"BREATH" — 忘れられた呼吸、思い出される生
水中という異世界との出会い
私が「生と死」という存在に触れたのは、水の世界と深く関わってからのことだ。
それは、写真をはじめるよりもずっと前のことである。その時たまたま誘われたダイビングで、初めて見た水の中の世界は、私の心を一瞬で奪った。
ポルトガル版Vogueのインタビューで語ったように、「水と光の対比に深い高揚感と好奇心を見出した」のだ。水の中でしか起きない様々な現象——生命体と水と光が織り成す美しい現象——それらは、私に強い高揚感と興奮をもたらした。
その世界では、地上のように歩くことも難しく、天候によっては立ち入ることさえできない。訓練と用意周到な準備が必要である。何より、息をする量にも限界があるのだ。

忘れられた呼吸、思い出される生
そんな不自由だらけのこの世界で、生物が生きていく上で最も重要な「呼吸」というものにこの作品ではフォーカスをあてている。
呼吸は私達生命体が生きる上で必要不可欠な存在である。生きている間、「それ」は絶えず繰り返し行われ、失われることで死と判断される。普段、目にすることもなく、意識することなどほとんど無いように思う。
**しかし、生と密着している「それ」と分離されることで、その本質の価値と存在に向き合うことができる。**
それが水の中である。
水に覆われて、人の中にある恐怖が表面化する。その上、呼吸ができないという状況によって、生への執着が露呈するのである。そのもがき、予想できない姿を私は写真におさめていく。

極限状態で撮るということ
撮影プロセスは非常に過酷だ。通常、モデルは30秒から1分程度水中にいるが、私自身は最大2分間水中におり、その間モデルと一緒に泳ぎ、呼吸困難と格闘しながら撮影する。
PhaseOne IQ100MとPhaseOne XFカメラを使用し、人工照明を緻密にコントロールしながら撮影する。アシスタントたちは私の指示のもと、モデルの動きを観察しながら光源を精密に操作する。光の角度、強度、タイミングは、水の輝きと被写体との相互作用を考慮して入念に構成される。
その結果生まれる光と影の織り成す表現は、独特の神秘的で超現実的な雰囲気を作品にもたらす。
撮影現場の舞台裏 — 生と死の境界を記録する
撮影現場では、細かなポーズ指示は一切ない。
「モデルさんにはコンセプトだけ伝えて、あと自由にやってもらってるんですよ。舞台を用意してテーマを与えて、それをただ記録してるだけなので」
池谷はこう語る。これは被写体との共同作業であり、完全にコントロールされたCGではなく、撮影現場での偶発性や被写体の自主的表現によって「自分のイマジネーションを超えたもの」を映し出したいという姿勢だ。
水中での撮影は、静かな戦いでもある。
「呼吸って水の中では可視化できるんですよね。空気中では可視化できないんですけど」
息継ぎの前後の顔の色の変化、気泡の動き、肩の震え——これらすべてが視覚的緊張を生む。そして、呼吸をコントロールしないと生きていけない。失敗すると死に直結する。
池谷自身も、撮影中に死を意識した瞬間がある。
「15メートルぐらいのところにリーフがあって、その中に水が入り込んで渦巻いたんですよ。本当に『あー、これ死ぬかも』って思いましたね」
深場の渦流、低水温、温度差による身体への負担——これらは撮影に伴う実際のリスクだ。しかし、だからこそ。
「死に近いところが一番生きてる」
この言葉が、BREATHシリーズの本質を物語っている。
撮影後、写真は単なるプリントでは終わらない。何度も重ね、アクリルに仕上げ、平面の中に「凍えてる感じとか冷たさ」という温度感を封じ込める。ギャラリーで作品を見た観客はこう言う。
「やっぱ生で見る方が全然迫力がありますね」
巨大なプリント、アクリルの艶、質感——それらが観客に与える物理的衝撃は、水中での極限体験を追体験させる装置なのだ。

国際的な評価
美術誌Beautiful Bizarreは、私の4つの連作「Ocean」「Wave」「Moon」「Breath」が探求する包括的なテーマについて、こう評している。
「この数々の賞を受賞したレンズマンが探求するテーマは、生命の本質が持つ磁気的な干満になぞらえることができる」
そして、生と死の関係性について、こう続ける。
「死の恐怖がなければ、人間は人生の真髄を絞り出すことはないだろう。私たちは、死がパッケージの一部であることを十分に知りながら生きているのだ」
ポルトガル版Vogueは、BREATHシリーズについてこう解説している。
「呼吸を制限されるという状況を繰り返し探求し、その緊張を通じて人間存在の多次元性を明らかにしている。彼の画像は水の流動的な美しさだけでなく、身体の輪郭を変え、線を操る圧倒的な力も捉えている」
また、スペインのサラゴサ大学出版局(Prensas de la Universidad de Zaragoza)から刊行された学術書『Japon y el agua』(日本と水:文化遺産と人文学研究)では、現代日本美術における水の表現について考察され、BREATHシリーズが重要な作品として取り上げられている。
この学術的研究は、日本文化における水の象徴性と池谷の作品が持つ普遍的なテーマ——生命、呼吸、存在の脆弱性——を結びつけ、現代アートの文脈で論じている。参考文献
思いどおりに動かすことのできない姿に、私は人の「生きる」ことを重ね合わせた。人は「生きる」中で様々な困難にぶつかる。どれだけ人の手によって不自由の壁を壊そうとも、それには限界があり、本質が変わることはない。
生命の本質は、平等に与えられる死に抵抗しながらも生きるべき道を進むことではないだろうか。それは、計算や科学で動かせるものではない。
生とは目に見える美しさだけではなく、生まれながらに持ちえる真のあるべき強さなのではないだろうか。

**風の旅人 編集長 佐伯剛 より**
呼吸は人間が生きるための必要条件であるが、人間は地上で呼吸していることを忘れている。呼吸を忘れているように、生きている価値や意味も忘れている。
生と死の間に立つとき、人間はそれまでほとんど忘れかけていた大切なことを思い出す。時には命の最期まで思い出すことができず、思い出した瞬間に人生が終わることもある。
死を知らずして、生を知ることはできない。生きながら死を知る術は、深遠な人間の体験である。
池谷友秀は、地上に比べて水中では人間にとって遥かに不便な状況となる「BREATH」をテーマに、酸素ボンベを持たずに水中に潜り、生と死の極限の状況下で人々を撮影してきた。
モデルは通常30秒から1分程度水中にいるが、池谷は最大2分間水中におり、その間彼らと一緒に泳ぎ、呼吸困難と格闘しながら撮影する。
生と死の際に立つことで、人間は生への感謝と、迫りくる死の力に抗って生きる生命力をより強く実感できる。これは私たち全員が人生で一度や二度は経験したことであるが、単調で繰り返される日々の退屈さと厳しい世界の中で、その感覚は薄れていく。
池谷は水中環境を利用することで、生と死の境界線を象徴的に抽出し、それを写真に定着させた。これらの写真を見ることで、あなたの記憶の中に眠っている生命力を思い出すことができるかもしれない。
**参考文献:**
- Vogue Portugal, "English Version Oceans Issue Portfolio Art" (June 2025)
- Beautiful Bizarre Magazine, "Tomohide Ikeya: Life vs Death with the Gasp of One Breath"
- 池谷友秀公式サイト Featured Articles: https://tomohide-ikeya.com/featured-artticles
- "Japon y el agua: La presencia del agua en el arte contemporáneo japonés" Prensas de la Universidad de Zaragoza (サラゴサ大学出版局)
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