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僕がこわかったもの|チャレがや企画 第5弾「コンテスト」参加作品

「女のコを天秤にかけるなんてサイテー」

14歳の僕にとっては、これは自身に刻まれる指針になった。
これは、当時ハマっていた恋愛シミュレーションゲームのセリフだ。

そう、当時の僕が本音で話し合える異性などいるはずもなかった。

表彰台を目指す競争ならばまだいい。
誰の目にも結果は、一目瞭然だからだ。
だからこそ、「誰の目にもわかる」ものとして、小学校低学年の頃は足の速い男子がモテるのだろう。

また、テストも目の前に結果があるし、「何がダメだったのか」も本人が気づいているかどうかは別として、そこにファクトがある。


思えば、ずっと「競争」してきた気がする。それが自分の居場所を固める城であり、鎧を作るから。

だが、「コンテスト」は嫌いだった。
基準がわからないもので優劣をつける。そんなのエゴじゃないか。

基準が曖昧なもので競ったら、それは忖度だろう。
誰かの好みに合わせに行くなんてどうなんだ。
しかもそれだと、相手ごとに変えていかなければいけない。

そう、それでは「絶対強者」ではいられない。

忖度が嫌いだといいながら、「大人が気に入りそうな答え」をいつも意識していた。
だが、それは特定の誰かに媚びたわけじゃない。その一点だけを形が変わるくらい握りしめて。

だが、本当は知っている。じろじろ見られるのが嫌なのだ。
ちゃんと「全部」見られてしまったら、僕は凄い人間じゃないというのを、自分が一番知っているから。

だから、大人になっても、王道は避けた。
「ブルーオーシャンだ」、「新しい道を拓く」と言いながら、決して既存の基準では測られないように逃げていた。

しかし、昨年の創作大賞に応募してから、明らかに変わった。
自分でやりきった想いはあれど、届かなかった。
改めてしっかりと調べれば調べるほど、自分の不勉強具合が恥ずかしくなった。

それでも、灯った火は消えない。
この世界で、ずっと勝負し続けていたいんだ。

そこから、note公式企画に一層本腰を入れて応募するようになった。


結局、僕は鏡を見るのが怖かっただけだ。
自分で録音したカラオケ音源を聞くのがなかなかできなかったように。

でも、見てみれば、そこには等身大の自分がいる。
鏡なんだから当たり前だ。
至らない点もたくさんある。でも、自分でいいと思っている部分を評価してくれる人もいた。

確かに、本気で挑んでダメだったら落ち込むこともある。辛辣なフィードバックをもらうこともある。
でも、ようやく自分に素直になれたのも、自分が本当にやりたいことに気づけたのも、コンテストがきっかけだった。

順番をつけられることは確かに苦しいし悔しいけど、コンテストのジャンル次第で、「そこに挑みたい」と思えた自分に驚いていた。

改めて、思い返してみると、自主企画コンテスト「灯火杯」を始めたのは、創作大賞に応募する前だ。
だから、そういう意味ではスポットライトを浴びる人を「少しでも増やしたい」という想いは今も変わっていない。

だが、テーマがあるからこそ本気になれることや、自分でもお気に入りの作品が生まれることもある。

そんな、自分自身の本当の気持ちに気づいたり、何かのきっかけになるコンテストになれたら。
そんな風に願いながら、季節の巡りに合わせて「灯火杯」は続いていく。

▽ミクさんの自主企画コンテストと同じ、
3月31日(火)まで募集しています!▽


今回も、チャレがや企画に参加させていただきました!

「バレンタイン」、「黒歴史」と続き、実はチャレがやのときが一番肩の力を抜いて、自然体で書けている気がします!

素敵な企画をありがとうございます!!

▽ミクさんのコンテスト参加作品も、直近で最も自分と向き合った作品に仕上がりました!きっかけをいただいた、ミクさんに感謝です!!▽

#チャレがや
#コンテスト
#みくまゆ会

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花邑 灯火 @リ・キュレーター 自主企画コンテスト「灯火杯」の賞金や美術館、書籍や有料購入など、note活動のために使わせていただきます!