⑦オランダ旅行記 『17世紀はオランダの時代』大航海時代を学ぶ海洋博物館巡り
過去の①〜⑥、⑧~⑪までのオランダ旅行記は下記からご覧ください。
オランダについて、学生時代に授業で学び、覚えていることといえば、チューリップに風車、そして大航海時代です。
今回はその大航海時代を支えた、商業、造船、海運を学ぶため、オランダ海洋博物館にやってきました。
(一部オンライン画像があります)
今回も田中靖浩先生のガイドで訪れました。
まずは歴史から、大航海時代とは
ここで少し(いや結構長い)歴史に触れます。
1602年に有史以来世界で初めて「株式会社」を作ったのはオランダです。
皆さんも学生時代は一度は聞いたことがある『東インド会社』。
英語では、Vereenigde Oostindische Compagnie,といって通称VOCと呼ばれている、オランダ東インド会社です。
あるあるだと思いますが、最初に授業で名前を聞いた時は、インドの会社かと思いました。
『①オランダ旅行記』でも触れました東京八重洲にあるヤン・ヨーステンのモニュメント。ここにもVOCのロゴマーク(赤矢印)がしっかり刻まれています。

さて、この東インド会社設立からオランダの大航海時代が始まります。
また1648年には、スペインから独立し、ネーデルランド連邦共和国を設立しています。
因みにネーデルランドとは「低地の国々」という意味で、国土の四分の一が海抜0m以下の低い土地が多いからこのように言われており、今でも地盤は沈下は進んでいるようです。
その土地形状の性質から溜まった水を排水するため、風の力で羽が回ることで水をくみ上げ運河に流す風車があり、ですから風車が有名になるほどオランダには多いのです。

わが世の春を謳歌
大航海時代に話を戻しますと、当時オランダ、特にアムステルダムは世界の中心といわれるほど栄えていました。その理由は、海を使った交易です。
当時造船技術も世界トップレベルであり、その船を使い、世界各国を回り交易をしていました。

交易で得たものの代表は、①香辛料、胡椒をはじめ、ナツメグ、グローブ、シナモンなど、続いて②お茶、コーヒー、カカオ、③陶磁器、④砂糖、塩、タバコ、⑤絹、綿など、生きていく上で必要な衣と食の部分ですね。
①は有名です、人間豊かになってくると美味しいものが食べたくなるからなんて学生時代は安易に思っていましたが、大人になって学びました。
香辛料は食料保存であったり生ものの臭みを消すものとして、また当時の鎮痛剤や強壮剤など医薬品として使用したり、もちろんいつの時代にも希少なものは富裕層のステータスとして需要がありますので、そのシンボル、自慢として。
宝石と一緒に金庫で保管されていたといいますから、当時のオランダ人が現代の食卓にあるSB食品の胡椒を観たらきっと腰を抜かしますね!

実際当時胡椒は「黒い金」と呼ばれ、胡椒1ポンド(約450g)が銀1ポンドと同じ価値であったらしく、金1ポンドが胡椒10~20ポンドと、それほど需要が高くかつ希少性があるものだったということです。
胡椒で家が建ったと言われ、きっと当時は、「あの家は胡椒御殿よ」なんて近所の人たちから言われていたに違いありません、きっと。
②~⑤は省略しますが、嗜好品や衣食での生活必需品など。
③に少し触れると、東洋、特に中国からの陶磁器です。
元はイタリアのマジョリカの陶器の技法から始まり、その後中国から持ち込まれた陶磁器などを参考に発展し有名なデルフト焼に繋がっていきます。

デルフトはフェルメールゆかりの地でもあります
人間は、欲しくなれば、それを探し追い求めてしまう性分です。
ですので胡椒をはじめそれらが生産される東南アジアなどへと船で向かうことで、東インド会社を発展させ、また造船技術の向上、航路開拓、植民地開拓につながりオランダという国が発展し、わが世の春を謳歌したのでした。発明と同じように、必要は「発展」の母ですね。
大航海時代の終焉
海洋博物館そっちのけで歴史の話をしていますが、もう少し。。
本章のタイトル、アムステルダム海洋博物館には当時のVOCが所有していた船のレプリカがあり、乗船でき船の内部を見ることができます。
その船には大砲が設置されています。
ひとたび海に出れば、そこは船上ではなく戦場。
スペインやポルトガルなどのライバルや海賊もたくさいます。
ですから商船といえども大砲を積んでおり、乗組員は船乗りだけれど時には軍人みたいに戦う必要があり、まさに航海・交易は命がけの仕事でした。

命がけの航海で勿論人の命も大事ですが、当然貴重な荷物も大事ということで、「保険」が生まれました。
起源は17世紀のイギリスのLloyd’s保険、あのロイズです。
オランダでは世界で初めて株式会社ができ、それに伴い世界初の証券取引所もでき、株式投資が始まり、リスクヘッジとして保険制度が組み合わさりました。
株式+保険+金融が融合し、当時のアムステルダムはまさに現代のウォールストリート、世界の金融の中心地とも呼ぶこともできると思います。
しかし栄枯盛衰、そんなオランダの全盛も終焉を迎えます。
一説によれば1602年に始まったオランダ東インド会社が1799年に解散し、その頃をもって終わりともいわれています。
その頃はちょうどイギリスの第一次産業革命が始まり、イギリス東インド会社がより力を持ち、相対的にオランダの力が弱まってきます。
またナポレオンのフランス革命もあり、1800年以降は徐々に衰退していったというより他国が今まで以上に力を持ち始めたといった方が良いかもしれません。

因みに江戸時代、唯一の交易国として長崎の出島で日本と貿易をしていましたが、1859年にそれも終了しています。
海洋博物館の話はそっちのけでオランダの輝ける時代の話をしてきました。小さな国土の国にも関わらず農産物輸出が世界2位、治安も良く、第2言語として英語が話せる割合が世界1位とか、今でも素敵な国には変わらないと思います。
アムステルダム海洋博物館
ここからようやく、海洋博物館の話になります。(歴史の話に比べ短いですが。。)
このアムステルダム海洋博物館は世界最大級の規模を誇る博物館だそうです。VOC船のレプリカに乗船でき内部を見れたり、展示品など、また観覧客も多くなく、意外と穴場です。
海洋博物館の行く手前、アムステルダムセントラルステーションから東に数分歩いた距離にあるのは『涙の塔』があります。
この塔は15世紀末に建てられ、オランダ大航海時代に命がけの航海に出る夫たちを送り出す際に、妻たちが集まりまさに「涙した」建物です。
今ではカフェになっています。


下にCafeと書かれている通り、今はCafeとなっています。
この辺りでバスに乗り数分程、海洋博物館がありました。

手前はVOCレプリカ船です
ここは予約不要で入館料を支払い、中に入れました。入館口付近に軽食が取れるカフェがあり、四方に囲まれた中庭ではテーブルや椅子がランダムにあり休憩もできます。

下にロッカーもあり荷物を預けることができます。

まず乗船できるVOCレプリカ船に向かいました。
船内には、乗組員のベッドやら、食卓、また積み荷や航海中に食べるのであろうワインやチーズなどの保管庫、また当然砲台も搭載されており、当時の船内の様子が再現されています。
意外だったのはベッドや船長の執務室が小さかったこと。
オランダ人って背が高いイメージがあったのでこれは意外でした。
やはり栄養事情で昔は小さかったのかと。。

仮眠用のハンモックかな

また最新のCG画像で、船出が見れる映像が見れる部屋がありました。
先ほどの「涙の塔」が出てきます。
はい、妻たちは泣いていました、本当に。。
博物館の方は、各階に様々な当時に関する絵画をはじめ、船舶の模型などが飾られており、時代の推移がわかります。
午前中の国立美術館で少し疲れ写真をあまり撮っていなかったのもあり、詳しい紹介はできませんが、何しろ展示物が多く、見応えがあり、流石、世界最大規模の博物館です。
大人も、特に子供も船内は楽しそうに遊んでいたので楽しめると思います。

最後にカフェで軽食を取りましたが、やはり体調が悪いとダメですね。
気が回らずこちらも写真を撮り忘れました。
今更何を食べたのか覚えていないほどですが、比較的美味しかったイメージはかすかに残っています。
あまり種類は多くなく、選択肢はないので、また市街地に戻って食事をするのはありだと思います。
歴史の話が大半で、タイトルが掛け声倒れになってしまいましたが、
次回は、お酒のジンの話、ジンはオランダが発祥の地です。
アムステルダムに有名なWynand Fockinkというお店がありますのでご紹介します。
