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つながらない島で見つけた新しい発信〜blogとの出会い〜【島ICT#26】/離島のデジタルデバイド編② 2年目の記録

前回、島では通信環境に変化の兆しが見え始めた。
その裏側では、つながらない現実の中で、別の方法を模索する動きも続いていた。
blogという新しい仕組みとの出会いは、やがて次の実践へとつながっていく。

前回のデジタルデバイド編👇

本シリーズの背景(初めて読まれる方へ)
今から20年以上前の2002年4月。
連絡船が頼りの離島の小学校に、一人の教師が赴任した。
島では、家庭でも学校でも、インターネットは日常的に使えるものではなかった。

本土でADSLが普及し始める一方、島内のデジタルデバイドは広がっていた。
小学校では、隣の中学校から分岐した衛星回線を使い、インターネットとメールが可能になっていたが、利用には多くの制約があった。
そうした環境の中で、教師は総合的な学習の時間を通して、学びを島の外へ、そして島の人たちへ届けようとした。
ICTは目的ではなく、あくまで手段だった。

1年目には、島の魚を紹介するデジタル図鑑を制作し、その成果を島の人たちにも届けるため、連絡船の待合室にPCを設置した。
その後、学校の通信環境を支えてきた衛星通信システムが、残り1年で終了することが分かる。

今年度は、念願の学校ホームページを開設したが、その更新にも苦労があった。
これは、島での2年目。 システム終了へのカウントダウンが進む2003年度の記録である。


1.「よく分からないもの」が引っかかった

2003年の秋ごろ、インターネットの世界では「blog」という言葉をよく見かけるようになっていた。
ただ、その正体はよく分かっていなかった。
weblogの略らしいとか、ブラウザから記事を投稿できる日記のようなものだとか、そんな断片的な話だけが耳に入ってくる。

正直なところ、最初はピンとこなかった。
それまで使っていたHNS(ハイパー日記システム)も、ブラウザ上から更新できる仕組みであり、やっていることはそれほど変わらないようにも思えたからである。

ただ、ひとつ気になったのは、更新の手軽さや仕組みの違いだった。
島ではFTPでのファイル転送が安定せず、特に画像を扱うときなどは特に手間がかかる。


それなら、もっとシンプルに更新できる方法があるのではないか。
そう考えたとき、「blog」というよく分からない存在が、少し現実的な選択肢として見え始めてきた。



2.やはり越えられない回線の壁

一方で、回線そのものの改善もあきらめてはいなかった。
宿舎に固定電話を引き直し、夜間定額になるテレホーダイの契約まで進めていたが、結果は思うようにはいかなかった。

接続自体は始まるものの、途中で止まってしまう。
回線同士が通信条件を調整する段階(ネゴシエーション)までは進むのだが、その先の認証に入らない。プロバイダに相談しても、通話品質の問題だろうという答えだった。

このままでは、たとえ定額になっても安定して使えない。
そう判断して、テレホーダイは開始前にキャンセルすることにした。

結局のところ、「つながるかどうか」がすべてを左右する状況は変わっていなかった。
だからこそ、回線に頼りすぎない方法を探す必要があるという思いが、より強くなっていった。


3.自分で選んだ仕組み

そこで、日記の更新方法そのものを見直すことにした。
それまでのHNSから、blog形式へ移行する決断である。

当時は、大手プロバイダが用意したblogサービスも存在していた。
しかし、そうした既製のサービスではなく、自分で仕組みを理解しながら使えるものを選びたいと考えた。

そこで選んだのが「Movable Type」というソフトだった。
これは、自分のサーバーに設置して使うタイプのblogシステムで、自由にカスタマイズできるのが特徴である。

設置はレンタルサーバーと独自ドメインの環境で行い、日本語化や導入手順を解説したページを参考にしながら進めた。
HNSのときほどではないにしても、やはり一つひとつ確認しながらの作業だった。

カスタマイズはまだ十分ではなかったが、まずは動く状態にして、12月からはこちらで更新を続けていくことにした。


4.試していたのは、その先の授業だった

この取り組みは、単に個人のサイトを新しくしたという話ではない。
新しい仕組みを自分で試し、つまずきながら使ってみること自体が、そのまま次の実践につながると考えていた。

どこで困るのか、何ができて何ができないのか、それを自分で経験しておくことで、教室で使うときの見通しが持てる。
環境が整っていないからこそ、先に試しておく意味があった。

そしてこの試行錯誤は、2ヶ月後に学校からのblog発信へとつながっていく。
当時、小学校の児童が自ら書き込む形の発信はほとんど例がなく、結果として新しい取り組みになっていった。


島の通信環境は相変わらず不安定だった。
それでも、その制約の中でできる方法を探し続けたことで、少しずつ次の形が見え始めていた。

つながらないからこそ考えた工夫が、結果として新しい学びの準備になっていたのである。

次回に続く・・・


これまでの歩み 離島のデジタルデバイド編マガジン👇👇


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