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映画感想 帝都物語

 加藤保憲は今もう一度甦るべき。

 今回は時代を30年ほど早めましょう。1988(昭和63)年1月公開映画『帝都物語』。監督は特撮映画の巨匠・実相寺昭雄。初期シリーズの『ウルトラマン』を制作し、円谷英二とともにイメージを確定した作家として知られる。
 原作は荒俣宏が1985年に発表したデビュー小説。1987年に第8回日本SF大賞を受賞。その後、様々なメディア展開していくが、本作はその出発点となった作品。帝都物語は本編シリーズ12冊、外伝が1冊出版。シリーズ累計500万部という絶大な人気を誇る。
 劇場版『帝都物語』の制作には日本では初となるハイビジョンVFXが採用される。ソニーの全面協力のもとでの制作だったが、制作手法があまりにも複雑だったために、簡単な撮影にも数日かかったし、ケガ人も続出したとされる。
 制作には有名なクリエイターが多数参加した。背景画制作にはマットペインティングの重鎮・島倉二千六。絵コンテには当時23歳の新人、樋口真嗣。コンセプチュアル・デザイナーにはH.R.ギーガーとなっているが、実際には終盤に出てくるクリーチャーデザインを1体提供しただけ。後にギーガーは実際の映画を見て「クリーチャーの出来が酷い」と評していた(確かにあれは酷い)。撮影に中堀正夫、視覚効果に中野稔が参加し、『ウルトラマン』の座組が多く参加している。声優も多数参加しており、飯島昭三、山田栄子、千葉繁、立木文彦、龍田直樹、西村智博、大塚芳忠、吉田信幸、中村大樹、松本保典とある。今も現役の声優が多数。40年前の作品だが、大昔というわけではないのだ。
 制作費は当時としての破格だった18億円。配給収入10億5000万円。当時の年間邦画興行収入8位だった。ということは興行収入は21億前後といったところだろう。これで黒字になったのだろうか……?

 では前半のあらすじを見て行きましょう。


 帝都東京。アジアでも最大の勢力を誇る都市であるが、その地は1000年前、関東に独立国を築かんとして望み果たせず、謀反人として討伐された平将門が眠る、日本最大の霊場でもあった。その将門を「怨霊」として目覚めさせ、帝都を破壊せんと目論むものがいた。その者の名を加藤保憲といった。
 明治45年の東京。神田では賑やかなお祭りが催されていた。厄災が訪れる様子は気配としても感じなかった。そのお祭りに、鳴滝純一、辰宮洋一郎とその妹の由佳里、それから幸田露伴と軍医の森鴎外も訪れていた。一同はしばし平和な一時を楽しんでいたが……。
 突如、式神が現れる!
「加藤が来るぞ!」
 陰陽寮はすぐにその存在を察知し、大騒ぎになった。広間に陰陽師たちが集結し、陰陽頭・平井保昌の指揮のもと、祈祷が始まる。
 辰宮洋一郎と由佳里、鳴滝、幸田露伴も陰陽寮に避難してくる。加藤の式神が陰陽寮を襲撃する。陰陽師たちも次々に式神を放つが、また一人、また一人と倒れていく。
 ついに加藤保憲が現れた!
「お前に代わってこの俺が、その血に流れる怨念を晴らしてやる」
 加藤保憲はこう言い放ち、由佳里を連れ去っていった。
 加藤保憲は隠れ家にこもり、由佳里を依童に忌まわしい秘術をはじめる。
「霊よ……。古代の霊よ。我は汝の血を引く最も優れた者を依童として選んだ。汝は将門か。世に怨霊と呼ばれる地霊なのか。偉大なる将門の霊よ。出でよ!」
 由佳里の体に将門が宿る。怨霊が目覚め始めたのだ。
 だがそこに、式神が現れる。陰陽師たちの放った式神が、加藤保憲のいる隠れ家を特定したのだ。
 すでに由佳里には術を仕掛けた……加藤保憲は由佳里を打ち捨てて、その場を脱出する。間もなく由佳里は救出されるが、その身に怨霊を宿したままだった……。


 ここまでで前半20分。目まぐるしい展開だ。

 『帝都物語』の面白いところは、実在人物が多く登場し、歴史的事件も描かれていくところ。あの歴史事件の背景には、実は加藤保憲との戦いがあったんだ……という内容になっている。
 作中に出てくる実在人物を見ていこう。

 渋沢栄一。1840(天保11)年~1931年。農家の出身だったが、様々な事業を興し、明治期最大の実業家となった。渋沢栄一が興した企業は実に500社にも及び、その多くは現在も大企業として存続している。現在の1万円札の肖像画。
 『帝都物語』の舞台となっている明治45年頃は、渡米実業団を組織してアメリカに訪問し、当時の大統領と会見。この頃はアメリカで排日運動が起きていたため、対日理解をすすめるためにアメリカ報道機関に働きかけなどをしていた。

 演じるのは名優・勝新太郎。大映を代表する俳優で、『座頭市』シリーズをはじめとして、様々な名作映画に出演。当時57歳。映画出演は1990年に途絶えるから、最晩年の出演作だった。

 幸田露伴。1867(慶応3)年~1947年。明治から昭和初期にかけて活躍した日本の文豪。写実主義の尾崎紅葉と並び称され、「紅露時代」と呼ばれる時代を築いた。代表作『五重塔』では職人の誇りと精神性を格調高く描き、日本文学における職人美学を確立。随筆や評論にもすぐれ、『努力論』で精神修養を説き、後世の知識人に影響を与えた。文豪でありながら哲人でもあった露伴は、近代日本の精神文化を象徴する存在だった。
 幸田露伴は東洋的修養・霊性思想の探求者でもあり、「精神統一」「気の流れ」といった思想を現し、近代合理主義を超えた霊的世界を論じていた。そういった背景を持つから、もしも加藤保憲のような魔人が現れたら、帝都を守る側として戦うだろう……と本作では設定された。

 演じたのは高橋幸治。1935(昭和10)年生まれ。NHKドラマ『太閤記』では織田信長役に抜擢。1973年の『子連れ狼』では柳生烈堂、1974年の『丹下左膳』では主演、1981年の『関ヶ原』では大谷刑部を演じる。70年代80年代の時代劇には欠かせない名優だった。

 森鴎外。1862(文久2)年~1922(大正11)年。小説家として1890年に『舞姫』を発表し、その後も『エタ・セクスアリス』『癌』といった作品を発表。一方で軍医としての顔を持ち、1881年に東京大学医学部を主席で卒業し、ドイツ留学を経た後に、軍医本部付となった。
 1907(明治40)年10月、最高位である陸軍軍医総監に昇進し、陸軍省医務局長に就任。1909年雑誌『スバル』が創刊され、小説家としても本格的に活動を始める。『帝都物語』で描かれた頃は軍医としても小説家としてもキャリアの頂点にあった頃だった。

 演じたのは中村嘉葎雄。1938(昭和13)年生まれ。父は歌舞伎俳優の三代目中村時蔵。その5男で兄たちはみんな歌舞伎俳優という家系に生まれた。17歳で松竹に入社し、以来、テレビや映画の世界へと進出していく。

 寺田寅彦。1878(明治11)年~1935年。東京帝国大学理科大学・理科大学実験物理学科を主席で卒業。業績の中心は地球物理学などで、後に提唱される「大陸移動説」を早くから予見していた。随筆も書いており、今では一般的な慣用句として使われる「天災は忘れた頃にやってくる」は寺田寅彦の言葉である。当時の文学者とも交流があり、夏目漱石の『吾輩は猫である』の水島寒月や、『三四郎』の野々宮宗八のモデルとされている。

 演じたのは寺泉憲。1947年生まれ。英語力に長けていたので、それを活かした役が多かった。テレビ、演劇を中心に活動していて、映画出演は『帝都物語』が初だった。

 泉鏡花。1873(明治6)年~1939年。尾崎紅葉の門下生として文壇入りする。代表作に『龍潭譚(1896)』『照葉狂言(1896)』『婦系図(1907)』『歌行燈(1910)』がある。現実と夢、俗と聖、男女の情念を美しく描いた。自然や霊的存在への感受性が強く、「ロマン派」「幻想文学の祖」としして現代でも評価される。
 『帝都物語』のなかではなぜか辻占い師として登場するが、泉鏡花が占い師をしていた、という記録はない。当時の文学でも幻想・霊的な物語を描いていた作家だったから、帝都の霊的磁場を感知できる存在、「これから起きることを予知する者」として設定されたのだろうか?

 演じたのは5代目坂東玉三郎。1950年生まれ。歌舞伎俳優であり、映画監督。2012年に人間国宝に認定される。

 早川徳治。1881(明治14)年~1942年。1908年早稲田大学を卒業し、南満州鉄道に入社。その後鉄道員に入局し、佐野鉄道(現在の東武佐野線)の経営立て直しに尽力した。1914年にイギリスへ視察旅行に行き、地下鉄を見て衝撃を受ける。日本にも地下鉄を……と提唱したが、当時の鉄道省には理解が得られなかった。1920年、周囲の無理解や地盤の問題、土地買収問題といった困難を乗り越えて「東京地下鉄道株式会社」を設立し、浅草、上野間地下鉄工事を開始する。
 1923(大正12)年関東大震災が発生。『帝都物語』に描かれたのは、ちょうどこの頃である。震災の影響で工事は難航するも、1927年、日本初の地下鉄を開業させた。

 演じたのは宍戸錠。1933年~2020年。1954年日活に入社。以降、日活映画で活躍する。初期の頃は美青年だったが、1956年豊頬手術を受ける。これで人相が代わり、悪役を中心に活躍する。「チッチッチッ」と指を左右に振るジェスチャーは宍戸錠の考案した仕草である。

 今和次郎。1888(明治21)年~1973年。早稲田大学理工学部建築学科の教授で、「考現学」を提唱。もともと柳田國男の門下生で民家研究を行っていたが、現代の都市風俗の研究に興味が移り、「考古学」に対する「考現学」という言葉を生み出した。
 戦後はGHQに協力して農村改造事業をにない、農林省、文部省、厚生省の仕事もこなしていた。

 演じたのはいとうせいこう。1961年生まれ。俳優活動の他、小説家、作詞家、ラジオDJでもある。ラッパーとしての顔があり、日本で最初に本格的ラップミュージックを発表したアーティストである。映画出演は『帝都物語』が初であった。

 映画の後半、「学天則」という珍妙なロボットが出てくるが……

 これも実在。1928(昭和3)年。昭和天皇即位を記念した大礼記念京都博覧会に出品されていた。日本どころかアジアで初となるロボットであった。

 この学天則を開発した西村誠博士を演じたのは、その博士の次男である西村晃。作中、もっとも由緒正しい出演者である。

 映画の前半、陰陽師たちが活躍する場面を見て、現代人には不思議な感じがするだろう。実は陰陽師は1870(明治3)年まで政府直轄の組織だった。明治の日本は「文明開化」に邁進していた頃で、その以前の迷信を元にした陰陽師は近代化に相応しくないとされて、解散となった。
 『帝都物語』のはじまりは明治45年。陰陽師はすでに表舞台から消えていて、その継承者が最後の抵抗をしていた時代だった。“あったかもしれない陰陽師の活動”を描いている。
 作中に出てくる「土御門家」も実在の一門で、賀茂家の分家。陰陽師の世界は平安時代より安倍晴明から連なる安部家が絶大な勢力を誇っていたが、江戸時代頃になるとその霊力に陰りが現れたのか、予言を外すようになっていた。そこで勢力を伸ばしてきたのは、やはり平安時代から安部家とライバル関係にあった賀茂家、その分家である土御門家であった。1683(天和3)年、土御門泰福(やすとみ)が中興の祖となって活躍。当時の将軍である徳川綱吉からお墨付きをもらい、以降は土御門家が全国の陰陽師を統括するようになった。
 『帝都物語』のヴィランである加藤保憲は、安倍晴明の子孫。実は前半部分は平安時代から続く安部家VS賀茂家の戦いの延長が描かれている。
 最後には明治の終わりとともに、陰陽師が完全に日本から姿を消してしまう様子が描かれる。悲しき歴史の一幕である。

 歴史上人物の紹介はここまで。次はフィクションの登場人物を見ていこう。

 前半部分の主人公である辰宮洋一郎
 演じてるのは石田純一。若い! でも現在の石田純一とそんなに印象も変わってない。

 洋一郎の妹・由佳里。可愛い! 演じたのは姿晴香。元宝塚歌劇団星組の娘役。映画出演は本作が初だったが、宝塚出身だったからすでにいくつもの舞台でヒロイン役を演じる実力派だった。
 洋一郎&由佳里は平将門の子孫となっている。おや、平将門は討たれたのでは? 実際には良門、将国、景遠、千世丸、五月姫、春姫、如蔵尼と子供が7人もいた。その系譜も現代まで続いている。
 ちなみに平将門の父、良将には国香という兄がいて、その子孫が平清盛。平家は平安時代を舞台に、大いに活躍し、没落した一族であった。

 西暦940年3月25日、平将門は朝廷の軍により討たれる。38歳であった。朝廷は将門の親族を皆殺しにし、その首を平安京にて晒し者にした。
 その後からかつての戦場跡で将門の怨霊が現れる……と地元住民から語られるようになり、遊行二祖他阿真教が1307年にお祓いをして首塚を建てた。将門の「体」がなまって「神田」という地名が生まれ、神田明神とともに将門信仰が現代まで伝えられている。映画の冒頭が神田明神の祭から始まったのは、そういう理由。
 その後、様々な変節があったが、今は東京都千代田区大手町に首塚が残されている。
 怪談界隈では「将門の怨霊」といえば今でも話題に事欠くことがない。首塚周辺の施設では不審死が異様に多く、将門ではないかとされる幽霊目撃例もまた多い。
 恐ろしいイメージのある将門ではあるが、関東では「弱気を守り強きを挫く」という英雄イメージもあり、関東独立を目指して朝廷と戦い、敗れた悲劇的な武将として語り継がれている。地元では将門は「恐ろしい怨霊」ではなく、地域を守護する「守り神」となっている。将門は怨霊と守り神ふたつの顔を持っている。

 主人公の友人、鳴滝純一。演じたのは佐野史郎。若い!

 宿敵・加藤保憲。ご存じの通り、『ストリートファイター2』より登場のシャドルーの総帥・ベガの元ネタになった人。演じた嶋田久作は当時、たまに舞台劇に出ていた庭師。むしろ庭師のほうが本業だった。
 1986年、当時所属していた劇団で舞台版『帝都物語』を上演したところ、関係者の目にとまり、劇場版でも加藤保憲に抜擢された。本作が俳優としての本格デビューとなり、俳優としてのキャリアが始まる。しかし当時は映画初出演というだけあって、「演技が下手すぎて監督がいつもイライラしていた」というエピソードもある。特撮にも不慣れで、それが原因による両手を火傷する怪我もした。

 映画後半の主人公となる目方恵子。(後に辰宮に変わる)。めっちゃ美人! 演じたのは原田美枝子

 風水師・黒田茂丸を演じたのは桂三枝。落語家。『新婚さんいらっしゃい!』で51年間司会を務めたことでギネス認定されている。やはり若い!

 ついでなので、こちらも見ておきましょう。江戸っ子3人組。右端にいるのが、『笑点』のピンクでおなじみ、三遊亭好楽。あとの二人はルイス三遊亭圓橘だが、存じ上げないのでどっちなのかわからなかった。

 ビヤガーデンのシーンで原作の荒俣宏がカメオ出演しているというが……これかな?

 ちょっと昔の映画を見ると、知っている人たちの若い頃が見られることが醍醐味。古いアルバムを見ているようで楽しい。

 簡単に物語本編に触れておきましょう。

 明治45年。東京。
 土御門家の陰陽師、平井保昌は東京の地脈に揺らぎがあることを発見する。何者かが人為的に地脈を歪ませ、怨霊・平将門を目覚めさせようとしている!
 平井保昌は渋沢栄一に東京改造計画に加えてもらいたい……と進言する。東京はただの商業都市であってはならない。霊的な守りも万全でなければならない。

 平和な一時も束の間。魔人・加藤保憲が出現する。陰陽寮では式神を飛ばし合う戦いが始まる。とうとう加藤保憲が陰陽寮に潜入し、辰宮由佳里を誘拐していく。

 辰宮由佳里は平将門の子孫で、強力な霊力の持ち主。加藤保憲は由佳里の体を依童に、将門の怨霊を甦らせようとする。果たして由佳里の体に平将門が宿る。
「……我は将門なり。……我を起こす者は……誰だ。我が墓を……侵すべからず……」
 その時、平井保昌の放った式神が加藤を攻撃する。由佳里に宿った将門の霊が消えた。
 すぐにここに陰陽師たちがやってくる……加藤保憲は由佳里を置き去りにして、そこを去って行く。

 救出した由佳里だったが、その身に蟲毒が仕込まれていた。そればかりではない……。由佳里の腹に、子種まで宿っている。加藤保憲に孕まされたのだ!

 明治天皇崩御……。平井保昌は明治天皇と運命をともにしようと、自ら腹を切る。その最後に、我が命を犠牲にして帝都破壊の時を占おうとする。
 そこに加藤保憲が現れる。
「土御門流、一命をかけても、これしきの占いか。教えてやろう。帝都破壊の年を」
 その年とは、亥の年、亥の月、亥の日……すなわち大正12年9月1日!

 しかし加藤保憲はどうやって帝都を破壊するつもりなのか……。地震学者たちはきっかり12日おきに繰り返し地震が起きていることを突き止める。それはちょうど亥の日だった。
 ここからさらに12日、12日、12日……と延長していくと……9月1日! そうか、加藤保憲は大地震を起こそうとしているのだ。
 でもどうやって大地震を引き起こすつもりなのか? おそらく地震の共振現象。例えば大地が音叉であると見立てると、一定周期で一方を揺らし続けると、もう一方は2倍3倍に振動を始める。もしも一方の音叉が東京であるとすると、もう一方は――大連だ!

 果たして加藤保憲は大連にいた。怪しげな儀式を行い、地震を引き起こそうとしていた。

 ついに大正12年9月1日。東京を大地震が襲う。関東大震災である。加藤保憲の目論見通り、東京は崩壊してしまう……。
 しかし本来の目的である平将門の怨霊は目覚めなかった。なぜだ! なぜ将門は目覚めぬのか!

 ここまでが前半55分の内容。こうやってあらすじを書くと、めちゃ面白そうでしょ。でも実際の映画はぜんぜん面白くないんだ……。

 面白くならない第1の原因は、登場人物の心情的経緯がまったく書かれてないから。登場人物がなにを思い、そう行動したのか……その描写がなく、気付けばポンとその場面へ移動している。例えば12日おきに地震が発生している……これを突き止める場面でも、なぜか鳴滝純一が地震研究所にいる、というところから始まる。どういう経緯でそこを尋ねたかわからない。
 ここで「大連だ!」となって飛び出すけれども、大連に行くことはなく、関東大震災のシーンに入って行く。

 映画の後半、目方恵子は占いによって、自分の宿敵が加藤保憲であることを知る。その次の場面になると、もうすでに辰宮洋一郎と結婚している。どうやって知り合ったのか、どういう関係性なのか、なにも描いてない。普通に見てても「あれ? 私寝ちゃってたかな?」という勢いで話が飛んでいく。

 しかもそのまま映画後半、恵子が主人公となり、加藤保憲と戦う展開になる。あれ? 私、何回か寝ちゃってたかな……というくらいにポンポンと話が飛んでいく。
 こんな感じに、いろんな出来事が描かれるけれど、お話がほとんど深められることがない。俯瞰して見ると「これ、必要だったかな?」と疑問点ばかり出てくる。例えば前半重要なキャラとして登場した鳴滝純一だが、物語全体を見ると特になにもしておらず、後半に入ると出番がなくなっていき、そのまま物語から退場する。本作には実在の偉人が多く登場するけれど、ほとんどは「出てくる必要あった?」というくらい、特になにもしないまま終わる。
 もしかすると、脚本上カットされたところに、それぞれの役割や心情経緯が書かれてあったかもしれないけれど、映画の中では全部切り落とされている。なんとなく雰囲気のある場面が描かれるけれど、経緯が描かれないから、「あれ? 私寝てたかな?」という印象になる。

 映画は2時間しか尺がないから、いろんなところが切り落とされるのは仕方ない。としても、採り上げられている場面が「そこ必要あった?」という場面ばかり。例えばこの場面。「東京改造計画」について語られる場面で、かなり長い尺を取るのだが、物語の展開として必要だったか……。ここで結局なにも決めてないし、テーマとしても中途半端で深まってない。
 ただ、真っ白な石膏で作られた東京のミニチュア模型を前に語り合う……という場面はやけに格好いい。おそらくは絵面が優先。画的なかっこよさを優先して、それが必要か必要でないか……という選択がうまくできていないように見える。

 たとえば映画のクライマックス、恵子は長刀を手に、加藤保憲の根城に突撃する。長刀を持った姿は格好いいのだが……この長刀一度も使用されない。それどころか女優さんが長刀を使いこなせてない。美人女優が白馬に乗って長刀を持っていたらかっこよかろう……という雰囲気だけでシーンが進んじゃってる。

 こんなふうに画的なかっこよさのみを優先してお話を作ってるから、経緯がわからないし、気持ちが乗らない。

 その一方で、妙にシーンが小さくなっているところも。例えばこの場面は、日本橋に麒麟像を設置しようとしている場面(日本橋には実際に麒麟像が設置されている)。
 しかし状況が雪降る夜で、辰宮洋一郎を含む数人だけで、人力で「よいしょ」と麒麟像を設置している。なんで重機を使わないのか……。状況的に「不法投棄」っぽく見えるし。
 その後、風水師の黒田が道に二宮金次郎を設置している場面があるが、やはり夜。個人で勝手に夜な夜な設置している……という情景になっている。
 勝手にそんなの置いちゃダメでしょ……という状況になっている。こういうところは、「表向きには公共的なもの」というふうに作ってほしかった。

 特撮も当時のものだから仕方ないけれど、現代の目で見るとかなり厳しい。紙が式神に変わっていく瞬間の動きはよくできているし、格好いいのだけど、特撮と人間がからむと途端に安っぽくなってしまう。

 かといって特撮の出来が悪いわけではなく、当時の最高レベルの技術。たとえばミニチュアセットが崩壊する場面のリアリティ。さすがウルトラマンの特撮チームの制作だけあって、クオリティは尋常ではないくらい高い。

 こちらは関東大震災後のミニチュア風景。このワンシーンにしか使われないのに、とんでもないクオリティのものを作っている。ミニチュアセットは他にも何度か登場するが、いずれもレベルは高い。

 一番驚いたのは、オープンセットで作られた銀座。銀座4丁目から新橋まで150メートルを再現。市電も2000万円費やして映画のために作られた。内部構造まで作られた緻密なセットだった。本作で一番予算をかけられたセットだ。
 このセットは映画撮影後もすぐに解体されず、崔洋一監督の『花のあすか組!』にそのまま流用された。

 細かい粗は1988年頃であれば気にならなかったかもしれないけれど、2026年の今に見るとかなり厳しい。特撮技術が古いという話を横に置いたとしても、明らかに物語が成立していない。
 しかし、かといって『帝都物語』がつまらないわけではない。あらすじだけにしたものを見れば「これは絶対に面白くなるはず」と思うはずだ。
 そこで提言。
 『帝都物語』を連続ドラマにするのはどうか?
 かつて加藤保憲という最強の魔人がいて、それが近代以後の日本の大事件に深く関わっていた。誰もが知る歴史的偉人も、実は加藤保憲との戦いに参加していて……というこの筋書き、世界を狙えるストーリーだ。
 近代以後の日本史のノンフィクションとフィクションが交差するストーリー。こういったテーマは、日本人のみならず、世界中の人が興味を持ちやすい内容。連続ドラマであれば、映画版で不明瞭だった登場人物の心情の経緯も描き出せる。それに「東京改造計画」にまつわるテーマも、もっと奥深いところまで打ち出せる。

 映画中でも「東京改造計画」にまつわるお話に長い尺を使うが、あまり深められていない。もし連続ドラマという長い尺で作れるならば、「東京論」をテーマに含めて、もっと深めることができるはず。
 明治・大正・昭和とものすごい勢いで変わっていった東京。作中でも、明治のシーンはほとんど和装。それが大正、昭和という時間経過で、最終的にみんな洋装に変わっている。一世代でこれだけ服飾が変わってしまった。風景も文化も、こんなに変わってよかったのだろうか?

 加藤保憲は映画でも原作小説でも、特に理由なく帝都を破壊したい……それも『バットマン』におけるジョーカー的な存在として不気味ではあるのだが、やはり“理由”があったほうがいい。近代以後の日本の在り方は正しいのか? 加藤保憲は実は日本の未来を案じた。もっといえばグローバリズムによる伝統崩壊に対する異議申し立てとして崩壊を目論んでいた……という設定を置けば、テーマはもっと深まる。原作にもない設定だが、テーマを持たせれば、深みのある作品に変わるはずだ。
 それに加藤保憲というキャラクターはマーベル映画のヴィランと並ぶくらいの存在感を持っている。「過去の映画キャラ」で埋もれさせるのはもったいない。
(ただ引っ掛かりは加藤保憲と戦うヒーロー側に存在感が薄い。ここをもうちょっと頑張れば……)

 実は続編である『帝都大戦』も見たのだけど、やはりテーマが薄い(テーマが薄いどころか、加藤保憲と「戦争という時代」になにも関係がない)。戦時中の日本が舞台なのだが、日本軍がみんな間抜けに描かれていた。当時はとりあえず日本軍をルパン3世の銭形平次のような間抜けに描いておけばいいという認識があったが、もしも『帝都物語』に戦中の物語を入れるなら、もう一度この時代を問い直すテーマを打ち出してみたらどうだろうか? 日本は敗戦してしまったがために、以降、戦勝国側の価値観でものごとを考えるようになった。こうやって戦中の映画を作っても、どうしても視点が連合国寄りになってしまう。それを加藤保憲という存在とともにもう一度「なぜ日本は戦争をしなければならなかったのか」「戦争で何を目指そうとしていたのか」それを考える切っ掛けのストーリーにしてもいいのではないかと。そこから進んで「連合国って本当に正義だった?」と問うのもいいかもしれない。
(アメリカは勝利国だが、あれだけ非戦闘民を虐殺して当時の国際法と照らし合わせても「正しい」と言えるのか? アメリカも裁かれるべきでは? 当時から現在もタブー扱いされる議論だが、ドラマというフィクションのなかでならやってもいいでしょう)
 正義はどっちだったのか? 加藤保憲か、連合国か……。これを打ち出せば、明治以降の東京の在り方は正しいのか、というテーマ的連なりが作れる。
 お話が「政治的」と言われそうだが、「東京改造計画」の話を深めていくなら、「東京はどうあるべきだったのか」そこから進んで「日本はどうあるべきだったのか」というテーマは避けて通れない。ここでなんらかのメッセージ性を打ち出せれば、その後何十年も語り継がれる作品になるでしょう。

 『帝都物語』なんて昔の小説でしょ……とは言わず、この作品が持っている底力を改めて考え直すのはどうだろうか。こんな魅力的なストーリーを眠らせるのは惜しい。現代の撮影技術で連続ドラマを制作すれば、よほどのことがない限り失敗しない(作り手がよほど実力がないか、変な左翼思想が入らなければ)。配信は当然、世界に向けて(アニメで描く、という手もあるが)。日本発の原作で世界と戦う。間違いなくそれができる作品のはずなのだが……。
 誰か『ドラマ版 帝都物語』の企画を出さないかな……。

 まとめです。
 あらすじだけを見ると、「これ、絶対面白いやつや!」と映画本編を見ると、がっかりする作品。特撮技術が古いというのはさておきとしても、物語構造がぐちゃぐちゃ。でもそれは当時の映画制作者が悪いのではなく、そもそも2時間尺の映画には不向きな内容。加藤保憲との戦いを決着まで2時間に押し込もうとしたら、無理が生じるのは仕方ない。誰が監督になっていても失敗したはずだし、実相寺昭雄だったから「まだマシな作品」に留まってくれた。この時代にできることの限界までやっているが、それでも原作の方が大きすぎる。
 これ、絶対にもっと面白くなるはずなのにな……見ている最中から、「もしもドラマ版があったら」という空想が始まってしまって、映画の感想文も「もしも連続ドラマになったら」が中心になってしまった。
 当時の技術や、映像制作の認識では不可能だったが、現代だったらいろんなものが可能だ。加藤保憲のサイキック表現も、今ならもっと派手に描ける。東京改造計画についても、もっと奥行きを持たせられる。難点はヒーロー側に加藤保憲と戦えそうな存在感を持ったキャラクターがいないことだが、そこはドラマ版オリジナルでどうにか。明治・大正・昭和と実際の事件を交えながら加藤保憲との骨肉の戦いを繰り広げる物語を展開したら、絶対に面白い作品になるはず。特技監督には、当時新人として参加していた樋口真嗣を指名したい。樋口真嗣に特撮を委ねれば、バトルシーンの心配は完全になくなる。あとは加藤保憲になれる俳優が見つかるかどうかだ……。

 現状、忘れられた作品、過去の特撮映画となってしまっている『帝都物語』。今の時代にもう一度掘り起こしてくれないだろうか。映像業界の人は、この原作の魅力を思い出してほしい……。


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