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語り直すたびに見えてくるもの──終章が問い直しに変わるとき【な総和#10】/なるほど!総合的な学習 ― 和菓子プロジェクトから見えた舞台裏10

和菓子プロジェクトが終わった瞬間、学びは幕を閉じたように見えた。 しかし、紹介し、語り、まとめ直すたびに、あの一年は何度も新しい姿で立ち上がってきた。
停滞を越えた子どもたちの姿や、BBSで交わされた言葉が、今なお教師の問いを揺さぶり続ける。
これは「終わったあと」にこそ始まる、教師としての学びの記録である

第9回はこちら👇

今回の解説編に対応する本編10👇👇


1.語り直しが再生するプロセス

和菓子プロジェクトが終わってからも、学びの余韻は消えなかった。
紹介するたびに新しい発見が生まれ、まるで噛めば噛むほど味が出る“するめ”のように、時間がたつほど実践の意味が浮かび上がってきた。

最初にそのことを強く感じたのは、西日本情報視聴覚指導者研修に参加したときだった。
沖縄や広島をはじめ、西日本各地から集まった先生方と共に、一週間の研修に臨んだ。 事前に準備しておく課題として、自身の実践をプレゼン形式で紹介する機会が用意されていた。
私は迷わず、完成したばかりの「和菓子プロジェクト」を題材として持ち込んだ。

発表後、参加していた先生方からは、完成品そのもの以上に「そこに至るまでの停滞や葛藤」を評価する声が相次いだ。
「一度決めた案が行き詰まり、もう一度コンセプトを練り直す場面で、子どもたちが対話をやめなかったことが印象的だった」 「和菓子職人とのBBSでのやりとりを通して、根拠のない思いつきが“提案”へと磨かれていく過程に学びのリアリティを感じた」 「プロジェクトアドバイザーとして職人の視点を取り入れた構造が、学びの再起動装置になっている」 といった指摘は、実践を支えていた“プロセスそのもの”の価値を改めて浮き彫りにしてくれた。
自信というよりも、「この学びが子どもたちの中にも残っているはずだ」という静かな確信が生まれた。

一方で、出張中には教務主任の先生がクラスに入り授業を続けてくださっていた。
子どもたちの表情には、担任の不在を埋め合わせるための気負いよりも、「学びの流れが自分たちの中にある」という落ち着きがあった。
それは、プロジェクトが教師の指示で動くものではなく、子どもたち自身が構造を理解し、歩み続けられる実践になっていたことを示していた。

その後、『NEW 教育とコンピュータ』(学研)に総合的な学習の実践として寄稿した一方、生活科・総合的学習学会の地方支部でも発表の依頼を受けた。
質問を受けるたびに、授業中は意識していなかった視点に気づかされた。
質疑の中では、「なぜ子どもたちは行き詰まった後に再び動き出せたのか」「職人とのBBSでの対話が、思いつきを提案へと変えていく場として機能していた理由は何か」といった問いが投げかけられた。
それらは、プロジェクトを通して何度も立ち止まりながらも再構築を続けた子どもたちの姿に、学びの深まりを見てくださったからこその問いだった。

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