもあり、子どもたちが帰ったあとも学校で仕事をして、ようやく終わったのは午後5時。
空がゆっくりと茜色に染まり始めたころ、私は宿舎に戻り、久しぶりに竿とルアーを手にして港へ向かいました。
実は前日に釣具屋で新ルアーを手に入れていたのです。
カマスは細長い体で小魚を追う魚で、塩焼きにすると絶品と聞いていました。
潮の匂いの中、キャストしては巻き、また投げては巻き…。
何度か繰り返すうち、ぐん、と竿がしなり、手元にずしりとした重みが伝わりました。
「来た!」と心の中で叫びながら慎重にリールを巻きます。
上がってきたのは、銀色に輝くカマス。……ただし、針は口ではなく腹に引っかかっていました。
「釣った」というより「引っかけた」が正確かもしれません。
それでも、ルアーで海の魚を仕留めたのは初めてで、思わず顔がほころびました。
その後は、雨で行けなかったときの残り餌を使ってアジ釣りにも挑戦しましたが、この日は不思議なくらい釣れません。
いつもなら入れ食いのポイントで、アジ釣り名人のおじいさんと並んで竿を出しましたが、2人とも沈黙。
おじいさんも「今日はさっぱりじゃ」とぼやいていました。
私は場所を変えて、魚影が渦を巻くような場所へ移動しました。
するとすぐに竿先がグッと引き込まれ、かなり強い引き。
しかし上がってきたのはタカベ。関東では高級魚とされるそうですが、この島では珍しくもなく、正直ありがたみが薄い魚です。
しかもサビキ仕掛けをぐちゃぐちゃにしてしまう厄介者でもあります。

それでも数匹のアジが混じっていたので、カマスとアジを持ち帰ることにしました。
釣果は決して多くはありませんでしたが、「釣りはしません」と言っていた自分が、潮風に吹かれながら竿を振っている──そのことが何よりもうれしかったのです。
2.“餌いらん”から始まった129匹伝説
9月に入り、秋の気配が混じり始めたある晩。
校長先生と教頭先生に誘われて、再び港へ向かうことになりました。
正直、最初はあまり気が乗りませんでした。
「まあ、誘われたし、行ってみるか」程度の気持ちだったのです。
港に着くと、すでに校長先生が竿を出していました。
「餌、いらんよ。」
開口一番そう言われて驚きました。餌なしで釣れるなんて、そんな話があるのでしょうか。
半信半疑で真似してみると、糸を垂らした途端、竿がしなりました。1匹目。
もう一度垂らすと、2匹目、3匹目と続けざまです。
魚のほうから「待ってました」と言わんばかりの勢いで食いついてきます。
せっかく買った餌を使わないのももったいないので、途中からは餌を詰めて本格モードに。
すると今度は一度に4匹も針にかかることがあり、魚を外す手が追いつきません。
ここで活躍したのが、校長先生お手製の“針外し”です。
近所のアジ釣り名人が使っているのを真似て自作したというもので、針金を少し曲げただけの簡単な道具ですが、これが実に便利。
針先をちょんとこねるだけで、魚がポロリと落ちます。
夢中で竿を振り続け、気づけば2時間が経っていました。
翌朝、実家に寄って数を数えてみると、なんと129匹。
釣り便りで「100匹釣った」という話は聞いたことがありましたが、自分がその記録を超える日が来るとは思ってもみませんでした。

しかし、人間というのは勝手なもので、こうなると「もうアジ釣りはいいかな」と思ってしまうのです。
あれほど夢中になっていたのに、魚がバケツいっぱいになった瞬間、「次は違う魚を」と思ってしまうのですから、不思議なものです。
港の風と波の音の中で釣り上げた129匹。
それは単なる数字以上に、「海と生きる島の日常」を実感させてくれる出来事でした。
3.釣り糸の向こうに見えた島の時間
こうして気づけば、「釣りはあまりしません」と答えていた自分は、潮風に吹かれながら仕掛けの工夫を考える人間に変わっていました。
凝り性の性格はどうやら健在で、仕掛けの違いや魚の習性を調べてみたり、釣り場のタイミングを考えたりと、少しずつ深みにはまり始めていたのです。
教師としての顔とは少し違う、港でのもうひとつの時間。
それは島で暮らす日々を、より豊かで立体的なものにしてくれました。
仕事に追われているときには見えてこない風景が、竿を握ると見えてくる。
港に沈む夕日や、夜の波の音が、心をやさしく解きほぐしてくれる。
釣りは、単なる娯楽ではなく、この島での暮らしそのものを味わうための“もうひとつの入口”だったのだと思います。
▶離島の小学校編09へ続く
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