記録と記憶のあいだで書いている 【ふエ#35】/ ふりかえりエッセイ 35
久しぶりにエッセイを書こうとすると、やはり少しだけ身構える。
日々の記録とは違って、何もないところから言葉を立ち上げていく必要があるからだろうか。
少しだけ「よし」と思わないと書き出せない、そんな感覚がある。
とはいえ、書き始めてみると、意外と書きたいことは出てくるものだ。
過去ログという土台
このnoteの更新が、気づけば毎日続いている。
いま書いているのは、離島で勤務していた20年以上前の話が中心だ。
なぜそんな昔のことを、ここまで細かく書けるのか。
理由ははっきりしている。
当時、自分のサイトで日記代わりに書いていたBlogの原稿が残っているからだ。
当時はBlogがちょうど広まり始めた頃で、いろいろな人とつながる仕組みもあり、コメントをもらうことも少なくなかった。
そのやりとりを読み返していると、「ああ、こんなふうに助けてもらっていたな」と、具体的な場面ごとによみがえってくる。
読み返していると、当時は当たり前のように書いていた一文が、いまの自分にはやけに新鮮に映ることがある。
逆に、「なぜここをもう少し詳しく書いていないのか」と思う場面もあり、記録というものの不思議さを感じる。
この頃には、まだツイッターもインスタもなかった。
だからこそ、あのBlogの記録は、今の自分にとって思っていた以上に濃い“生活のログ”になっているのだと思う。
原稿づくりのルーティーン
現在の原稿づくりには、ある程度のルーティーンがある。
まず、過去の日付ごとのログ記事を拾い出す。
細かな出来事も含めてそのまま書こうとすれば、1日ずつ日記のように再現することもできるのだが、それでは島の1年を書くのに、現実の1年がかかってしまう。
それはさすがに現実的ではない。
そのため、いくつかの出来事を束ねながら、一つの流れとして再構成していくことになる。
この「束ねる」という作業が、単なる記録ではなく、読み物としての形をつくっていくのだと感じている。
それでも、いま書いている島の学校編(2年目の記録)は、40本近く書いてようやく1月が終わったところで、やっと年度の終わりが見えてきたという段階だ。
2年目を書き始めてから、すでに半年が経っている。
なかなか終わらない。
同じ流れの中で書いているつもりでも、「このあとどうなったんだっけ」と確認が必要になることも多いし、忘れていた出来事もぽろぽろ出てくる。
もちろん、いまの自分はその“結果”を知っているわけだが、それを物語としてどこまで引っ張るのか、それとも先に書いてしまうのか、その判断にも毎回迷う。
ベースになる記録があるので、ゼロから話を考える必要はない。
それでも、当時の自分の認識を、今の視点で少し修正したくなる場面もある。
逆に、すっかり忘れていたことが新鮮に感じられることもあり、そのあたりの揺れが、この作業の面白さでもあり、難しさでもある。
思い出しながら書くということ
少し厄介なのは、並行して書いている校長編だ。
こちらは5年ほど前、コロナ禍の頃の話なのだが、離島のときのような詳細な日記が残っていない。
そのため、当時の空気感や状況を思い出しながら、必要に応じて調べ直しながら書いていくことになる。
当時のニュースや資料を見返しながら、「そういえばこんな空気だった」と補い直していく作業は、ある意味で「再現」に近い。
だが、完全に同じ温度で書くことはできないというもどかしさもある。
たった4〜5年前のことなのに、細かい部分は意外なほど抜け落ちている。
どこまで思い出せるか、記憶と静かに向き合っているような時間でもある。
そう考えると、やはり「そのときに書いておく」ことの強さを痛感する。
ただ、当時は実践に追われていて、そこまで手が回らなかったのも事実だ。
そんなことを考えつつ、「えいや」と気合いを入れて書いている。
考えながら書くということ

そして、ときどき挟むこのエッセイが、また別の意味で面白い。
日記や記録のように拠りどころがあるわけではない。
自分の書きたいことを書けばいいはずなのに、その場で考えたことを、そのまま言葉にしていくことになる。
書きたいことがはっきりしているときは、そのまま流れるように書けることもある。
それでも、書き始めてみないと流れが見えてこないことも多く、最初の一文までは少しだけ間がある。
書きながら考えるしかないという意味では、これがいちばん“現在の自分”が出る部分なのかもしれない。
記録をもとに書くのとは違う、もう一つの書き方だと感じている。
過去を掘り起こしながら
それでも、本来書きたいのは、まだまだ続く総合的な学習の実践の記録である。
離島の学校で書いていたブログは、今となっては貴重な資料だが、読み返していくと「まだ1年以上あるのか」と少し気が遠くなる。
過去ログを読むだけでも、なかなかの労力だ。
まあ、それだけかかるということは、いろんな意味で充実した時間だったということか。
しかし、早く本土に戻りたい(笑)と思いながら、一生懸命過去を掘り起こしている。
まあ、本土に戻っても、結局は過去の話なのだが。
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