手から感じるもの
五感に優劣はないけれど、「手」から感じるものは多い。
【視覚】
例えば、わたしたちが一番目にする体の部位は「手」ではないだろうか。
根強い人気があるゲームのジャンル「FPS(一人称視点のシューティング)」では、キャラの全身は見えず、見えているのはいつもキャラクターの手だ。
また、タイピングするとき、文字を書くとき、料理をするときなどなど、多くの場面でわたしたちは手を視界に捉えている。
焼肉屋でバイトしていた大学生のとき、常連のお客さんから手を褒められてうれしかった。
初めて爪の手入れをプロにやってもらったとき、自分も相手も目線に入る部分に気をつけなさいと言われたものだ。
また、茶道に限らず、その所作は手に大きく出る。本のページのめくり方、ドリンクの飲み方、お皿の片付け方などなど、人柄が手からにじみ出るケースは多い。
【触覚】
そして、もう一つ大きなものは触覚。タイピングの押し込み具合。また、物心ついたときゲーマーのわたしは、ボタンの反応についてはかなりシビアなつもりだ。
そして、それはギターやピアノなど、楽器に関してもそう。手そのものがわたしの声と並ぶ、アウトプットの道具になっている。
だからこそ、ライティング時のBGMはクラシックを選びがちなのかもしれない。そう、心のなかではわたしはPCを通して鍵盤を演奏しているのだ。あまり共感されそうにないので今まで口にしたことはなかったが、間違いなくそういう意識がある。
手元を見ずにカバンのなかをまさぐる。位置関係と触感で欲しいものを手にしている。スマホケースの手触り、ぬいぐるみや毛布、さわり心地から得ている情報は多い。
さらに、「手入れ」という言葉もある。わたしが大好きな言葉だ。モノを大切にするうえで必須な行為。その行為自体が、モノへの愛情に溢れている。どのくらいの愛情があるかは、手を見ればわかる。
【ぬくもり】
触覚の延長だが、これは独立させたい。
ついつい顔の一部を触ってしまうくせは、触覚よりも心との関係のほうが強いだろう。
温度は触覚を超えている。熱でうなされているとき、出産のとき、握る手は触感とかではないはずだ。
温度、そのぬくもりは、想いと直結している。
それは、指があるとかないとか、手があるとかないとか、そういったものを超越している。
今回の「手」をテーマにすると聞いたとき、真っ先に思い浮かんだのはこのことだった。どうしても「指」のほうに視点が向くが、指や手そのものがという方もいるだろうということ。
ただ、思う通りに手を握ることができなくても、「幻肢痛」があるならその逆もあるんだと、きっと伝わるものがあるんだとわたしは信じたい。
くりすたるるさんの「#手」にまつわる記事の募集に応募させていただきました!素敵なお題をありがとうございます!
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