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あの日だけ、いつもと違う道を走った【島小②#40】/離島の小学校編Season2 40

島の学校に勤めていた頃は、週末や連休等、本土の自宅へ戻ることがありました。
ただ、休みの最終日には、翌日の勤務に備えて再び島へ渡らなければなりません。

その日も、夕方の連絡船に乗るため、渋滞を避けていつもとは違う道を走っていました。


1.港へ向かう途中で起きた「大事件」

2004年2月11日。
祝日なので、いつもの島勤務から自宅に戻っていました。

その日は、いつものように夕方の連絡船でまた島へ渡る予定でした。
16時45分発の船に間に合うよう、本土側の道を車で走っていたときのことです。

私の車は、10年以上乗っていた某社のRV車でした。
これまでも、ファンベルトが切れたり、オルタネーターが故障したり、エアコンの効きが悪かったりと、なかなか手のかかる車でした。

そろそろ買い替えてもよかったのですが、島勤務では車を潮風の当たる港の駐車場に何日間も置くことになります。
新しい車を傷ませるのも惜しく、転勤するまでは今の車で頑張ろうと思っていました。

その日、カーナビを見ると、いつもの道が工事で混雑していました。
少し遠回りになるものの、市街地を抜けるルートへ変更しました。

ところが、信号待ちをしていたときです。

ふと前を見ると、ボンネットから白い煙のようなものが上がっています。
慌てて水温計を見ると、針が異常なほど上昇していました。

「まずい、オーバーヒートだ。」

信号が変わると同時に路肩へ寄せ、ボンネットを開けてエンジンを切りました。

道を歩いてきた人が,
「エンジンを切ったか?」 と声をかけてくれました。
そして、

「そこ,自動車やから・・・。」

そうです,車を止めたすぐ前には偶然にも自動車屋があったのです。
いつもと道を変えたおかげで,町中を通ったことも不幸中の幸いだったといえます。

2.港までの道がやけに長く感じた

修理工場の方に事情を説明すると、車は預かってもらえることになりました。
ただ、修理担当の人は休みで、詳しいことは翌日にならないと分からないとのことでした。

時計を見ると、もう船の時間が気になります。

ここから港までは車で10分ほどの距離ですが、今日はその車がありません。
店の方にタクシーを呼んでもらい、荷物を抱えて店先で待ちました。

「間に合うかな…。」

頭の中では、そればかり考えていました。

タクシーが来るまでの時間が、妙に長く感じます。
ようやく乗り込むと、今度は信号で止まるたびに時計を見ていました。

港に着いたときには、すでに乗船が始まっていました。

乗船券を渡し、荷物を抱えたまま桟橋へ向かいます。
走るほどではないけれど、自然と足は速くなっていました。

なんとか船に乗り込んで席に座った瞬間、ようやくほっとしました。
あの短い移動が、妙に長く感じたのを覚えています。

3.結果的には、運がよかった

数日後、自動車屋へ電話をかけました。

「もう直ってますよ。」

あまりにもあっさりした返事に、逆に驚きました。

原因は、ラジエーターホースの破損。
冷却水が漏れて、オーバーヒート状態になっていたようです。

修理費は5千円でした。

後日、島から戻った朝に同僚の先生へ途中まで乗せてもらい、修理工場へ向かいました。
店の前で荷物を抱えながら寒空の下で待っていると、お店の方が裂けたホースを見せてくれました。

10年以上交換していなかったため、ゴムはかなり劣化していたそうです。

見事に裂けていました。

ただ、あとから考えると、不思議な感覚もありました。

ホースの劣化は以前から進んでいたわけで、いずれどこかで破損していたはずです。
それが,たまたまこの前の水曜日にいつもと違う遠回りだけど町中を走ったことによって,結果的に自動車修理工場の前で停まりました。
それで,車を預けることによって修理ができました。

プラス思考で考えているかも知れませんが,いつ起こるかわからないアクシデントながら,結局,恵まれた条件の中で起こったことになります。

ということは,実はこのことはラッキーだったのではないかという自分自身の結論になりました。

4.宿舎にも少しずつ変化が増えてきた

そんなハプニングのあった2月でしたが、島の宿舎には小さな変化もありました。
宿舎の各部屋に給湯器が設置されることになったのです。

それまで冬場は、冷たい水で炊事や洗顔をしていたので、これは本当にありがたい改善でした。

ただ、その代わりに、今まで使っていた棚が取り外されてしまいました。

フライパンや鍋をつるしたり、洗った食器を置いたりと、いつも重宝していた棚だったので、いざなくなると置き場に困ります。
収納も含めて、フックを付けるなど、新しく考えなければならなくなりました。

それでも、この宿舎はもともと冷房も付いていましたし、今回の給湯器設置でさらに快適になりました。

市教委の配慮には感謝です。

ちなみに、今ならウォシュレット付きが当たり前なのかもしれませんが、当時の宿舎としては温熱便座が付いているだけでもかなり快適な方でした。

今から30年以上前、やはり泊まり勤務をしていた山間部の宿舎はかなり古く、夜中にムカデが出るような場所でした。
それを思えば、今はずいぶん恵まれていたのだと思います。


ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回に続く・・・


前回の話👇

◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)👇👇

約25年前の2002年、船が生活のすべてを左右する離島の小学校に赴任しました。 予定通りにいかないことが当たり前の中で、学校と暮らしが地続きの毎日を過ごしていました。
そんな環境の中でも、子どもたちに自信をもたせたいと考え、総合的な学習の時間に取り組んでいました。
▶ 離島の小学校編Season1〜教室とくらしの物語 マガジン

このシリーズでは、当時の日記をもとに、島での仕事の大変さと、その中にあるささやかな温かさを綴っていきます。
2年目2003年の、Season2(2年目)3学期のお話です。

※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。

離島の小学校編Season2👇👇👇


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