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石井式整理術 実践編 ― 山と嵐とマインドフルネス

山を登るのが日課だった時期がある。
毎日のように登って、写真を撮り、SNSにアップする。
それがルーティンになっていた。


だが、ある瞬間ふと思った。
「俺は何をやっているんだ?」
承認が欲しくて登っているのか?
いや、違う。
野生化したいんだろ。

写真を捨てる修行

それからは山で写真を撮っても、下山後にすべて捨てるようにした。
綺麗な景色、登った証。
言ってみれば「ときめくモノ」。

それを、あえて捨てる。

最初は下山してから消した。
やがて撮った直後に消すようになった。
――これはしびれる体験だった。

1か月ほど続けたある日、さらに捨てたい衝動がやってきた。
過去に撮った1000枚以上の写真を、1時間で一気に削除したのだ。
ときめく写真ほど、思い切りよく捨てる。
「必要だ」と思うものほど、迷わず手放す。

モノを捨て、人をも捨てる

勢いは加速した。
出世の辞令、賞状、一生懸命勉強した本。
輝いて見えるものを、一日で捨てた。

最後に手放したのは「大事な人たち」だった。
社会不適応な状態でも離れずにいてくれる人。
普通なら大事にしたい存在。

だが石井式では逆だ。
「常識で大事にされるものほど、思い切り捨てる」
そうして支えてきた全てを捨てた。

身体に訪れた嵐

その頃から、身体に異変が出始めた。
手足の冷え。
そして心臓が「ドクン」と跳ねる感覚。

不安が不安を呼び、自律神経の嵐が始まった。
精神科に駆け込み、3時間の待合時間を過ごすことになった。

待合室のマインドフルネス

最初に疑ったのは低血糖。
コーラをがぶ飲みしても治らない。

次に試したのが――今思えば天才的だった。
コーラをコップに移し、左手で箸を使ってペットボトルの蓋をつまみ、元に戻す。
意味不明な作業だが、これは完全にマインドフルネス。
心拍が落ち着いた。

だが慣れると効果が落ち、嵐が再来する。
次は左手で米粒をつまんで移す。
また落ち着くが、すぐに嵐。

本を借りて高速で読む。
ソーシャルワーカーに「文字情報きつくない?」と言われた瞬間、嵐が直撃。
言葉すら身体に刺さる超過敏状態だった。

ストループテストのアプリを試す。
効く。だがやはり慣れると嵐。

そうして3時間。
医者に「いつからこんな状態なの!」と怒られる。
薬を処方され、安心した瞬間に「いや薬ってそんなに早く効くか?」と自分で言って、また嵐。
医者から「余計なこと言うな」と叱られる。

ユーモラスだが、本人にとっては地獄そのものだった

それでも山へ

「人生終わった」と思った夜。
だが翌日からまた山に登った。

さらに厳しい修行を自分に課し、続けた。
その結果、承認欲求はほぼ消え、能力だけが上がっていった

石井式整理術の本質

石井式整理術は、単なる片付けではない。
写真も、モノも、人も――「ときめくもの」ほど捨てる。
その極限の先に待っているのは、自律神経の嵐であり、そして覚醒だ。

これは危険で、過激で、しかし確かに人を変える修行である。

入り口はもっとシンプルに

とはいえ、いきなり全部を捨てる必要はない。
まずは寝床一畳を片付けて、ちゃんと眠れる場所を確保する。
あるいは、朝の10分だけモノを手に取って「残すか、捨てるか」を考えてみる。

その小さな一歩からでも、
人類野生化計画は始まる。

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