100歩進んだ島の未来 動き始めた転換点 【島ICT#25】/離島のデジタルデバイド編② 2年目の記録
これまで、魚図鑑の発信や受賞、手作りのネットワーク環境づくりを積み重ねてきた。
しかし、衛星インターネットの使用期限が迫り、このままでは学びが途切れるという現実があった。
2003年秋、その中で投じた一手が、島の未来を動かし始める。
デジタルデバイド解消へ向けた転換点の記録である。
前回のデジタルデバイド編👇
本シリーズの背景(初めて読まれる方へ)
今から20年以上前の2002年4月。
連絡船が頼りの離島の小学校に、一人の教師が赴任した。
島では、家庭でも学校でも、インターネットは日常的に使えるものではなかった。
本土でADSLが普及し始める一方、島内のデジタルデバイドは広がっていた。
小学校では、隣の中学校から分岐した衛星回線を使い、インターネットとメールが可能になっていたが、利用には多くの制約があった。
そうした環境の中で、教師は総合的な学習の時間を通して、学びを島の外へ、そして島の人たちへ届けようとした。
ICTは目的ではなく、あくまで手段だった。
1年目には、島の魚を紹介するデジタル図鑑を制作し、その成果を島の人たちにも届けるため、連絡船の待合室にPCを設置した。
その後、学校の通信環境を支えてきた衛星通信システムが、残り1年で終了することが分かる。
今年度は、念願の学校ホームページを開設したが、その更新にも苦労があった。
これは、島での2年目。
システム終了へのカウントダウンが進む2003年度の記録である。
1.再び引いた電話線、その向こう側
2003年秋現在、島の通信環境は、やはり厳しいものがあった。
来年度のことを考えると、このままでは何も前に進まないと感じ、宿舎にもう一度固定電話を引いてダイヤルアップに挑戦してみることにした。
赴任当初にも同じことを試しているが、そのときはプロバイダになかなか接続できず、つながらない間も通話料金だけが積み重なっていった。
ようやくつながっても速度は9600bpsで、気がつけば1ヶ月の通話料が1万円近くになっていた苦い思い出がある。
あの経験が頭をよぎるが、それでも今回は違うはずだと自分に言い聞かせる。
テレホーダイを使えば、少なくとも以前のような料金の不安は避けられるはずであり、もう一度やってみる価値はあると判断した。
2.つながらない日々と、わずかな手応え
しかし、実際に試してみると、そう簡単にはいかなかった。
木曜、金曜と接続を試みてもまったくつながらず、やはりこの島の回線は一筋縄ではいかないことを思い知らされる。
一度島を離れて自宅に戻った際、ノートPCでアナログ接続を試すと問題なくつながった。
これで機器に問題がないことははっきりし、原因は回線側にあると判断できた。
島に戻ってから設定を見直し、モデムの速度を9600bpsに落としてみると、ようやく接続に成功した。
しかし表示された速度は4.8kbpsで、実用には厳しい水準だった。
さらに19200bpsに設定するとこちらも接続でき、19.2kbpsという表示が出た。
携帯通信と同程度の速度ではあるが、条件次第では使える可能性も見えてきたため、数日かけて安定性を確認していくことにした。
3.断念という現実と、越えられない壁
そんな中で、以前から話をいただいていたセンサー観測の取り組みについても検討を進めていた。
FTPでデータを送信する内容であり、ぜひ挑戦したいと考えていたが、ここでも通信環境の制約が立ちはだかった。
学校の衛星回線ではFTPが許可されておらず、HUB局に確認と交渉を行ったものの、結果は変わらなかった。
代替としてダイヤルアップの利用も検討したが、接続の不安定さと速度の遅さ、さらに30分ごとの自動送信という条件を満たすことは現実的ではなかった。
結局、この取り組みは断念せざるを得なかった。
環境としては非常に興味深く、得られるデータにも価値があるはずだったが、それ以前の段階で道が閉ざされてしまう現実を前に、悔しさだけが残った。
島の通信環境は単なる不便さではなく、本来できるはずの学びや挑戦の機会そのものを制限していることを、改めて実感することになった。
4.外へ投げた一手が動かしたもの
しかし、その一方で別の動きも起こり始めていた。(この出来事は重要な転換点になるため、当時の資料を確認しながら整理した。)
つい先日、県のホームページに設けられている、誰もが意見や声を届けるための目安箱に、この島の現状を書き込むことになったのである。
それは、子どもたちと話し合いを重ねる中で生まれたものだった。
これまでの学習でインターネットを使って発信してきた経験や、デジタル図鑑での受賞といった取り組みを振り返りながら、「この環境でもここまでできている」という実感と、「だからこそこの先が不安だ」という思いを整理していった。

来年度に向けた通信環境への不安や、島の現状についても、子どもたちの言葉をもとに内容をまとめ、外へ向けて発信する形にした。
そこには、これまでの実践の積み重ねと、学びの中で育ってきた視点が表れていた。
正直なところ、どこまで届くかは分からなかった。
ただ、何もしなければ何も変わらないという思いの中で、子どもたちとともに選んだ行動だった。
ところがその後、県や市の教育委員会から確認の連絡が入り、さらに通信事業者による実態の確認も行われることになった。
来年度に向けた見通しについても、少しずつ話が動き始めていた。
一つの働きかけだけで状況が変わったわけではない。
それまでの実践と発信の積み重ねの上に、今回の動きが重なり、ようやく流れが動き始めた。
それは小さな変化ではあったが、確かに次の展開へとつながる手応えのある動きだった。
5.島に必要だったのは「回線」ではなく「未来」
島の通信環境をどうにかしたいという思いは、決して個人的な利便性の問題ではなかった。
宿舎での接続が安定するかどうかといった話ではなく、この島で暮らす子どもたちの学びそのものに関わる問題である。
離島においては、外の世界とつながる機会が限られている。
情報に触れる機会も、人と出会う機会も制約が大きく、だからこそインターネットは単なる道具ではなく、学びを支える基盤としての意味を持つ。
これまでの実践も、その前提の上に積み重ねてきたものである。
外とつながることで広がる学びや、社会と関わることで深まる探究は、この環境があって初めて成立する。
もし安定した通信環境が整えば、子どもたちの学びは確実に変わる。
島にいながら多様な情報に触れ、自分たちの考えを発信し、外の人々とつながることが可能になる。
それは学校だけの話ではなく、島で暮らす人々の生活にも影響を与えるものであり、離島であるからこそその意味は大きい。
今回の動きは、単なる回線の改善ではない。
この島の可能性を広げるための転換点であり、これまでの試行錯誤はそのための助走だったといえる。
そして今、その流れは確かな形になろうとしている。
これは一歩ではない、島の未来に向けた「100歩」の前進であると感じていた。
次回に続く・・・
これまでの歩み 離島のデジタルデバイド編マガジン👇👇
いいなと思ったら応援しよう!
応援いただいたお気持ちは、子どもたちの学びを物語として発信し続ける力となり、教育の現場で役立つヒントへとつなげていきます。