林浩治「在日朝鮮人作家列伝」09 李良枝(イ・ヤンジ)(その7)
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李良枝──言語以前の言語を求めて疾走した在日二世女性作家(その7)
7.ナビ・タリョン
1981年の5月、李良枝は全州の国楽大会で中上健次と出会っている。その一週間後6月の始めにソウルで再会する。
李良枝の伽倻琴の師匠朴貴姫はソウルで雲堂旅館という、そのころ小綺麗で安く泊まれることで知られた旅館を経営していて、その離れに住んでいた。中上健次は半年前からソウルに滞在して執筆中だったが、少し前に雲堂旅館に移っていた。
その旅館の一室で、舞踊家の金利恵と伽倻琴奏者の康由利、小説家の中上健次と講談社の編集者であった辻章に李良枝をまじえて酒を飲んで歓談した。
良枝は饒舌だった。中上にオッパ(妹から見た場合の兄に対する呼称)そっくりと言って身の上話を続けた。すると中上健次は「おまえな、今しゃべったこと、それを書きなよ」と言った。中上は辻章に「読んでやってくれ」と頼んだ。
この年ソウルの下宿で書いたのが「ナビ・タリョン」だった。
一時東京に戻って辻章に8回書き直させられ、翌1982年『群像』11月号に掲載された。この年下半期の芥川賞候補に上がった。
安岡章太郎の選評は「言うべきものを持った作品であるが、家族関係など煩瑣なところにとらわれ過ぎて、主題がボケてしまったのは惜しまれる。」と期待を秘めた好意的なものだった。

『ナビ・タリョン』は、自身を模した愛子という少女を主人公にした私小説だった。
家出少女の愛子が新宿に帰ってくる場から始まる。新宿には兄の哲ちゃんが営むジャズスナックがある。愛子は大柄の哲ちゃんになついている。哲ちゃんも家出した妹を捜し回っていた。愛子には他に下の兄和夫と妹の道子がいる。和夫は寝たきりになっていく。両親は離婚訴訟でもめている。
愛子は、家からも逃げ、家出先の京都からも逃げてきた。
京都では旅館の下働きをしていた。お千加というおたふく顔の洗い場専門の同僚がいて、皆にバカにされている。
「お千加のアホ、あいつチョーセンとちがうか」などと悪口を言われると、愛子はびくっとする。愛子は帰化朝鮮人なのだが隠していた。
2年働いて辞めると言いだしたとき、愛子は若奥さんたちに、「チョーセンはもともと恩知らず、恥知らず、ほんま、言葉も出えへんわ」と言われて、隠していたことが知られていたのだと知った。
新宿に戻った愛子は酒に身を崩し、また20歳年上の妻子ある松本先生との関係に溺れていた。
両親の離婚訴訟、京都の旅館での下働き生活、植物人間になった次兄、崩壊していく家族、松本との性関係などが重層的に描かれていく。
「日本」にも「ウリナラ」にも怯え、オンナとして松本に従属する心地よさに怯えた。
哲ちゃんが駅のトイレで急死した。寝たきりだった和夫兄もクモ膜下出血で死んだ。10年続いた両親の裁判は終わり離婚が成立した。
愛子は名前の韓国語読みである「エジャ」を自称し、伽倻琴や韓国舞踊に熱中していき、執着する松本を振り切って韓国に留学する。
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◆参考文献
*本文の著作権は、著者(林浩治さん)に、版権はけいこう舎にあります。
◆著者プロフィール
林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
最新の著書『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)が、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
ほかに『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)
そのほか、論文多数。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!
