【#創作大賞2025】平成の暗黒時代を生き抜いたソルジャーへ ~第三章~
第3章:報われた努力、そして歪み始めた社長の心
段々と経験を積むうちにストレスは小さくなり、黙々と営業する日々が始まった。私の心は塵となり、この時既に無くなっていた。なぜ転職せずに頑張ることができたのか。それは、社長の人柄だった。入社時から熱い魂を持った人柄であった。常に周りに目を配り、悩んでいるスタッフに声をかけて回る。自分の仕事も抱えているにも関わらず。
「売上なんか後から付いてくるから、とにかくお客様のことだけ考えて動きなさい」
社長は、ずっと私を励まし続けてくれたのだ。
そして1年が過ぎた頃には2店舗目がオープンしていた。店長を打診されたが、工場の時の昇進がトラウマになっていた私は断った。顎先で部品を拾わせ、その部品を拾う姿をゴミを見る目で嘲笑う部下たちに恐怖していたからだ。二度と部下は持つまいと。私はそう心に誓っていた。営業プレイヤーとしては成果が出ていた。またあの地獄に戻る必要などない。そう言って出世から逃げ出したのだ。
そして更なる転機がやって来た。1店舗目と2店舗目を閉めて、地域最大級の大型店舗に移転することになったのだ。斬新だった。不動産会社といえば、商談スペースは狭く、お客様が子供を連れていくことなど叶わない。余程の大手でなければ。
新たな店舗は子供のキッズスペースに大型の滑り台が完備されている。商談テーブルは4席、契約室2室、トイレは男女別で多目的トイレまで完備。リフォームのショールームも兼ね備えている。2階にはスタッフの事務所と社長室と休憩室。もちろん2階にもトイレ完備。こんな輝かしい不動産会社に惹かれ応募者が殺到。新人も増え、面接にも参加することになり、人事としての役割も果たすようになった。
配属された新人は私がまとめて入社時の教育を施す。3ヶ月後には新人はメキメキと育つ。教育者としても活躍するようになった私だ。遂にあの輝かしい求人が現実となった。
ある日社長は言った。
「そろそろいいだろう。さすがにもう断らせないよ」
そう言って、係長の打診をされた。私は、
「私の組織は全て私の独断でやらせて欲しい。それがダメならやらない」
と返したところ、社長はOKを出してくれた。
そして私は係長を拝命し、部下を育て、私の組織は驚異的な売上を上げるようになった。元々、教育や指導は向いていた。工場時代の顎で部品を拾わされるのに比べれば、素直で可愛い部下たちだった。チームビルディングも成功し、私の組織は自動化された。つまり、私が居なくても勝手に売上が上がるようになったのだ。
遂に、人間らしい生活を手に入れた。
定時で退社し家族との時間を過ごす。
こんな当たり前のことが当時は出来なかった。
久しぶりに妻と子供の顔をハッキリと見た気がする。毎日、私を支えてくれた少ない味方だ。
妻と子が居なければ、私はとっくにこの世に別れを告げ、神に別世界に転生され、チート能力で無双している頃だろう。
そしてある日、社長から呼び出される。
「来月から内勤な。新部署作るぞ」
と辞令が出た。
マーケティング課室長の座を渡され(丸投げ)た。
マーケティングが何かもわからぬ社長から横文字のハイセンスな職を拝命した。
私一人だけの部署なのに「室長」という肩書き。
課なのか室なのかハッキリしろよバッキャロー。
多重人格かと疑う程の闇を抱えた私の中の服部平次が目を覚ます。せやかて工藤(社長)と。
ちなみに課の目標は店舗集客数を倍にすること。
そして集客コストを7割にすること。
要するに純収益を改善しろとの命令だ。
何を言っているんだ、お前は。○すぞ。
おっと。またしても心の中のジョンが喋り出す。
そもそもコストと集客数は比例関係にある。
比例を反比例にしろというミッション。
立体機動装置無しで巨人に立ち向かえと言わんばかりの無理難題。リヴァイ兵長ですらこの死線は乗り越え難い。もう捧げる心臓は残っていない。
肺なら2つある。1つならまだ捧げようか。
この頃から優しかった社長は壊れ始めていた。
だがしかし、実は私は想定していた。私は組織の自動化が成功した後、その空いた時間を使って集客改善に既に着手していたのだ。(営業力だけで稼ぐには限界があると感じていた)
その際に集客の勉強をしながらWebマーケティングを実践していたため、その姿を見た社長は、
「アイツ、もう営業抜けていいんじゃね?よし、なんか横文字ハイセンスなカッチョいい部署を作らせよう」
と考えたのだろう。優秀な経営者(○したいという気持ちを育む天才)だ。
実際に2ヶ月で目標を達成した。この頃の私は無双していた。売上も跳ね上がり、集客の自動化も完結したため、次は営業マンの教育に力を入れるように指示された。新人が入ると座学、OJT、メンタルヘルスと人を育てる全てのプロセスを背負わされた。
そして、社長の採用ミスの尻拭いが1番キツかった。少なからず、どんな教育を施しても伸びない新人はいるものだ。かといって会社から辞めさせる訳にもいかない。この頃既に平成、令和の境目。
時代は変わっているのだ。私は全身全霊のパワハラで望むしか無かった。まるで自己退職を促すよう。
「死ぬか、変わるかどちらか選べ」
そう伝えているかのように、私は新人の彼が変わってくれることを祈った。
彼は社長に直訴した。
もうあの人の指導の元ではやっていけないと。
社長から呼び出される。
「もっと上手くやれよ」
お前がな。
それでも着実に成果を上げていた。
私はもう、どんな屈強な状況にも動じない。
メンタルがすり減る、やられる、壊れる、
という表現は私には当てはまらない。
だってすり減りすぎて無くなっている。
減るもんじゃない、という言葉はこういう時にこそ使うのだよ。ワトソンくん。
言い忘れていたが、営業プレイヤーの時代より給料は下がっていた。歩合がない。まあ、工場の時代に比べればマシなものだった。ちなみに年収で400万円。
ずっと好調だった私だったが、ある日事件が起きた。
歪んだ信念と、私の決断
無知な新人が、刑法に触れる可能性のある契約をしようとしていたのだ。お客様に多大な損害が出る可能性が高い契約だ。
私はすぐに社長に報告した。
「この契約は進めるべきではない」
すかさず社長は、
「これは俺たちにマイナスなさそうだから、いっていいよ、客なんて知らねぇ」
何言ってんだ犯罪者予備軍が。○すぞ。
ジョン、黙りなさい。
そう、収益が高くなるにつれて、社長は変わってしまったのだ。もうそれは禍々しいモンスターと化しており、金を拝む拝金主義の獣となっていた。バイオハザード顔負けだ。
私は、社長のゴミマインドがスタッフに浸透しないよう、全力を尽くしていた。しかしこの事件以降、私は自分の子供に胸を張って仕事の話ができなくなると思い、退職の意志を伝えた。(給料を上げるという話が出たがそういう問題ではない)
小さい夢だが、将来子供が就職した時、酒を酌み交わしながら仕事のことを語りたいと思っている。
父さんはこんな仕事をしているんだよ、と。
「父さんは情弱を騙して金をむしり取る仕事をしているんだよ」
吐き気がする。反吐が出る。
私は、お世話になった不動産界隈の取引先に挨拶回りをしたところ、無数のオファーをいただき、結果、面接なしで転職に成功した。いわゆるヘッドハンティングだ。私はこの会社に在籍中、いくつもの企業からオファーがあった。挨拶回りはそれを狡猾に狙っていたのである。
その後、私がいた不動産会社は悪い口コミが広がり、スタッフの定着率もガタガタになり、一気に傾いて赤字化したそうだ。(潰れてはいないが自転車操業と聞いた)なんて清々しいことだろう。
そして私は、新たな転職先へと旅立のである。
▼第四章(完結)▼
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