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労働Gメンは突然に season2:第4話「休憩時間は誰のもの」〈後編〉

登場人物

時野 龍牙 ときの りゅうが 23歳
新人の労働基準監督官。K労働局・角宇乃かくうの労働基準監督署・第一方面所属。監督官試験をトップの成績で合格。老若男女、誰とでも話すのが得意。

加平 蒼佑 かひら そうすけ 30歳
6年目の労働基準監督官。第一方面所属。時野の直属の先輩。あだ名は「冷徹王子」。同期の麗花にプロポーズするも返事を保留されている(season1・第6話)。

中村 大晴 なかむら たいせい 25歳
ラーメン一期堂いちごどう角宇乃店の店長。休憩時間の改ざんという"悪事"に手を染めていたが、労働基準監督署に調査に入られ万事休すに。

安西 葉月 あんざい はづき 17歳
高校二年生。ラーメン一期堂角宇乃店のアルバイト。バイト仲間の脇本翼と共に、賃金の支払いが少ないことに気がつくが……。

労働基準監督官のお仕事小説。労働ジーメンは突然に。season1を読む
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本編:第4話「休憩時間は誰のもの」〈後編〉

§1

 時は少し遡り――。

「お待たせしました、『一期堂ラーメン』の大が2つですね。麺固め・ニンニクなし・海苔増し・ほうれん草増しの方は?」

 大晴が注文のラーメンを配膳したのは、サラリーマン風の男性2人組の席だ。

 目つきが鋭い男と、大学生風の若い男のうち、大学生風の方が手を上げた。

「はいはーい、僕です!」

 2人の前にラーメンを配膳し、机の端に伝票を置いて厨房に戻ろうとした大晴を、大学生風の男が呼び止めた。

「すみません、『お客様アンケート』を書こうと思ったんですけど、書くものがないみたいで。ボールペンとかありますか?」

 一期堂では各卓に『お客様アンケート』の用紙が置いてあり、商品の味や接客態度、店内の清潔感などの質問事項に、客が無記名で回答する。

(おかしいな。ボールペンも用紙と一緒に置いてあるはずなのに)

「すみませんでした! これ、使ってください」

 大晴は尻ポケットから自分のボールペンを出すと、大学生風の男に渡した。

「ありがとうございます」

 大学生風の男はニッコリとしながらボールペンを受け取った。その様子を、目つきの鋭い男がじっと見ていた――。

「お前、ラーメンの注文がうざいな」

 一期堂ラーメンをすすりながら、加平が言った。

「だって、麺は固めが一期堂ラーメンには合うし、トッピングの海苔もほうれん草もスープに絡めて食べるとおいしくてー」

「わかったよ」

 加平が珍しく苦笑した。

「第一段階クリアですね。このままうまくいくといいんですけど……」

 時野が厨房の方を見ると、中村店長がバックヤードに引き上げていくのが見えた。

「芯の強そうなヤツだったから、やってのけるだろ」

 加平は食べながら言った。

 男子高校生2人組が相談に来た翌日。加平の指示で、安西を呼び出した。

 放課後、角宇乃署にやってきた安西から改めて詳しく話を聞くと、加平は安西にペンを渡した。

『盗聴器だ。店長に渡せるか?』

『!』

(とっ、盗聴器って! もうちょっと別の表現できないかなあ。『録音機能つきペン』とか! いやいや、そもそもどこで手に入れたんですか、加平さん!)

 重厚な黒色のペンは、よく見ると通常のペンよりも若干直径が太いようだ。

 もちろんペン先もあるので、普通に筆記具として使用することもできる。

『……やってみます』

『よし。ミーティングの前に店長に渡せ。ミーティングが終わったら回収して、監督署にもってこい。いいな?』

 安西は、緊張した面持ちで頷いた。

 そして、中村店長はいつもマイペンを持ち歩いていると安西から聞いた時野と加平は、事前にマイペンを取り上げるため、今、一期堂でラーメンを食べているのである。

(高校生を巻き込むのは気が引けたけど、頼める人は安西くんしかいない)

 ラーメンを食べ終わってもしばらく居座っていると、一期堂のユニフォームに着替えた安西が、時野たちのテーブルにやってきた。

「お済みの食器をお下げしてもよろしいですか?」

「はい」

 時野が答えると、安西は身体をテーブルに近づけた。

「うまく渡せたと思います」

 小声で言った安西に、加平が黙って頷いた。

(よしっ。第二関門クリア! 後は、うまく録れてくれれば……)

§2

「じゃあ、今月のミーティングはじめよっか、中村くん」

「は、はい!」

 大晴は、印刷したデータの何カ所かに安西のペンで印をつけると、エリアマネージャーの和田に渡した。

「前月の売り上げなんですが、490万円となっています。営業利益は98万円となっていまして、2万円の未達です。申し訳ありません……」

 和田は、大きくため息をついた。

「どうして、未達になったのかな?」

「あの、それは……」

 額から汗が流れてきた。体の中心から、ドッキンドッキンという大きな拍動も感じる。

 バン! と和田が机を叩いた。大晴の肩がびくんと震える。

「大晴、お前さあ……店長としてカド番・・・なんだぞ。わかってんのか?」

「は……はい……」

「あれは? 休憩時間の入力するやつ。してないのかよ?」

「しました。何時間か、しましたが……それでも……」

「何時間か?」

 和田が突然立ち上がった。学生時代はアメフトの選手として活躍したという和田は、体格が大きい。見上げると、巨人のように見えた。

 和田は椅子を引っ張って大晴の椅子の横に置くと、隣にドカッと腰をかけ、大晴の肩に腕をかけた。

「何時間か、じゃねぇだろ? 未達なら、改ざんできるところは全部やれよ!」

「でも、ただでさえスタッフの人数を減らして負担をかけているのに……」

 通常は、忙しい時間帯は6人でシフトを組んでいるが、和田に言われて5人に減らしていた。

「は? バイトには相場より高い時給を払っているんだ。それぐらいどうってことないだろ? てゆーかお前、そんな甘くて店長の覚悟あんのかよ?」

 売り上げや営業利益が上がらないのは、店長である自分の責任だ。上司の和田からのアドバイスも指示も、従うしかない。

(だけど……)

「このまま落ちて行って、本社が角宇乃店を切る判断をしたら、どうなる? バイトは解雇だぞ? お前だって、店長を下ろされる。休憩がどうのこうの言ってる場合じゃねえんだよ!」

 和田が、大晴の首に腕を絡めて力を込めた。

(うっ)

 呻く声すら出ない。

 すると、急に和田の腕が緩んだ。

「げほっ!」

 大晴は、むせるように咳をした。吐く息と引き換えに入ってくる新鮮な空気を、貪るように吸い込む。

「大晴」

 和田は、大晴の両肩に手を置いた。

「俺はな、いずれはお前をエリアマネージャーにしたいと思ってんだよ」

 大晴の両肩が、バンと叩かれた。

「社長も老いぼれてきた。新保さんが社長に上がるのも時間の問題だ。そうしたら、俺が副社長だ。わかるか? 俺がエリアマネージャーの人事を決められるんだよ」

 大晴が初めてアルバイトで入った店舗で、和田は店長をしていた。

 すぐに和田はエリアマネージャーに昇格したが、大晴は社員になってからも常に和田が統括するエリアの店舗で勤務してきた。

(和田さんには目をかけてもらってきた。お世話になっているのは事実だ。俺を店長に推薦してくれたのも……)

「だけど、俺のエリアの成績が悪ければ、他のエリアマネージャーが追い抜いて副社長に上がるかもしれない。そうなれば、お前が上がる目はない。一生、店長として働き倒して終わりだ」

(だけど、これ以上は……)

「なにをすべきか、わかるよな?」

(断れ。断るんだ)

 大晴が顔を上げて発言しようとした時、また首に腕を絡められた。

「大晴、返事は?」

「……わかりました」

 和田は大晴から離れると、椅子を元の場所に戻した。

「来月も目標以下なら、もう中村店長・・じゃなくなるからな」

 和田はそう言い捨てると、バックヤードを出て行った。

「店長、お客さんが返しておいてくれって」

 そう言って安西が渡してきたのは、大学生風のサラリーマンに貸したボールペンだ。

「ああ……」

 和田が帰ってから、どれぐらい時間が経過したのだろう。

 安西がバックヤードに入ってきて声をかけてくるまで、大晴は座り込んだまま放心していた。

「そうだ、安西くんにもペンを返さないとね。ありがとう、助かったよ」

 大晴は、ペンを安西に差し出したが――安西はペンを見つめたまま、受け取ろうとしない。

「安西くん?」

「俺、信じてます。店長のこと」

「え?」

 安西は大晴の手からペンを取ると、バックヤードを出て行った。

§3

『……来月も目標以下なら、もう中村店長じゃなくなるからな……』

「この声は……」

 そのあと、ザザザ……と音がしたところで、時野が音声の再生を停止した。

「中村さんは、休憩時間の改ざんを指示されて、実行した。その結果休憩が取れなかった時間分が、賃金不払となった」

 加平の視線の先には――。

「指示したのは、あなたですね? 和田さん」

「!」

「和田……お前……!」

 副社長の新保は、険しい表情で和田を見つめている。

「違います、新保さん! これは何かの間違いですよ」

「間違い? 和田さん、あなたの声でしたが」

「これは……俺の声じゃない!」

 先ほどまでの精悍な顔つきとは打って変わって、和田の顔は引きつっていた。

「和田さんの声じゃない? そうですか。じゃあもう一度聞いてみましょう。時野、再生!」

「はい」

 時野が、タン、とENTERキーを押下すると、再び音声が流れた。

『……何時間か、じゃねぇだろ? 未達なら、改ざんできるところは全部やれよ!……』

 流したのは、和田の言葉だけをあらかじめ編集して切り取った音声データだ。

「これ、和田さんですよね?」

「いや……」

「時野、次!」

『……は? バイトには相場より高い時給を払っているんだ。それぐらいどうってことないだろ? てゆーかお前、そんな甘くて店長の覚悟あんのかよ?……』

「和田さんの声にしか聞こえませんが?」

「それは……」

「次!」

『このまま落ちて行って、本社が角宇乃店を切る判断をしたら、どうなる? バイトは解雇だぞ? お前だって、店長を下ろされる。休憩がどうのこうの言ってる場合じゃねえんだよ!』

 和田の引きつった表情が、みるみる青ざめていく。

「あ……」

「次!」

『……社長も老いぼれてきた。新保さんが社長に上がるのも時間の問題だ。そうしたら、俺が副社長だ。わかるか? 俺がエリアマネージャーの人事を決められるんだよ……』

「次!」

『……だけど、俺のエリアの成績が悪ければ、他のエリアマネージャーが追い抜いて副社長に上がるかもしれない。そうなれば、お前が上がる目はない。一生、店長として働き倒して終わりだ……なにをすべきか、わかるよな?……』

「どうです?」

「……」

 和田は、唇を震わせている。

 加平は是正勧告書を取り出すと、立ち上がって和田に近づいた。

「まだ、しらばっくれるつもりか?」

 加平は、是正勧告書を和田の身体に押し付けた。

「あんたの自分勝手な野心のために、店長もバイトも、みんなが苦しんでんだよ!」

 和田は、引きつったままの顔で、加平を見上げた。

「次は俺が副社長だ? ふざけんのもいい加減にしろ! 法律も従業員も守れないあんたが、そもそも一期堂に必要な人間なのか、一から考え直すんだな!」

 加平が、是正勧告書をぐいっと強く押すと、押し付けられている和田の身体がぐらりと揺れた。

(冷徹王子、炸裂……!)

 副社長の新保が和田を抱えるようにして、会議室を出て行った。

 大晴も会釈をして出て行こうとしたところを、加平が引き留めた。

「時野、再生」

「はい!」

『……俺、信じてます。店長のこと……』

(これは、確か……)

「協力してくれたのは、安西くんです」

「えっ?」

 加平が目配せすると、時野が内ポケットから黒いペンを取り出して見せた。

「あっ! それ……」

「これ、安西くんに渡されましたよね? 実は、盗ちょ……じゃなくて、録音機能付きのペンなんです」

(それで、あの時の会話が録音されてたのか……)

 再生された音声の衝撃で、誰がどうやって録音したものなのかまで、大晴は考えが及んでいなかった。

「安西くんは、あなたが和田マネージャーからパワハラを受けているところを、目撃したことがあるそうなんです」

 大晴が半年前に店長になってから、和田からの身体的・精神的なハラスメントは始まり、それは徐々にエスカレートしていった。

 だが、和田からの指導が厳しいのは、店長としての自分が未熟なせいだと考えると、誰にも相談などできず、ただただ耐えるしかなかった。

「中村さんが安西くんの採用面接をしたそうですね。採用面接に連敗していたところを中村さんがとってくれて、接客が初めての安西くんに熱心に指導してくれたと言ってましたよ。だから、中村さんをパワハラから救ってほしいと、協力を申し出てくれました」

 時野は、微笑みながら大晴に説明した。

「中村さん」

 加平に呼ばれて、大晴は加平を見た。

「あんたはパワハラの被害者だ。だからって、休憩時間を改ざんした行為が許されるわけじゃない。それをよく考えて、反省するんだな」

「はい……申し訳ありませんでした……」

 さっきとは違う意味で、大晴の頬にしずくが流れた。

 1か月後――株式会社一期堂から是正報告書が提出された。

 新保副社長の指導の下、スタッフからの聴取調査や労働時間の記録の精査を行って、未払の時間に対する賃金は全額支払われた。

 休憩をきちんととれるよう、人員配置やシフトの改善、売り上げ目標の再設定などの取り組みも行われた。

 エリアマネージャーの和田は降格処分となったが、店長の中村大晴については訓告処分の後、引き続き角宇乃店の店長を務めることになったようだ。

「よかったですね! 賃金不払もパワハラも解決して」

 加平は答えずに、一期堂の書類一式を渡してきた。

「完結入力、やっとけ。完結決裁の起案もな」

 是正報告書が提出されて法律違反の是正が確認されると、基準システムの監督履歴に是正年月日の入力をしなければならない。

 事案を完結していいか、署長まで決裁をとる必要もある。

 つまり、それらの事務処理をやれ、という意味なのである。

「えええー……はい」

(加平さん、事務処理嫌いだよなあー)

 監督手法などは『俺の背中を見て覚えろ』という感じで細かい説明はないのに、事務処理については積極的に教えてきて、時野が覚えた事務処理はどんどん渡してくるのだ。

(時に過激すぎるものの……加平さんといると勉強になることも多いし、事務処理ぐらいは『はいよろこんで』だけどさ。人も物事も好き嫌いがはっきりしすぎなんだよなー)

 時野がじいっと加平を見ると、加平は不快そうに眉を上げた。

「やりたくねぇのかよ。もういい、貸せ!」

「そういう意味じゃないです!」

 加平が書類を取ろうとしたので、時野がひょいと持ち上げた。

「か・せ!」

「だから僕がやりますってば!」

「もういいから貸せ! ……あれ? アイツ……」

 加平の鋭い視線が事務室の入り口の方を向いていた。

「なんですか? その手には乗らないですよ! ……って、ん?」

 時野も思わず振り返ると、そこにいたのは――。

「安西くん?」

 時野は、事務室の入り口に立っている制服姿の安西葉月に駆け寄った。

(未払賃金は払われたはずだし、中村さんも店長に復帰できたし、一期堂の案件は万事解決したはずだけど)

「どうしたの?」

 安西葉月は深刻そうな顔でこう言った。

「時野さん、助けてください! 他に頼れる大人がいなくて……お願いです……」

「え? え? どうしたの? また一期堂で何かあったの?」

 安西葉月は首を振ると、時野の腕をつかんだ。

「俺の……大切な人が、行方不明なんです! どうか探し出してください!」

(えっ! 行方不明人の捜索? ここは労働基準監督署なんですけどー!!)

ー第5話に続くー


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