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社会人12年目〜マネージャーへ〜転職決意するまでの私

1つ前の記事はこちらです↓

育休からの復帰と同時に異動したのは、私と同じようなママが比較的多くいる部署でした。
この部署に来たことが私のその後の命運を分けることになるとは、このときは想像だにせず、新たな部署での仕事へ期待に胸を躍らせながら着任したのでした。

前2部署のように個人事業主のように仕事をするのではなく、1つの大きな業務の流れを、チームで分担して行う部署でした。細かく分けるとそれぞれ担当は分かれていますが、共通して対応できる部分が多く、子どもの急な発熱等で休むことになっても比較的周りのサポートが受けやすかったです。

ただ、今までで一番専門的な内容で、また、大きな流れを工程分けてやっているので全体が見えにくく、自分がいま全体のどこをやっているのか、何をやっているのか、周りが何をやっているのか、さっぱりわかりませんでした^_^;
良くも悪くも大雑把で楽観的な性格なので、今は分からないけどそのうちわかるだろう、と一つずつ覚えていきました。(役に立たないくせに細かいことを色々質問したり、余計な意見を言ったりする私に丁寧に教えてくれたり対応してくれた上司には感謝です。)

2年目にはその上司が異動していくことになり、その後任としてマネージャーに昇任しました。
周りの方からしたら、こんな頼りなさそうなやつ、と思われたかもしれません。

マネージャーになって初めてわかったことがありました。

昇任したら、思っていた以上に色々な主張を受ける立場になりました。家庭のこと(子どもや配偶者の仕事の状況→業務負担を考慮してほしい)、この業務はちょっと向いていないから変えてほしい等…
わかります。私自身も育児があり残業もできる状況ではないですし、経験が長い方は近く異動する可能性があるので、色々考慮し分担を調整しました。幸い、負担が増えることになった雇用形態の異なるベテランのおじさんは、快く(?)引き受けてくださりました。そのおかげでチームの皆の業務負担がマシになったと思っていたのですが、そこからチームのメンバーとの意思疎通の難しさを痛感し始めました。

おそらく、私と部下の方々が分かり合えなかった点は以下のことです。
・不公平感
  マネージャーと比較して自分たちがお客様対応を第一にやらなければならないのは不公平だ。(前任のマネージャーは公平に自分も負担していました。課内の周りのマネージャーも同様でした)
でも、当然求められる役割が異なりますし、私も同じようにやると、私の役割がこなせないのは明白でした。きちんと説明したつもりでしたが、納得はしてもらえませんでした。そこで、“良い人“になって要求を鵜呑みにしたら、自分が崩れるのが目に見えていました。私は頑固な部分があるので、自分の中でこうするべきと決めた部分は譲りませんでした。
実は、事前に人事部署からも、部下に振るしかないですね、と言われましたが、なかなか難しいですね。
・情報格差
  私も1年間マネージャーの下で仕事をさせてもらいました。そのうえで昇任して初めて知りました、マネージャーの責任の重さ、仕事量と負担の大きさ。特に私が新米だったこともありますが。
・立場や価値観の違い
当時はいろいろな立場や価値観が交錯していて、お互いに理解しきれなかったのだと思います。

 ・「この業務は特に大変」感
  前のマネージャーもよく、ミーティングで「つらいね〜」「わかっていただけないね〜」と言っていました。メンバーからもよくそういう発言が出たので、この業務をこの人数でやっているのに、なんでもっと配慮されないんだ、という考えがあるようでした。
確かに大変ですが、どこの部署の仕事(組織内比)もそれぞれ違った大変さがあるので、私は一概に比べられないと思っていました。その温度感の違いも伝わってしまったのかもしれません。
・組織への考え方
 一つ前と一部重なりますが、組織にもう少し配慮して欲しかったのだと思います。こんなに大変なのは普通じゃないはず、そう思いたい。でも私が今まで経験してきた部署も似たり寄ったり、下手したらもっと大変でしたから、私はこんなものだと思っていました。
今思うと、転職を決意した私がNOと決めたのは、この会社の当たり前は当たり前じゃないはず、ということだったのですね。

でも、その時の私は、ちゃんと教育された真面目な組織人でした。やるべきことをやる、ベストな働きをして成果を出す、自分のいる意義はそれだと思っていました。
引き継がれてきた課題、これから顕在化する課題に向けた対応が求められていましたが、体制を変えずに成果を上げるなら、工夫しなければなりません。資料を持ち帰り、休日などに現状分析して対応を考えました。上司とも相談しました。すると、こうするしかない、という道が決まってきます。
それをチームの方々に説明しました。大きく変える必要はありませんでしたが、部分を少しやり方を変えようとすると、抵抗がありました。特に経験が長い方の抵抗が強かったです。その方の負担を増やす内容ではなかったのですが、今までのやり方へのこだわりや、気持ち的な抵抗感もあったのかもしれません。成果を出すために考えたのですが、、チーム運営って難しいと実感しました。

その年に、部下1名が退職し(チーム内でのコミュニケーションが難しくて病気になりそうだと相談してくれました)、部下のなかでチームを長く支えてきたベテランの方が異動していき、その代わりに来た方がすぐに病休になり、さらに部下2名が病休になり…何が何だかわからなくなり…笑。

他のチームのメンバーに1人応援してもらって、どうにかストップできない業務を運営しその年度を乗り切ることができた、と思った矢先、私の重大なミスが一つ見つかり、別の部署へ謝り、対応をお願いしました。
その時には、こまごましたミスの頻発に辟易していた私の上司と、コミュニケーションが取りづらいと感じていました(これが地味にメンタルに一番ダメージが大きかったです)。この重大ミスと、別部署への謝罪と対応依頼が負担になったのか、この案件に関しての報告と相談ができなくなってしまいました。
組織のルール上どうしたらいいかわからなくなり、辛かったです。結局、関係が深い部署の上司に相談に乗ってもらい、私の上司の上司に一緒に相談して指示をもらい、別部署へお願いができ、ことなきを得ました。
このあたりで、メンタルがかなりダメージを受けてきた感じがあり、まずは自分を守るために退職か転職をするしかないと思い始めました。(今思うとボロボロでした。)

また、忙しくなりかけた頃、夫の怪我が重なり、退院後の本来家で絶対安静の時期に、私の仕事が忙しいがために子どもの保育園の送り迎えやその他の世話をやってもらう始末。
回復後も、私の業務時間が家庭に影響を与え始め、夫婦ともに余裕がなくなっていきました。残業していると夫から電話がかかってきて、今日私の帰りが遅いことの確認の後、子どもとのやりとりが聞こえてくる。夫の怒鳴り声も聞こえ、「もう切るよ!」と電話を切る日々。

また、転職決意の1〜2ヶ月前に、退職(転職)する方が最終出勤日に挨拶回りで私にも挨拶してくれました。唐突に、「大変ですか?」と言われました。「え?」と面食らいましたが、そのときの私は役割的なポーズで「いやあ、私の力不足で。。」と答えました。この問いかけがなぜかずっと私の胸の中に引っかかり、退職を考える最初のきっかけになりました。仕事で少し関わったくらいの方でしたが、ありがとう、と伝えたいです。

読んでくださり、ありがとうございました。


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