労働Gメンは突然に season2:第5話「救出コードは61条」〈前編〉
登場人物
時野 龍牙 ときの りゅうが 23歳
新人の労働基準監督官。K労働局角宇乃労働基準監督署第一方面所属。監督官試験をトップの成績で合格。老若男女、誰とでも話すのが得意。
加平 蒼佑 かひら そうすけ 30歳
6年目の労働基準監督官。第一方面所属。時野の直属の先輩。あだ名は「冷徹王子」。同期の麗花にプロポーズするも返事を保留されている(season1・第6話)。
紙地 嵩史 かみじ たかふみ 43歳
20年目の労働基準監督官。第一方面主任。時野と加平の直属の上司。加平の過激な言動に心労が絶えない管理職。
高光 漣 たかみつ れん 45歳
22年目の労働基準監督官。安全衛生課長。おしゃべり好き。意外と常識人。美人の先輩を追いかけて監督官に。妻は関西出身。
夏沢 百萌 なつさわ ももえ 29歳
7年目の労働基準監督官。第三方面所属。人からの好意にも悪意にも疎い。加平が苦手だったが、ある事件(season1・第4話)をきっかけに気になる存在に?
伍堂 快人 ごどう かいと 25歳
新人の労働基準監督官。S労働局所属。時野の同期。「初めて会った気がしない!」という口説き文句が口癖で惚れっぽい性格。
上城 乃愛 かみしろ のあ 22歳
新人の労働基準監督官。I労働局所属。時野の同期。ミステリアスな雰囲気の美人で、同期のマドンナ。
山口 貴則 やまぐち たかのり 41歳
18年目の労働基準監督官。労働大学校の准教授。時野たち新人労働基準監督官の指導にあたる教官。
安西 葉月 あんざい はづき 17歳
高校2年生。通称『エイト』。ラーメン一期堂角宇乃店のアルバイト。恩人である店長がパワハラを受けていると知り、時野と加平の協力者となった。知人女性が行方不明になり時野に相談。

本編:第5話「救出コードは61条」〈前編〉
§1
8月の労働基準監督署の室温は高い。
節電のため、空調の温度が28度設定になっているからだ。
空調の風が当たりにくい窓の近くの席に座ると、日差しも相まって、空調が効いているとは言い難い温度の中で業務を行うことになる。
角宇乃労働基準監督署のナンバー3である紙地一主任の席もご多分に漏れず暑く、汗を拭きながら別の役所からかかってきたらしい電話に対応していた。
「なるほどですね。……それは確かにうちにも関係するところです。……ええ、ええ」
(どこからの電話だろう)
時野は気になって、紙地一主任の方をチラチラと見ていたのだが、先輩の加平は関心がなさそうに自席のパソコンに向かって作業をしている。
「……ええ、その際はどうぞよろしくお願いいたします」
(あっ、終わったみたい)
時野が紙地一主任の席に近づくより早く、追い越した人物がいた。
「ちょっと何? 今の電話! 警察からなんの連絡だったわけ?」
安全衛生課長の高光だ。
(警察?)
警察から連絡が入るというと発生した労働災害についての確認が多く、最初は安全衛生課に取り次がれたらしいのだが、内容が労働基準法絡みだったので、紙地一主任に電話が回ってきたのだと言う。
「それがですね、夜のお店で18歳未満の女の子が働いているという情報提供でした」
労働基準法第61条では、18歳未満の労働者の深夜業が禁止されている。
深夜業――つまり、夜10時から翌朝5時までの時間の労働のことだ。
「えっ! どこの店?」
「えーと、明多町にある『ラビエール』というお店だそうです。警察がマークしているらしい店で、内偵している中で18歳未満の子がいるとわかったみたいですね」
「内偵?!」
ミーハーな高光課長の目が輝いた。
「いーねいーね! 警察は何でしょっ引こうとしてるわけ?」
「いや、そこまではさすがに教えてくれませんでしたけどね」
紙地一主任が苦笑しながら答えている。
「まあ、合同で何か仕掛けるということになれば、うちからも相応の人数を出さないといけないでしょうけどね」
「警察とはそもそも数が違いますし、そんな無理しなくていいんじゃないですか」
人手を出すことになると自らにも火の粉がかかると警戒したのか、ここまで我関せずの様子だった加平が珍しく口を出した。
「普段からやりすぎ監督官のお前が、それ言うかー? この間だって、無理くりパワハラ案件に手を出したらしいじゃん」
高光課長が言っているのは、ラーメン一期堂の事案だ。
(エリアマネージャーからのパワハラで休憩時間の改ざんに手を染めざるを得なくなった店長を救うために、ちょっと……いや、かなり無理したもんな)
実は、ハラスメントについては、労働基準監督官に直接事業場を指導する権限はない。
労働基準監督官は労働基準法を中心とした法の定めに則って事業場を指導する権限はあるわけだが、実はハラスメントを直接禁止する法律はないからだ。
というのも、ハラスメントは判断がとても難しく、例えば「バカヤロウ!」と上司が言ったとしても、それが部下の人格を否定する発言であるケースもあれば、愛ある激励であるケースもあり、「バカヤロウと言ってはいけない」と一律に法律で取り締まるわけにはいかないからだ。
そのため、ハラスメントに関しては、労働基準監督署の上位機関である労働局にある雇用環境・均等室が、助言やあっせんといった制度を通じて解決を支援することになっている。
(だけど、盗聴……じゃなかった、音声録音までしてパワハラの証拠をつきつけて、加平さんは店長を助けたんだよな)
加平のやり方はどう考えても一般的とは言えないが、強引なやり方ながらも解決に導くそのスタイルには、皆が一目置いているとも言える。
(かく言う僕も、加平さんを尊敬しているけど……)
「無理くりって言えば、時野。お前、本当に例の人探しをする気か?」
「えっ! 人探し?? ちょっと時野くん、なによそれ!」
高光課長の目がさらにキラキラと輝いた。
(これ絶対、自分への矛先を僕に向けたよなあ)
加平のことを尊敬している時野だが、面倒なことを時野に向けがちなところは、納得がいかない。
「いや、ちょっとですね、この間の申告事案の協力者からの頼まれごとでして……」
店長がパワハラを受けている音声の録音に協力してくれた、高校生アルバイトの安西葉月――通称『エイト』から、行方不明の知人について相談を受けているのだ。
『俺の……大切な人が、行方不明なんです! どうか探し出してください! 他に頼れる大人がいなくて……お願いです……』
それまで、終始クールな様子のエイトが、泣きそうな表情で時野にすがってきたのだ。
親しくしている年上の女性と、一週間前から連絡がつかないのだと。
『それは、安西くんの彼女さんってこと?』
エイトは、その質問にこう答えた。
『いえ……恋人ではないです。ただ、間違いなく俺にとって大切な人です』
(身近な大人と言えば親御さんもいるのにわざわざ僕に相談してくるなんて、安西くんは訳アリな身の上なんだろう。労働基準監督官の業務とは無関係だと重々承知しているけど、何とかしてあげたい)
「パワハラならまだしも、人探しはどう転んだって、労働基準監督官の仕事じゃねえだろ」
(ぐっ! こんな時に限ってドストライクな正論言ってくるんだもんな、加平さんは)
「だ、だって……放っておけないじゃないですか」
「だからって、人探しに首を突っ込むのはどう考えても一線を越えてるだろ」
「そうだ、そうだー!」
そう同調したのは、高光課長でも、紙地一主任でも、もちろん加平でもない。
「え?」
「ん?」
振り向くと、そこに立っていたのは――。
「伍堂!?」
「オッス!」
「お前は悟空か! ていうか、伍堂お前いつからいたんだよ!」
実は伍堂は最近、頻繁に角宇乃労働基準監督署にやってきていた。
相談員達にもすっかり覚えられてしまい、同じ職員だと言うことで、顔パスで事務室内に入ってくる。
その目的と言えば――。
「あっ、夏沢さん! おつかれさまです!」
「ああ、伍堂くんか。また来たの?」
労働基準監督官試験の受験生だった際、先輩として対応してくれた夏沢に一目惚れしたと主張する伍堂は、頻繁に有休をとって角宇乃労働基準監督署にやってきては、夏沢を口説いているのだ。
そしてその度に、定宿のごとく時野の家に泊まっていくのである。
(早く有休を使い果たしてしまえ!)
時野は伍堂を睨みつけながら、心中で毒づいたのだった。
§2
「時野もお人よしだよな」
時刻は金曜の定時を過ぎた。角宇乃駅に近づくにつれて、行き交う人の姿がどんどん増えていく。
時野はこれから、駅前でエイトと会うことになっている。
「うるさいな。高校生が困っているんだ。警察では取り合ってくれなかったというし、それに――」
(複雑な身の上っていうところも、なんだか放っておけないんだよな)
「それに、なんだよ?」
「なんでもない! ていうか、伍堂、お前はもうS県に帰れよ。まだ電車間に合うだろ」
「何言ってんだよ、盟友の時野に会いに来たっていうのに。泊まるに決まってるだろ?」
「夏沢さんに会いたかっただけだろーがっ!」
「ハハハ」
伍堂は明るい顔で楽しそうに笑った。
「いや、ハハハじゃなくて!」
「夏沢さんに会いたかったのは否定しないけど、時野に聞いてほしい話があったんだよ。俺が子供の頃誘拐された事件の件でさ」
「え?」
時野は足を止めた。振り返ると、確かに伍堂はいつもより真剣な面持ちだ。
「実は、この間のビアガーデンがきっかけで、色々思い出してさ」
(確かに……。屋上の柵際まで行ったあの時の伍堂は、どっか別の時空を見ているようだったな)
伍堂から両肩を力強くつかまれた感覚がよみがえる。
その場にいた同期の上城乃愛と山口准教授も、不思議そうな視線を伍堂に向けていた。
「不思議なんだけどさ。労働基準監督官になってから、あの頃のことを時々思い出すようになったんだ。ほとんどは断片的な画像のような記憶だけど……」
(労働基準監督官になってから? 伍堂が誘拐されたのは、2歳の頃の出来事だ。それが、20年以上経った今になって思い出すということは、なにかきっかけが……)
「屋上の柵にギリギリまで近寄った時……急に、画像が動画になったんだ」
伍堂が、何かを持ち上げるような動きを時野に見せた。
「俺を抱きかかえた大人の男が、追いかけられて柵を乗り越えて……。子供の俺の視界はアクロバットみたいにぐるんぐるんとなって、男が立った建物の端から下が見えた時、あまりの高さに――」
さすがの伍堂もそこで言葉を詰まらせると、はあーと大きく息を吐いた。
「伍堂……」
「俺の高所恐怖症は、これが原因かな。時野、どう思う?」

(十中八九、そうだろう)
「僕は専門家じゃないからわからないけど、その可能性は高そうってことは言えるね」
伍堂は、腕を組んで空を見上げた。
「だよなー。誘拐事件が原因だとしたら、トラウマっぽい感じで発症したわけだよな。高所恐怖症、治したいんだけどなー」
(伍堂……やっぱり、高所恐怖症を克服したいのか。労働基準監督官としても、できる仕事に制限ができかねないしな。僕もできる限り協力したいけど、どうすれば――)
伍堂は、目を閉じて空を見上げたままだ。
「伍堂、その……あまり気に病むなよ。労働基準監督官の仕事は高所に上がることだけじゃないし……」
「そうしないと、乃愛ちゃんとの結婚式でゴンドラに乗って入場できないし」
「はあ?」
「いやだって、結婚式と言えばそうだろ?」
(ゴンドラで入場って、何十年前の流行りだよ!? しかも、さっきまで夏沢さんを口説いていたくせに、どの口が上城さんと結婚とか言ってんだ!)
満面の笑みの伍堂を見て、時野はつっ込む気力を失ったのだった。
§3
「えっと、時野さん、こちらの方は……」
正面に座るエイトが、ちらりと時野の隣を見た。
「初めまして、俺は時野の親友の伍堂といいます!」
ゲホゲホッと時野はむせるように咳き込んだ。
エイトと待ち合わせをしていた角宇乃駅前のカフェに、結局伍堂もついてきてしまったのだ。
「親友かどうかはおいといて……伍堂は僕の同期なんだ。身元は確かだから、詳しい事情を聞かせてくれるかな?」
「同期の方、ですか……」
一応納得したらしいエイトは、事の顛末を話し始めた。
「メイさんと俺は、一期堂の客とスタッフとして出会いました。何度か店で顔を合わせるうちに親しくなって、外で会うようになりました」
「えぇぇっ! 年上のお姉さんと? マジで上がるな」
(ったく、うるさいな、また余計なこと言って!)
時野は邪魔するなとばかりに隣の伍堂を睨みつけたが、伍堂は目を輝かせながら話の続きを待っている。
「いや、違うんです! メイさんとは彼氏彼女とかじゃなくて……。いつも食事をご馳走してくれました。男子高校生がガツガツ食べてるのを見るのが楽しいって……」
「ええー、でもさ、メシだけだったとしても、そんな何回も会ってたら、安西くんだって好きになっちゃわない?」
「……」
エイトがうつむいたのを見て、時野は伍堂の腕をつかんだ。
「やめろ、伍堂。そういうのは、今はいいだろ。というか、お前はとりあえず話を聞け。ステイ!」
「わかったよ」
ようやく伍堂が黙ったので、エイトが説明を続けた。
「一週間前のことです。俺はメイさんの自宅に行きました。2人で食事をしていると、男が部屋に入ってきたんです。メイさんは怒って男を追い出しましたが……」
「男?」
「はい。メイさんよりも随分年上の男です。俺は気になって……翌日メッセージを送りました。でも、今日になっても既読はつきません。何度か電話もかけましたけど、ずっと電源が入っていない状態で……」
「自宅には行ってみたの?」
「何度か行きました。ただ、メイさんのマンションはオートロックだから……インターホンを押してもただ応答がないだけで。それ以上の様子を窺うことはできませんでした」
オートロックのマンションの場合、建物全体の入り口を住人に解除してもらわなければ中に入ることはできない。
「それって行方不明とは限らないんじゃないか? 言いにくいけど、安西くんと連絡をとりたくないだけとも考えられるよな?」
伍堂が珍しくまともな指摘をした。
「確かに、可能性という意味ではそれもあり得ます。実際、警察の人はそう言って相手にしてくれませんでした」
エイトは角宇乃警察署にも相談したらしい。しかし、知人という立場では捜索願を出せなかったのだと言う。
それどころか、行方不明ということ自体、信ぴょう性がないと判断されたようだ。
「でも、俺は……メイさんが、何の理由もなく突然連絡を絶つとは思えない。それに、メイさんの部屋に来たあの男……。勘でしかないけど、あの男がメイさんの失踪に関わっているんじゃないかって」
エイトは膝に置いた手を握りしめている。
「なるほど! きっとその男はメイさんの情夫で、安西くんに嫉妬した男はメイさんからスマホを取り上げたんだ!」
「伍堂、高校生に情夫とか言うなっ」
(ただ、伍堂の推測も可能性としては一理ある)
「安西くん、自宅以外にメイさんが立ち寄りそうな場所に、何か心当たりないかな?」
「えっと……そうだ、店! メイさんが働いている店なら、多分わかると思います」
以前、食事をして別れた後、メイがその店に入っていくのを見たことがあるのだと言う。
「よしっ! じゃあ見に行ってみよーぜ!」
3人は、エイトの案内で、角宇乃市の飲み屋街である明多町に向かった。
「確か、あの店です」
エイトが指さした先にあるのは、周囲とは一線を画し、洗練された雰囲気の黒い建物だった。
流麗な筆記体で綴られた『La Vieille』というネオンサインがさりげなく輝いている。
K労働局職員御用達のスナック『あぷりこっと』も上品な雰囲気の外観であるが、敷居は決して高そうではないのに対し、こちらの店は相当な高級店と見受けられる。
(客として入るには手持ちが心もとない。どうしたものか)
その時、エイトがあっと声を上げた。
「時野さん、アイツです!」
「えっ?」
振り返ると、エイトは店の前に立つ男を指さしていた。
長めの髪をオールバックにしたその男の様子は――。
(どう見ても、その筋の人じゃん!)
ー第5話〈中編〉に続くー
▶次の話を読む
前の話を読む◀
全話一覧(マガジン)


Webサイト版
公式サイトでも本作を公開しています📖
(※内容はnote掲載版と同一です)
労働Gメンのマンガ・コラム・講座情報なども掲載しています。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートは活動費として使わせていただきます