春の東京、情報教育の最前線へ【研#18】/研修で出会う探究の風景
2004年3月。
島での修了式と離任式が終わり、学校はいよいよ春休みに入っていた。
離島勤務3年目を目前にしながらも、この頃の私は、島の外へ向かう機会が少しずつ増えていた。
総合的な学習の時間、情報教育、Web活用。
全国のあちこちで、現場の教師たちが新しい実践を模索していた時代だった。
そんな年度末、私はいくつかの研修会やプロジェクト会議に参加するため、数日間東京へ滞在することになった。
1.上京、そしてポスターセッションへ
最初の目的は、D-Project春の公開研究会への参加だった。
今回はポスターセッションにも参加する予定だったため、準備も兼ねて前日入りしていた。
しかし、ホテルに入ってからもなかなか内容がまとまらず、資料づくりにかなり時間を使ってしまった。
当時は、今のようにクラウド環境などない時代である。
レジュメをPDFへ変換し、自分のWebサイトへFTPでアップロードし、それをホテルのロビーのプリンタで印刷する。
そんな手順を踏みながら、何とか当日の準備を進めていた。
翌朝、ホテルを出て駅へ向かって歩いていると、見ず知らずの方から駅までの道を聞かれた。
もちろん、自分も上京してきたばかりで詳しいわけではない(笑)。
それでも、 「自分も行くのでついてきてください」 と、一緒に駅まで向かった。
重そうな荷物を持たれていたので、途中少し持ってあげたりもしながら、何となく一緒に歩いたのを覚えている。

その方と別れたあと、途中のコンビニで資料をコピーし、そのまま会場へ向かった。
会場へ向かう途中では知り合いの実践者とも合流し、一緒に研究会へ向かった。
会場へ入ると、師匠の大学院関係の方々や、同県の2005地方特別大会事務局のNさんの姿もあった。
Nさんに地方特別大会MLの話をすると、どうやら登録がうまくいっていなかったらしい。
「どうりでメールが入ってこないはずだ」
そんな話をしながら、会場ではMLでやり取りしていた方々や、これまで研修会で顔を合わせてきた全国の実践者たちとも次々に再会した。
研究会自体も内容盛りだくさんの1日だった。
ただ、正直に言えば、自分のポスターセッションは準備不足だったと思う。テーマが広がりすぎていて、何を中心に伝えたいのかがぼやけていた。
しかも今回は、自分の発表準備で頭がいっぱいになってしまい、他の実践をほとんど見る余裕がなかった。
見たかった発表が同時間帯に重なっていたこともあり、それだけは少し残念だった。
それでも、疲れながらホテルへ戻る頃には、「やはりこういう場へ来ると勉強になる」と強く感じていた。
2.日曜の秋葉原を歩く
翌日は日曜日だった。
せっかく東京へ来ているのだからと、久しぶりに秋葉原へ向かった。
歩行者天国になった街には人があふれ、店頭ではさまざまなイベントも行われていた。
平日よりもずっと活気があり、歩いているだけでも楽しかった。
店を一軒ずつのぞきながら、変わった機器や面白い小物を探して歩いた。
当時の秋葉原は、まだ現在ほど巨大な観光地化しておらず、「何か面白いものがある街」という空気が色濃く残っていたように思う。
その中で購入したものの1つが、miniSDメモリーカードを直接差し込めるUSBタイプのリーダライタだった。
当時使っていた携帯電話の写真を取り込むとき、アダプタを使うのがとにかく面倒だったのである。しかも、小さいアダプタはすぐなくしそうになる。
そういう細かな不便を解消する小物を探すのも、当時の秋葉原を歩く楽しみの1つだった。
久しぶりの秋葉原を、かなり満喫した1日だった。
3.学校CMSプロジェクト会議
その翌日、宿泊先を新宿から茅場町へ移した。
泊まっていたホテルは、部屋で無料LANが使えた。
当時としてはかなり快適だった記憶がある。
中央線と京葉線を乗り継ぎ、次の宿泊先へ向かう。チェックイン前に荷物だけ預け、ホテルのロビーで会議資料を作成した。
PDFへ変換し、Webへアップロードする。
今なら当たり前の作業だが、当時はこうしたこと自体がまだ少し特別な時代だった。
時間が少しあったので、昼食を兼ねて築地まで足を伸ばした。
市場にはアワビやホタテをはじめ、さまざまな魚介類が並んでいた。
離島で日頃から魚介類を見ていたこともあり、自然と見入ってしまった。
昼食にはウニイクラ丼を注文した。
寿司も魅力的だったが、「せっかくなら丼で食べたい」と思ったのである。
市場では、販売だけでなく、その場でホタテを焼いたり刺身を出したりしていた。
こういう「食べる場所」が市場の中にあることも、妙に面白く感じていた。
そして午後3時から、教育関連企業のショールームで学校CMSプロジェクト会議が行われた。
CMSとは、専門的なHTML知識がなくても学校Webサイトを更新できる仕組みのことである。
当時は、学校ホームページを一部の詳しい教員だけで管理するのではなく、学校全体で情報発信していこうという流れが少しずつ広がり始めていた。

この会議は、静岡大のH先生の研究室との共同プロジェクトで、学校Webサイト活用に関する研究だった。
県外の実践者以外の参加者の多くは初対面だったため、まずは名刺交換から始まった。
県外の実践者、CMS開発担当者、研究関係者など、さまざまな立場の人が集まっていた。
会議では、まず企業側の取締役から会社説明があり、その後、静岡大のH先生からプロジェクト概要の説明が行われた。
続いて、CMS開発担当者からCMSそのものについての解説があった。
休憩をはさみながら、顔見知りの富山の実践者、千葉の実践者らによるプレゼンテーションが続き、後半では自分も「児童のBLOG活用」というテーマで発表させてもらった。
さらに後半は、CMS開発担当者が提示したたたき台をもとに、自由なディスカッションが続いた。
会議後には、社長直々にショールーム内を案内していただいた。
さすがに教育空間やインテリアデザインも手がけている企業だけあり、案内される部屋はどれも洗練されていた。
会議室の机や椅子も、デザイン性と座り心地の両方を意識したものだった。
見学しながら、 「Webページのデザインと、室内空間のデザインは少し似ているかもしれない」 と感じていた。
最後は、1階の駐車場を改装したスペースで懇親会となった。
外から見ると、まるでガラスのないテレビ局のサテライトスタジオのようだった。
そこでは、CMS開発担当者の紹介で、別の企業の社長とも話をすることができた。
Webユーザビリティに関する著書までいただき、刺激の多い時間だった。
本当に、いろいろなことがあった数日間だった。
そして、自分は新学期からの実践を、また頑張っていこうと思っていた。
4.東京のホテルで感じた「島より不便」
その夜、富山の実践者たちと一緒に宿泊先のホテルへ戻った。
ところが、部屋へ入って驚いた。
携帯電話の電波が届かないのである。
しかも、LAN設備付きの部屋へ変更できないか相談してみたものの、すでに満室だった。
当然、P-inもつながりにくい。
「なんか島よりひどいぞ」
思わずそう感じた。
結局、仕方なくロビーまで降り、P-inを使って接続し、その日の出来事を日記へアップロードした。
離島勤務をしていると、「都市の方が便利」というイメージを持たれがちである。
しかし実際には、こういうこともある。
そんな少しおかしな年度末を過ごしながら、2004年度は始まろうとしていたのである。
次回に続く・・・
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「研修で出会う探究の風景」は、教師としての学びの記録です。
教育公務員特例法には、「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない」と記されています。
教師にとって学びは、仕事の一部でもあります。
私自身、これまで校内研修や教育センターでの研修、研究大会、学会、そして自主研修など、さまざまな学びの場に関わってきました。
そこには毎回、出会いがあり、葛藤があり、ときに自分の教育観が静かに塗り替えられる瞬間がありました。
このシリーズでは、そうした研修の風景を綴っています。
現在進行中の連載とも時系列でつながる形で、掲載しています。
今回は勤務していた離島の小学校(へき地2級)2年目、2003年度の記録です。
これまでの研修編はこちら👇👇
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