「理想=不足」!?僕が「菜々緒」を目指し始めた理由!
実は僕、男性ですが、タレントの「菜々緒」さんのようなスタイルと美脚になろうと努力しているんです!
とか言い出したらどう思いますか?w
どうした?大丈夫?何馬鹿なこと言い出したの?と思いませんか?
まあ一部の方は応援してくれるかもしれませんがw
◆みんな「菜々緒」を目指してる・・・
でも実は、これって過去の僕を含めて、ここまで極端ではなくても、みんな形は違えど同じような理想を持ったりしている。
もちろん、「この人すごいな」とか「こんな風になりたい!」と思って目指すことは悪いことじゃないですし、
理想に近づこうと努力することも悪いことではない。
でも、その「あの人みたいになりたい!」「こんな生き方をしたい!」と思っている「理由」が重要です。
僕が本当に「菜々緒」さんになることが心の底からの喜びであるなら仕方ないですw

でも、なぜ菜々緒さんのようになりたいのか?
・みんなからチヤホヤされたい?
・みんなから羨望のまなざしで見られたい?
・毎日美脚を見てうっとりしたい?
でもこれって、菜々緒さんにならないと実現不可能ですか?
そして、なぜ「自分自身」じゃなくて、「あの人」のようにならないといけないんですか?
その根本には
「(今の私じゃない)すごい人にならないと愛されない」
「(今のままの)私ではダメだ」
「(芸能界とか)華やかな場所で成功しなければ認められない」・・・
という風な、「不足の思い」があるからじゃないですか?
◆「条件」を追うと「本当の私」を見失う
そして、そうやって「こうなれば」「こんな人になれば」「~~で成功すれば」という「条件」を追いかけ始めると、
「本来の私を生きる」というラインから外れて、「条件を揃える・追いかけ続ける」生き方になってしまいます。

「スタイルが良くなった」⇒「ルックスを磨こう」⇒「愛され会話術を身につけて」⇒「お金持ちになって」⇒「アンチエイジングして」・・・
という風にずっと追いかけ続けることになります。
もちろん芸能界のような世界で、本当に「自分の理想を追求し続ける」こと自体が幸せな人ならそれも良いでしょう。
しかし、多くの人は、「自分が本当は何に幸せを感じるのか?」ということも見つめ直しもせずに、
「世間的にそういう成功をしている人が幸せそうに見えるから」社会的な理想を追いかけて生きてしまいがちです。
そして、本当ならすべての人に「自分らしさ」という一番の近道が用意されているのに、
それに見向きもせずに闇雲に「(社会的な)理想」ばかりを追い続けています。
だから、僕が菜々緒さんを目指したりし始めるww
でも、世の中の長年成功しているように見える人って、実は「それが好き(得意)だからやってる」、
逆の言い方をすれば「それしかできないからやってる」ことが長年結果を出し続けていたりします。
◆格闘家・青木真也さんの名言
”バカサバイバー”こと、格闘家の青木真也さんの言葉でずっと心に残ってる言葉があって、
試合に負けて「今後どうしようか?」と悩んでいる若手選手に
「格闘家なんてなあ、結局『格闘技しかできない』ような人だけが生き残ってるんだよ。
一回負けたくらいで、この先どうしようなんて考えるくらいなら今すぐやめたほうが良いよ」
というようなことをおっしゃってましたが、どんな「道」でもそうです。
結局「これが得意」「これならできる」「これがやりたい」「私にはこれしかない」と思い続けられるものが続くし、結果も出していける。
だからといって、「それをやればすぐに・必ず結果が出る」かどうかは分からないけど、なかなか結果がでなくても続けられることがあなたの「天職」。
結局、成功しようがしまいが、結果が出ようが出まいが、どうしてもやりたいことを思いっきりやった方がどんな結果になろうとすっきりするし、やっている間は幸せを感じられる。辛ささえも喜びになってくる。
結局「幸せ」って、「こうなったらずっと幸せ」なんてことは無くて、
何か動くことで、その瞬間に感じられるもの。
幸せでいるためには、今この瞬間に自分が喜びを感じられることを探して、動くしかない。
僕は自分のじゃなくて、美脚の女性を見るのが好きなので、菜々緒さんを目指したりはしませんのでご安心をw
