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子どもが販売する授業を考え始めた日【研#16】/研修で出会う探究の風景

総合的な学習の時間が始まり、学校現場が大きく動き始めていた頃のことです。

2004年2月、離島勤務をしていた私は、ある研究会に参加しました。
今振り返っても、印象に残っている1日です。


1.土曜日の午後、研究会へ向かう

2004年2月21日、まだ離島勤務の真っただ中だった頃の話である。

その日、私は週末ということで,朝の連絡船に乗り,本土の自宅に帰っていた。
午後から小教研総合部会事務局で一緒に活動していた先生(現M大F教授)が主催する「『食』と『農』の地域教材で創る『総合的な学習の時間』研究会」に参加することにしていた。
翌日の昼便で再び島へ渡る予定だったため、研究会の前に1週間分の買い物を済ませ、会場近くで車を降ろしてもらった。

今思えば、当時の離島勤務の貴重な自宅帰りの週末でもこのような自主研修に参加することはよくあった。
船の時間を気にしながら動き、限られた本土滞在の中で必要なことを済ませる。
そんな慌ただしさの中でも、「これは行っておきたい」と思う研究会には、できるだけ足を運んでいた。

そして、この日の研究会は、まさに参加してよかったと思える会だった。

会では2本の実践発表が行われ、そのコーディネーター兼助言者を務めていたのが、大学院時代の師匠であるM教授だった。
久しぶりに師匠の話を聞けることも、参加した大きな理由の1つだった。

2.「販売」が学びを社会へつなげる

現場で総合的な学習の時間の実践をしている現職の先生2人から発表があった。
1本目の発表は、お茶をテーマにした総合的な学習の実践だった。

子どもたちは、お茶について調べるだけでは終わらない。
自分たちで「おいしいお茶」を追究し、試行錯誤を重ね、最後には実際に販売まで行っていた。

2本目は、水環境の学習から発展した実践で、廃油石けんづくりを通して環境問題を考える内容だった。
そして、こちらもまた、完成した石けんを実際に販売していた。

どちらの実践にも共通していたキーワードは、「販売」だった。

もちろん、学校教育の中で「売る」という行為を扱うことには、さまざまな難しさや課題もある。
当時もその点について議論はあった。
しかし、師匠が語っていた「自分たちの学んだことが社会に還元されることが大切だ」という言葉には、強く共感した。

なぜなら、2年前に自分が実践した「和菓子プロジェクト」も、まさに社会とつながる学びだったからである。

子どもたちは地域の和菓子屋さんと協力し、商品を考え、実際に和菓子として形にしていった。
そして、その時につくられたまんじゅうは、2004年当時も販売が続いていた。
前任校では、来客用のお菓子として使われているという話まで聞いていた。

ただし、利益面については慎重に整理していた。
最終的な権利や販売は和菓子屋さん側に返し、学校には一切収入が入らない形にしていた。
当時は、学校教育と商業活動の線引きについて、本当によく考えていたように思う。

それでも私は、「本物」に触れることこそが、総合的な学習の核だと感じていた。

単なる体験活動で終わらせないこと。
調べ学習だけで満足しないこと。
社会と接続し、相手を意識し、自分たちの学びが誰かにつながっていく感覚をもつこと。
そのためには、題材設定そのものが極めて重要になる。

この研究会で語られていたことは、まさに後の自分自身の実践構想につながっていくものだった。

3.「教科書のない学習」だからこそ

この研究会で、もう1つ強く印象に残った言葉がある。

2本目の発表者の先生が、総合的な学習の時間について、こんな話をされていた。

「総合的な学習の時間には教科書がない。しかし、社会科の教科書を見れば、これだけ分厚く、多くの内容が詰まっている。果たして、自分たちは総合の時間に、それだけ価値のある学習をつくれているのだろうか」

その言葉に、私ははっとさせられた。

総合には教科書がない。
だからある意味自由である。
しかし同時に、「何を、どこまで、どう学ばせるのか」を教師自身が問い続けなければならない。

その先生は、
「保護者に対して申し訳ないと思わないだけの学習をしなければならない」
とも語っていた。
そして実際に、当時週3時間あった総合的な学習の時間を、きちんと計画的に積み上げていたという。

私は、その話を聞きながら、
「総合は自由に単元を設定出来る。だからこそ、教師の覚悟が問われる学習なのだ」
と感じていた。

楽しい活動を並べるだけでは成立しない。
子どもたちに何を経験させ、何を考えさせ、どんな力を育てるのか。その設計がなければ、学びは薄くなる。

今振り返れば、この頃から私は、「活動」ではなく「価値のある学び」をどう成立させるかを、強く意識し始めていたのかもしれない。

4.懇親会で聞いた「努力する人」の話

研究会の後は、懇親会にも参加した。

久しぶりに師匠の話をゆっくり聞くことができ、それだけでも十分に価値のある時間だった。その中で、今でも忘れられない話がある。

師匠は少し前に、講演のため沖縄へ行っていたそうだ。
熱狂的な阪神タイガースファンでもある師匠は、空き時間にキャンプを見に行ったという。

そこで偶然見かけたのが、元阪神タイガース選手で解説者の川藤幸三さんだった。

師匠は正直に、
「現役時代も派手な成績ではなく、解説も精神論が多い印象だった。なぜ長年人気解説者として活躍できるのか、不思議だった」
と話していた。

ところが、その日、川藤さんは紅白戦を見ながら、黙々とスコアブックをつけていたという。
さらに、選手ごとの細かなデータも個人別に取り続けているという話を聞いたそうだ。

その姿を見て、師匠は
「表に見える言葉の裏には、こういう努力があるのだ」
と感じたという。

私はその話を聞きながら、自然と教育のことを考えていた。

教師も同じなのだと思う。

子どもをよく見ること。毎日の小さな変化を見逃さないこと。
記録し、考え、積み重ねていくこと。
そういう地道な努力があるからこそ、授業にも言葉にも重みが出る。

2004年当時の私は、まだ離島の現場で試行錯誤を続けていた頃だった。
しかし、この研究会で学んだことや、懇親会で聞いた話は、その後の実践づくりの土台になっていった。

そして数年後、自分の中で
「子どもたちが本当に社会とつながる授業をつくりたい」
という思いが、さらに強くなっていく。

後に構想していく「販売」を伴う実践の原点は、確かにこの日の研究会にもあったのである。


次回に続く・・・👇

前回の話👇👇

【固定リード文】初めてこのページに来られた方へ

「研修で出会う探究の風景」は、教師としての学びの記録です。 教育公務員特例法には、「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない」と記されています。教師にとって学びは、仕事の一部でもあります。

私自身、これまで校内研修や教育センターでの研修、研究大会、学会、そして自主研修など、さまざまな学びの場に関わってきました。 そこには毎回、出会いがあり、葛藤があり、ときに自分の教育観が静かに塗り替えられる瞬間がありました。

このシリーズでは、そうした研修の風景を綴っています。 現在進行中の連載とも時系列でつながる形で、掲載しています。

今回は勤務していた離島の小学校(へき地2級)2年目、2003年頃の記録です。

これまでの研修編はこちら👇👇


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