理想と現実のあいだで、胃は裂けた― 本当の英語を教えたかった ―
私は、公立高校の英語科教諭だった。
英語が好きだった。
言葉は世界につながる扉だと信じていた。
いつか海外で学び、働きたいという思いもあった。
けれど子どもが生まれた。
海外へ出る代わりに、
子どもをバイリンガルに育てようと決めた。
英語で語りかけ、
イマージョン教育に入れ、
私学に進ませた。
お金はかかった。
小学校は毎日お弁当だった。
仕事と家事と教育費の現実が、肩にのしかかった。
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職場では、また別の現実があった。
「受験に大事だから」
「合格実績が学校の評価だから」
補講、補講、補講。
けれど私は思っていた。
これで本当に英語力がつくのだろうか。
問題演習ばかりで、
話すことも、感じることも、
世界とつながる感覚も育たない。
本当の英語を教えたかった。
けれど、現場は受験産業の一部のようだった。
理想と現実のあいだで、
心ではなく、胃が裂けた。
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四十代半ばから、胃潰瘍を繰り返した。
空腹時に背中へ走る激痛。
健康診断で引っかかり、初めての胃カメラ。
モニターに映ったのは、
真っ赤なザクロのように裂けた胃だった。
「これはひどいな。」
医師の声を、今も覚えている。
癌かもしれない。
子どもたちはどうなるのだろう。
ストレスを減らしてください、と医師は言った。
「それは無理です。職場も家庭もストレスしかありません。」
本音だった。
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それから毎年のように胃カメラ。
ぎっくり腰。
声帯結節の手術。
ポリープ切除。
身体が先に悲鳴を上げた。
五十九歳、ついに「ごく初期の癌」と言われた。
「死ぬなら正直に教えてください。すぐ仕事を辞めてやりたいことがあります。」
医師は言った。
「大丈夫。死なないから。」
内視鏡手術の結果、
生検の段階で癌細胞は取り切れていた。
三十三年勤め上げた。
ご褒美があるとすれば、
癌がなかったことかもしれない。
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理想は守れなかったかもしれない。
けれど、私は確かに問い続けた。
本当の英語とは何か。
本当の力とは何か。
母として、教師として、
どう生きるのか。
胃が裂けるほど、考えた。
それが、私の三十三年だった。
六十歳で退職後、自宅で鍼灸と英会話の小さなサロンを開き、七年になる。
完全予約制。ジムなどの趣味とも両立しながら続けてきた。
完全ではないけれど、
あの頃より、ずいぶんストレスから解放された。
誰にも振り向かれなくても、
私は理想を心のどこかに持ち続けたい。
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