逃げ場をなくして書いた論文【研#15】/研修で出会う探究の風景
浜松でのセミナーで、「実践は記録されてはじめて他者に届く」という話を聞いた。
その言葉が、どこか頭に残っていた。
その影響もあってか、市の教育論文を「書くかどうか」で迷い続けた末、しめきりを延ばし、自分で逃げ場をなくした状態で書くことになった。
本来は当時の日記に沿ってその時点までの記録にとどめるのだが、今回はあえて年度替わりの5月、表彰までの流れも含めて構成している。
結果の内定は知らされていたものの、その記録が残っていなかったためでもある。
少しだけ例外的な形でまとめた、今回の記録である。
1 しめきりを延ばした瞬間
2004年1月の冬休み明けは、市の教育論文の提出しめきりの日だった。
出しますとも出しませんとも言っていないので、本来なら何の責任もない立場なのだが、前日あたりからずっと出すべきかどうかを考え続けていた。
せっかくこの市に赴任してきたのだから、いつかは異動する。
そのときに、自分が何をしてきたのかを記録として残しておくのも大事ではないか。
そんな思いが少しずつ大きくなっていた。
直前に参加した浜松のセミナーで、「実践は記録されてはじめて他者に届く」という話を聞いたことも、どこか頭に残っていた。
あのときは分かったような顔をして聞いていたが、今になってその言葉の重さを感じていた。
結局のところ、悩んだ末「しめきりを延ばしてもらえるならやる」という、いかにも中途半端な結論に落ち着いた。
校長先生にお願いして電話をしていただくと、「週明けで構わない」とのことだった。
うーん。
これで、完全に逃げ道がなくなった。
しめきり厳守と言われたら、あっさりやめようと思っていた。
いや、正直に言えば、そう言ってもらえることをどこかで期待していたのかもしれない。
だが現実は逆で、自分で自分の首を絞める結果になった。
現在進捗率5%。
年明けからギリギリの生活が続いている。
今年はこんなペースで進んでいくのだろうか、そんな予感だけが残った。
2 追い込まれて書くということ
しめきりから4日遅れ、なんとか提出にこぎつけた。
とはいっても、いわゆる論文というよりは、実践報告集のような形になってしまったと感じていた。
それでも、論文としての仮説と検証など体裁は整えたつもりである。
思ったように文章は書けない。
それでも書くしかない。

島に戻ってすぐ学校に入り、そのまま夜9時ごろまでぶっ続けで机に向かった。
途中で何度も手が止まり、書いては消し、また書いての繰り返しだったが、とにかく形にすることだけを目標に書き続けた。
翌朝いちばんに校長先生に目を通していただき、昼休みに修正し、出張で本土へ出る養護教諭の先生に原稿を託した。
出した、というより、なんとか手放した、という感覚に近い。
終わった瞬間、エネルギーを使い果たしたような気分になった。
タイトルはやたらと長い。
「情報機器・通信ネットワークを活用した発信型学習による児童・地域の変容~『お魚天国○○デジタル図鑑』制作と島内イントラネット構築を通して~」。
いかにも論文らしいタイトルになってしまった。
それでも書き終えてみると、不思議と悪くない感覚が残った。
自分のやってきたことを振り返る中で、当時は気づかなかったことがいくつも浮かび上がってくる。
書きながら整理されていく感覚があり、頭の中でばらばらだったものが少しずつつながっていくようだった。
出来ばえはともかく、やはりやってよかったのだと思えた。
3 書いたことが残るということ
このときは、正直なところ結果については何も考えていなかった。
ただ「出した」という事実だけで十分だったし、それ以上のことを期待する余裕もなかった。
ただ、こうして一度言葉にして残したものは、自分の中でも少し意味を変える。
頭の中でぼんやりしていた実践が、形をもったものとして外に出る。
そのことで、あとから見返すための“足場”ができる。
書いている最中はただ苦しいだけだったのに、終わってみると、自分の実践を少し離れて見られるようになっていることに気づく。
ああ、こういうことをやっていたのか、と他人事のように思える瞬間すらあった。
記録するという行為は、その場では苦しいが、あとになって効いてくる。
すぐに役に立つわけではないが、時間がたつほど意味を持ってくる。
そんな実感だけが、かすかに、しかし確かに残っていた。
4 思いがけないかたちで返ってきたもの
年度が替わり、5月。
市の教育会総会と教育実践論文の表彰式があった。
この市に来て3年目になるが、これまでこの会への2回の参加は、島から出るのが大変で、ずっと校長先生に委任していた。
今回は表彰式が関係していることもあり、自分も出席することになった。
結果は、市長賞ならびに○○(地域の功績のあった教員の方のお名前らしい)賞。
いわゆる第1席だった。
まさか、というのが正直なところである。
あのとき、しめきりを延ばしてまで書いたものが、こういう形で返ってくるとは思ってもいなかった。
来賓の助役の方から賞状をいただいたのだが、2度受け取る流れを知らず、少しうろうろしてしまった。
そんなところまで含めて、いかにも慣れていない感じだった。
5 評価されるということ、その先にあるもの
さらに、表彰だけでは終わらなかった。
第1席の受賞者は、その場で研究発表のプレゼンを行うことになっているという。
前日の夜、慌ててパワーポイントの資料を作った。
気がつけば、日付が変わる直前まで作業していた。
そして当日、その資料をもとに市内の先生方の前で発表することになった。
20分程度と聞いていたが、開始は16時50分。
当然、17時を過ぎてしまい、申し訳なさが残った。
それでも、話しながら、自分がやってきたことを改めて言葉にしている感覚があった。
もともとは、島に赴任した1年目の取り組みを記録として残そうと思っただけだった。
それがこうして評価され、さらに人前で語る機会につながっていくとは思ってもいなかった。
もちろん、その後状況は少しずつ変わっていくのだが、それでも、自分のやってきたことを誰かが見てくれているという実感は、確かに残った。
そして、あのとき無理やりでも書いたことが、こうして次につながっているのだと、あとになってようやく実感できた。
次回に続く・・・👇
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初めてこのページに来られた方へ
「研修で出会う探究の風景」は、教師としての学びの記録です。
教育公務員特例法には、「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない」と記されています。
教師にとって学びは、仕事の一部でもあります。
私自身、これまで校内研修や教育センターでの研修、研究大会、学会、そして自主研修など、さまざまな学びの場に関わってきました。
そこには毎回、出会いがあり、葛藤があり、ときに自分の教育観が静かに塗り替えられる瞬間がありました。
このシリーズでは、そうした研修の風景を綴っています。
現在進行中の連載とも時系列でつながる形で、掲載しています。
今回は勤務していた離島の小学校(へき地2級)2年目、2003年頃の記録です。
これまでの研修編はこちら👇👇
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