マウンティングやコントロールをしたくなるのはなぜ?その生き方逆効果!勝手に愛される逆転の法則
「私の言うとおりにすればいいのに」
「私の方が知ってるんだから」
そうやって、「コントロール」「マウンティング」をするたびに
逆にあなた自身が「ある法則」によって、「束縛され」「地獄に近づく」ことに気づいていますか?
今回は、「コントロール」「マウンティング」の裏に隠れる「ある法則」と
「コントロールを手放したら、勝手に愛されるようになる法則」について解説します!
◆その生き方「逆」です!
恋愛でも、職場でも、友人関係でも・・・人間関係って、なんだかんだで疲れることが多くないですか?
表面上は穏やかに見えていても、心の中では
「私のほうが正しい」
「どうして私の言う通りにしてくれないの?」
「さりげなく自分の知識でマウントをとってしまう」
みたいな、目に見えない「マウンティング」や「コントロール欲」が渦巻いていることってありますよね?
良かれと思ってアドバイスをしているつもりが、いつの間にか相手を自分の思い通りに動かそうとしていたり。
恋人が離れていかないように、相手の行動を無意識に監視してしまったり。
でも実は、この「相手をコントロールしたい」「批判や判断をしたい」という気持ちが強くなるほど、
あなたの心はどんどん不自由になって、幸せから遠ざかってしまうんです。

◆恥ずかしながら・・・僕の場合
僕は実際20代の頃までは、どこかで「自分が正しい!」と思い続けていて、
相手をコントロールしようとしたり、恋人が自分のそばに居て欲しくて、「いや、その世界は怖い世界だから」と言ってみたり。
そうやって生きていると、いつも疲れるし、一人の時に「不安」と「自己嫌悪」に陥るし、
相手は束縛感を感じ始めて、距離を置き始める→焦ってコントロールしようとする→ぶつかる
→さらに焦って取り繕おうとして失言をする→別れる・・・
みたいなパターンが本当に多かった。
今になればすごくわかる。「一緒に居て息苦しい人」になってたんだと。

◆マウンティングやコントロールの裏にある「本当の心理」
そもそも、私たちはなぜ他人に対して「批判や判断」を下したり、マウンティングしたくなるんでしょうか?
大抵の場合、
1,「相手が間違っていて、自分が合っている(正解)」という「優越感」を感じたいか、
2,「相手を自分の思い通りにコントロールしたい」と思っているときじゃないでしょうか。
でも、これって裏を返せば、その時の潜在的な心理は「そのままの私では自信が無い」なんです。
「自分はそのままでは価値がないかもしれない」
「相手に愛想を尽かされて、去っていかれるかもしれない」
そういう寂しさや不安があるからこそ、
相手を自分より「下」に置くことで安心しようとしたり、
相手を自分の檻の中に閉じ込めておこうとする。
つまり、マウンティングをして優越感を感じようとしているとき、あなたは世界に向かって
「私は、自分に自信が無いんです!!」と大声で宣言しているのと同じなんです。

◆私たちの「脳」の仕組みがあなたを縛る!
そして、私たちの「脳(意識)」はその「潜在的な心理」の通りに、あなたの言動を調整します。
あなたが「私はダメだ!」と潜在的に思っていれば、本当に「ダメだ!」と思わせるような言動をしやすくなる。
逆に「私って最高!」と潜在的に思っていれば、本当に「最高!」と思わせるような言動をしやすくなる。
あなたが「コントロール」や「マウンティング」をするたびに、
あなたの潜在意識は「自信が無い」を強化し続けて、さらに「自信を持てない現実」を見せるようになります。
☆この「自己肯定感の低さ」からくる「何かを足して自分を大きく見せないと」という思考(自我OSのバグ)については、
以前書いた記事↓で詳しく解説しています。「自分からの束縛」から自由になりたい方は、ぜひこちらも読んでみてください。
◆コントロールしているつもりが、「100%コントロールされている」罠
「相手を思い通りに動かせれば、私は安心できるはず」
そう思って策略を巡らせる気持ちはわかります。でも、これが大きな罠なんです。
相手をコントロールしようとすると、実は「あなたが相手を」コントロールしているのではなく、
「相手によってあなた」がコントロールされることになります。
たとえば、まっすぐ転がしたいボールが右に曲がったとします。あなたは右に走っていって向きを変える。
今度は左に曲がる。また左に走る。また曲がる、また追いかける・・・
これって、あなたがボールをコントロールしているのか?あなたがボールにコントロールされているのか?

それと同じで、「誰かをコントロールしよう」とすれば、
「あの人は今何を考えているんだ?」
「それを変えさせるにはどうすれば?」
「こんなことを言ってきた。どういえば、説得できる?」・・・
という風に、常に相手のことを気にして、あなたが相手の言動に時間もエネルギーも消耗することになります。
相手を「自分が安心できる檻の中」にとどめようとしたはずが、
実は自分もその檻の中に一緒に入ってしまっている。
「自分の人生を生きていない」ことに気づきませんか?
あなたがこの人生で体験したいのは、「相手をコントロールするために苦労する」ことですか?
それとも、「自由な気持ちで、自分の人生を楽しむ」ことですか?

◆「一人でも大丈夫」と思えたとき、関係は劇的に変わる
じゃあ、この「コントロールと依存」の罠から抜け出すにはどうすればいいのか。
道徳的に「マウンティングはダメだ!」と言いたいわけじゃありません。
「そんなことしなくても、あなたは大丈夫だし、そんなことをしてる方が逆に人生を損するよ」と伝えたいんです。
人をコントロールしたくなるのは、結局「孤独」が怖いから。
相手にマウンティングしたくなるのは、「自分はすごい」と思いたいから。
「世界をコントロールしたり、自分が正しいと示しておかないと、
自分だけが取り残されて、一人きりになってしまうんじゃないか」という不安があるからです。
これは完全に「原始脳」の「生存本能(自我OS)」に支配されている状態です。
「世界 vs 自分」になっていく生き方です。

でも、人生のどこかで一度自分の孤独と向き合って、「一人でも大丈夫かもしれない」と腹をくくれたとき、人間関係の執着はフッと消えます。
「無理してつなぎ止める関係」ではなく、「自然に一緒にいられる(愛される)関係」を選べるようになるんです。
◆自分らしく生きるだけで、自然と「愛される」最強の法則
結論として、一番の「引き寄せ」や「願望実現」「愛された体質になる」方法は何かというと・・・
周りの世界や人のことを気にせず、
あなたが本当に「やりたいこと」「ワクワクすること」をやって、
自分らしくくつろいで生きるということです。
これは僕の「心のOSの説明書」でも解説している「命OS」の生き方です。
先ほども言ったように「自我OS(生存本能)」で生きると、
「私は自分の存在(肉体)を守るために、人を信用せずに、支配しなければならない」というモードになります。
すると、無意識のうちに「マウンティング」「コントロール」が出てきてしまい、
あなたは気づかなくても、相手はどこかで「この人接しづらい」と感じるようになります。
でも逆に「命OS(創造性・愛モード)」で生き始めると、
あなたは、「自分の幸福」の為に生き始めるので、「生き生き」「ワクワク」生きるようになります。
すると、周りの人はあなたの「軽い空気感」「居心地の良さ」を感じ取って自然とあなたの周りに集まります。
例えば、子供のころ、公園で「ガキ大将」みたいな人が、
「おい!みんな集まれ!今から鬼ごっこするぞ。お前鬼やれよ。」とやってるより、
誰かが、「めっちゃ楽しそうに砂場で城を作ってる」と、
「え?なになに?それってそんなに楽しいの?」って参加したくなりませんか?

◆あなたはどちらの生き方をしたいですか?
相手をどうにかしようとするエネルギーを全部「引き算」して、ただ「自分という命」を生きる。
無理をして背伸びをしたり、上下関係を作ったりしなくていい。
あなたがあなたらしく、楽しく、無理をせずに生きていれば、
その「余裕」や「自然体」の波動に惹きつけられて、一緒に歩ける人は勝手に集まってきます。

逆に、支配されたり、操作されようとすると、人は息苦しくなって離れていきたくなるものです。
無理矢理、「あなたに合わせた人」「偽りの自分に惹かれて集まった人」が何人集まっても仕方ないですよね?
戦うのはもう終わりにしましょう。
愛されるために頑張って相手をコントロールするより、自分らしく生きたほうが、ずっと自然に愛されるんです。
↓最高に「自分らしく生きる」方法↓
