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離島の小学校編 04 小さな島の大きな日常──赴任当時の青波島(仮名)を歩く

信号もクルマもない。あるのは1日3便の連絡船と、島を行き交う漁船たち。
そんな「不便さ」と「おおらかさ」が同居する青波島での暮らしは、振り返れば宝物のような日々でした。今回は島の基本情報と暮らしのエピソードをお届けします。どうぞ最後までご覧ください。

前回のお話👇

離島で勤務することとなった一教師の奮闘記です。 今から約20年以上前の2002年(平成14年)3月からのお話になります。
※本文中の地名や固有名詞などは仮名にしています。



環境 ― 周囲9.5km、歩いて渡れる無人島も

青波島は周囲9.5kmほどの小さな島です。 一番近い本土までは約6km。

有人島は1つで、その他に2つの無人島があります。1つは橋でつながっており、歩いて行けます。もう1つは潮が引けば歩いて渡ることもできるのです。

民家がある範囲は狭く、港を中心に5〜10分も歩けばたいていの場所に行けます。残りは山で、山道を1時間ほど歩くと島を縦断できるほどの規模でした。しかし,めったに行く人はなく,1年間に1回の神社のお祭りのときに,島内住民の人々がほとんど訪れるようでした。


交通 ― 連絡船3便がつなぐ“命綱”

連絡船

島と本土を結ぶのは、1日3便の連絡船だけでした。

連絡船の発着時刻表

特に11月と12月は島からの帰りの便が14時と早く、なかなか厳しい条件でした。 また、強風で欠航することもしばしばありました。

当時の運賃は片道910円。島でのみ購入できる往復切符(1450円)を利用すると、かなりお得でした。


島内交通

島には自動車は1台もありません。 バイクも1〜2台ほど見かける程度で、普段はほとんど走っていませんでした。

自転車はあるにはありましたが、多くの人が利用しているわけではなく、主役はやはり荷車や手押し車でした。モーター付きの運搬車は漁協にありましたが、荷物を運ぶのに借りると1時間1000円が必要だと聞きました。

信号機もなく、当然ながら交通事故もありません。 島で一番多い乗り物といえば、やはり漁船でした。


生活 ― 200人の暮らしを支える購買部

人口は約200人、世帯数は80ほどといわれていました。 港のすぐそばにある漁協の購買部が、島唯一の食品雑貨店です。品揃えは意外に充実していましたが、閉店時間は連絡船の最終便が着くころです。遅いと18:00過ぎ、早ければ17:00前には店じまいしてしまいます。釣り道具や餌も売られており、釣り客にも重宝されていました。


旅館 ― 水曜の夜は先生たちの“外食デー”

島には旅館が2軒あり、宿泊ができました。 私は宿舎があったため泊まることはありませんでしたが、釣り客や工事関係者がよく利用していたようです。

赴任1年目には、そのうちの1軒で夕食をお願いできるようになっており、1食800円で旬の魚とご飯のお代わり自由というありがたい内容でした。 小中学校の有志の先生同士で話し合い、「水曜日はここで夕食」と決めて、週1回ほど利用していました。宿舎は一緒でも、普段は自炊が基本でしたので、情報交換の場としても貴重なひとときになりました。


教員と宿舎生活 ― 2階建て共同生活とW杯の熱狂

小学校には教員が5名(うち1名は小中兼務の養護教諭)、中学校には7名の教員が勤務していました。

校長先生はそれぞれ一軒屋の宿舎に住んでいましたが、それ以外の教頭以下10名は教員宿舎での共同生活でした。 教員宿舎は2階建てで、1階が男子教員、2階が女子教員と教頭の部屋になっていました。

共用部分は男女別の風呂と洗濯機程度で、掃除は当番を決めて行っていました。夜はそれぞれ自室で過ごすことが多かったのですが、ちょうど日韓ワールドカップが開催されていた時期には談話室に集まり、プロジェクターで映した大画面を前に試合を応援したこともありました。今となっては懐かしい思い出です。


勤務の流れ ― 週末は本土へ、そしてまた島へ

基本的には日曜夕方、本土発の便(15:30、16:00、16:30、17:00のいずれか季節による)で島へ渡り、月曜から金曜まで勤務。土曜の朝7:00発の船で自宅へ戻り、日曜の夕方の第3便で再び島に向かう、という生活リズムでした。

3便の時刻が季節によって変わるのはなかなか大変で、特に11月と12月は14時過ぎには自宅を出なければなりません。日曜に昼食を済ませると、もうすぐ出発時間が迫ってきてそわそわしたものです。

出張や研修がある場合は、それに合わせて船に乗って本土へ向かいました。出張を終えた日には、そのまま自宅に帰って翌日の1便で島に戻ることも多かったです。必然的に、本土からの1便は9:00発なので、島の子どもたちは2時間目まで自習になることがありました。

また、4月〜8月の最終便が17:00発のときは、出張先を少し早めに出させてもらい、その日のうちに島へ帰ることもできました。


息抜き ― 金曜夜の大漁劇場

金曜の夜には、たまに釣りに出かけました。季節や潮によって釣果は大きく変わりますが、ときには「よく釣れる」どころではなく、とんでもない量が釣れてしまったこともあります。(この件については、いずれ別記事で紹介できるくらいのエピソードです。島での“たまるかー”の一つですね笑)

夏から秋にはアジ、秋からはアオリイカがよく釣れるとのこと。私も凝り性の性格ゆえ、釣り道具や餌木を次々と購入してしまいました。

金曜の夜に釣った魚は、港の漁協冷蔵庫に預けさせてもらい、翌朝の船で持ち帰ると新鮮そのもの。自宅で美味しくいただきました。あまりにたくさん釣れてしまい、近所に配るほどだったこともあります。


✧✧✧

こうして見ると、青波島での生活はとても不便でありながらも、どこか魅力にあふれていました。 数字にすれば小さな島ですが、その中に詰まっていた経験は、今も鮮やかに思い出されます。

離島の小学校編05へ・・・続く

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