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【時の織り糸】第5話(全6話)

(第1話はこちら)

(前回、第4話はこちら)

42(ユカ)

 ハヤカワはすごい。認めざるを得ない。

 実際に、直接的ではなく間接的に。恐らくだが社長の退任をこれで防いだ。

 とにかく…多分だけど、会長と社長の関係性は今よりもさらに強固になり、小さなヒビすらもないだろう。

 なんだか少しだけ、あたし…私の30代のこれからに向かって、未来に向かっていける、そんな気がする。自分はハヤカワのようにはなれないけれど、私なりのやり方で、このブランドを、この会社を大きく出来るはず。

…大きく?

 あれ?私、何がしたいんだっけ?別に会社を大きくしたいと思ってやってきた訳じゃない。お給料は多い方が嬉しいけれど…あれ?…何のためにやってきて、なんで…今嬉しいような気持ちなんだっけ?

 うーん。ある程度このブランド、この会社でやりたい事はやれたのかも知れない。でも辞めたい気持ちはこれっぽっちも無い。

 ああ…なるほど。いつの間にか、可愛いスタッフの為だとか、仲間の為だとか、に目的が変わっていたんだ。うん。まあそれはそれで良い。一日だって多く、みんなと働いていたい。そして、少しでも、このブランドに私が存在していたという事が残ったらいいな、なんて。そんなくらいのモノなのかも知れない。

…あっという間にヒゲカフェに着いた。ハヤカワが急に振り返る。

「ユカ」
「はい?」
「ユカ、当たり前だけど、これだけじゃ足りないんだ。未来のためには」

 その一言で、全ての音が耳から遮断された気がした。

43(ユカ)

「足りない?」
「ああ、足りない。それを今からヒゲカフェの個室で話す。聴いてくれ」

 毎度の事のように、ヒゲのマスターに会釈をし、個室が空いている事を確認して、足早に席に着く。無意識に対面に座る。ハヤカワは、アイスカフェラテを2つ注文する。

 ハヤカワは、何も話さない。

 恐らくは、カフェラテがテーブルに置かれ、しばらくの間の個室の状態が約束されたタイミングで話はじめるのだろう。そういうヤツだ、ハヤカワは。

 事前に準備していたかのように、あっという間にテーブルに置かれ、マスターはドアを静かに閉めて立ち去っていく。

 思わず身構えている自分がいる。

 しかし、ハヤカワは話を始めず、いつもは入れないシロップをカフェラテに入れて、ストローをぐるぐるし続けている。沈黙に耐えられず、思わず声をあげる。

「ハヤカワぁさーん?ヒゲに誘ったのは、キミじゃーないの?」
ちょっと戯けた感じで、話してみる。この空気に耐えられない。

「ああ。話すよ。ただ、少し待ってくれ」
「……」

「今から話す事は、実際に俺が経験してきた、ここからの20年だ。もちろん、この世界と俺が過ごした20年で同じ出来事が起きるのかは解らない。解らないが…SFじゃあるまいし、パラレルワールドって訳でも無いはずだから…、とはいえ、俺の存在がSFじみているから、うーん…まあよくわからない」
「何だか、歯切れが悪いなあ」

 解りやすく頬杖を付いて、ハヤカワを見る。

「もう一度言う。乗り越えるべき事はこれだけじゃなくて、この後の20年で、もっともっと色んな事が起きるんだ」
「うん」

 姿勢を正して、聴こうとした瞬間。

「…ユカ、横に座ってくれないか?ほとんどの答えは、事前に、このノートに書いておいた。そして、それを簡単にまとめて話すよ」

44(ハヤカワ)

 とりあえず、すべてをなるべく『具体性無く、危機感が伝わるように話す』しかない。そのために、アンケート通達の夜から、恐らくの未来を、ノートに書き連ねる日が始まった。

 そうでないと、誰が決めたか『ペナルティ対象』だ。何を話せばどれだけの罰、が解らないから、慎重に話す必要がある。この前の社長室での会話がひとつ基準にはなりそうだが、かと言って、どう話せばいいのかは解らない。それに気になる事もある。

「ユカ。まず、大きく言うと、乗り越えるべき危機は三つだ。ただ具体的には言えない。解ってくれるか?」
「うん。そのルールは理解してる」
「ルールもそうなんだが…我慢?…というか、何というか…」
「具体的に聴きたくなっても、我慢しろって事よね?オッケー、わかった」

 覚悟をしてくれたのか、これから話す事のスケールがまったく想像出来ないからなのか。

 どちらにせよ話していくしかない。

「じゃあ、一つめだ…まず時期は2010年より前の段階で、世界的に大きな金融危機が来る。いきなり直接的に何が起きるという事ではないが…とりあえず簡単に言うと、色んな会社が倒産する。失業者が増える。リストラもたくさん。もっとざっくり言うと景気が悪くなる」
「ふむ?」
「…思っていた反応と違うなあ」
「だって、今も別に景気が良いわけじゃないよ?」

 だめだ、抽象的すぎるのか、危機感がまったく伝わっていない。

「えっとだな…今よりもお客様のお財布事情が悪くなる。つまりは、お金の使い先が洋服では無くなってくる…いやちょっと違うな。今よりも安くないと買ってくれない時代になる」
「なるほどー。それは困りますねえ。でも良い物や可愛いモノは高くても買ってくれるでしょ?」
「ファストファッション…解るか?世界を相手に商売している企業達が、一斉に日本のアパレル市場で目立ちはじめる。彼らは、トレンド性が高くて、安くて可愛いモノを大量に展開してくる。そして、それらを支持する声が圧倒的に強くなるんだ。まあ、国内発のブランドもあるが…ジーンズ990円とか」
「は?」

 少しだけユカの顔色が変わったのが解る。

「まあ、そういう事で、ユカ。今までやっていたやり方では、彼らとの戦いには勝ち目が、非常に薄くなってしまった訳だ」
「え…?でも990円のジーンズって、それなり…なんでしょ?流石に?ねえ?」
「うーん、ウチのブランドで、今頑張って頑張って原価を下げて、安い安いと買ってくれている4900円ジーンズとの違い…価値の差をお客様は感じてはくれなかった」
「……」

 話を…続けるしかない。

「そもそも俺たちの感覚では4900円ジーンズでも超破格だよ。今までは一万円超えるのが普通だったんだから。でも今のお客様は、もう既に、それに慣れつつある。流石に990円ジーンズは目玉商品的な物だったと記憶してるけど…強烈に、印象に残った」
「ちょっと、その価格差はお店側とか、接客サービスだけで埋めるのは厳しいね」
「ああ、だから、その後…何とかお客様を呼ぶための、ちょっとしたお店イベントのブーム?みたいなものが来る。店頭スタッフにとって、過酷で悲惨で地獄で、虚しいだけの」
「何それ?そんなイベントあるの?地獄のイベント?」

 一口、コップの水を含む。

「まあ、これも簡単に言えば、セール時期でも何でもない時期でも、売上が厳しい日にいきなり『タイムセール』をやるんだよ。とある時間限定…30分間とか…で、店内全品20%オフ!って、店のみんなで叫ぶ。入り口に立って、呼び込む」
「えええ?いきなり…全品オフ?セールじゃない時期に?」
「これのイヤな所は、そうやって叫ぶ店に『人は集まってしまう』んだ。その店の両隣は、その時間…お客がいなくなる。とんでもなく長いレジ行列が出来て、必死に商品を補充して。それが突然の本部指示で行われるようになる」
「きっついなあ」

 ここまで来たら…ある程度話してしまおう。意外に抽象的に話す事も出来ているようだ。

「ここからは…想像出来ると思うけど、結局みんながみんな、タイムセールをやりまくる、って事なんだよ。言ってしまえば、みんなで仲良く、辛くしんどい目に合おう、って事だ。あと当然、そんな事をやっているとタイムセール以外の時間は売上が厳しくなる。お客様はタイムセールを待つ。だからまたタイムセールをやる」
「……」
「ショッピングモールの中は、週末なんかは特に…いつも何処かから、お客を呼び込む大きな声が飛び交い、お世辞にも上品とは呼べないような空気が常にある…そんな状況だよ。ウチだけじゃなく、すべてのアパレル店のみんなは一生懸命やっていたと思うけど…『気持ちが悪かった』よ。俺は」
「それって、ファッション?アパレル業界って、それで良いのかな…あれでしょ?それで辞める人…沢山いたんじゃないの?」

 ああ、そうだ。と答えながら、何となくではあるが、ユカに危機感の少しが伝わったような気がして、ほんのちょっとだけ安堵した自分がいた。

45(ハヤカワ)

 腕時計の時刻表示を見てみる。07時00分。…少し具体的だったのか?まあ、この件をこの程度の減少で話せたなら、良しとしよう。

「さて、次の困難だが」
「うう…続くんだよね…」
「ああ、これから起きる事…この国に起きる事としては、今の話は比較的軽い方に入る、と言えるのかも知れない。もちろんその人の立場や環境によるけど」
「……。わかった。聴く」

 とはいえ、本当は…この話はしたくない。そしてどこまで抽象的に話して、危機感が伝わるかの自信は…ない。色々考えて上でのギリギリのラインだけ決めた。そして、自分にとって、いくつかの傷口を思い出す事でもある。

「…じゃあ、続きだ。さっきの話から数年。俺たちが知る限り、今までに経験をした事の無い大きな災害が起きる」
「…災害…地震?とか?」

 時刻は06時50分になっている。

「流石に、この国の災害といったら、地震か台風とかのイメージだよな。その通りだ」

 時刻は06時00分になっている。認めるのも、駄目なのか…。

「ハヤカワ、どうしたの?さっきからチラチラ腕を見て。あっ、もしかして『ペナルティ』になっちゃってる?」
「いや、気にしないでくれ…続けるよ。ただ…ただ…具体的な災害の内容には触れないでくれ。俺も…少々辛い思いをしていたりもするから」
「うん…わかった」

 しかし…改めて、どう話せば抽象的なのか、ずっと考えているけど、明快な答えが無い事には変わりがない。とりあえず話すしかない。

「まず、とある地域…結構大きなエリアだと思っていい。災害によって、俺の知る限りだけど過去に類を見ない被害が出た」
「うん」
「そして…そのエリアには、俺たちの店がいくつかあったんだ。店はもちろんボロボロで営業できるような状態にはない。というか現地で採用したスタッフだって沢山いるんだ。そしてそのスタッフの家族だって、そのエリアに住んでいた」
「……。ちょっと待って。過去に類を見ない被害…って、どれくらいの事なの?」

 そうだよな。そこを抽象的にすればするほど、どう受け止めていいか解るはずが無いよな…。どうしたものか。

「そこは具体的な話になるから出来ない。それは『ペナルティ』になる事よりも、自分の傷口をえぐりすぎるんだ。何とか察してくれ」
「ハヤカワ…。あのさ、あたし…私、頭が上手く回転しないんだけど、それって、スタッフの命にも関わっているレベルなの?もしくは、その家族とか友だちとか、恋人とか。お客様とか」
「……」
「黙っているって事は、そういう事なんだね。わかった。ごめんね」

 腕時計の表示は、05時00分になっている。なんだよ…沈黙でも駄目なのかよ。確かに、具体的な話に結果的にはなっているからな…。

「ああ…」と口に出そうとして、ユカは遮る。

「あのさ、ハヤカワ。言いにくいんだけど…ハヤカワがこうして、未来に起きる事を先に教えてくれているのって、そもそも『その悪い出来事をなんとか回避出来ないか』って目的だったじゃない?だとすればさ…その災害が起きるエリアと時期。それを教えてくれないと、そこからは逃げようが無いよ」
「……。そう、だな。その通りだ」
「それに、これを、あたし…にじゃなく、社長に話す必要があるよね。それを抽象的に、って、めちゃくちゃ難しくない?…どこかのエリアで、近い将来に災害があるから、って、出店計画変更や、もしかしたら今ある店舗を閉めるなんて、出来ないよ。何より信じてくれない…いや、社長は信じてくれたとしても、やっぱり抽象的だと手が打てない」

 まさしく、ユカの言う通りだった。抽象的に危機感を伝える事は出来たとしても、具体的な出来事を話さないと、回避不可能な事は多くある。自分ひとりだけの事を考えれば、その時期になる前に、なるべくそのエリアから離れて、安全な場所からテレビの中の事として、過ごす事だって出来る。そのエリアに行け、と指示や依頼を受けたとしても、適当に断る事も可能だ。

『ただ。ただ、それが、何になる?』

 当時の惨劇はリアルタイムでも焼き付いている。俺が元いた2025年には沢山のアップロードされた動画が、いくつも残っている。出来る限り、生々しく、地名、日時、その当時の様子、その後のいくつも惨劇、それらを一気に口から発し、メモに殴り書いてユカの目の前に差し出した。

 ユカは一瞬戸惑ったが、メモを握りしめ、再度その内容から目を離さなかった。

 そして、大切に、大事そうに、ユカはそのメモをカバンの内側のポケットに入れた。

「ハヤカワ。ありがとう。ちゃんと場所と日時、覚えたよ。私が社長にちゃんと話す」
「……」
「あと、腕時計の表示…見せて…今のは、ちょっとペナルティが大きかったんだね…02時30分…ってなってる…。そうだよね、この情報を持っていれば、沢山の人の未来、運命を変えられる…救えるような話だもんね。ハヤカワ…ごめんね」

 ユカはそのように話をしている事だけが、かろうじて解ったが、何故だか耳の中で自分の鼓動が大きく聞こえる。そして視界はなぜだか、両端が赤くて黒かった。

46(ユカ)

 正直な気持ち。

 あたしは、とんでもない事をしていると、我に返った。

 この猶予表示が0になった時…『00時00分』になった時、ハヤカワの身がどうなるのか、まったくわからない。目の前から突然消えるのか。前に言っていたように、ただハヤカワが元の時代に戻れなくなるのか。もしかすると0になった瞬間に、ハヤカワも消えて、私はすべての話を忘れてしまって、明日から、また今までと同じように生活するだけになって、絶望的な未来をその時その時に知って、何かを嘆いたり、恨むのか?

 とにかく、今、これ以上踏み込んで0表示にしてしまう事だけは避けたい。でも。でもそれで、ハヤカワが未来から戻ってきた意味と意義が、すべて叶っているのかどうか。それも一緒に気になっている。でも。

「ハヤカワ?」
「……」
「ハヤカワ」
「……。ああ、すまない。続きだな」

 違う。

 いやだ。

 もうこれ以上聴きたくもないし、ハヤカワの猶予時間を減らしたくない。

「ううん。ハヤカワ。もう大丈夫。ここから先はあたし…が、その時その時に何とかしていく。問題が起きてから対応しても、何とかなる事だってあるはず。それに、未来から来たハヤカワだっているんだ。それに、そもそも…」
「甘いよ…」
「…甘い?」

 一呼吸おいて、ハヤカワは話す。

「まず、今話した事…まだ二つだけだ。しかもかなり大きな出来事だけをざっくりと。俺たちの身近な話で言うと、もっと具体的な、もっと細かい話が沢山ある。それにこの二つは、この先二十年の中でも『まだ半分も経っていない』んだよ」
「え…?」
「あとは…この先、俺の猶予表示が何をきっかけに0になるか、全く解らない。実は…何もしなくてもジワジワと減っていくのかも知れない。もちろん、それも何の確証もないけど」

「ハヤカワ…」
「とりあえず、時期を明言はしないけど、俺自身も苦しんだ、自分の中で一番ダメージを受けた話を三つ目にするよ…なるべく抽象的に、出来る限り」
「……」
「多分だけど、そのために戻ってきたんだからな」

47(ユカ)

 もうやめよう。

 うん。そうだ。もうやめよう。

 結局中途半端に未来を知っても、絶対に…具体的に知りたくなるし、中途半端なのが、恐怖でしかない。漠然とでも知りたくない。考えたくない。常に未来は明るいと思い込んでいたい。もちろん時々大変な事はあるんだろうけど…未来を知って回避をしよう、というのは、辛い。もしかしたら起きるかも知れない事に事前に対策をして、心構えや、準備をしておくのは良いんだ。それは安心をするための対策で、そして実際に備えだから。でも、これから絶対に起きる事を、ただ震えて待つだけなのは辛すぎる。

「ハヤカワ…もうやめよう。もういいよ…」
「何を言っているんだよ。上手く回避出来れば…」
「…怖い」
「怖い?」

 ハヤカワには上手く伝わっていないのが解る。そしてハヤカワの表情は困惑というよりも怒っているようにも見える。

「とりあえず、ざっくりで表現するから、聴いてくれ」
「イヤだ!」

 ハヤカワの顔が優しくなった。

「ごめん。ちょっと冷静じゃなかった」
「…お…すごい切り替え早いじゃない」
「こういうのは、強引に進めても良いことがないからな」
「さすが…中身は五十歳…大人だ…」

 もっと優しい表情になったハヤカワが、こう続ける。

「話を変えようか。そもそもユカはこの先の二十年、どうしたいんだ?」

 そう。そういう話の方がいい。

 あくまでも、明るい未来を描きたい。

 明るい未来。

 …。

 あれ?
 私は、どうしたいんだっけ?

 何で、こんな事をしているんだっけ?

 社長を辞めさせたくなくて、でもその動機の根っこは、自分がまだまだココで頑張りたくて、でも色々未来に悩んでいて…

 あれ?また、解らなくなってきた。

「ハヤカワさあ…」
「どうした?」
「なんか、どうしたらいいか解らなくなった…」
「そうか」
「……」

 ハヤカワが、腕を。腕時計をちらっと見て、その後ケータイを見て、また話をはじめた。

「ユカはさ、二十年後。五十歳の時にどうなっていたいんだ?」

48(ユカ)

 そう。それだ。

 あたしは、二十年後の理想のイメージがあったはずなんだ。それをもう一回、思いだそう。

「えっと」
「ユカ、多分こういうのって、会話…対話しながら、整理した方が良かったりするぞ」
「そうかも、自分で整理して話すのは苦手だし」
「よし、じゃあ質問していくから、それに答えてくれ」

 ちょっとハヤカワに話すのは、恥ずかしい気持ちがあったりもするけれど、逆に言えばハヤカワになら…それに中身が五十歳のハヤカワになら話しても良いかも知れない。

「うん。じゃあ話してみる」
「よしきた」
「私はね、お洋服屋さんで働くのが好きで、接客が好きで、そしてずっと働き続けていたいんだ。でも、今は何処だって良いって訳じゃ無くて、出来ればココで…ずっとは無理なんだろうけど、少しでも長くココでみんなと働いていたいんだ」
「うん」

 我ながら、ここまではハッキリ整理出来ている。

「で、さ、結婚は何となくだけどしたいし、子供は…欲しかったりそうじゃなかったり、日によって違うんだけど、残念ながら歳は取るじゃない?私もう三十歳になっちゃったし」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます!…って茶化さないでよ?とにかく、普通の販売員だったけど、どんどん役職も上がっちゃって、お客様やスタッフとも年齢の差も出てきた」
「そうだな。今や頼れるお姉さんになった」

 うん、なんか…整理しながら話せそうだ。

「だから、何処かで、何かのタイミングで今とは違う生活になる事は、ほぼ確実なんだと思っているわけ」
「まあ、そうだな」
「でも、少しでも今の仕事そのもの、出来れば将来も今の延長線上の仕事をしていたい」
「だから、ウチの会社の未来のピンチを何とかしたかった、だよな」

 そうそう。と頷きながら続ける。

「そう。だからハヤカワに、これから起きるピンチを聞きたかった。そして、それを回避が出来るならしたかった」
「うん」
「でもさ、色々なピンチを回避して…会社やブランドが維持されても、その時に私は必要とされているか不安なんだ。きっと」
「なるほど、例えば10年後のブランド会社のピンチを救っても、そのときのユカは四十歳。…多分、その頃には執行役員とか、もしかすると経営陣に入っているかもな。店長や販売員じゃなく」

 あれ、ハヤカワって、こんなに私の考え理解できるタイプだったっけ…?

「そうそう。結局私は、お洋服屋さんの販売員でありたいだけ、なんだよね。でも、もしも結婚していたら、もしも子どもがいたら?もしも、結婚せずに、とか。結婚しても子どもはいなかったら?」
「分岐ルートが多すぎる?」
「うーん、そんな感じ?何がベストなのか、全然わかんなくて」
「例えばさ…お子さんもいる、主婦のパート販売員さんとかもいるけど、そういうのは?」

 また、うーん、と唸りながら続ける。

「そういう選択肢もある…むしろそういうのが理想的なのかな、と思ったりもする。でもね、何か引っかかる部分がある」
「うん?あれか?お金の面?それとも店長じゃない事とか?権限とか?」
「それもゼロじゃない…んだけど、何処かで『ウチの会社…いやアパレル業界全体がずっとキラキラしていて欲しい』と思ってる…思っているんだけど」
「うん」
「何か、何か…を、残したい、という気持ちがあるのかも知れない…ちょっと違うか、繋げたい…の方が近いかも」
「なるほど」

 あ、解ってきた…気がする。

「ちょっと整理が出来てきた気がする」
「うんうん」
「私ね、娘…あの子のために明るいアパレルの未来を残したい。私達がキラキラしていた時代の事ををずっと娘と話していたい。いつもそう思ってるのよ」

「え?」


(次回、第6話、最終話はこちら)


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